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うにおいくら

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夏休みの部活

哲也と瑞穂

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 一年生が練習の手を止めて僕を見ていた。
弾き終わってから
「先輩。これってエヴァンゲリオンですよね」
と聞いてきたのは水岩恵子だった。そういうと彼女は立ち上がってピアノの傍までやって来た。

「ああ、そうやけど。知ってんのや」

「そりゃ知ってますよ。エヴァぐらいわ」

「そっかぁ」

「なんか格好いいですよね。そのアレンジ。先輩のアレンジですか?」

 僕は当然のような顔をして頷きたかったが、ネットで調べられたらすぐに判る事なのでここは見栄を張らずに
「いや、昨日、YouTubeで見つけたのをそのまま弾いてみただけ」
と正直に答えた。

「へぇ。でも結構難しいアレンジですよね」

「よく分かるなぁ……ピアノを習っとったんやったっけ?」

「はい。ピアノは五歳からやってます。でもヴァイオリンにも興味があって、器楽部が出来たというのでヴァイオリン希望で入部したんです」
とはっきりした口調で言った。結構この部はピアノ経験者は多いんだなと認識を新たにしたが、やはり一人ぼっちの楽器より大勢で一緒に弾く方が楽しいんだろうなぁとも思った。

「へぇ、そうなんや……まあ、この曲は適当に誤魔化して弾いた方が良いような気もするけど、取りあえず譜面通り弾いてみてん」

「確かに無駄な音も多いですけど、恰好良いですよね。これ」
そう言われるとムキになって完コピした努力が少し報われたような気がした。

「でも、先輩。今開いている楽譜はバッハですよね。よくその楽譜を見ながらエヴァが弾けますよね?」
と目ざとく譜面台の楽譜を見て言った。

 流石ピアノを五歳からやっているだけある。彼女はチラッと見た楽譜でそれがバッハだと気が付いた。僕はそれに感心しながらも
「いや、楽譜を開いたんだけどね……気が変わったから……」
と他の一年生の怪訝な顔を横目で見ながら僕は言い訳した。もちろんこの楽譜は置いてあるだけで、これを見ながら弾いた訳ではない。

 その時音楽室の扉が開いて瑞穂と哲也が入って来た。

「おッはよぉ」といつもの元気な声の瑞穂の後にのそっと哲也が入って来た。
一年生は全員で声を揃えて「おはようございます」と挨拶していた。

「お、久しぶりだねえ……亮平ちゃん」
と僕の姿を目ざとく見つけると不気味な笑顔で瑞穂が近寄って来た。

「なんだ? その意味深な笑顔は?」

「いやいや、部活サボって旅行とはなかなかお主もやるのぉっと思ってね」

「里帰りやって……父さんの田舎やけど、一緒に帰ってたんや」

「あ、瑞穂先輩。藤崎先輩からお土産貰ってます」
と東雲小百合が実にいいタイミングで僕が持って来たお菓子を箱ごと瑞穂に差し出した。
しかしそんな事は意も介さずに
「こんなもので許してもらおうと思っているのか! 私は騙されへんで!」
と詰め寄って来た。

「だったら、お前は食うな! 第一、騙してへんし……」

「冷たいのぉ……亮ちゃんは……」

「おい、哲也。何とかしろ」
僕は苦笑いしながら哲也に救いの手を求めた。

「俺は知らん」
と哲也に冷たく言いあしらわれてしまった。

「へぇ……岡山なんやぁ……」
 しかし瑞穂の興味は見事にお土産のお菓子に移ったようだ。何が「騙されへんで」っだ。瑞穂は包みをじっくり観察すると、丁寧に包装紙を開いて箱からお菓子を取り出した。

「そうや。瑞穂は実家はどこなん?」

「う~んと、群馬だったかな……」
 手に取ったお菓子の包みを開きながら瑞穂はそう言った。彼女は早速食うつもりだ。
そして目の前にいた東雲小百合に「あんたらも食べたらええやん」と言って箱ごと渡した。

 東雲小百合は何故かお土産を持って来た僕にも、箱の中のお菓子を手渡してくれた。
僕はそれを受け取りながら
「へぇ、そうなんや。群馬かぁ……」
と軽く聞き流した。

「うん。お父さんの田舎がね……亮ちゃん、行った事ある?」
そう言いながら瑞穂はお菓子を一口かじった。

「いや、ごめん。俺パスポート持ってないし……」

「おい!」
と瑞穂は僕を睨んだ。

「亮平! 今お前は全群馬県人を敵に回したぞ!」
と笑いながら哲也が話に割って入って来た。そしてさり気に小百合からお菓子を貰っていた。

「そうだ! 群馬県人に謝れ!」
と瑞穂が食いかけのお菓子を握ったまま、また詰め寄ってきた。折角彼女の興味関心をお菓子に持って行ったというのに……。

 僕は東の空に向かって
「群馬の皆さんごめんなさーい。パスポートが要らないなんて知りませんでしたぁ」
と叫んだ。

「そこか!」
と瑞穂が突っ込んだ。今度は笑っていた。

「亮平。今のは、ぐんたまの皆さんに失礼だろう」
と哲也は更に畳みかけた。

「おい!」
瑞穂はまた叫んだ。

「哲也、ぐんたまってなんや? もしかしてそれは群馬と埼玉の事か? お前は群馬県人と埼玉県人両方を敵に回したぞ」
と今度は哲也に詰め寄った。

 一年生はこの僕達のやり取りを半ば呆れながらも笑って見ていた。
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