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印象ってなんだっけ
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漸く学園生活も落ち着いたと思ったのも束の間、今日の午後は学園祭についての話し合いの時間となった。
鶴ノ薔薇宮学園においての学園祭は、一般的な学園祭とさほど変わらない。
土日に行われ生徒達が催し物や店を開き、保護者や他校生が見学に訪れる。
といっても招待状のない人間は入れない。
その為在校生や親兄弟、親類は招待状を狙う人々に声をかけられる事が多くなる。
かといってほいほいと不埒な輩に招待状を渡すことは出来ない。
その招待状が誰から貰ったものかわかるようになっていて、問題を起こされれば招待状を渡した人間も白い目で見られるからだ。
人間関係やその人の人となり等が知られ、また断る際の手際などなど、付随する面倒も多い。
とは、講堂でニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべて説明する叔父の言葉だ。
生徒達にエールを送り締められた演説にも似た説明会は寝そうになりながらも無事終了した。
横で親友に写真を撮られていたのは気付かないふりをして。
教室に戻れば担任がクラス委員に後を任せて退室していった。
後を任された委員長はどこかおどおどした様子で教壇に立つ。
黒板に少し大きめに学園祭の催し物について、と書き上げるとクラスを一瞥した。
「それではこのクラスの催し物を考えたいと思います。案があればどうぞ」
へらりと微笑むがクラスメイトはそれぞれ思案顔で考えに耽る。
「はーい、案がありまーす」
元気よく手を挙げてそう言うのはクラス一のお調子者と名高い男子生徒だ。
「では来栖君、どうぞ」
微笑みを絶やさない委員長に促された来栖は椅子から立ち上がると目をキラキラと輝かせて口を開く。
「定番としてはカフェかー、劇!」
「カフェか劇ですね」
委員長は挙げられた案を黒板に板書していく。
「劇なら王道がいいかなーって思うんだけどねー」
「王道とは?」
「そこはやっぱ恋愛物でしょ」
来栖が先陣を切る案にクラスメイト達が思い思いに意見を挙げていく。
カフェ、劇と続きアクセサリーの販売や絵画の展覧会などの案も挙がりお金持ちみたいな案だなぁ、と姫華はぼんやり考える。
そういえば、ゲームの中ではどんなものがあったっけ、と思考の渦へと沈む。
先日の出来事からここは乙女ゲームの中でありながら別のものへと変わってしまったと思う。
私には既にこの世界がゲームではなく、現実でしかないがゲームとして軌道修正されるものなのだろうか、と仄かな不安が胸を過ぎる。
私の都合でヒロインである陽乃の親友という位置に収まったが、果たして良かったのかわからない。
陽乃のことは好きだし私としては良かったが、彼女の恋心や楽しい学園生活を奪ってはいないだろうか。
こんなこと今更考えたところで、もう賽は投げられてしまっているのだが。
考えるだけ無駄だと言われてしまえばそれまでだが、残りの学園生活は自分も陽乃も楽しく過ごして欲しいものだ。
僅かな憂いが溜め息となって零れる。
その溜め息は誰の耳に届くことなく宙に消えた。
姫華のクラスは結局最初に出たカフェにしようという意見で一度は纏まった。
だが、衣装はどうしようか、メニューはどうしようかというところで躓いてしまい皆が頭を悩ませた。
手を抜きたくない、高級なものじゃないと、と意見が纏まらない。
「うーん……予算内で収めないと駄目だから、このメニューじゃ難しいかもしれないね」
委員長がおおよその予算案を打ち出したようだが明るくない言葉に何人かから呻き声のようなものがあがる。
姫華も行儀悪く肘杖をついて黒板を見つめる。
「衣装も併せると全然足りないし……」
「では衣装はどこかでお借りするということは出来ないでしょうか」
「どーゆーこと?鶴宮さん」
「一から作ろうと思うから出費が嵩むのですわ。そう、例えば……ご自分の家のメイドや執事から服を借りる事が出来れば執事喫茶、メイド喫茶が出来ますわね。これなら衣装代は手直し分で済みますし、人によってはゼロですわ」
姫華の案に何人かが使用人の真似事?と眉を顰めた。
賛成しそうなのは数人しか見当たらない。
「メニューを充実させるか衣装を充実させるかで変わりますけれどね。衣装代が安ければメニューにその分回せますでしょ?逆も然り」
「確かにどちらも、というのは厳しい。それならば抑えられる箇所は抑えるべきだな」
ここまで黙っていた人物がぽつりと呟いた。
その声の持ち主──吉祥堂晴明──にクラス中の視線が集まる。
姫華も一瞬驚く。
今まで晴明が姫華の意見に声をあげたことがなかったからだ。
だが話が進むのであれば意見を言ってくれるのは有り難いと姫華は微笑んで話を続ける。
「案として使用人を出しましたけれど、纏めて購入することで割安になる、衣装代が高くならないという話等があればそちらで購入するのもいいと思いますの」
「なるほど。でも衣装となるとそこまで安くなるものでもないんじゃないか?」
「そうですわね……でしたら小物というのはいかがでしょう」
「小物とは?」
「……けもみみ……とか」
「は?」
ぽつりと姫華が呟いた単語にクラスメイトがきょとん、とする。
これは痛い子かもしれないとほんのり頬が染まる。
こほん、と咳払いを一つすると視線を逸らしてもう一度呟く。
「ですから、耳と尻尾ぐらいの小物であればそこまで高くはならないのではないかと……」
「……けもみみ」
「けもみみ……」
何故呆然とけもみみけもみみ呟かれているのか。
羞恥で死にそうだと真っ赤になって姫華は首を竦める。
普段であれば注目されることにも慣れたが今は何とも言えない気持ちでいっぱいになる。
居た堪れない。
「……わたしにお任せください!」
がたり、と椅子を倒す勢いで立ち上がり拳を握り締める令嬢が空気を壊した。
「けもみみいけます!」
クラス中の視線もなんのその、令嬢が声高々に言い切った。
どうやらけもみみが彼女の琴線に触れたらしい。
普段は物静かでおどおどしている彼女がこんなにはっきりと声をあげることがあるのかと驚きにクラスがざわつく。
しかしそれよりも興味を惹かれたのか、あちらこちらで誰々には犬が、とか猫がと話に花が咲き始める。
「えーっと、じゃあけもみみは決定でいいのかな?」
委員長が苦笑いを浮かべながら首を傾げれば是とクラスが沸いた。
クラスの様子に姫華はほっと胸を撫で下ろし微笑む。
そんな姿を晴明が観察していることに気付かないまま。
だがけもみみが決定しても服が制服では面白くない、との意見が消えず衣装についての話が終わらない。
ドレスだミニスカートだと単語が飛び交う。
結局衣装については決まらず明日に持ち越された。
メニューについても意見は色々出るものの決定打に欠ける。
予算との折り合いが難しいと委員長が肩を落とす。
男側からすれば食べられるものならなんでもいいと言うし、女側からすれば高級でないと品位に関わるとどちらも譲らないせいだ。
対立したまま時間だけが過ぎる。
「うーん、今日は決まらないね」
「でしたら今日はけもみみについてお話しましょう!インスピレーションが!」
「だったら各自がメニュー、衣装については調べて情報を持ってくればいいんじゃないか?」
「クッキーとか簡単なものなら手作りもありではないかしら」
「俺作れねー」
「手作りもあり、ということだけ把握しときゃいいんじゃねえか?」
わいわいと話が盛り上がり決定に至るまでにはならなかったが、空気が悪くなることもなく各自案を持ち寄るという所でお開きとなった。
部活だ帰宅だと人が集まる玄関で陽乃は姫華を待っていた。
靴を履き替えた姫華がその後ろ姿を見つけるとぽん、と肩を叩く。
くるりと振り返った陽乃は嬉しそうに笑う。
「お茶行こ!」
「ふふ、宜しいですわよ」
二人で並んで歩くその姿は傍から見ても楽しそうなものでほんわかと花が飛んでいた。
印象ってなんだっけ。
自分の目で、そして話し合うことがなければ気付かないものなのだろう。
鶴ノ薔薇宮学園においての学園祭は、一般的な学園祭とさほど変わらない。
土日に行われ生徒達が催し物や店を開き、保護者や他校生が見学に訪れる。
といっても招待状のない人間は入れない。
その為在校生や親兄弟、親類は招待状を狙う人々に声をかけられる事が多くなる。
かといってほいほいと不埒な輩に招待状を渡すことは出来ない。
その招待状が誰から貰ったものかわかるようになっていて、問題を起こされれば招待状を渡した人間も白い目で見られるからだ。
人間関係やその人の人となり等が知られ、また断る際の手際などなど、付随する面倒も多い。
とは、講堂でニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべて説明する叔父の言葉だ。
生徒達にエールを送り締められた演説にも似た説明会は寝そうになりながらも無事終了した。
横で親友に写真を撮られていたのは気付かないふりをして。
教室に戻れば担任がクラス委員に後を任せて退室していった。
後を任された委員長はどこかおどおどした様子で教壇に立つ。
黒板に少し大きめに学園祭の催し物について、と書き上げるとクラスを一瞥した。
「それではこのクラスの催し物を考えたいと思います。案があればどうぞ」
へらりと微笑むがクラスメイトはそれぞれ思案顔で考えに耽る。
「はーい、案がありまーす」
元気よく手を挙げてそう言うのはクラス一のお調子者と名高い男子生徒だ。
「では来栖君、どうぞ」
微笑みを絶やさない委員長に促された来栖は椅子から立ち上がると目をキラキラと輝かせて口を開く。
「定番としてはカフェかー、劇!」
「カフェか劇ですね」
委員長は挙げられた案を黒板に板書していく。
「劇なら王道がいいかなーって思うんだけどねー」
「王道とは?」
「そこはやっぱ恋愛物でしょ」
来栖が先陣を切る案にクラスメイト達が思い思いに意見を挙げていく。
カフェ、劇と続きアクセサリーの販売や絵画の展覧会などの案も挙がりお金持ちみたいな案だなぁ、と姫華はぼんやり考える。
そういえば、ゲームの中ではどんなものがあったっけ、と思考の渦へと沈む。
先日の出来事からここは乙女ゲームの中でありながら別のものへと変わってしまったと思う。
私には既にこの世界がゲームではなく、現実でしかないがゲームとして軌道修正されるものなのだろうか、と仄かな不安が胸を過ぎる。
私の都合でヒロインである陽乃の親友という位置に収まったが、果たして良かったのかわからない。
陽乃のことは好きだし私としては良かったが、彼女の恋心や楽しい学園生活を奪ってはいないだろうか。
こんなこと今更考えたところで、もう賽は投げられてしまっているのだが。
考えるだけ無駄だと言われてしまえばそれまでだが、残りの学園生活は自分も陽乃も楽しく過ごして欲しいものだ。
僅かな憂いが溜め息となって零れる。
その溜め息は誰の耳に届くことなく宙に消えた。
姫華のクラスは結局最初に出たカフェにしようという意見で一度は纏まった。
だが、衣装はどうしようか、メニューはどうしようかというところで躓いてしまい皆が頭を悩ませた。
手を抜きたくない、高級なものじゃないと、と意見が纏まらない。
「うーん……予算内で収めないと駄目だから、このメニューじゃ難しいかもしれないね」
委員長がおおよその予算案を打ち出したようだが明るくない言葉に何人かから呻き声のようなものがあがる。
姫華も行儀悪く肘杖をついて黒板を見つめる。
「衣装も併せると全然足りないし……」
「では衣装はどこかでお借りするということは出来ないでしょうか」
「どーゆーこと?鶴宮さん」
「一から作ろうと思うから出費が嵩むのですわ。そう、例えば……ご自分の家のメイドや執事から服を借りる事が出来れば執事喫茶、メイド喫茶が出来ますわね。これなら衣装代は手直し分で済みますし、人によってはゼロですわ」
姫華の案に何人かが使用人の真似事?と眉を顰めた。
賛成しそうなのは数人しか見当たらない。
「メニューを充実させるか衣装を充実させるかで変わりますけれどね。衣装代が安ければメニューにその分回せますでしょ?逆も然り」
「確かにどちらも、というのは厳しい。それならば抑えられる箇所は抑えるべきだな」
ここまで黙っていた人物がぽつりと呟いた。
その声の持ち主──吉祥堂晴明──にクラス中の視線が集まる。
姫華も一瞬驚く。
今まで晴明が姫華の意見に声をあげたことがなかったからだ。
だが話が進むのであれば意見を言ってくれるのは有り難いと姫華は微笑んで話を続ける。
「案として使用人を出しましたけれど、纏めて購入することで割安になる、衣装代が高くならないという話等があればそちらで購入するのもいいと思いますの」
「なるほど。でも衣装となるとそこまで安くなるものでもないんじゃないか?」
「そうですわね……でしたら小物というのはいかがでしょう」
「小物とは?」
「……けもみみ……とか」
「は?」
ぽつりと姫華が呟いた単語にクラスメイトがきょとん、とする。
これは痛い子かもしれないとほんのり頬が染まる。
こほん、と咳払いを一つすると視線を逸らしてもう一度呟く。
「ですから、耳と尻尾ぐらいの小物であればそこまで高くはならないのではないかと……」
「……けもみみ」
「けもみみ……」
何故呆然とけもみみけもみみ呟かれているのか。
羞恥で死にそうだと真っ赤になって姫華は首を竦める。
普段であれば注目されることにも慣れたが今は何とも言えない気持ちでいっぱいになる。
居た堪れない。
「……わたしにお任せください!」
がたり、と椅子を倒す勢いで立ち上がり拳を握り締める令嬢が空気を壊した。
「けもみみいけます!」
クラス中の視線もなんのその、令嬢が声高々に言い切った。
どうやらけもみみが彼女の琴線に触れたらしい。
普段は物静かでおどおどしている彼女がこんなにはっきりと声をあげることがあるのかと驚きにクラスがざわつく。
しかしそれよりも興味を惹かれたのか、あちらこちらで誰々には犬が、とか猫がと話に花が咲き始める。
「えーっと、じゃあけもみみは決定でいいのかな?」
委員長が苦笑いを浮かべながら首を傾げれば是とクラスが沸いた。
クラスの様子に姫華はほっと胸を撫で下ろし微笑む。
そんな姿を晴明が観察していることに気付かないまま。
だがけもみみが決定しても服が制服では面白くない、との意見が消えず衣装についての話が終わらない。
ドレスだミニスカートだと単語が飛び交う。
結局衣装については決まらず明日に持ち越された。
メニューについても意見は色々出るものの決定打に欠ける。
予算との折り合いが難しいと委員長が肩を落とす。
男側からすれば食べられるものならなんでもいいと言うし、女側からすれば高級でないと品位に関わるとどちらも譲らないせいだ。
対立したまま時間だけが過ぎる。
「うーん、今日は決まらないね」
「でしたら今日はけもみみについてお話しましょう!インスピレーションが!」
「だったら各自がメニュー、衣装については調べて情報を持ってくればいいんじゃないか?」
「クッキーとか簡単なものなら手作りもありではないかしら」
「俺作れねー」
「手作りもあり、ということだけ把握しときゃいいんじゃねえか?」
わいわいと話が盛り上がり決定に至るまでにはならなかったが、空気が悪くなることもなく各自案を持ち寄るという所でお開きとなった。
部活だ帰宅だと人が集まる玄関で陽乃は姫華を待っていた。
靴を履き替えた姫華がその後ろ姿を見つけるとぽん、と肩を叩く。
くるりと振り返った陽乃は嬉しそうに笑う。
「お茶行こ!」
「ふふ、宜しいですわよ」
二人で並んで歩くその姿は傍から見ても楽しそうなものでほんわかと花が飛んでいた。
印象ってなんだっけ。
自分の目で、そして話し合うことがなければ気付かないものなのだろう。
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