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婚約破棄
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わたしには婚約者がいる。
わたし達の間にあるものはただの政略というなんとも寒々しいものだ。
愛はないのか、と問われればないと言い切れてしまう関係。
それはわたしだけでなく、彼にも言えることだ。
君との婚約、結婚は家の為だ。
愛なんてものは望まないでくれ。
婚約者である彼に婚約が決まったことを告げられた次の瞬間に繋がれた言葉がこれだ。
この言葉にわたしはわかりました、とだけ答えた。
それが二年前──わたし達が15の時の話だ。
わたしの実家はベルトマーク王国の南東に位置するランベルクという、東の国──グランテール──と面した領地にある。
と言ってもベルトマークの王都はさほど遠くない。
馬車で半日だ。
ただ、ランベルクの北側、王都からすれば東側は高く険しい山々が連なっているので越えることは出来ないに等しい。
その為国境に王都が近くても、他国に侵されることなく豊かな土地に根付いているのだ。
わたしの名前はアルメリア・ランベルク。
ランベルク地方の領主、ランベルク伯爵の長女になる。
国境にある為、長女という立場の為、伯爵家の一員という為、わたしは昔から厳しく教育されてきた。
かといってそれらに不満はない。
不満があるとすれば家庭内に、だろうか。
わたしには二つ下の弟、そして更に一つ下の妹がいる。
両親は下の子達を殊更愛している。
弟は勉強の出来を褒めてもらえる。
それが例えわたしが更に下の年で出来ていたことでも。
わたしは両親に褒められたことはなかった。
出来て当たり前。
それが両親がわたしにかける言葉だ。
出来なければ冷たい目で睨み付けられ、勉強が足りないと叱られる。
それは五歳の時には既に理解出来ていた。
教師たちもそんな両親を見ている為か、わたしが出来ないと自分たちも怒られる為か……わたしにはわからないがそれは厳しかった。
それこそ休憩はなく、予習復習は当たり前、わからないなんて口が裂けても言えない。
寝る間も惜しんで毎日机に向かった。
その為か、14から携わるようになったにも拘らず、17にして領地経営の殆どに携わっている。
お父様は経験しておけ、と言ってわたしに仕事を任せるようになっていた。
任されるようになって気付いたのだが、お父様は経営が得意ではなかったらしい。
右肩さがりだった報告書に頭を悩ませたこともあった。
ここで失敗することは許されない。
両親に怒られるだけでなく、領地の民の生活が、果ては命がかかっているのだ。
少しの穴も作れない。
教師たちとの勉強から解放されたと同時に領地経営の為に寝る間も惜しんで机に向かう日々だ。
緩やかに上がる結果に最近漸く胸を撫で下ろすことが出来るようになった。
仕事の殆どをわたしがこなす、そして両親は弟と妹に付きっきりの生活を送っている。
妹はわたしとは違ってとても可愛い。
それは見た目であり、性格も然り。
対してわたしはそこそこの顔立ち、といった所だと思う。
普通という言葉が一番しっくりくるんじゃないだろうか。
わたしと違って可愛い妹は、可愛く両親に甘えおねだりをする。
そろそろ妹の衣装を仕舞う部屋を増やすべきかもしれない。
着ない服を処分するのは両親も妹も反対していたから難しい。
そしてわたしは仕事が忙しくてまともに弟とも妹とも会話したことがない。
昔は勉強が忙しくて会話出来なかった。
最近では両親、特にお母様と会話した記憶がない。
お父様とは弟に何をやらせるから都合をつけろ、とか妹の為の何を買うから都合をつけろ、という会話しかない。
と言ってもこれももう、諦めるしかなかった。
昔からだから。
わたしの婚約に至ってはわたしの知らない所で決められていた。
婚約者が報告ついでに顔見せに来て、初めて知った。
一応社交デビューはしていたが、パーティーに出たのは数える程しかなかった。
だからまずは家を訪ねて来た相手に驚いた。
訪ねて来たのは侯爵家の長男であり、巷の女性達の噂の的である美丈夫、次期グルカンディア侯爵のオーギュスト・グルカンディア様だった。
そしてオーギュスト様が告げた婚約が決定した、という言葉に更に驚いた。
わたしとオーギュスト様に接点はなかったから。
一体どんな話の流れでそうなったのかは知らないが決まってしまったものは仕方無いと思った。
政略だと告げられた時はただただ納得して終わった。
政略とはいえ、付き合いが皆無では問題があるだろうと、わたしは極たまにグルカンディア家にお邪魔させていただいた。
グルカンディア侯爵と侯爵夫人にもしっかりと挨拶をさせてもらい、節度あるお付き合いをさせていただいている。
オーギュスト様と二人きりにさせられることもあるがこれといって話題のないわたしは庭を見させてもらったり王都を見物したりと話の種を外に拾いに出かけた。
それは悪手ではなかったように思う。
部屋で二人きりよりもぽつりぽつりと会話があるから。
それでもオーギュスト様のわたしへの態度は変わることがなかった。
少しは近付けるかと思ったのに、と少し落胆したが、どうにもならないと諦めたのはいつだったでしょうか。
今はベルトマーク王国の貴族が通う学園の同級生だ。
卒業まで一年を切っている。
そんな学園でのわたしの立ち位置は悪女で目の上のこぶらしい。
オーギュスト様は去年入って来た女生徒にご執心らしいのだ。
らしいとは言ってもわたしも目撃したことがあるので事実なのだが。
男爵家という家柄ながらオーギュスト様の心を射止めた可愛らしい彼女。
身に覚えがさっぱりないが、わたしが彼女に嫌がらせをしているらしい。
これは誓って言わせてもらうが、わたしではない。
そしてわたしがオーギュスト様の婚約者であるということが気に食わない方々に、わたしが嫌がらせをされている。
陰口にもならない嫌味も侮蔑を含んだ視線も日常茶飯事だ。
しかしわたしにはどちらの事もどうでもよかった。
ただ、後々面倒にならないようにと色々手は打たせてもらっている。
いい加減疲れた。
これがわたしの心境だ。
大多数には知られていない為、ただ耐えるのみだったわたしに転機が訪れた。
それは夏も終わろうというある日。
寮から景色をぼんやりと見ながら学園へと歩いていたわたしの前に立ちはだかった彼女と婚約者。
その周囲には何事かと生徒たちと集まる生徒に疑問を抱いた教師たちが視線を向けていた。
その視線にわたしも晒される。
彼と並んでいた彼女が一歩、わたしに近づくと潤む瞳で睨み付けてきた。
「いい加減オーギュスト様を解放してさしあげて!政略結婚で縛るなんて最低よ!!」
投げつけられた言葉にわたしは思わず首を傾げてしまった。
それが彼女の怒りに触れたのか大声で騒ぎ立てる。
ひとしきり彼女が叫ぶ声を聞き、わたしは深く溜め息を零した。
するとオーギュスト様が眉を寄せて睨み付けてきた。
「俺は彼女を愛している。君と結婚することは出来ない。だから婚約を破棄して欲しい」
その言葉を聞きわたしは二人を見つめた。
そして微笑んでゆっくりと口を動かした。
「侯爵家の人間にあるまじきお言葉ですわね。それに政略結婚が最低だと仰るのなら、ここにいらっしゃる皆様や王家の方々への侮辱ですわね。政略結婚の意味を理解されていないのでしょうか」
わたしの言葉に目の前の婚約者も周囲の人間もびくりと体を強ばらせる。
この学園へと通う生徒は皆貴族だ。
教師たちも例外はない。
誰かしら、そして誰もが通りうる道が政略結婚である。
目を丸くする彼女を見つめてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「わたしは婚約が決まった時に既に政略結婚であると告げられておりますし、理解もしています。わたしが望んだ訳ではありませんが、親の言う事には逆らえません。それに愛を望むなと言われておりますので一切望んでおりませんし、わたしも愛しておりません。その上での婚約者でした」
一度視線を婚約者へと向ければ顔を青ざめさせているが、もう気にすることはなかった。
ゆっくりと周囲にも視線を巡らせ更に微笑む。
「わたしは辺境伯の娘、どうやら皆様お忘れのようですが……わたしから侯爵家に婚約破棄を告げることは出来ません。いわれの無い悪評を流されても、嫌がらせをされても何もせずにいたのは家柄がグルカンディア家より劣るからですわ。ですから今までの全てを甘んじて受けていたのですが……今オーギュスト様からお言葉をいただきましたので、もう宜しいですわね。ここにいる全ての人間が証人です」
「漸く終わりか」
「いいえ、わたしがすべき事はまだあるのよ」
「ああ、そういやぁそうだな」
わたしと目の前の二人を囲む静まり返った人々の間を抜けて来たであろう人物がわたしの隣に立つ。
その人物を見上げてから肩を竦める。
「さっさと終わるように手伝ってやろうか?」
「貴方の手を煩わせたくないわ」
「遠慮すんなっていつも言ってんだろ。おい!今すぐ各家に渡した書類を配れ!!」
「あ、ちょ、何するのよ!ていうかいつの間に!?」
「ははっ、この方が速く終わるだろ」
「もう!」
周囲の視線を気にもとめず話を進めてしまう彼にわたしは見せつけるように肩を落とし溜め息を吐いた。
それも意に介さずににやにやと笑う彼の足を踏んでやれば、大袈裟に飛び跳ね痛いと声をあげる。
「あ、それではわたしは失礼いたしますね。どうぞお二人でお幸せになってください」
「そこの女も貴族の末席に連なっているのなら、婚約者持ちに手を出したことやアルメリアにしてきた事のツケ……払えるよな」
スカートを摘んで腰を軽く落とし、さっさと元きた道を戻る。
顔を青くして震える婚約者、いや、もう少しで元婚約者になるだろう彼にはもう一欠片の興味もなかった。
悪役のように笑った彼もその場から離れ、待ってろと言って去っていった。
何を待てばいいのかはわからないがわたしの行く先は決まっている。
グルカンディア家だ。
彼の御両親にこの話をして婚約破棄を認めてもらえれば終わる。
まあ、こんな大勢いる場で口上したのだから認めざるを得ないだろうが。
これで荷物が一つ片付く。
グルカンディア家に到着し、執事に先導され向かった部屋で侯爵と夫人が不思議そうに出迎えてくれた。
まだ学園にいるべき時間、しかも朝なのだからそうなるだろう。
朝からお邪魔してしまったことを詫びてから、わたしは書類の束を差し出し侯爵の反応を待つ。
一枚一枚に目を通す毎に赤くなる侯爵。
侯爵が読み終えた紙に目を通し小さく声をあげる夫人。
そこに大きな音を立てて飛び込んできた姿にわたしは目を丸くする。
オーギュスト様だ。
これは予想外だった。
てっきり彼女と肩を寄せ合うものだと思っていたから。
「アルメリア!…と父上!母上もいらっしゃったのですか」
「ちょっと座っていろ、オーギュスト」
慌てて帰って来た家に居たのは婚約者のアルメリアと両親。
アルメリアがここに来ていることは予測出来たし父上がいるであろうことも予測出来た。
だが俺が口を挟む事を許さない父上に席に座って待つしかない。
落ち着かないまま父上を見つめる。
アルメリアも俺を無視して父上を見つめたまま言葉を待っていた。
全てを読み終えた父上が肘をつき頭を抱えた。
「……これにオーギュストはどんな対処を?」
「一切ありませんでした」
「は……?」
侯爵は顔をあげて信じられないという目をアルメリアに向けている。
書類に書かれているのは多分学園での諸々のことだろう。
言いたいことは色々あるが、事実だ。
俺は一切動かなかった。
「待ってください!」
思わず立ち上がり声をあげる。
だが俺が弁解しようとするのを遮るようにアルメリアは父上に新しい紙を差し出す。
「そしてこちらはまた別のものになりますが……どうぞ目を通してくださいませ」
「アルメリア!話を」
「黙っていろ、オーギュスト」
俺の声を遮ってから父上は新たに渡した紙に目を通す。
その顔は徐々に青ざめていき、唇が震えている。
「これは……こんな……」
「先程婚約破棄を言い渡されました。他の生徒や教師の方々もおりましたので今日中には話が広まるでしょう」
「アルメリア!だから!」
「黙っていろ!オーギュスト!」
「っ」
父上の怒りを含んだ声に俺は息を飲む。
俺はただ、アルメリアの感情を動かしたかっただけなんだ。
確かに初めは政略での婚約でしかないと思っていた。
まともに会話をしたことも、ましてや顔をまともに見たのは婚約を告げた時だった。
社交デビューは同じ日だったらしいが、あの日は人も多く、アルメリアとは会話もしていなかったし見かけたかどうかもわからない。
だが、婚約が決まって家に来た時はアルメリアに連れられて庭を歩いたり王都を散策したりした。
少しずつ近くなる距離をむず痒く思い素っ気ない態度を続けてしまった。
だがそれでもアルメリアはこの家に足を何度も運び両親とも仲良く話していた。
徐々にアルメリアとの結婚も悪くないと、思っていた。
学園でも俺達が婚約していることは周知の事だった。
それでも俺に声をかけてくる女はいた。
アルメリアも見ていたし俺も婚約者がいるからと断っていた。
……いつからだろう。
アルメリアに一線を引かれていると感じるようになったのは……。
それは学園の中だけでなく、学園の外で会う時も感じるようになっていた。
アルメリアは笑顔か少し眉尻を下げた困ったような表情しかしなくなっていた。
ああ……確かあの女が俺に声をかけてきてから、か。
俺が婚約者がいるからと断っても懲りずに声をかけてきて、少し甘い顔をすれば真っ赤になって喜んでいたあの女。
アルメリアがそれを見て何かしら反応しないかと、俺は期待していた。
泣いたり怒ったり……婚約者であるアルメリアがいるのに、と言って欲しかった。
だがアルメリアは表情を変えることはなかった。
いつからか躍起になっていた。
人目も憚らずあの女に声をかけ、甘い言葉を囁き続けた。
それでアルメリアが陰口を囁かれていたことは、気付いていた。
いい加減俺に何かを言ってくるだろうと、助けを求めてくるだろうと思っていたのに。
アルメリアはただ、何もせずにいた。
何故俺に頼らないのかと、怒りすら感じた。
それならば俺しか頼れなくなるまで放っておこうと、決めた。
学園中を敵にし、俺に泣き縋るしかなくなればいい、と。
それでも、アルメリアは動かなかった。
だがアルメリアが俺から離れるとは考えてもいなかった。
今日あの女がアルメリアに罵声を浴びせた時はあの女に苛立ちも感じた。
だが、ここで俺が婚約破棄を言葉にすればいい加減縋ってくるだろうと考えていた。
あの大勢いる場で俺に縋り泣き付けばいいと思っていた。
なのに、結果はどうだ。
愛していないと言われた時は目の前が真っ暗になった。
何を言われたのか一瞬理解出来なかった。
アルメリアの言葉を理解して、吐き気と頭痛に襲われ倒れないようにするだけで精一杯だった。
そして当たり前のようにアルメリアに声をかけた男がいた。
アルメリアはあいつと親しげだった。
いつ、仲良くなったんだ。
俺は知らない。
俺は、アルメリアのあんな遠慮のない姿を、見たことがない。
何故俺にじゃないんだ。
何故。
「…………今回の婚約は、白紙に戻す」
「何故ですか、父上!?」
「お前がそれを言うのか!!」
侯爵がテーブルを力いっぱい叩く。
夫人は目に涙を浮かべてオーギュスト様を睨み付けている。
あれだけ大っぴらに婚約破棄を告げたのはオーギュスト様だ。
それに彼は他に愛する人がいると言った。
わたしに非は一切ない。
被害者とも言えるのだ。
「このグルカンディア家の婚約者への中傷を撤回させるでもなく、あまつさえ婚約者がいながら他の女……しかも男爵家だと?グルカンディア家の名に泥を塗りおって……!罪を擦り付けられたアルメリア嬢を守ることもせずにいたお前の言葉の何を聞けと言うのだ!!」
「侯爵様……これは仕方のない話なのです。わたしは最初から政略結婚であると、愛することはないと言われていましたから。オーギュスト様の心を変えられる魅力も力も、わたしにはなかったのです。良くしていただいていたのに……わたしの力が及ばず、ご心労をおかけしてしまい申し訳ありません」
絶句する元婚約者を横目で見遣り、座ったまま深く頭を下げる。
愛せなかったのはわたしもだけれど、それでもわたしは他の人に目を向けたことはなかった。
契約違反なんて怖くて出来ない。
社会的に抹殺されてしまう。
「いいえ、アルメリアさんは悪くないのよ。こんな……アルメリアさんの何が不服だったのか、わたくしにはわからないわ、オーギュスト」
「……有り難うございます、侯爵夫人。今まで大変お世話になりました。わたしは家に戻り両親に話をしなければなりませんのでこれで失礼いたします」
「すまなかった、アルメリア嬢」
「いえ……それでは」
もう一度頭を下げて静かにグルカンディア家を後にする。
これで後は両親に話してこの話はおしまい……になるだろうか。
きっと責められるのだろう。
役たたずだと、怒られるのだろうか。
もしかしたら縁を切られるかもしれない。
…………あら?縁を切られたら楽になるのかもしれない。
思い付かなかったが、道が開けた気がする。
そう、縁を切られたらあの家族の中にいなくてもいいんだ。
そうしたら王都でも他の領地ででも暮らせばいい。
何故今まで思い付かなかったのか。
思っていた以上に軽い足取りでわたしは家へと帰った。
婚約破棄を両親に告げたら真っ赤な顔で出ていけと言われた。
そこでわたしはしおらしくしながら両親に絶縁状を書いてもらった。
これを王都のとある部署に提出し写しを手にすれば晴れてわたしは自由の身になれる。
心弾ませながら自分の部屋を片付ける。
お金になりそうな物を纏め、執事に馬車の手配を頼む。
何か言いたげながらも頭を下げてくれた執事にはいつか何かを贈ろう。
この領地の人々を放り出すのは心苦しいが、弟も妹もいる。
両親だってまだまだ健在だ。
大丈夫だろう、と思う。
けど何かあったら嫌だからこまめに連絡をすることにしよう。
荷物を馬車に積んでいる間にも両親や弟、妹は顔を見せなかった。
執事やメイド数人に見送られてわたしは新しい人生の一歩を踏み出した。
決して楽な道はないだろうけど、それでも心は晴れ晴れとしていた。
目指すは王都!
あの日元婚約者に婚約破棄を言い渡されてから早数年。
わたしは今日、結婚式を挙げます。
あ、今回は政略なんてありません。
貴族の名を失ったわたしに政略的価値は一切ないですから。
それでも、貴族の名がなくてもわたしを愛していると言ってくれた人がいました。
白いドレスに身を包んだわたしを綺麗だと、優しく微笑んでくれました。
漸く俺のものだと声高々に宣言され、人目も憚らず抱き上げられて振り回された半年前。
友人たちの中では今でもわたし達を揶揄えるネタです。
将来も揶揄われるのでしょう。
でもいい思い出だと、笑ってしまえる嬉しくて少し恥ずかしい思い出です。
下ろされた時にはその足を思いっ切り踏み付けてやりましたけどね。
わたしが寄りかかれるこの人が、
わたしを寄りかからせてくれるこの人が、
わたしが愛しているこの人が、
わたしを愛してくれるこの人が、
わたしの愛しい旦那様です。
わたし達の間にあるものはただの政略というなんとも寒々しいものだ。
愛はないのか、と問われればないと言い切れてしまう関係。
それはわたしだけでなく、彼にも言えることだ。
君との婚約、結婚は家の為だ。
愛なんてものは望まないでくれ。
婚約者である彼に婚約が決まったことを告げられた次の瞬間に繋がれた言葉がこれだ。
この言葉にわたしはわかりました、とだけ答えた。
それが二年前──わたし達が15の時の話だ。
わたしの実家はベルトマーク王国の南東に位置するランベルクという、東の国──グランテール──と面した領地にある。
と言ってもベルトマークの王都はさほど遠くない。
馬車で半日だ。
ただ、ランベルクの北側、王都からすれば東側は高く険しい山々が連なっているので越えることは出来ないに等しい。
その為国境に王都が近くても、他国に侵されることなく豊かな土地に根付いているのだ。
わたしの名前はアルメリア・ランベルク。
ランベルク地方の領主、ランベルク伯爵の長女になる。
国境にある為、長女という立場の為、伯爵家の一員という為、わたしは昔から厳しく教育されてきた。
かといってそれらに不満はない。
不満があるとすれば家庭内に、だろうか。
わたしには二つ下の弟、そして更に一つ下の妹がいる。
両親は下の子達を殊更愛している。
弟は勉強の出来を褒めてもらえる。
それが例えわたしが更に下の年で出来ていたことでも。
わたしは両親に褒められたことはなかった。
出来て当たり前。
それが両親がわたしにかける言葉だ。
出来なければ冷たい目で睨み付けられ、勉強が足りないと叱られる。
それは五歳の時には既に理解出来ていた。
教師たちもそんな両親を見ている為か、わたしが出来ないと自分たちも怒られる為か……わたしにはわからないがそれは厳しかった。
それこそ休憩はなく、予習復習は当たり前、わからないなんて口が裂けても言えない。
寝る間も惜しんで毎日机に向かった。
その為か、14から携わるようになったにも拘らず、17にして領地経営の殆どに携わっている。
お父様は経験しておけ、と言ってわたしに仕事を任せるようになっていた。
任されるようになって気付いたのだが、お父様は経営が得意ではなかったらしい。
右肩さがりだった報告書に頭を悩ませたこともあった。
ここで失敗することは許されない。
両親に怒られるだけでなく、領地の民の生活が、果ては命がかかっているのだ。
少しの穴も作れない。
教師たちとの勉強から解放されたと同時に領地経営の為に寝る間も惜しんで机に向かう日々だ。
緩やかに上がる結果に最近漸く胸を撫で下ろすことが出来るようになった。
仕事の殆どをわたしがこなす、そして両親は弟と妹に付きっきりの生活を送っている。
妹はわたしとは違ってとても可愛い。
それは見た目であり、性格も然り。
対してわたしはそこそこの顔立ち、といった所だと思う。
普通という言葉が一番しっくりくるんじゃないだろうか。
わたしと違って可愛い妹は、可愛く両親に甘えおねだりをする。
そろそろ妹の衣装を仕舞う部屋を増やすべきかもしれない。
着ない服を処分するのは両親も妹も反対していたから難しい。
そしてわたしは仕事が忙しくてまともに弟とも妹とも会話したことがない。
昔は勉強が忙しくて会話出来なかった。
最近では両親、特にお母様と会話した記憶がない。
お父様とは弟に何をやらせるから都合をつけろ、とか妹の為の何を買うから都合をつけろ、という会話しかない。
と言ってもこれももう、諦めるしかなかった。
昔からだから。
わたしの婚約に至ってはわたしの知らない所で決められていた。
婚約者が報告ついでに顔見せに来て、初めて知った。
一応社交デビューはしていたが、パーティーに出たのは数える程しかなかった。
だからまずは家を訪ねて来た相手に驚いた。
訪ねて来たのは侯爵家の長男であり、巷の女性達の噂の的である美丈夫、次期グルカンディア侯爵のオーギュスト・グルカンディア様だった。
そしてオーギュスト様が告げた婚約が決定した、という言葉に更に驚いた。
わたしとオーギュスト様に接点はなかったから。
一体どんな話の流れでそうなったのかは知らないが決まってしまったものは仕方無いと思った。
政略だと告げられた時はただただ納得して終わった。
政略とはいえ、付き合いが皆無では問題があるだろうと、わたしは極たまにグルカンディア家にお邪魔させていただいた。
グルカンディア侯爵と侯爵夫人にもしっかりと挨拶をさせてもらい、節度あるお付き合いをさせていただいている。
オーギュスト様と二人きりにさせられることもあるがこれといって話題のないわたしは庭を見させてもらったり王都を見物したりと話の種を外に拾いに出かけた。
それは悪手ではなかったように思う。
部屋で二人きりよりもぽつりぽつりと会話があるから。
それでもオーギュスト様のわたしへの態度は変わることがなかった。
少しは近付けるかと思ったのに、と少し落胆したが、どうにもならないと諦めたのはいつだったでしょうか。
今はベルトマーク王国の貴族が通う学園の同級生だ。
卒業まで一年を切っている。
そんな学園でのわたしの立ち位置は悪女で目の上のこぶらしい。
オーギュスト様は去年入って来た女生徒にご執心らしいのだ。
らしいとは言ってもわたしも目撃したことがあるので事実なのだが。
男爵家という家柄ながらオーギュスト様の心を射止めた可愛らしい彼女。
身に覚えがさっぱりないが、わたしが彼女に嫌がらせをしているらしい。
これは誓って言わせてもらうが、わたしではない。
そしてわたしがオーギュスト様の婚約者であるということが気に食わない方々に、わたしが嫌がらせをされている。
陰口にもならない嫌味も侮蔑を含んだ視線も日常茶飯事だ。
しかしわたしにはどちらの事もどうでもよかった。
ただ、後々面倒にならないようにと色々手は打たせてもらっている。
いい加減疲れた。
これがわたしの心境だ。
大多数には知られていない為、ただ耐えるのみだったわたしに転機が訪れた。
それは夏も終わろうというある日。
寮から景色をぼんやりと見ながら学園へと歩いていたわたしの前に立ちはだかった彼女と婚約者。
その周囲には何事かと生徒たちと集まる生徒に疑問を抱いた教師たちが視線を向けていた。
その視線にわたしも晒される。
彼と並んでいた彼女が一歩、わたしに近づくと潤む瞳で睨み付けてきた。
「いい加減オーギュスト様を解放してさしあげて!政略結婚で縛るなんて最低よ!!」
投げつけられた言葉にわたしは思わず首を傾げてしまった。
それが彼女の怒りに触れたのか大声で騒ぎ立てる。
ひとしきり彼女が叫ぶ声を聞き、わたしは深く溜め息を零した。
するとオーギュスト様が眉を寄せて睨み付けてきた。
「俺は彼女を愛している。君と結婚することは出来ない。だから婚約を破棄して欲しい」
その言葉を聞きわたしは二人を見つめた。
そして微笑んでゆっくりと口を動かした。
「侯爵家の人間にあるまじきお言葉ですわね。それに政略結婚が最低だと仰るのなら、ここにいらっしゃる皆様や王家の方々への侮辱ですわね。政略結婚の意味を理解されていないのでしょうか」
わたしの言葉に目の前の婚約者も周囲の人間もびくりと体を強ばらせる。
この学園へと通う生徒は皆貴族だ。
教師たちも例外はない。
誰かしら、そして誰もが通りうる道が政略結婚である。
目を丸くする彼女を見つめてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「わたしは婚約が決まった時に既に政略結婚であると告げられておりますし、理解もしています。わたしが望んだ訳ではありませんが、親の言う事には逆らえません。それに愛を望むなと言われておりますので一切望んでおりませんし、わたしも愛しておりません。その上での婚約者でした」
一度視線を婚約者へと向ければ顔を青ざめさせているが、もう気にすることはなかった。
ゆっくりと周囲にも視線を巡らせ更に微笑む。
「わたしは辺境伯の娘、どうやら皆様お忘れのようですが……わたしから侯爵家に婚約破棄を告げることは出来ません。いわれの無い悪評を流されても、嫌がらせをされても何もせずにいたのは家柄がグルカンディア家より劣るからですわ。ですから今までの全てを甘んじて受けていたのですが……今オーギュスト様からお言葉をいただきましたので、もう宜しいですわね。ここにいる全ての人間が証人です」
「漸く終わりか」
「いいえ、わたしがすべき事はまだあるのよ」
「ああ、そういやぁそうだな」
わたしと目の前の二人を囲む静まり返った人々の間を抜けて来たであろう人物がわたしの隣に立つ。
その人物を見上げてから肩を竦める。
「さっさと終わるように手伝ってやろうか?」
「貴方の手を煩わせたくないわ」
「遠慮すんなっていつも言ってんだろ。おい!今すぐ各家に渡した書類を配れ!!」
「あ、ちょ、何するのよ!ていうかいつの間に!?」
「ははっ、この方が速く終わるだろ」
「もう!」
周囲の視線を気にもとめず話を進めてしまう彼にわたしは見せつけるように肩を落とし溜め息を吐いた。
それも意に介さずににやにやと笑う彼の足を踏んでやれば、大袈裟に飛び跳ね痛いと声をあげる。
「あ、それではわたしは失礼いたしますね。どうぞお二人でお幸せになってください」
「そこの女も貴族の末席に連なっているのなら、婚約者持ちに手を出したことやアルメリアにしてきた事のツケ……払えるよな」
スカートを摘んで腰を軽く落とし、さっさと元きた道を戻る。
顔を青くして震える婚約者、いや、もう少しで元婚約者になるだろう彼にはもう一欠片の興味もなかった。
悪役のように笑った彼もその場から離れ、待ってろと言って去っていった。
何を待てばいいのかはわからないがわたしの行く先は決まっている。
グルカンディア家だ。
彼の御両親にこの話をして婚約破棄を認めてもらえれば終わる。
まあ、こんな大勢いる場で口上したのだから認めざるを得ないだろうが。
これで荷物が一つ片付く。
グルカンディア家に到着し、執事に先導され向かった部屋で侯爵と夫人が不思議そうに出迎えてくれた。
まだ学園にいるべき時間、しかも朝なのだからそうなるだろう。
朝からお邪魔してしまったことを詫びてから、わたしは書類の束を差し出し侯爵の反応を待つ。
一枚一枚に目を通す毎に赤くなる侯爵。
侯爵が読み終えた紙に目を通し小さく声をあげる夫人。
そこに大きな音を立てて飛び込んできた姿にわたしは目を丸くする。
オーギュスト様だ。
これは予想外だった。
てっきり彼女と肩を寄せ合うものだと思っていたから。
「アルメリア!…と父上!母上もいらっしゃったのですか」
「ちょっと座っていろ、オーギュスト」
慌てて帰って来た家に居たのは婚約者のアルメリアと両親。
アルメリアがここに来ていることは予測出来たし父上がいるであろうことも予測出来た。
だが俺が口を挟む事を許さない父上に席に座って待つしかない。
落ち着かないまま父上を見つめる。
アルメリアも俺を無視して父上を見つめたまま言葉を待っていた。
全てを読み終えた父上が肘をつき頭を抱えた。
「……これにオーギュストはどんな対処を?」
「一切ありませんでした」
「は……?」
侯爵は顔をあげて信じられないという目をアルメリアに向けている。
書類に書かれているのは多分学園での諸々のことだろう。
言いたいことは色々あるが、事実だ。
俺は一切動かなかった。
「待ってください!」
思わず立ち上がり声をあげる。
だが俺が弁解しようとするのを遮るようにアルメリアは父上に新しい紙を差し出す。
「そしてこちらはまた別のものになりますが……どうぞ目を通してくださいませ」
「アルメリア!話を」
「黙っていろ、オーギュスト」
俺の声を遮ってから父上は新たに渡した紙に目を通す。
その顔は徐々に青ざめていき、唇が震えている。
「これは……こんな……」
「先程婚約破棄を言い渡されました。他の生徒や教師の方々もおりましたので今日中には話が広まるでしょう」
「アルメリア!だから!」
「黙っていろ!オーギュスト!」
「っ」
父上の怒りを含んだ声に俺は息を飲む。
俺はただ、アルメリアの感情を動かしたかっただけなんだ。
確かに初めは政略での婚約でしかないと思っていた。
まともに会話をしたことも、ましてや顔をまともに見たのは婚約を告げた時だった。
社交デビューは同じ日だったらしいが、あの日は人も多く、アルメリアとは会話もしていなかったし見かけたかどうかもわからない。
だが、婚約が決まって家に来た時はアルメリアに連れられて庭を歩いたり王都を散策したりした。
少しずつ近くなる距離をむず痒く思い素っ気ない態度を続けてしまった。
だがそれでもアルメリアはこの家に足を何度も運び両親とも仲良く話していた。
徐々にアルメリアとの結婚も悪くないと、思っていた。
学園でも俺達が婚約していることは周知の事だった。
それでも俺に声をかけてくる女はいた。
アルメリアも見ていたし俺も婚約者がいるからと断っていた。
……いつからだろう。
アルメリアに一線を引かれていると感じるようになったのは……。
それは学園の中だけでなく、学園の外で会う時も感じるようになっていた。
アルメリアは笑顔か少し眉尻を下げた困ったような表情しかしなくなっていた。
ああ……確かあの女が俺に声をかけてきてから、か。
俺が婚約者がいるからと断っても懲りずに声をかけてきて、少し甘い顔をすれば真っ赤になって喜んでいたあの女。
アルメリアがそれを見て何かしら反応しないかと、俺は期待していた。
泣いたり怒ったり……婚約者であるアルメリアがいるのに、と言って欲しかった。
だがアルメリアは表情を変えることはなかった。
いつからか躍起になっていた。
人目も憚らずあの女に声をかけ、甘い言葉を囁き続けた。
それでアルメリアが陰口を囁かれていたことは、気付いていた。
いい加減俺に何かを言ってくるだろうと、助けを求めてくるだろうと思っていたのに。
アルメリアはただ、何もせずにいた。
何故俺に頼らないのかと、怒りすら感じた。
それならば俺しか頼れなくなるまで放っておこうと、決めた。
学園中を敵にし、俺に泣き縋るしかなくなればいい、と。
それでも、アルメリアは動かなかった。
だがアルメリアが俺から離れるとは考えてもいなかった。
今日あの女がアルメリアに罵声を浴びせた時はあの女に苛立ちも感じた。
だが、ここで俺が婚約破棄を言葉にすればいい加減縋ってくるだろうと考えていた。
あの大勢いる場で俺に縋り泣き付けばいいと思っていた。
なのに、結果はどうだ。
愛していないと言われた時は目の前が真っ暗になった。
何を言われたのか一瞬理解出来なかった。
アルメリアの言葉を理解して、吐き気と頭痛に襲われ倒れないようにするだけで精一杯だった。
そして当たり前のようにアルメリアに声をかけた男がいた。
アルメリアはあいつと親しげだった。
いつ、仲良くなったんだ。
俺は知らない。
俺は、アルメリアのあんな遠慮のない姿を、見たことがない。
何故俺にじゃないんだ。
何故。
「…………今回の婚約は、白紙に戻す」
「何故ですか、父上!?」
「お前がそれを言うのか!!」
侯爵がテーブルを力いっぱい叩く。
夫人は目に涙を浮かべてオーギュスト様を睨み付けている。
あれだけ大っぴらに婚約破棄を告げたのはオーギュスト様だ。
それに彼は他に愛する人がいると言った。
わたしに非は一切ない。
被害者とも言えるのだ。
「このグルカンディア家の婚約者への中傷を撤回させるでもなく、あまつさえ婚約者がいながら他の女……しかも男爵家だと?グルカンディア家の名に泥を塗りおって……!罪を擦り付けられたアルメリア嬢を守ることもせずにいたお前の言葉の何を聞けと言うのだ!!」
「侯爵様……これは仕方のない話なのです。わたしは最初から政略結婚であると、愛することはないと言われていましたから。オーギュスト様の心を変えられる魅力も力も、わたしにはなかったのです。良くしていただいていたのに……わたしの力が及ばず、ご心労をおかけしてしまい申し訳ありません」
絶句する元婚約者を横目で見遣り、座ったまま深く頭を下げる。
愛せなかったのはわたしもだけれど、それでもわたしは他の人に目を向けたことはなかった。
契約違反なんて怖くて出来ない。
社会的に抹殺されてしまう。
「いいえ、アルメリアさんは悪くないのよ。こんな……アルメリアさんの何が不服だったのか、わたくしにはわからないわ、オーギュスト」
「……有り難うございます、侯爵夫人。今まで大変お世話になりました。わたしは家に戻り両親に話をしなければなりませんのでこれで失礼いたします」
「すまなかった、アルメリア嬢」
「いえ……それでは」
もう一度頭を下げて静かにグルカンディア家を後にする。
これで後は両親に話してこの話はおしまい……になるだろうか。
きっと責められるのだろう。
役たたずだと、怒られるのだろうか。
もしかしたら縁を切られるかもしれない。
…………あら?縁を切られたら楽になるのかもしれない。
思い付かなかったが、道が開けた気がする。
そう、縁を切られたらあの家族の中にいなくてもいいんだ。
そうしたら王都でも他の領地ででも暮らせばいい。
何故今まで思い付かなかったのか。
思っていた以上に軽い足取りでわたしは家へと帰った。
婚約破棄を両親に告げたら真っ赤な顔で出ていけと言われた。
そこでわたしはしおらしくしながら両親に絶縁状を書いてもらった。
これを王都のとある部署に提出し写しを手にすれば晴れてわたしは自由の身になれる。
心弾ませながら自分の部屋を片付ける。
お金になりそうな物を纏め、執事に馬車の手配を頼む。
何か言いたげながらも頭を下げてくれた執事にはいつか何かを贈ろう。
この領地の人々を放り出すのは心苦しいが、弟も妹もいる。
両親だってまだまだ健在だ。
大丈夫だろう、と思う。
けど何かあったら嫌だからこまめに連絡をすることにしよう。
荷物を馬車に積んでいる間にも両親や弟、妹は顔を見せなかった。
執事やメイド数人に見送られてわたしは新しい人生の一歩を踏み出した。
決して楽な道はないだろうけど、それでも心は晴れ晴れとしていた。
目指すは王都!
あの日元婚約者に婚約破棄を言い渡されてから早数年。
わたしは今日、結婚式を挙げます。
あ、今回は政略なんてありません。
貴族の名を失ったわたしに政略的価値は一切ないですから。
それでも、貴族の名がなくてもわたしを愛していると言ってくれた人がいました。
白いドレスに身を包んだわたしを綺麗だと、優しく微笑んでくれました。
漸く俺のものだと声高々に宣言され、人目も憚らず抱き上げられて振り回された半年前。
友人たちの中では今でもわたし達を揶揄えるネタです。
将来も揶揄われるのでしょう。
でもいい思い出だと、笑ってしまえる嬉しくて少し恥ずかしい思い出です。
下ろされた時にはその足を思いっ切り踏み付けてやりましたけどね。
わたしが寄りかかれるこの人が、
わたしを寄りかからせてくれるこの人が、
わたしが愛しているこの人が、
わたしを愛してくれるこの人が、
わたしの愛しい旦那様です。
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