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No.12
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「精霊の力は弱くなっているみたいですけどね」
月兎さんが耳を倒して少し残念そう?にしている。
精霊の力が弱くなっているっていうのは、ここの持ち主がいなくなってしまったからかな?
「うーん……どうやったら精霊さんは力が強くなるんですか?」
「精霊も私共と変わりません。主を得て、魔力を受ければ見合った分だけ強くなります」
「ああー、主……」
大広間のど真ん中で唸るわたし達。
主は精霊さんが選んだ人じゃないとねぇ。
魔力だけあげるって出来ないのかなぁ?
魔力をあげれたらなぁ、なんて考えてたらわたし達から少し離れた所にぼんやりと靄がかかったように景色が揺れた。
「ふぇっ!?」
それをばっちり見てしまったわたしは飛び上がって、玉藻さんにぎゅーっと抱き着いてしまう。
一拍遅れて気付いた皆は、身を固くしてそちらを向いた。
靄の中にゆらゆらと人影が見える。
その姿は小さな子供だった。
薄くぼんやりとした子供が浮いている。
「精霊ですね」
月兎さんの言葉に皆の肩から力が抜けた。
ついでにわたしも腰が抜けそうでした。
──……うさ……は?──
うん?
うさ?
──おと……さ……は?──
「おと?」
「精霊はなんと?」
「おとさ……ってなんでしょう……物?人?」
「……主人を探しているのか?」
玉藻さんの言葉に精霊さんは泣きそうな顔で頷いた。
主人って、さっき聞いた貴族ってことだよね。
声はわたしにしか聞こえてないみたいだけど、姿は皆が見えているみたいだ。
しかし、持ち主だった貴族の話については、詳しくはわからないから月兎さんに視線を向けると、月兎さんは1つ頷いて精霊さんと向き合った。
「ここの持ち主だった人間は既に亡くなっています。……もう30年は経っているでしょう」
「……そんな昔なんですか?」
「はい。精霊がいつから自我を持っていたのかはわかりませんが、亡くなったという記録がありましたので間違いないかと」
月兎さんの言葉に精霊さんはぽろぽろと涙を零し始めた。
悲しい……寂しい……。
そんな感情が流れてくる。
わたしは誘われるように精霊さんに近付き、流れる涙を指で拭おうとした。
……触れることは、出来なかった。
「……泣かないで……」
無理なことを言ったのは、わかる。
でも、こんな小さな子が声を押し殺すように、唇を手で覆って涙を流している姿は……胸が痛くなる。
その心情を察するだけで、目頭が熱くなる。
この子に家族がいたら良かったのに。
貴族夫婦の子供とか。
そうしたら、悲しみも寂しさも、少しは癒されただろうに。
1人は……独りは……寂しいよね。
──うん……しぃ……──
わたしの頬を涙が滑り落ちる。
精霊さんはそんなわたしを見つめて……両手でわたしの頬を包んだ。
触れ合えないけれど、包まれた気がした。
君の友達になりたいな。
──……だち?──
そう、友達。
これからいっぱいお話したり遊んだり……そうしたら君の寂しさも、少しは紛れるかな、って。
──とも……だち……──
うん、友達。
君の御主人様の代わりにはなれないけれど、友達になれたら……わたしは嬉しいな。
涙は止まらないけれど、精霊さんに笑顔を向ける。
泣き顔より、笑顔がいいよね。
──え、がお……──
うん、御主人様との思い出は、笑顔でしょ?
幸せだと、笑顔。
楽しいと、笑顔。
君の記憶の御主人様は……笑顔だった?
──うん、……えがお……──
精霊さんは泣きながら、何度も頷いていた。
大事な人を亡くす痛みも悲しさも……わたしはわからないけれど。
綺麗事って言われるだろうけど……。
悲しい、寂しいよりは楽しい、嬉しい方がいいよね。
ほんの少しでも、精霊さんが笑顔になってくれたら、嬉しいな。
触れないってわかってても、抱き締めずにはいられなかった。
精霊さんに両手を伸ばして、そっと抱き締める。
わたし、君の友達になりたいな。
そして、君の御主人様の思い出……聞きたいな。
君がそれだけ想い続けた御主人様だもん。
きっといい人だったんだろうな。
──うん──
きっとさ、御主人様も君が笑顔でいてくれる方が嬉しいと思うよ。
──うん……そうだね……──
いつか、笑顔になれるといいね。
──……うん……──
涙で濡れた顔だけど精霊さんに向かって微笑むと、精霊さんもぎこちなく……ほんの少しだけ笑った。
「ふぁっ!?」
「主、こちらに」
精霊さんが笑った、と思ったら光り出したよ!
こう、ぴかーっとまではいかないんだけど、ふわわーっと徐々に光ってった。
一瞬で距離を詰めた玉藻さんに腕を引かれて、精霊さんから距離をとる。
その光がどうなるのか、じっと見つめて窺う。
「一体何が……?」
「わかりません……が、危険がないとも限りませんので近付かないようにお願いします」
「……わ、かりました……」
玉藻さんがわたしをその背中に隠してしまったから、横から覗くようにして精霊さんを見つめていると、光が収縮していく。
その中心にいた精霊さんは……その姿がはっきりと見えるようになっていた。
クリーム色の髪がふわふわと拡がっていて扇のようだ。
閉じられている瞳の色は見えないけれど、玉藻さんの言う危険はないように感じる。
「……精霊さん……?」
光が収まったから恐る恐る声をかけてみると、精霊さんはゆっくりと目を開き、わたしに向かって微笑んだ。
その目は細くて、瞳の色まではわからなかった。
言うなら糸目ってやつかな。
さっきまで扇のように拡がっていた髪は落ち着いていて、精霊さんの背中に流れていた。
お尻まである、綺麗なストレートだ。
着ているものは浴衣っぽい。
白い無地で、紅い帯をしている。
見た感じだと、6歳ぐらいだろうか。
「童は、貴女と居る」
高くも低くもない声音で精霊さんはそう言った。
それを聞いてわたしは目を丸くするけれど、皆の反応を確認しようと首を回す。
月兎さんは当然とばかりに満面の笑みで頷いているし、双子はそんな月兎さんを見てなんかああ、うん。と言いたげにしながら頷いている。
玉藻さんはじっと精霊さんを見つめていて、本当かどうか疑っているようだった。
「えっと、一緒にいるのはいいんだけど、この家で?それともついてくる感じ?」
物凄くボケたことを言ってるとは思う。
だけど、精霊さんがこの家を大事にしてたのに、わたし達が住むのはいいのかなーとか、こんなおっきな家持て余すんじゃないかなーとか、詮無いことが頭の中を巡っていたんだ。
だから可哀想な子を見る目でわたしを見るんじゃない双子。
「この家は嫌……?」
「まさか!こんな素敵なお家に住めたら嬉しいに決まってるよ!」
精霊さんが物凄く泣きそうな顔で言うから、全力で声を張り上げました。
ええい、煩そうにするな双子!
ちょっと扱い雑だよ!?
わたしが一応は主なんだからね!?
「この館に我らが住む事を許していただけますか?」
「うん、この館の童子である童が許可する」
月兎さんのお伺いに精霊さんは鷹揚に頷いて微笑んでくれた。
ふわりと浮いたままわたしに近付いてくる精霊さんをぼんやりと見ていたら、そっと手を取られぎゅう、と握られた。
「童は貴女を主と定める」
そしてこの大きな館に住むことが、ここに決定したのでした。
そこからは忙しかった……。
玉藻さんにはエイルさんのお迎えをお願いして送り出し、月兎さんは商人ギルドへと出掛けていった。
手続きとか色々あるらしい。
わたしと双子はまず館の1番いい部屋へと移動した。
ここは前の主人の部屋だったらしい。
館の外観は左右対称である。
□□□□□
□□□
□
中身はちょっと違うけど、こうやって四角を並べた外側の枠の形だと思って欲しい。
これの1番奥……四角が5つ並んでいる所の両端は尖塔のようになっている。
他の所は2階建てだが、この尖塔は3階部分がある。
館の中から玄関に向かって立ち、右手側を右翼とする。
反対側は勿論左翼ね。
この右翼の尖塔の2階からしか3階には行けない。
左翼側はこの部分が図書室になっていて、こちらは1階から3階までが図書室になっている。
…………ようするに、わたしにあてがわれる部屋は2階建てなのだ!
やったね!
1階部分には色々物が置けるようになるよ!
今まで自分の部屋っていうのがまともになかったから、物凄く嬉しいよ!
と、話はそこじゃなかった。
その部屋の2階の部屋に仕舞われていた館の見取り図を取りに来たんでした。
双子と3人で見取り図を確認し、歩いて全部の部屋を手分けして見て回る。
現状確認って大事だよね。
館が大きいから時間がかかったよ……。
部屋の中にはずっと置かれていた家具がいくつもあった。
どうやら使用人以外にも、ここに人が住んでいたらしい。
先に話に出ていた孤児達が住んでいた、と精霊さんは教えてくれた。
噂にあった人体実験は、この館を欲しがった人の悪意のある嘘だと精霊さんは言った。
実際にそんなことはなかったんだって。
精霊さんがお父様と呼ぶ前の主は、幸運を持っていると噂があったらしい。
その幸運にあやかろうとした人が、安くこの館を手に入れようとして嘘の噂を流したとか。
そしてそういう人を精霊さんが追い払っていたとか。
噂の後半部分である『怪奇現象』の諸々が精霊さんだった、と。
そういうことでした。
精霊さんも必死だったんだねぇ、と慰めるように精霊さんの頭を撫でる。
館を1通り見て回った後、外に出た面々を玄関で待っていたら月兎さんが誰かと一緒に戻ってきた。
その人は興味深そうにあちこちに目を向けている。
目を引くのはそのボディ。
ボン、キュッ、ボーン!
いや、ボンじゃないな……。
ボヨヨーン、か……。
着てるのはスーツなんだけど、お胸様が溢れ出さんばかりでござる。
な に そ れ う ら や ま !
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「しつこいですね。さっさと書類を出しなさい」
月兎さんから説明を聞いてるだろうその女性は、まだ半信半疑といったところみたいだ。
30年は精霊さんが人を寄せ付けなかったんだから仕方ないか。
「ただ今戻りました」
「おかえりなさい」
「書類はある程度記入しておきましたので、まずは確認を。それで宜しければお嬢様のサインと支払いをお願いいたします」
「わかりました。ありがとうございます、月兎さん」
ふわりと微笑む月兎さんにわたしもへにゃーっと笑いかける。
きっと月兎さんならおかしな契約は結んでないと思う。
会ったばかりで信用しすぎるのは危ないかな?
でも、ここでわたしの不利になることをしても、月兎さん達に美味しいことなんてないはずだし。
下手したら双子と離れちゃう事態に陥るもんね。
1人で頷いて女性の方へ向き直ると、なんか……物凄く上から下までじろじろ見られた。
なんでしょう、この視線は。
興味?
「……ふぅん、貴女が月兎の新しい主、ねぇ」
あ、これ好意的じゃない。
むしろ『気に食わない』ってやつだ。
……月兎さんの能力なら手元に欲しくなる、ってやつかな。
それを小娘が手に入れちゃったから、気に食わないってとこか。
そんな目で見られても困るんだけどね。
「そうですね、わたしが主になります。なのでこの館に関する書類を見せていただけますか?」
内心を隠してにっこり微笑み、手を差し出す。
女性は憮然とした表情で書類を差し出してくる。
それを受け取り、文字を目で追う。
「……今までまともに内装とか確認出来なかったからこの金額出してたけど、これならもう少し多めに払ってもらおうかしら」
「え?」
「待ちなさい、仙狸。それは話と違うでしょう」
「えー、だってぇ」
「だってではありません。商人が言を違えるとは何事ですか」
月兎さんが女性を諌めているみたいだけど、当人はなんのそのって感じである。
そして女性はわたしを見下ろすと鼻先で笑った。
笑ったっていうか、嗤った。
「月兎を買ったんでしょ?それに比べたら端金なんじゃないの?」
むかっちーん。
何でわたしが嗤われなきゃいけないの?
そう思った瞬間、女性が吹っ飛んだ。
何言ってんだこいつ、って思うかもしれない。
でもね、女性は玄関を背中に立ってたんですよ。
普通にね。
それが今、女性は玄関の外に倒れている。
何 が 起 き た 。
「貴様にはこの館に足を踏み入れる資格はない」
そこに聞こえた精霊さんの声に、どうしたのかと振り返れば、何かオーラを纏って精霊さんが浮いてた。
その隣で双子が目を丸くしていて、月兎さんはそんな精霊さんを見て、蹲る女性……あ、女性の姿じゃない。
狸になってる。
どうやら女性は狸さんだったようだ。
そんな狸さんを見て、納得したように頷き、わたしの隣に並んだ。
「精霊は自身の能力の範囲内の感情を読むといいます。仙狸は怒りに触れたようですね」
月兎さんホント色々知ってますね。
凄いとしか言えません。
しかし精霊さんのお怒りオーラを背中にビシバシ感じる。
こりゃヤバい。
月兎さんが耳を倒して少し残念そう?にしている。
精霊の力が弱くなっているっていうのは、ここの持ち主がいなくなってしまったからかな?
「うーん……どうやったら精霊さんは力が強くなるんですか?」
「精霊も私共と変わりません。主を得て、魔力を受ければ見合った分だけ強くなります」
「ああー、主……」
大広間のど真ん中で唸るわたし達。
主は精霊さんが選んだ人じゃないとねぇ。
魔力だけあげるって出来ないのかなぁ?
魔力をあげれたらなぁ、なんて考えてたらわたし達から少し離れた所にぼんやりと靄がかかったように景色が揺れた。
「ふぇっ!?」
それをばっちり見てしまったわたしは飛び上がって、玉藻さんにぎゅーっと抱き着いてしまう。
一拍遅れて気付いた皆は、身を固くしてそちらを向いた。
靄の中にゆらゆらと人影が見える。
その姿は小さな子供だった。
薄くぼんやりとした子供が浮いている。
「精霊ですね」
月兎さんの言葉に皆の肩から力が抜けた。
ついでにわたしも腰が抜けそうでした。
──……うさ……は?──
うん?
うさ?
──おと……さ……は?──
「おと?」
「精霊はなんと?」
「おとさ……ってなんでしょう……物?人?」
「……主人を探しているのか?」
玉藻さんの言葉に精霊さんは泣きそうな顔で頷いた。
主人って、さっき聞いた貴族ってことだよね。
声はわたしにしか聞こえてないみたいだけど、姿は皆が見えているみたいだ。
しかし、持ち主だった貴族の話については、詳しくはわからないから月兎さんに視線を向けると、月兎さんは1つ頷いて精霊さんと向き合った。
「ここの持ち主だった人間は既に亡くなっています。……もう30年は経っているでしょう」
「……そんな昔なんですか?」
「はい。精霊がいつから自我を持っていたのかはわかりませんが、亡くなったという記録がありましたので間違いないかと」
月兎さんの言葉に精霊さんはぽろぽろと涙を零し始めた。
悲しい……寂しい……。
そんな感情が流れてくる。
わたしは誘われるように精霊さんに近付き、流れる涙を指で拭おうとした。
……触れることは、出来なかった。
「……泣かないで……」
無理なことを言ったのは、わかる。
でも、こんな小さな子が声を押し殺すように、唇を手で覆って涙を流している姿は……胸が痛くなる。
その心情を察するだけで、目頭が熱くなる。
この子に家族がいたら良かったのに。
貴族夫婦の子供とか。
そうしたら、悲しみも寂しさも、少しは癒されただろうに。
1人は……独りは……寂しいよね。
──うん……しぃ……──
わたしの頬を涙が滑り落ちる。
精霊さんはそんなわたしを見つめて……両手でわたしの頬を包んだ。
触れ合えないけれど、包まれた気がした。
君の友達になりたいな。
──……だち?──
そう、友達。
これからいっぱいお話したり遊んだり……そうしたら君の寂しさも、少しは紛れるかな、って。
──とも……だち……──
うん、友達。
君の御主人様の代わりにはなれないけれど、友達になれたら……わたしは嬉しいな。
涙は止まらないけれど、精霊さんに笑顔を向ける。
泣き顔より、笑顔がいいよね。
──え、がお……──
うん、御主人様との思い出は、笑顔でしょ?
幸せだと、笑顔。
楽しいと、笑顔。
君の記憶の御主人様は……笑顔だった?
──うん、……えがお……──
精霊さんは泣きながら、何度も頷いていた。
大事な人を亡くす痛みも悲しさも……わたしはわからないけれど。
綺麗事って言われるだろうけど……。
悲しい、寂しいよりは楽しい、嬉しい方がいいよね。
ほんの少しでも、精霊さんが笑顔になってくれたら、嬉しいな。
触れないってわかってても、抱き締めずにはいられなかった。
精霊さんに両手を伸ばして、そっと抱き締める。
わたし、君の友達になりたいな。
そして、君の御主人様の思い出……聞きたいな。
君がそれだけ想い続けた御主人様だもん。
きっといい人だったんだろうな。
──うん──
きっとさ、御主人様も君が笑顔でいてくれる方が嬉しいと思うよ。
──うん……そうだね……──
いつか、笑顔になれるといいね。
──……うん……──
涙で濡れた顔だけど精霊さんに向かって微笑むと、精霊さんもぎこちなく……ほんの少しだけ笑った。
「ふぁっ!?」
「主、こちらに」
精霊さんが笑った、と思ったら光り出したよ!
こう、ぴかーっとまではいかないんだけど、ふわわーっと徐々に光ってった。
一瞬で距離を詰めた玉藻さんに腕を引かれて、精霊さんから距離をとる。
その光がどうなるのか、じっと見つめて窺う。
「一体何が……?」
「わかりません……が、危険がないとも限りませんので近付かないようにお願いします」
「……わ、かりました……」
玉藻さんがわたしをその背中に隠してしまったから、横から覗くようにして精霊さんを見つめていると、光が収縮していく。
その中心にいた精霊さんは……その姿がはっきりと見えるようになっていた。
クリーム色の髪がふわふわと拡がっていて扇のようだ。
閉じられている瞳の色は見えないけれど、玉藻さんの言う危険はないように感じる。
「……精霊さん……?」
光が収まったから恐る恐る声をかけてみると、精霊さんはゆっくりと目を開き、わたしに向かって微笑んだ。
その目は細くて、瞳の色まではわからなかった。
言うなら糸目ってやつかな。
さっきまで扇のように拡がっていた髪は落ち着いていて、精霊さんの背中に流れていた。
お尻まである、綺麗なストレートだ。
着ているものは浴衣っぽい。
白い無地で、紅い帯をしている。
見た感じだと、6歳ぐらいだろうか。
「童は、貴女と居る」
高くも低くもない声音で精霊さんはそう言った。
それを聞いてわたしは目を丸くするけれど、皆の反応を確認しようと首を回す。
月兎さんは当然とばかりに満面の笑みで頷いているし、双子はそんな月兎さんを見てなんかああ、うん。と言いたげにしながら頷いている。
玉藻さんはじっと精霊さんを見つめていて、本当かどうか疑っているようだった。
「えっと、一緒にいるのはいいんだけど、この家で?それともついてくる感じ?」
物凄くボケたことを言ってるとは思う。
だけど、精霊さんがこの家を大事にしてたのに、わたし達が住むのはいいのかなーとか、こんなおっきな家持て余すんじゃないかなーとか、詮無いことが頭の中を巡っていたんだ。
だから可哀想な子を見る目でわたしを見るんじゃない双子。
「この家は嫌……?」
「まさか!こんな素敵なお家に住めたら嬉しいに決まってるよ!」
精霊さんが物凄く泣きそうな顔で言うから、全力で声を張り上げました。
ええい、煩そうにするな双子!
ちょっと扱い雑だよ!?
わたしが一応は主なんだからね!?
「この館に我らが住む事を許していただけますか?」
「うん、この館の童子である童が許可する」
月兎さんのお伺いに精霊さんは鷹揚に頷いて微笑んでくれた。
ふわりと浮いたままわたしに近付いてくる精霊さんをぼんやりと見ていたら、そっと手を取られぎゅう、と握られた。
「童は貴女を主と定める」
そしてこの大きな館に住むことが、ここに決定したのでした。
そこからは忙しかった……。
玉藻さんにはエイルさんのお迎えをお願いして送り出し、月兎さんは商人ギルドへと出掛けていった。
手続きとか色々あるらしい。
わたしと双子はまず館の1番いい部屋へと移動した。
ここは前の主人の部屋だったらしい。
館の外観は左右対称である。
□□□□□
□□□
□
中身はちょっと違うけど、こうやって四角を並べた外側の枠の形だと思って欲しい。
これの1番奥……四角が5つ並んでいる所の両端は尖塔のようになっている。
他の所は2階建てだが、この尖塔は3階部分がある。
館の中から玄関に向かって立ち、右手側を右翼とする。
反対側は勿論左翼ね。
この右翼の尖塔の2階からしか3階には行けない。
左翼側はこの部分が図書室になっていて、こちらは1階から3階までが図書室になっている。
…………ようするに、わたしにあてがわれる部屋は2階建てなのだ!
やったね!
1階部分には色々物が置けるようになるよ!
今まで自分の部屋っていうのがまともになかったから、物凄く嬉しいよ!
と、話はそこじゃなかった。
その部屋の2階の部屋に仕舞われていた館の見取り図を取りに来たんでした。
双子と3人で見取り図を確認し、歩いて全部の部屋を手分けして見て回る。
現状確認って大事だよね。
館が大きいから時間がかかったよ……。
部屋の中にはずっと置かれていた家具がいくつもあった。
どうやら使用人以外にも、ここに人が住んでいたらしい。
先に話に出ていた孤児達が住んでいた、と精霊さんは教えてくれた。
噂にあった人体実験は、この館を欲しがった人の悪意のある嘘だと精霊さんは言った。
実際にそんなことはなかったんだって。
精霊さんがお父様と呼ぶ前の主は、幸運を持っていると噂があったらしい。
その幸運にあやかろうとした人が、安くこの館を手に入れようとして嘘の噂を流したとか。
そしてそういう人を精霊さんが追い払っていたとか。
噂の後半部分である『怪奇現象』の諸々が精霊さんだった、と。
そういうことでした。
精霊さんも必死だったんだねぇ、と慰めるように精霊さんの頭を撫でる。
館を1通り見て回った後、外に出た面々を玄関で待っていたら月兎さんが誰かと一緒に戻ってきた。
その人は興味深そうにあちこちに目を向けている。
目を引くのはそのボディ。
ボン、キュッ、ボーン!
いや、ボンじゃないな……。
ボヨヨーン、か……。
着てるのはスーツなんだけど、お胸様が溢れ出さんばかりでござる。
な に そ れ う ら や ま !
「ねぇ、本当に大丈夫なの?」
「しつこいですね。さっさと書類を出しなさい」
月兎さんから説明を聞いてるだろうその女性は、まだ半信半疑といったところみたいだ。
30年は精霊さんが人を寄せ付けなかったんだから仕方ないか。
「ただ今戻りました」
「おかえりなさい」
「書類はある程度記入しておきましたので、まずは確認を。それで宜しければお嬢様のサインと支払いをお願いいたします」
「わかりました。ありがとうございます、月兎さん」
ふわりと微笑む月兎さんにわたしもへにゃーっと笑いかける。
きっと月兎さんならおかしな契約は結んでないと思う。
会ったばかりで信用しすぎるのは危ないかな?
でも、ここでわたしの不利になることをしても、月兎さん達に美味しいことなんてないはずだし。
下手したら双子と離れちゃう事態に陥るもんね。
1人で頷いて女性の方へ向き直ると、なんか……物凄く上から下までじろじろ見られた。
なんでしょう、この視線は。
興味?
「……ふぅん、貴女が月兎の新しい主、ねぇ」
あ、これ好意的じゃない。
むしろ『気に食わない』ってやつだ。
……月兎さんの能力なら手元に欲しくなる、ってやつかな。
それを小娘が手に入れちゃったから、気に食わないってとこか。
そんな目で見られても困るんだけどね。
「そうですね、わたしが主になります。なのでこの館に関する書類を見せていただけますか?」
内心を隠してにっこり微笑み、手を差し出す。
女性は憮然とした表情で書類を差し出してくる。
それを受け取り、文字を目で追う。
「……今までまともに内装とか確認出来なかったからこの金額出してたけど、これならもう少し多めに払ってもらおうかしら」
「え?」
「待ちなさい、仙狸。それは話と違うでしょう」
「えー、だってぇ」
「だってではありません。商人が言を違えるとは何事ですか」
月兎さんが女性を諌めているみたいだけど、当人はなんのそのって感じである。
そして女性はわたしを見下ろすと鼻先で笑った。
笑ったっていうか、嗤った。
「月兎を買ったんでしょ?それに比べたら端金なんじゃないの?」
むかっちーん。
何でわたしが嗤われなきゃいけないの?
そう思った瞬間、女性が吹っ飛んだ。
何言ってんだこいつ、って思うかもしれない。
でもね、女性は玄関を背中に立ってたんですよ。
普通にね。
それが今、女性は玄関の外に倒れている。
何 が 起 き た 。
「貴様にはこの館に足を踏み入れる資格はない」
そこに聞こえた精霊さんの声に、どうしたのかと振り返れば、何かオーラを纏って精霊さんが浮いてた。
その隣で双子が目を丸くしていて、月兎さんはそんな精霊さんを見て、蹲る女性……あ、女性の姿じゃない。
狸になってる。
どうやら女性は狸さんだったようだ。
そんな狸さんを見て、納得したように頷き、わたしの隣に並んだ。
「精霊は自身の能力の範囲内の感情を読むといいます。仙狸は怒りに触れたようですね」
月兎さんホント色々知ってますね。
凄いとしか言えません。
しかし精霊さんのお怒りオーラを背中にビシバシ感じる。
こりゃヤバい。
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