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第2章 幼年編
315 クインテット(五重奏曲)①
しおりを挟む【 ボル隊side 】
ギギギギギーーーーー
45階層休憩室の扉を開けた。
そこは額縁のあるキャンバスに描かれた絵画のようだった。雄大にして陰鬱な風景。真ん中には石畳の旧道が遥か先にまで続いている。その左右にもやっぱり遥か彼方まで荒野が広がっていた。雄大なんだけど、生命の息吹は感じられなく、なんとなく不吉さも覚える、つまりはあまり永く居たくない場所に俺には思えた。でもそう思ったのはわずかばかりのこと。一瞬ののちに余裕が無くなり絵画的どうのこうのっていう思いはどこかへ消え去っていった。
「キム先輩、マリー先輩‥‥」
「ああ(ええ)‥‥」
「アレク君すごいね‥‥」
「アレク‥‥」
「セーラ大丈夫だよ」
ドドドドドドドドドドドドドドド‥
ドドドドドドドドドドドドドドド‥
ドドドドドドドドドドドドドドド‥
ゥーゥーゥーゥー ゥーゥーゥーゥー ゥーゥーゥーゥー‥
前からも、右からも、左からも。4、5体の魔物。
探知をするまでもない。視覚と聴覚でハッキリとわかるものが迫ってきたんだ。
それは目視できる大きさとそれが生む土埃に地響き。数は少ないけどあたりに咆哮を響かせながら魔物が近づいて来ていることがはっきりとわかる。
「「アレク(アレク君)指示を!」」
「はいっ!闘いながら進みます。進行方向の左。マリー先輩は6時から10時までをお願いします。10時から2時までは俺が。右2時から5時をキム先輩が。シャンク先輩は5時から6時の後方とセーラの守護をお願いします」
「「「了解(だよ)」」」
「セーラは魔法しか通じない魔物が現れたら狙っていって。それ以外はヤバくなったら自分を障壁の中へ。時計は外箱も頑丈だから大丈夫だよ。リアカーは‥もう食べ物も少ないからね。気にしなくていいよ」
「はい」
ビリー先輩の助言どおり。みんながそれぞれ自分のやることをやるんだ。そして仲間を信じるんだ。
「想定外に魔物が増えたら俺の判断でみんなの前に『砂時計』や『槍衾』を発現しますから。各自対処を願います。じゃあみんなお願いします!」
「「「はい!(ああ/ええ)」」」
全員が目の前の魔物を倒しながら階層の終わりを目指す。みんながそれぞれにできることをやれば大丈夫だ。
「アレク、またケチョンチケョンにやるよー!」
「おおよシルフィ!」
ダッダッダッダッダッダッ
ダッダッダッダッダッダッダッダッダッ‥
前からも左からも右からも。各方面から狼がやって来る。
「デカっ‥」
「大きいね‥」
一気に駆け寄り来るのは巨大な狼、天狼だ。
ワーウルフやヘルハウンドよりも二回りも三回りも大きな狼種だ。
◯天狼
ウルフ種の上位種。その大きさと驚くほどの跳躍の高さから天翔ける狼、天狼と呼ばれる。大きな個体は体長3メル、体重100キロを優に超え、1跳びで10メルの距離を稼ぐ。疾走する速さ、跳躍力とも他のウルフ種の比ではない。食用不可。
キム先輩の助言(アドバイス)がとぶ。
「アレク、シャンク。特にシャンク、間違っても闘り合うなよ。着地前、受け流してからシールドバッシュだ。天狼の頭か背骨の真ん中を狙え」
「「はい」」
「見てろ」
そしてキム先輩は俺たちに見本を見せるように天狼に向かっていったんだ。
とーんっ とーんっ とーんっ‥
いつものように速くて軽い跳躍。気配さえ感じさせないキム先輩らしい俊足の走り方だ。
ウゥーガルルルーッ ガーーッ
威嚇の唸り声から両の爪を振り上げて跳躍する天狼。見上げる高さの頭上から襲い来る天狼を前にしたキム先輩。天狼の爪と牙がキム先輩へと直撃する直前。
スッ
その爪と牙を受け流したキム先輩はそのまま天狼の前脚から腕、肩、背と逆流する水の流れのように密着したままその身体をスッと移動。まるで騎乗するように天狼の背中へたどり着いた。そして。
ザクッ
後ろから頭の中心に向けてクナイを突き刺した。
ガーーーッッッ‥‥
ドウゥゥゥッ
土煙を上げ勢いそのまま地に倒れ伏した天狼。天狼は何が起こったのかわからなかっただろうな。
「「すごい‥‥」」
とーんっ とーんっ とーんっ‥
何事もなかったようにそのまま次の天狼に狙いを定めたキム先輩が駆けていく。
「僕たちもがんばろうねアレク君!」
「はいシャンク先輩!」
その進行方向左側では。
「いつでもいいわよマリー。シルフィに負けられないんだから!」
「フフ。そうね」
仲が良いのにいつも張りあうシルフィとシンディの風の精霊2人。だがその張りあう気持ちはいつも前向きでいい方向を向いている。
ダッダッダッダッダッダッダッダッダッ‥
100㎏超の大型天狼だ。
「最初から大物よ!」
「ええ。楽しいわね」
「あははは。ホントにマリーったら仕方ないんだから」
マリーが生を受けてからずっと、永くマリーに憑く精霊シンディでさえ思う平和的なエルフにはあまりいないマリーの「戦闘狂」の一面。いずれは里を統べる者になること間違いない人物にとって「戦闘狂」はどう作用するだろう。それはわからないが悠久を生きる一族の中でも名を残すこと間違いない希代の人物。ときには危なっかしく思える部分を含めてそのすべてを好ましく思えるエルフのマリーである。
一気に近づく天狼がマリーの矢の射程に入った。
「いくわよシンディ」
「ええ」
シュッ!
マリーが放った矢は風の精霊シンディの力を借りて狙いどおり迷うことなく天狼へと向かう。
ザンッ!
眉間の間に深く突き刺さるマリーとシルフィの矢。
ガーーーッッッ‥‥
断末魔の悲鳴をあげる天狼は勢いそのままに倒れ伏していく。
100㎏超の狼でさえ急所に寸分違わず放たれた1本の矢には敵わない。
ザザザーーードウゥゥゥッッッ
その勢いは矢を構えて立つマリーの手前数メルまで続いた。
「一丁あがりー」
「いっちょ?」
「あー気にしなくていいわ。昔の北方言葉よ。グッジョブよ」
「そう。フフフ」
ダッダッダッダッダッダッ‥
「よーし次いってみよー!」
「そうね」
嬉々として次の矢を番えるマリーだ。
場面は再びシャンクに戻る。
ダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッ‥
みるみるシャンクに近づいてくる天狼1体。その大きさは横になったシャンクとほぼ同じ大きさ。
「ううっ、緊張するなあ」
そう言いつつ額の汗を拭うシャンク。
だが‥‥ニヤッと笑う笑顔に気づかないのは本人だけかもしれない。
ネコ科の虎を筆頭に最強種の一角を占める獣人の中にあって、熊獣人もまた最強の名を戴く。
ふだんは絵にかいたような温和なシャンクもまた心に猛る思いを抱いていたのだろう。
ウゥーーーッッ ガルルルーッ!
ダーーーンッ!
一気に跳躍をした天狼はシャンクの持つ盾ごとシャンクを押し倒す。そして倒れたシャンクの喉元めがけて牙を剝く天狼と咄嗟に盾を離し、両手の膝をクロスして牙から喉元を防ぐシャンク。
ガルルルーッ!ガブッ!
シャンクの膝に牙をたてる天狼。
ひじから血が流れだすシャンク。
「痛い痛いやめてよ!」
ガルルルーッ!ガブッ!
「やめないと怒るよ」
ガルルルーッ!ガブッ!
「痛いって。本当に‥‥」
ガルルルーッ!ガブッ!
「やめろって‥‥言ってんだろうがーー!!!」
ガアァァァァーーーーッッ!
牙を剥いたシャンクが天狼の顎に両手をかける。天狼の噛む力をも凌駕するシャンクの握力と腕力が一気に天狼を襲う。
ミシミシミシミシミシミシーーーーーッ
天狼の口元が不自然に開いた。
ギャンッッーーーーーーーーーーー
口元から2つに裂ける天狼とその体内から噴水のように湧きでる大量の血液。
ブシャーーーーッッッ!
アレクとシルフィは赤いシャワーを浴びたかのようにシャンクを見えた。
「アレク‥‥あんた絶対熊の子と喧嘩しちゃダメよ」
「あ、当たり前だろシルフィ‥‥」
戦闘の最中にも関わらず。茫然とする俺とシルフィだった。そしてそれはもっと間近で目撃することになったセーラも同様だった。
後日。
思い出しながらも青い顔をしたセーラがガタガタと震えながら俺にあの日のことを語った。
「あのね、シャンク先輩がね、身体中に赤い液体を浴びたシャンク先輩がね、私にね、手を振りながら笑顔で言ったの。『大丈夫だよ』って」
「‥‥」
「あのね、真っ赤なシャンク先輩の牙だけ白くキラキラと光ってたんだよ」
「「こわっ!」」
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