刻まれた記憶 1(傷跡)

101の水輪

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刻まれた記憶 1(傷跡)

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 岡島市の桜川中学校では、創立八十年の記念式典が開かれている。校長の式辞が始まった。
「・・・伝統あるこの桜川中学校も今日をもって八十歳になりました。これまでも・・・」
 引き続き、PTA会長、区長などの挨拶が続く。
 
 生徒たちは退屈な時間を持て余しざわつき出したが、式後に行われた記念講演にな
ったとたん、体育館内が一瞬にして静まり返り、そのスピーチが始まった。
  
 みなさんおはようございます。こんなおばあちゃんが出てきてびっくりしたでしょ。今年、九十歳になったどこにでもいるような年寄りです。一つ言えるのは、皆さんの先輩だということかな。まあ、先輩といっても桜川中のでなく、戦前にこの地に建っていた桜川小学校の卒業生だけど。戦前というのは、太平洋戦争のことだど知ってますか?当時市街地は空襲に遭い、この一帯も焼け野が原になってしまってね。奇跡的に桜川小の校舎は戦火を免れたけど、子どもたちの多くは田舎に疎開していき、私を含めて数名だけが、この学校に通い続けたの。鉛筆が貴重品で、短くなったら添え木をつなぎながら使ってたわ。もちろん給食などなく、家へ帰って食べてからまた登校。午後は、工場で兵隊さんのために軍服を縫う毎日。
  今でもよく覚えているのが、卒業生に赤紙が届き、戦地へ送られていったことかな。この地区から出兵する兵隊さんたちは、この学校のグラウンドでみんなで見送ってたの。誰もが口々に、お国のためと唱えながら出兵していき、見送る私たちも日の丸を振りながら、なぜだかバンザイを叫んでいた。その声が今でも耳の奥に残ってい。あのときはそんな時代だったのかも。
  中学校の校庭奥にある記念館に、入ったことある人います?・・・あっ手を挙げてくれてありがとう。でもそんなに多くないのね。あれは、元々何だったか分かる?・・・分かんないですよね。実は当時の小学校が、そのまま残っているの。だからできてからは、百年以上も経ってるのかな?私もあそこに通っていました。懐かしいけど、今でも見るとあのころを思い出してしまう。でも例え戦時下でも、みんなとお勉強し遊んだのがほんと楽しかった。今と違いスマホ?みたいな便利なものがなく、食べるのもやっとだったけど、楽しかった。そんな昔が思い出されます。
  ところで何で桜川中学校って言うか知ってますか?これも分かんないですよね。無理もありません。今は高いビルや住宅が建ち並んでいますが、当時は辺り一面は畑だけ。なぜなら不足してる食べ物を、作るためにそこらたじゅうが畑になってたんです。戦後日本が成長し大きくなるにつれ、この一帯も区画整理がされ、家だらけになりました。そのときにあった川がじゃまになり、埋め立てられてしまったのです。その川縁には立派な桜並木が連なり、春ともなれば桜が咲き乱れ、落ちた花びらが川面に浮かぶと、そりゃ桜の絨毯が広がったようでした。その桜開の美しさにちなんで桜川と呼ばれ、川沿いに立つ学校を桜川小学校と名付けられたそうよ。・・・でも兵隊さんたちに赤紙が届くのは春が多かったからか、桜のこの時季になると戦争のあのイヤなころを思い出してしまい、だから今でも春が好きになれないかな。
  まあ私の気持ちはいいとして、ぜひみなさんも一度あの記念館に行ってみて。できたらそのころの日本を想像しながら見学すると、これまでのあなたがたの生き方が少し変わるかも知れないですよ。
  あら話が長くなりすぎたようですね。これでおばあちゃんからの話は終わりです。聞いてくれてありがとう。
  後輩のみんな、これからの日本をよろしくお願いします。
 
  話し終えると万雷の拍手が鳴り止まず、生徒の中には、ハンカチで涙を拭う生徒が見うけられた。本物の話はまさに人を動かす。
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