美サイレント

101の水輪

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美 サ イ レ ン ト

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 坂口薫は中学校三年生。部活動は新体操部でキャプテン。キャプテンだけど部員は三人で、三年生は薫だけ。そのため部活動にも力が入らず、練習もそこそこに帰宅の途につく。趣味はというよりも特技はバレー。バレーはバレーでも、バレーボールでなくクラッシクバレーのほう。二歳上の姉の後を追うように4歳から始めたバレーの腕前は、全国大会にも出るほどの実力だ。先日行われた国際コンクールの日本予選ではおしくも2位で、残念ながらモスクワでの本大会出場を逃したほどだ。とにかく毎日3時間のレッスンを365日続けている。
 そんな薫の親友が三浦有樹。幼い頃からの友達で、趣味や好きな音楽、スポーツそして女性のタイプまで同じだ。クラスで席も近く朝から晩まで行動を共にしている。
「おい、お前たち。いくら4時間目が体育だったからといって、給食残しすぎだぞ。特にパンなんてこんなにあまってるじゃないか」
 最近の二組の食管は残食であふれかえっているのが現状だ。
「男子、牛乳があるぞ、誰かいらないのか?」
 教室に冷房が入ってるとはいえ、外は35度の灼熱地獄。それでも希望者が出ないので、担任教師があきれ顔で話し出した。
「女子なら分かるけど男までダイエットか?」
「それってセクハラ。なんで女子ならダイエットがOKで、男子はおかしいんですか?」 薫は先生に食ってかかる。
「いや、そう言う意味じゃなくて」
「じゃあどういう意味ですか?」
 今度は有樹が詰め寄る。
「だからー、成長期のお前たちは今の時期にしっかり食べなきゃいけないってこと言いたいんだ、食べたくなければもういい」

  イマドキ男子は、メイクが当たり前?ある調査によると10代~20代の男子に聞いたところ、7割以上が美容に関心がある答え、8割が男子メイクに抵抗なしどころか3人に1人は自分もやりたい、すでにしていると答えている。20代男子の外見コンプレックストップはヒゲ・ムダ毛で、10代ではニキビ。20代の約半数が化粧水を日常的に使っていて、チャレンジしたい美容サービスは、三割が専門機関での脱毛と答えている。そして美容に関心なのは、モテたいからと48%の男子が理由にしている。
 
 部活帰りに有樹が薫に話しかけてきた。
「先生も言ってたけど、男っておしゃれに興味持っちゃおかしいのかなあ?」
「全然、俺たちだってきれいになりたいと思うの自然だよ」
「でも母さんから男のくせにみっともないって言われちゃった」
「そんなの気にすんな、美しさを求めて何が悪い」
「ねえ薫ってまゆ毛いじってる?」
「気づいてくれてありがとう。色染めして角剃ってんだ」
「やっぱりマスクで口元隠すんで目元が勝負」
「メンズフレッシュ見た?」
「月曜日に出た男性ファッション雑誌、特集”今夏の男 “だよね」
「そうそう俺あれ見て夏の化粧品変えようと思ったんだ」
「男には男のおしゃれがある、以上ハハハ」

 薫は帰宅したらまず体重計に乗る。そして日々の数字はスマホのグラフに記入されていく。身長は180cmもあるが、目標体重は60kgとかなりきつめに設定し、ある意味自分を追い込んでいる。
『えっ62kg!何を食べたかなあ?』
 あまりものオーバーにカオルは涙目。
「薫ご飯よ、降りてきなさい」
「母さん、今日から白飯抜きでお願いしまーす」
「何バカなこと言ってるの?すぐに来なさい」
  しぶしぶ食卓につき食べ出すが、中々箸が進まない。
「薫、ぜんぜん食べてないじゃない。調子でも悪いの?女なら分かるけど男ならしっかり食べてがっしりとした体にならなきゃ」
 理由など言えるはずがない。まさか体重を気にして食べたくないなんて。
「ごちそうさま、もう食べた」
 そう言うと部屋に戻り、慌てて筋トレを始める。
『60kg、60kg』
 うなされてるように唱える。
『これじゃ女の子にもてない』
 何かに取り憑かれたように汗を流し、目標はあくまでも60kgだ。
 
 バレー教室の帰り道、薫はラッシュで満員の電車の中にいた。身動き一つとれないと人の流れに身をまかせその動きに従うしかない。
♬ 渋谷~渋谷~ ♬
 乗り換えのため渋谷駅で降りた薫にある一言が耳に入った。
「ねえ今近くいた長身のイケメンかっこよかったね」
『俺かな?』
 薫は人混みの中で声の主を探したところ、つぶやいたと思われる女子中学生風の2人組がすぐに見つかった。
『ラッキー、あの子たちだきっと』
 と思ったのも束の間、今度は耳を疑うような言葉が気になった。
「でも何か臭かったわねえ、あれって汗のにおい?」
 薫はバレーが終わった後にシャワーを浴びていたが、駅までのダッシュで汗をかいてしまったのかもしれない。
『えっそれって俺のこと?』
 周りの乗客たちに気付かれぬよう、薫は逃げるようにその場を離れた。何せ汗臭いのはおしゃれ男子にとって致命的だ。
『ああどうしよう。明日からもう電車に乗れないよ』

「薫?帰ったの?」
 母親からの確認の声を無視しすぐに部屋に飛び込み、二mもあるほどの姿見に自分の全身を映す出した。
『ショック!どうしたらいいんだ、こんなことしてられない』
 薫は風呂場へ行きシャワーで体を磨きまくった。
『どうしよう、俺でなくなっていく』
 鬼気迫る表情で体をいじめるかのごとく磨き続け、部屋に戻ると消臭スプレーを体の隅々までまき散らした。その夜はなかなか眠られなかったのは当然である。

♬ UN DEUX TROIS UN DEUX TROIS ♬
  今夜も薫はバレーの練習に励んでいる。
「止め止め、集合」
 そのときコーチが練習生を集めた。
「ぜんぜんダメ。特に薫、踊りに気持ちが入ってないわよ」
 図星だ。今日の薫は明らかに生気が無く何か魂が抜けたよう。
「何かあったの薫?あなたが手本を示さないと誰がやるの」
 しかし薫の耳には何も入ってこない。
「じゃあ今日の練習はここまで。明日は気合いを入れてやりましょう」
 終了後、薫はいつもの電車でなく、4駅分を歩いてから乗車した。それは電車が恐くて乗れない理由ができたからだ。

  けたたましいベルの音とともに母親の携帯電話が鳴り出した。
「坂口さんですか?」
「はい、そうですけど」
「こちらはムラサキショッピングセンターの管理室ですが、息子さんですか?薫君が万引きをしました。お家の方に来ていただけませんか?」
「えっ、薫が?」
 それ以上の言葉が見当たらない。すぐにショッピングセンターへ向かった。
「薫、万引きって本当?」
「母さん、ごめん」
 そう言うと薫は黙ってしまった。
「坂口さんですね、警備員の高松です。息子さんがこれらの代金を支払わず帰ろうとされたのでお話を伺っていました」
 警備員が机の上に盗品を並べる。

     メンズ消臭スプレー 口紅 化粧水 サプリメント ビューラー・・・・・・

 その数17点、母親は驚きのあま薫薫に問い正してきた。
「本当に欲しかったの?」
  薫自身もその品々を改めて見返してみた。
『なぜか、俺にも分からない』

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