上 下
52 / 101
天使のホワイトデー 後編

徹夜明けは眠い! ②

しおりを挟む
 近年稀に見る妹の反応。あれはガチ怒りに近い状態だった。
 あれでは明日から口も聞いてくれないかもしれない。目も合わせてくれないかもしれない。
 そんなことになったら、俺はもうダメかもしれない……。

「雛人形を飾るの手伝ってやれって言うし、今日の菓子も一愛いちかが取りにくるから、てっきり分かってると思ってたんだがな。零斗れいとは、昔からそういうところがダメなんだよな」

 グサッ──

「変なとこには気がつくくせに、無駄に行動力があるくせに、肝心なところにはこれだもんな。だから、妹からあんな扱いなんだよ……はぁ……」

 グサッ── グサッ──

「女心を理解しろと言っても無理だろうが、せめて約束は守れよ。妹との約束を破って兄貴面されてもな。慕われたいなら態度から改めろ。それに、今日は特別だったんだよ。って、お前聞いてんのか? 零斗?」

 グサッ── グサッ── ぐふっ──

「最初から虫の息よ! いくらレートがダメだからってあんまりよ。悪いヤツではないのよ。良いヤツでもないけど! 口は悪いし。ズカズカ言うし。これといって良いとこも特に思いつかないけど……それでもあんまりよ!」

 ぎゃああああああああ──

「ミカ、なんのフォローにもなってない。むしろダメージになってる。ぐふっ……」

 ルイの連打からのミカのトドメ。
 このコンボの精神的ダメージはかなりのものだよ。
 特に最後の方。何かしらはあるだろう。仮になくても、何かしら言おうよ!

「そんな。じゃあどうしたら……」

「黙っていてくれ。キミは言葉のチョイスが悪い」

 なぜ妹が激怒して、こんなふうに幼馴染に小言を言われているのかというとだな。
 昨日どうやら俺は、我が家でのひな祭りのお誘いを、妹より受けていたらしい。

 お姫様のことがあったり、ミカのことがあったり、徹夜作業になったりでイマイチ昨夜は記憶がない。
 頑張ったんだぜ? 遊んだ分は働いたんだ。気づいたら朝だったんだよ。

 そんでもって今朝も念を押されたらしいのだが覚えてない。寝たと思ったら山田くんたちが勝手に来てしまって、急いで学校にいく準備させられて、急いで出掛けさせられて、何よりちょう眠くて、よく覚えていない。

 だって俺は今日、財布しか持ってなかったよ?
 スマホは充電器に挿したまま。カバンは置きっぱ。
 電話もメールも、出ようも見ようもなかったんだよ?

「ひな祭りをすっぽかしたのは確かに悪かったが、そんなにか? 毎年やってんじゃん」

「特別だって言っただろ。ちょっと来い」

 ひな祭りに特別とかあるのか?
 今年は面子が違うことくらいしか思いつく違いはない。特別さなど皆無だ。

 茶の間に入っていくルイに続き茶の間に入る。
 そこには、すでに終わったひな祭りの残骸があるだけだった。俺の分があったであろう場所も皿だけが残っていて、天使ちゃんが全部食べてしまったことが分かる。

「一愛のやつ。せっかく作ってやったのに、お腹いっぱいと言ってこれには手をつけなかったんだ。けど、ちょうど良かったな。私から勝手には言えないから」

 テーブルの真ん中にはケーキの箱が置いてあり、ルイが箱を開け中からケーキを取り出す。
 そのケーキには『合格おめでとう』と書いてある。

「これは誰のおめでとうだ?」

「一愛のに決まってんだろ。事前に理由を言わなかったあいつも悪いが、それも今日発表するつもりだったんだろう。せめて誰かさんが携帯を持ってればな。まったく、ギリギリまで寝てるから忘れ物をするんだ!」

「全部分かりました。謝ってきます」

「──今ので分かったの!?」

 ミカは驚いているが、分かるだろう。
 たとえ事前に何も言われなくても、俺だけ知らなかったんだとしてもな。サプライズにしてはタチが悪いとか。幼馴染にではなく真っ先に俺に言えよとか思うけど。これは、間違いなく悪いのは俺だ。

「一愛ちゃん。ごめんなさい! 私が悪うございました! この通りヒラに謝りますのでどうかお許しをーー。そして、推薦での合格おめでとうございます」

『…………』

「流石です。お兄ちゃんとして鼻が高いです。美人で優秀な妹をもち私は幸せ者です。その妹様からのお誘いをすっぽかしてしまい、大変申し訳ありませんでした」

 妹の部屋の前までダッシュして、ドアの前で土下座する。こういう場合は土下座だよ。相手から見えてなくてもね。
 ドアに鍵は付いているから勝手に中へは入れない。まずは何とか顔を出させないといけない。

『──もう遅い! あれだけ帰ってくるようにと言っておいたのに! 自分は遊び呆けてやがってーー。死ね!』

「本当に申し訳ありませんでした。これは心ばかりのお詫びです。お納めください」

『──いらん!』

「そう仰らずに見るだけでも。出たばかりの最新の景品にございますので」

『!』

 もので釣るのはどうかと思うが、こうでもしないと一愛ちゃんは顔も出さないのよ。付き合いが長いから分かるのよ。

「ルイ。景品って何?」

「ゲーセンのだろ。あの袋、ゲーセンのやつだし」

 お前らついてくるなよ。とも言えない。
 俺がいなくてもパパンとママンはいただろう。
 だが、2人だけでは一愛の機嫌は手もつけられない状態だっただろう。

 それがこの程度で済んでいるのは、ルイとミカがいたからだ。その彼女たちには感謝しなくてはいけない。そう思います。

「ふーん。この……これは何かしら? この生き物は何?」

「猫だよ、猫。流行ってるんだ。というかこんなに取ったのか」

 別に欲しかったわけではないが、入れ食いだったんだ。アームが強かったせいもあるが、新商品なのにお一人様何個という制限もなかったし。
 なのであるだけ取った! 全3種。合計6個!

『み、見るだけ見てやろう。 ──貸せ!」

 勢いよくドアが開き、妹は身体を出さずに景品の入った袋だけを上手いこと奪い取る。ちょうど半分の3匹が入った袋をだ。

「3種とも新商品でございます! グレー、黄緑、ピンクの新しい猫です」

「おぉー、ふかふかやんけ。可愛いなぁ。 ──はっ! 違う。これは違う……が、いちおう貰っておいてはやろう」

「ははっ──! お納めくださいませ」

 現在、女の子の間で人気のこの猫。ゲーセンの景品であり、ぬいぐるみであり、クッションでもある。
 沢山種類がいて積み上げてもよし。並べてもよしの猫だ。当然、我が家の姫も欲しいはず。

 説明すると、一愛ちゃんはクレーンゲームの類は苦手なんだ。何故なら、1回で取れると思っているからだ。
 それじゃあ店が赤字だと何度も言ったんだが、機械がおかしいと言い張るしまつ。教えようにも言うこと聞かないから。

「しかし、3匹以上は飼えない。スペースをくう。だから、残りは当初の予定通りに持っていけ。喜ぶだろうからな」

「な、何を仰っているのか分かりかねます……」

「バカめ。私が気づかないと思うのか? まあ、残りは3匹。割り振るのが妥当だと思う。お姉ちゃんたちも1匹ずつもらいなさい」

「「??」」

 俺は猫動画が好きなやつのために取ってきたなどとは、一言も言ってないのに……──はっ!? 違う。違うからな!

「これからも新たな猫が出るたびに納めろ。それなら今日のことは許そう。お姉ちゃんとミカちゃんが一緒だったから実のところ、れーとなどいなくても差し支えなかった」

「……」

「ただ、言ったのに帰ってこなかったことと。なんか無性にムカついただけだ。変な勘違いはしないように。あと、もう遅いから2人を家まで送っていくように。私は猫をもふる」

 バタン──

「…………」

「よ、良かったじゃない。一愛が許してくれて!」

「そうだぞ。優しい妹で良かったな!」

 今のに優しさなんてあった? 俺にはどこに優しさがあったのか分からなかったんだけど?
 差し支えなかったと聞こえたんだけど。それと、これからも猫を回収しなくてはいけなくなったんだけど。

「ルイを送っていってくる。ミカは待ってろ」

 しかし、事なきを得たと納得しよう。
 でないと涙が出てきそうだから……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

戦争から帰ってきたら、俺の婚約者が別の奴と結婚するってよ。

隣のカキ
ファンタジー
国家存亡の危機を救った英雄レイベルト。彼は幼馴染のエイミーと婚約していた。 婚約者を想い、幾つもの死線をくぐり抜けた英雄は戦後、結婚の約束を果たす為に生まれ故郷の街へと戻る。 しかし、戦争で負った傷も癒え切らぬままに故郷へと戻った彼は、信じられない光景を目の当たりにするのだった……

処理中です...