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天使のホワイトデー

ひな祭りの用意 ④

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 やっぱり一愛いちかは知っていた。この家に現在、お菓子類が何もないことを。
 何故なら、主に家のお菓子を消費しているのも一愛だからね!? 当たり前だね!

 それを知っていてやつは俺に、お菓子を持ってこいと言いやがったんだ。なんてやつだ。とんでもない策士じゃないか。
 ギクシャクしているお姫様たちに会話させ、自分のお雛様を飾るのを手伝わせ、俺にお菓子を買ってこさせ、こうしてオヤツの用意までさせるとは。

 ──まったく抜け目がない!

 どう育ったら、ああなってしまったのだろう?
 これでは俺に兄としての威厳などあるわけがない。悔しいが完敗です……。
 もう、お姫様たちのことは妹に任せようと思う。

「れーと、オヤツまだーー」

 俺はどこかの悪魔執事たちのように、大人しく奉仕活動をしよう。その方がきっと向いてるんだ。その方がいろいろ上手くいくんだ。

「お待たせいたしました。こちら桜餅になります」

「おぉー、わかってるね」

「ありがとうございます。飲み物はとりあえずお茶を用意しました。こちらにジュースもありますのでお好きにどうぞ。よろしければ、ひなあられもどうぞ」

「ひなあられもある!? れーと、今日はどうしたの。今日死ぬの?」

 ……誰が? お前が?
 まさかとは思うが俺がじゃないよね。

「お雛様飾ってるし、ひな祭り近いし、お姫様たちにアンコはどうなんだろう? という結果だ。感謝して食べろ」

 ここでも俺とは違い、かなり優秀なアシスタントらしいお姫様たちの活躍により、お雛様を飾る作業は半分まできていた。
 流石に少し疲れているように見えるが、甘いもので復活してもらいたい。そして、そのままやりきってほしい。

「……この黒いのは何? あと、この葉っぱも」

「黒いのはアンコだ。日本版チョコレートというところだな。葉っぱは葉っぱだ。以上でも以下でもない」

 アンコが日本版チョコレートという今の例えは、我ながら上手かったのではないだろうか。

 ……なに? ちゃんと説明しろって?
 オマエらは、日本の文化的なことを間違って伝えるなと言いたいわけか!
 しかし、葉っぱは葉っぱだろう? 食べられる葉っぱ。これなら満足かい?

「チョコレートとは違うのね。この葉っぱはとるの?」

「それは食べられる葉っぱだ。そのまま食べなさい」

「……アタシを騙そうとしてない?」

 そう言って俺に対して疑いの目を向ける天使。
 桜餅を今まさに食べようと、フォークを桜餅に刺そうとしていたお姫様も、その手を止め俺の方を見てくる。疑いの目で。

「騙されるところだったわ。あんたのことだものね」

「本当に食べられるんだぞ? いい具合に塩が効いていて、甘いのとしょっぱいので、ちょうどいい感じになるんだ」

「そうやってアタシたちを騙そうと言うのね! 『天使、葉っぱ食べてる!』って笑うつもりなんでしょ。知ってるんだから!」

 本当のことなんだが、こんな俺が『本当に食べられるんだよ? 』と繰り返したところで信用はされまい。
 俺が目の前で食べて見せても一緒だな。ここは。

「すでに1人だけもぐもぐしてる一愛ちゃん。彼女たちに説明してあげて」

「もぐもぐ──、その葉っぱは食べられる。しかし、食べても食べなくてもいい。マナー的にはどちらでも構わない。中には葉っぱが外しにくいやつもあるけど、これはとれるやつ。もぐもぐ──」

「そういうわけだ。食べたければ食べろ。いらないなら外せ。俺はそのまま食べる。もぐもぐ──」

 外す派も否定はしない。
 いくら食べられると言われても、『葉っぱじゃん!』っていうのも分かるから。
 しかし、おっちゃんの作るアンコは美味しいね。どう違うのかはわからんが美味しい。昔から食べてる味だが、飽きないというのもスゴいね。

 それだけに残念だ。こんなお菓子を作れるおっちゃんが、いつのまにか死んでしまっていたなんて。
 えっ、死んでない? ……そうだったか? 死んだんじゃなかったか?
 まあ、どっちでもいいけどさ。

「アタシは葉っぱはいらない」

「あたしはそのまま頂くわ」

 お姫様たちは意見が割れた。
 だから何だというわけでもないんだが……。

「「おぉーー」」

 そんな2人の様子をもぐもぐしながら見ていると、2人は同じ反応をする。どうやらアンコもイケるらしい。
 ふむ、異世界にアンコの導入も検討するか。

「チョコレートとは違う甘さね。でも、これも好きよ」

 もぐもぐ。
 お姫様はやっぱりチョコレート派と。知ってた。

「アタシはアンコの方が好きかも」

 もぐもぐ。
 天使は意外とアンコ派と。

 ちなみに俺もアンコ派だ。
 そんなに甘くないやつがいい。
 そんな俺にこれはちょうどいい甘さだ。

「……昔からそうよね。絶対にあたしと同じ答えにはしないものね」

「そう思ったから、そう言っただけよ。別にルシアに対抗してとかじゃないわ」

「変なとこでは張り合ってくるくせにね」

「……何が言いたいのよ?」

 もぐもぐ──、いや、もぐもぐしてる場合じゃない! なんか雰囲気が険悪だ。
 お姫様はずっとイライラしていたが、ここにきて天使までイライラしている。この流れはよろしくない。

「この際だから言うわ。そういうところが昔から嫌い。自分勝手でいつもあたしの邪魔ばかりする。今日だってなんなの? 話しかけてくるなって言ってるのに! あんたの顔なんて見たくもないのに!」

「──なによ! 悪いことしたなって思ったから、こんなに頑張ってるのに! アタシはルシアを無視したことなんてないわ。それなのに自分は、アタシが話しかけてもうんとも言わなかったじゃないの!」

「話したくないから話さないのよ。いい加減ウザったいのよ。頑張った? はっ、笑わせないで! そんなの今更よ」

 あわあわと、どうすることも出来ずにいる俺たち兄妹。そんな間にも、お姫様と天使はマズい方に進んでいっている。
 急にこんなことになるとは予想外すぎる。
 止めなくてはと思ってはいても、どっちを止めるのがいいのかも分からない。

「アタシの方がお姉ちゃんなのよ! なのに──」

「──少し早く生まれたのがそんなに偉いの! それはそんなに凄いことなの。先に生まれたから自分が上だと言いたんでしょう。そう思いたければ思っていなさい。帰る……」

「ルシア、待ちなさい。誰もそんなこと言ってないじゃない!」

 とうとうイライラが頂点に達したのか、立ち上がり居間を出て行くお姫様。その後を天使が追って、お姫様の肩を掴んだ。

「──触るな!」

「いたっ──」

 掴んだ手を勢いよく振り払われた天使は、柱に思いっきり手をぶつけてしまう。
 思わず『ビクッ』としてしまうくらいの音がした。

「あっ、だい……」

 ぶつかった手がかなり痛かったのだろう。天使はぶつかった方の手を抑えてうずくまってしまう。
 その天使に言いかけた言葉を飲み込んで、お姫様は襖を閉めてしまう。そして足跡が急ぎ足で遠ざかっていく。

「ミカちゃん。大丈夫?」

 一愛が天使に駆け寄るまで、声をかけるまで、俺は動けなかった。何も言えなかった。できなかった。

「だ、大丈夫……。あんなヘナチョコにやられるアタシじゃないわ!」

「……」

 天使のそれが強がりと思ったのか、一愛は涙目のミカの手をツンとつつく。
 すると、それをやられた天使はのたうちまわる。

「いたいーー! いきなり何するの!?」

「スゴい音したよ。ぶつかったとこ腫れてきてない? もしかすると折れてるんじゃないの、それ?」

「お、おれるってなに!? 何が折れたの、アタシはどうなるの?!」

 今のがどのくらいの力だったのかは分からないが、お姫様のパワーを考えると骨くらいは折れる。
 殴り合っても無事な天使でも、当たりどころが悪かったら骨くらいは折れるだろう。

「ミカ、お前も帰ろう。その手は診てもらったほうがいい。お抱えの医者が城にいたはずだから向こうに行くぞ」

 一愛にやられたのが痛かったのか、天使は頷くだけで喋らない。どう見ても涙目だし。
 泣かないのはやっぱり意地か。意地っ張りめ。

「れーと、どうしよう」

「一愛。お前が悪いわけじゃない。気にすんな」

「うん」

 そう言うしかない。誰が悪いでもなかったはずだ。
 上手くいっているように見えていただけに、予想外の展開だっただけだ。
 ルシアにも言い分があるし、ミカエラにも言い分がある。今のはその一端だったんだろう。
 そして、今のどっかで聞いたような話だった。

「れーとも昔、お姉ちゃんに同じことを言っていたよね。『俺の方が先に生まれたから』って」

「言ってた」

 ルイより半年くらい俺の方が誕生日が早かった。
 今にして思うとなんでそんな事を? と自分でも思うが、当時はなんかそうだったんだ。
 他にはなかったのかもしれない。優位に立つことができる事が。

 もちろん俺に対してはアレな幼馴染は、すぐさま手を出して抗議した。その事でケンカしたのを覚える。
 残念ながら結果までは覚えてないな。残念だ。

「れーとは、お姉ちゃんにボコられて言うのやめたよね」

「……覚えてないと誤魔化すつもりだったのに」

 妹が勝手に真実を暴露しやがった。

「レートはそれで納得したの? 先に生まれたのは変わらないじゃない」

「でも同じ学年だし、すぐに手が出るし。それに本当はそんな事はどうでもいいんだ。お前もそうだろ?」

「…………」

 優位に立つのはなんだっていいし。本当の本当はどうでもいいんだ。その瞬間だけそうであって、結局どちらが上かは重要じゃない。
 さらに言うとそんなことは、いつのまにか気にならなくなる。言われるまで思い出しもしないくらいにだ。
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