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天使のホワイトデー

バレンタインを教える ②

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 なんな様子がおかしい、姫と執事。
 ポンコツ姫は毎度の勘違いによるものだが、執事については原因不明だ。
 何故、天使にお姫様からバレンタインにチョコレートが贈られてきたのか。その答えにたどり着いた執事の様子が、どうにも変なんだ。

「──もったいぶらないで教えなさいよ! アンタたちだけ分かってもしょうがないじゃない!」

「まさにその通りだ。勘違いの姫様」

「こ、これは……そう書いてあるんだから、間違えたって仕方ないじゃない!」

「そうだねー」

 勘違いで赤い顔の勘違いの姫は、すぐに得意の暴力に訴えようとするが、狭いプレハブ内では思ったように力は発揮できないらしく、俺はいわれのない暴力を受けずにすんだ。
 まったく俺の周りの女たちは、すぐに手が出るヤツが多い! 暴力反対!

「座って。ちゃんと説明するから座って!」

 しかし、俺も発言に気をつければな。
 ちょっと言えばすぐに、もはや条件反射的に手が飛んでくる。彼女たちを逆なでしないように気をつけてよう。

「あとで覚えてなさいよ」

 くそーーっ、あとも気をつけないとダメなのか。天使はしつこいな。そういうところ直したほうがいいと思う。
 せっかく発言に気をつけようと思ったのに、結局やられんじゃん。無意味だったわ。

「……話を戻そう。まず、これは俺の推察であり実際にはミカの言うように、お姫様が天使を好きだと、愛しているという可能性もないとは言いきれない」

「──困るわ。それは困る!」

「じゃあキレんなよ。それは違うと教えてやったんだからさ。しかし、その可能性はひじょーーに、低いと思われる」

「えっ……そうなの?」

 どうして、あからさまに残念そうなんだよ。
 どっちなんだよ。好きなのか好きじゃないのか、お前はどっちがいいんだよ。

「好きな異性にチョコレートをあげるのがバレンタイン。だが、今はそれだけではないんだ。義理チョコとか友チョコとかが存在する」

 資料のないみんなに説明すると、友チョコも義理チョコの派生である。他にも世話チョコ、ファミチョコ、部下チョコなどなどが存在し、贈る人によって名前が変わる。
 全部。義理チョコだと思うって? まぁ、そうだな。義理もいろいろあるということだろう。

「義理チョコ? 友チョコ?」

「これを天使に当てはめた場合、義理チョコよりかは友チョコだと思われる。友だち同士で贈るチョコ。一般的には友チョコには恋愛感情は含まれないとされており、仮に特別な感情があったとするなら……俺は直接渡すと思う」

 おそらく、お姫様はそうするだろう。手紙つけて贈りはしないと思う。
 だから友チョコ。『チョコレート美味しいから食べてみて』ってことだと思う。

「そうなんだ……」

「だからなんで残念そうなんだよ。好きなの?」

「──そんなわけないでしょう! アタシがルシアを好きなわけないじゃない! ルシアが……アタシを好きなことは……あるかもしれないけど……」

 うそへたー、もう分かってるからいいけどね。
 まったく困ったやつだ。それを少しでも、本人に態度で示せばいいのに。そうしたら百合百合してくるのに……いや、誰も得しないから却下だな。

「さて、先ほどから顔色が良くないナナシくん。キミは、──何を隠している! お前なんか隠してんじゃねーのか!?」

 百合百合とかツンデレ姫はしばらく放っておいて、怪しい執事を締め上げなくては。
 初めから胡散臭いヤツだと俺は思っていたんだ。尻尾を出させてやる!

「……まさか、私のせいでこんな事になるなんて思わなくて。あの時、姫が包みを持ち走り去ったのを、直ぐに追いかけていたなら! そう考えてしまい……ずっと後悔しております。よよよ……」

「『よよよ』の部分。お前、そんなキャラじゃないだろう。なんだその小芝居わ。怪しさが増しただけだ!」

 この執事が『よよよ』なんて言うヤツには見えない。というか、そんなこと言うヤツを初めて見た。

「いいのよ。アンタが悪いんじゃないわ。アタシが悪いのよ。いつもいつも忠告を聞かないアタシが悪いのよ。だから気にしないで」

 だが、何故だかミカは今の執事の反応に納得し、自分が悪いと言い出した。
 いや、天使が全部悪いんだけどさ。いつも忠告を聞いてなさそうだけどさ。

「……いや、そいつ何か隠してるぞ? それでいいのか?」

「いいのよ! ナナシは悪くない。全部悪いのはアタシなのよーーっ」

 そう言ってテーブルに顔をつけ、また泣き出す天使。
 またか、天使はよく泣くね。感情が出やすい子だよね。良くも悪くもね。

「──姫! 私もルシア様との仲直りを、微力ながらお手伝いいたします。だから泣かないでください!」

「うん。やっぱりアンタはいいヤツね」

 本人がいいというならいいけどさ……。たぶん、騙されてると思うよ。
 間違いなく、この執事は何かを隠している。


 ※


「資料をふまえて、説明できる限りのバレンタインを説明した。何か質問は?」

 執事は怪しいが、こいつがどうだったとして解決はしない。なので一時保留し、バレンタインのあれこれを講義した。

「はいはい! アタシたちもバレンタインやりたいです!」

「天使たちでもということか……。いいんじゃない? 必要ならチョコレートは提供してやろう」

「おぉー、じゃあ来年からはやりましょう!」

 あれからすっかり機嫌が直った天使。
 この様子なら、このあとシバかれる危険もないだろう。よかった。

「プロデューサー殿。チョコレートを提供とはどのように?」

「チョコレート工場を作る。というか、もう始まったいる。毎日チョコレートを食べたい姫がいるからな。なんなら作り方は伝授したし、城のシェフも作れるぞ? 工場は広めるのに必要だから作る」

「……そんな事をして何をなさるおつもりで?」

「世界を変える。つまらなくない世界にする。何もない世界に、俺たちと変わらないくらいの生活をもたらす。それにはイベントをやっていくのがいいと思った」

 俺の言葉に、ミカは『おぉーー』と再びもらし、執事はひどく驚いた顔をした。

「それでバレンタインでしたか」

「そうだ。2月だったからバレンタインだった」

「そして世界を変えるですか。おそらく大変ですよ?」

「知ったことか。俺は、やると決めたらやる。チョコレート1つで俺の世界観は変わったし、関わった人たちも変わったはずだ。なら、それを繰り返していけば世界なんてどうとでもなる」

 そんな感じでやっていく! ゆくゆくは『異世界とは?』ってなるくらいを目指す!
 そんな俺の思う普通になった時、あらゆる意味で世界は変わっているだろう。

「感動したわ! アタシは、レートは妹に頭が上がらないダメなヤツだと。三股最低男なんだと思ってた。でも、違ったのね! アタシに出来ることがあったらいいなさい。チョコレートを融通してくれるお礼に協力するから」

「なぜ急に悪口を? 後半部分は有難い。しかし、前半はいらないなーー。悪口はいらないよ」

 今、カッコいいところだったよね? 普通はいい感じになるところなんじゃないの?

「妹に頭が上がらないのは本当じゃないの」

 そうなんだよ。天使が言うように、俺がお兄ちゃんなんだけどお兄ちゃんとも呼ばれないし、何か扱いもアレだし、絶対に頭なんて上がらないんだよ。不思議な事にね。
 便宜上、お兄ちゃんということなんだよ。これ、どうにかならないかな?

「妹に頭が上がらない三股プロデューサー殿。ならば、この機会を逃す手はないでしょう!」

「なんだ、お前も悪口か。やんのか? 断っておくが、俺は野郎には厳しいぞ!」

「今のは冗談です。しかし、窮地にこそ逆転の鍵はあるものです!」

 急に何の話だろう。この機会とは? 姫たちの不仲が何の役に立つの?
 やっぱりこいつ、あたまおかしいんじゃ……。

「実を言うと、未だに天使悪魔間にはシコリがあります。簡単に言うと、急に仲良くはできないというわけです」

「どっかで聞いたような話だね」

「しかし、その両方の姫が仲良し。もう親友となればどうでしょう。下はそれに倣うしかない」

「「……親友……」」

 確かにそれは誰も文句も言えないし、何より姫が怖いから何も言えないだろう。
 今だって、睨みをきかせて下を黙らせるくらいのことはできるし。姫ってそういう生き物だし。

「仲違いを上手く利用すれば、プロデューサー殿のやりたい事も大きく前進するでしょう! その機会があるのだから、この機を逃すのはもったいないでしょう!」

 天使については人気がどんなもんか分からないが、執事が言うようなことをアピールしたとしてもこっちは大丈夫だ。
 お姫様はみんなに愛されている。その証たる信者が多数いるからね。そのお姫様が『天使と仲良く』と言えば、信者たちは右に倣うだろう。

「つまり、この姫たちの仲違いを利用し、関係修復プラス仲良しさんをアピールしろというわけだな。なるほどなるほど……アレとかアレとかも一気に解決できるかもしれないな」

「──そうでしょう、そうでしょう」

「しかし、悪魔よ。俺はやらないぞ。本当にそうで、仲がいいのをアピールするだけなら構わない。だがな。そのために仲良くしてくれって言うのは違うと思う。俺はそんな考え方はできないし、そんなのは親友どころか友達ですらない。お姫様たちの関係を政治に利用するなんてしない。お前の話は参考までに聞いておくよ」

 執事の言うことは分かる。
 それが一番早く進める道だとも思う。
 でも、そんなやり方はしない。

 ルシアもミカエラもちゃんと仲直りできるはずだ。
 それを世界のためとか言って無理矢理やろうというのなら、そんなのは間違っている。
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