きらさぎ町

KZ

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夜が来る

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 何故だか、何か、、のいた部屋に自分は入れないと思った。
 何故だか、自分で鍵のかかる場所を見つけなくてはと思った。
 だから彼は既視感を感じてから焦る心と、何かを思い出しそうな気配とを押し殺し、急いで鍵のかかる場所を探し始めた。

「──ダメだ。ここも開かない。次は、あそこに行ってみよう」

 だが、どの民家の入り口も建物の入り口も開かない。
 彼は駅から見えていた近い民家から順に、アパート、郵便局、倉庫らしい建物と、いくつも入れそうなところ訪れたが中に入ることはできなかった。
 
 当たり前だが鍵など持っていない彼は、強引に窓ガラスを割って中に入ろうともしたが、窓ガラスは割れないどころか傷ひとつつかず。
 建物自体も窓ガラス同様に何をしようと傷つかず、彼は無意味なことに時間をかけるのをやめ、ドアが開かなければすぐ次に行くことにした。

 しかし結局、彼がいくつのドアを開けようとしても開かず、彼が鍵のかかる場所を見つけることができぬまま、時間だけが過ぎていく。

「マズイぞ。このままじゃ……。どうなるんだ?」

 そして、ふとした瞬間に自分が感じるものそのものに疑問が湧く。湧いてしまう。
 彼は「早く鍵のかかる場所を見つけなくてはならない」と思う心と、「そうなった場合どうなるんだ?」という頭の中とが一致しない。

 心の中と頭の中とのちぐはぐは、彼の手を止め足も止める。
 加えて自分のことを思い出すことをやめた彼は、「別にどうでもいいんじゃないか?」と至ってしまう。

 確かに「このままじゃマズイぞ」「早く見つけないと」と思いもするが、その理由が自分のことなのにわからないから、積極的な行動は疑問を感じた時点で止まってしまう。

「もう何時間も探して見つからないんだ。仕方ないよな」

 だから彼は鍵のかかる場所を探すのを諦めて、次に目指すつもりだった高いマンションの途中にある公園に立ち寄り、ベンチに座ってただ時間を無駄にしてしまう。

 きさらぎ町というこの町の大きさは、地図から見ればたいしたことなくても、そこで人間が一人で何かをするのはとても難しいのだ。
 理由も何もわからず、確かな目的もないのではおよそ不可能だ。
 だから、これは起きても仕方のないこと。

「十二時の時の音だ。駅からずいぶん離れたのに聞こえるんだな。 ……そういえば今は何時だろう?」

 町の中に時間を知らせる音が流れた。
 十二時の時の音からすでに五時間以上が経過している。
 この音が鳴った今は十八時になる直前だ。
 音が鳴り止めば、きさらぎ町のが始まる。

「えっ──」

 十二時の時から一切変わらず、彼が気がついた時から今まで変化しなかった空模様が十八時になった瞬間に変化する。
 頭上の太陽は消え失せて代わりに月が現れ、町の灯りは街灯と自販機と非常灯と類のみになる。

「急に夜になった。これじゃ鍵のかかる場所なんて……探せないぞ」

 彼は明るいうちにと言われた意味を理解した。もう時間切れになってからだけど理解した。
 なら、次に彼が理解するのは「夜は危ない」と言われた意味だ。
 彼がいま感じる、昼間はなかった、無数の生き物の気配のようなものは決して気のせいではない。

「何かいる? それも一匹や二匹じゃない?」

 夜になったことで町中に現れた、いくつもの生き物の気配に気づいた彼は立ち上がり、あたりを警戒しながら公園の出口に向かっていく。

 ずっと感じていた既視感はこんなことは前にもあったと告げ、こんなことを避けるためにずっと警報を鳴らしていたんだと彼は理解した。
 この場面に似た瞬間はにもあったと思い出した。その時だ。

「あ、あぁ、」

 公園の遊具のひとつ。
 砂場の近くにあるドーム型の遊具の中から、真っ白なモヤが這い出てきた。
 駅にいた何か、、と似た存在ではあるが、白いモヤは何も纏っておらず、立ち上がっても大きさは子供くらいしかない。

 白いモヤは灯りがなくてもはっきりと見え、明確な悪意を持っているのを、わかりやすくニヤリと笑みを浮かべて彼に示す。
 釣り上がった口の端から白いモヤの真っ黒な中身が見えた瞬間、彼の頭の中に甦えるのは白いモヤに追いかけられる記憶。

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──」

 一度や二度ではないその追いかけられる記憶は、白いモヤは一人ではないと、町中にいると彼に伝える。
「どうして鍵のかかる場所をちゃんと探さなかったのか」とか、「どうしてこんな事を忘れていたのか」とか、今更なことが浮かんでくるがもうそんな場合ではない。
 逃げないとまた──されてしまうから。

「──嫌だ、嫌だ、嫌だ。逃げろ、逃げ切れ。朝まで逃げ続けろ!」

 彼は白いモヤに背を向け一目散に走り出す。
 もう鍵のかかる場所を見つけることは余裕がないから不可能で、立ち止まるということは終わりを意味するから走る。

 終わるのは命ではないのかもしれないが、無くなるのは命よりも大事なものだった、、、気がするから。
 これ以上は無くてはいけないと感じるから彼は走る。
 これで十回目の夜が、十回目の鬼ごっこが始まった……。
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