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始まりのバレンタイン

とっても痛かったです……。

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 いっそのこと、ぶん殴ってほしかった。そうすれば……許された気になれたか?
 そんなだから何にも気づきもしなかったんだ! クソ野郎だ。本当に……。

 おばちゃんは俺をフォローしたが、完全に俺が悪い。おっちゃんじゃないが俺は死んだ方がいい。少なくとも1回は死ぬべきだ。
 バレンタインだの、チョコレートだの言う資格は、俺にはなかったんだ。

 いっときの感情だけで踏みにじったのだ。ルイの思いを。そして、自分はそれに気づきもしない。ずっと、いつもと同じだと思っていた。
 ルイはずっと我慢していたんだ。少なくとも同じクラスだった1年間。普段と変わらずに見えるように振舞っていた。

 ……何のために?

 あれは自分が悪かったんだとでも思っていたんだろ。ルイはそんなやつだ。
 いつものように怒って殴られでもしなくちゃ、俺には何も分からなかった。酷いことをしたなんて思ってもいなかった。

 いつもと変わらない、よく怒る幼馴染。そいつがどんな気持ちだったのかなんて、俺は考えもしなかった。
 いて当たり前。いなくなると心配。言わなれなくても分かることも多数あるが、言われないと分からないことはもっとあったんだ……。

 ルイはどんな気持ちで隣にいたんだろう?

「落ち込むのは勝手よ。けど、それでいいの?」

 不意にお姫様に話しかけられた。お姫様は、俺の隣にではなく前に立つ。
 下の芝しか見てなかったから、近づいてくるのに気づかなかった。そして、芝をだいぶむしってしまったが大丈夫かな? ハゲているような。

「あんたの言葉をみんな信じてる。つまらない世界じゃなくすんでしょ? 自分がそんな顔してて、どうやって世界を変えるのよ」

 世界なんて大それ過ぎていた。俺は自分の隣すら気にすることが出来ない人間だったんだ。
 こんなカスに世界をどうこう出来るわけがない。

「放っておいてくれよ。来週には復活するから……」

「──バレンタイン終わってるじゃない!」

「いいんだよ……もう。チョコレートはセバスに仕入れさせてバレンタインをやるから。支払いは俺の寿命とかでするから」

 こんなクズが生きていていいわけがない。かと言って、自分で死ぬとか無理だから! 悪魔に寿命を奪われて死ぬことにしよう。

「それじゃあ、いつでもチョコレートを食べられるようになってないじゃない!」

「お小遣いで買えよ。俺はこのまま貝になりたいんだ。放っておいてくれ。そうだ、いっそのこと浦島太郎になるのもいいかもしれないな」

「はぁ……」

 お姫様に盛大にため息をつかれた。そして、何を思ったのかお姫様は俺の隣にやってきて座り込む。
 こいつは何をやって……何をしにきたんだろう?

「何に悩んでるの? 聞きたくはないけど、仕方ないから聞いてあげるから話しなさい」

「言いたくない」

「あたしが聞いてあげるって言ってるのよ?」

「言いたくない……」

 お姫様になんと言われても、言いたくないものは言いたくない。だいたい、『仕方ないから』とか言うやつに言うようなことは何もない。
 これは俺の問題だし、俺にしか分からないことであるべきだ。とにかく言わない。

「それじゃあ仕方ないわね。自主的に話してもらうのは諦めるわ。 ──そっちから喋りたくなるようにしてあげる!」

「ぼ、暴力は何も生まないよ? 僕は絶対に口を割らないし。そんなことしてもムダだよ?」

「どのくらい、その余裕が続くかしらね」

 お姫様はノーモーションでいつのまにか立ち上がりっていて、冷たい視線で見下ろしてくる。
 首と腕の骨をパキパキ鳴らして、臨戦態勢をアピールしてくる。

「──ちょっと待って! やめて!」

「これがあたしのやり方よ。甘やかしてはダメ。最良は進まなくては手に入らないのだから。落ち込む暇があるなら、無様にでも足掻きなさい!」

「ぶん殴ってほしいとは思ったよ? でも、お姫様にじゃないし。何より、シャレにならないくらい本気だよね!?」

 こんなに落ち込む俺に容赦なく暴力を振るうと? 慰めるとかじゃなくて? 優しく聞いてくれたら、僕は喋るかもしれないよ?

「あら、ミルクの時に気づかなかったの? やると言ったら、あたしはやるわよ!」

「えーーっ、落ち込む暇もないんすか!」

「──ない! そんな暇があるなら行動しろ!」

 心の整理もついてない。傷心は癒えてない。やる気も何もかも、どこかに消え去った。
 しかし、姫は諦めることも立ち止まることも許してはくれないらしい。なんたるワガママ姫。付き合いきれないぜ。

 そして……ギャーーーーーーーーーーッ!?

◇◇◇

「──カカオ豆どころか砂糖もない?!」

 二クスに呼びだされて来てみればそんな話だった。
 もっと早くに、一番最初に気にするべきところだったということだろう。今更だけど!

「はい、セバス殿のおかげで企画書の文字はなんとかなりました。それで、このチョコレートの材料ですが、どちらもありません」

 俺の持ってきたバレンタインの企画書。チョコレートの材料に、バレンタインの概要等をまとめた、バレンタインの書の半分。ちなみに授業中に内職して作ったものだ。
 書のもう半分は、ルイちゃんのチョコレート講座をまとめたものにする予定だ。

「おいおい、チョコレートなんて最初から作れなかったのか? 異世界には砂糖すらないとか……」

 予想外だ。塩があるから砂糖もあると勝手に思っていたが、甘いものが果物くらいしかないところでは、砂糖なんてなかったのだ。

「小僧、誤りがあるぞ。今は無いだ。どこにだって最初から有ったものなど有りはしない」

「セバス……それって」

「素材はあるはずだ。誰も必要としなかっただけで」

 ……そういうことか。砂糖になってないだけで、材料はあると。カカオ豆も同様に。
 あるところに行って素材を手に入れて、作ればいいってことか。

「だけど、そこまでする時間は……」

「すでに移動しています。どちらも我々の住んでいる場所にはない。それに植物だと伺いましたので、可能性のある場所に目星をつけて、すでに移動していますよ?」

 いつの間にか城が動いてる? まったく揺れもしないし、音もないから気づかない。
 さっきまで外にいても分からなかった。揺れてはいたが、あれは俺自身だったし。

「この材料の詳細が分かれば、こちらの資料と参照して、正確な場所を見つけることも可能なんですが」

「──そうか、ならちょっと待ってろ! カカオ豆と砂糖。他には……分からないから全体的にだな!」

 忘れているかもしれないがウチは本屋だ。勝手に持ち出したら文句言われるだろうから、きちんと買ってこよう。

「──すぐ帰ってくる。セバス付き合え!」

 まだ夕方だ。店は開いてる。ウチになければ、大きな本屋に行って買うこともできる。
 とにかく急げ! 図鑑とかチョコレートとかの本を買ってくるんだ!

「お待ちしています。ところで、酷い目にあっただけはありましたか?」

「あぁ、頬が千切れるんじゃないかと思った。だけど、甘やかさないらしいから仕方ない」

◇◇◇

 やはり面白い方だ。悪魔が手を貸し、あの姫まで気にされるのだから当然か。
 おや、噂をすればなんとやらですね……。

「珍しいですね。姫が、ここに足を運ぶのは」

「……アイツは?」

「セバス殿と今しがた出ていかれましたよ。いつものようにね」

「そう、ならよかった。ちょーーっとだけ、やりすぎたかな? って思ってたから」

 回りくどいことをせずに、素直に励ませばいいものを……。どうにもこの子は昔から不器用ですね。
 しかし、変わられたように見える。良い方向に。

白夜はくやさんに手を貸してあげたらどうですか?」

「セバスにあなた。パパにおじさまたち。それだけいれば十分でしょ? あたしの出番なんてないわよ」

「こちらの事はですね。白夜さんの日常のことは、我々では力になれません」

 引け目も負い目もなく関われる人でなくては。あなた方は互いにそれを満たしているように思える。
 ……だからこそ意味があるのでしょう。

「やっぱり、それを解決しないとダメみたいね」

「必要があるならお呼びを」

「悪魔はセバス1人いれば足りてるわ」

「なら、他のところで活躍しましょうかね」

 任せてばかりでは申し訳ない。
 本来は我々がやらなくていけないことを、彼にだけさせては面目が保てない。

「ニクス……。あなたもチョコレート欲しいのね」

 何やら誤解があるようですが、口にしたら認めたも同じなので黙っていましょう。

「2人は向こうに行ったのよね?」

「ええ、そうだと思いますよ」

「はい、これ」

「……この袋の中身は?」

「チョコレートよ。これを分析して材料の資料にと、実際食べてみなさいよ? 美味しいわよ」

 現物があるのなら、もっと早くいただきたかったですね。こんなにあるということは、今いまではないのでしょうし。

「じゃあ、着替えて行ってみましょうかね」

「なにをしにですか?」

「──向こうの日常とやらを解決しによ!」

 変にやる気を出すとあれですが、セバス殿もいますし大事にはならないでしょう。たぶん。

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