上 下
1 / 49
新生活

前奏曲

しおりを挟む
 夕暮れの列車は、窓の外に広がる風景が速く通り過ぎていく。

 帝都中央駅を目指す海岸本線の上り特別急行列車は時速100ルーデという高速で夕闇迫る帝都近郊をひた走る。もう直に到着であるというのに車内は慌ただしさを感じさせず、心地よい空間を提供している。この車両は特別急行列車の二等客車であり、比較的ゆったりとした乗車空間であり、客層そのものがあくせくするような者たちでないこともあるだろう。

 そんな車内に目立つ乗客が三人いた。真新しい士官学校の制服を着用していることからも、その所属と身分を示すには十分だろう。とは言っても、他の乗客もじろじろと見物するほど珍しいものではない。何しろ、この時期には帝都中央駅ではこの手の存在は掃いて捨てるほど居るのだから。

 そして、その三人というのが、俺、オリヴァーそしてセリーナという士官学校入校前のヒヨコたちだ。俺たちは一緒に座り、懐かしい友情の空気を車内に漂わせていた。

 俺とセリーナは1時間ほど前に帝国直轄都市であるゴルトハーフェンから乗車したのだが、オリヴァーは地元が更に遠く、昼前に乗車したらしい。ゴルトハーフェンはその名の通り黄金の港を意味する商港であり、その近郊都市が工業地帯として産業の中心として繁栄している。

 歴史浅き我がアシュモア伯爵家と同じくセリーナのメリウェザー子爵家も新興貴族であり、帝国直轄地に小さな領地を下賜されている。たまたまアシュモア家とメリウェザー家はほど近い領地を有していることからゴルトハーフェンでは近所に邸宅を構えている。領地は鉄道が通っていないことから不便で多くの新興貴族は我ら同様に帝国直轄都市に邸宅を構えているのだ。

 俺とセリーナの家と違い、オリヴァーは歴史古き名門貴族のウィンザービル伯爵家の出身だ。彼は次男坊であるからか、彼の兄と比べて比較的自由な生活をしていたのか、あまり名門と新興の壁を感じさせない付き合いやすい男である。

 今も東海岸地方の名産であるミカンを頬張りながら楽しそうに笑っている。そういえば、こいつは重度の鉄オタだった。何の用事もないのにローゼリア自治国との国境にあるノルドグレンツェ門まで出掛けてとんぼ返りしたのは記憶に新しい。

 そのオリヴァーは笑みを浮かべながらセリーナに思い出したかのように話題を振った。

「そういえば・・・・・・セリーナ、あの時のパーティー楽しかったな」

 セリーナは軽く微笑んで頷いた。

「はい、素晴らしいパーティーでした。思えば私たちはあのときに初めて知り合えたのでしたね」

 俺は彼らの話に混ざることにする。彼らの出会いの話は純粋に興味深いからだ。

「二人はどうして知り合ったんだい?」

 オリヴァーが思い出深そうに笑みを浮かべた。

「実はあの日、俺はちょっと場違いな感じでね。セリーナはそれに気づいて、手助けしてくれたんだ」

「ただのお世話程度のことですわ」

 セリーナは恥ずかしそうに微笑んで、そう答えたがオリヴァーは大らかな笑顔で続けた。

「でもな、それからはどうだい? セリーナとはいい友達になれたろ?」

「ええ、お話しを楽しめましたわ」

「オリヴァー、セリーナが君を助けた瞬間ってどんな感じだったんだい?」

 セリーナは照れくさい微笑みを浮かべて応じたことにオリヴァーは思い出にほころぶ笑みを浮かべた。セリーナは微笑みながら付け加える。

「オリヴァー様は、いわゆる『華やかな場』に馴染みたくないご様子で、ひとりでいらしたの」

 オリヴァーは苦笑しながら続けた。

「まあ、俺が知らない顔ばかりで、正直戸惑っていたんだ。そこへセリーナが声をかけてくれたんだ。あのときは本当に助かった」

「あの時、私はちょうど友達と離れていたの。オリヴァーくんがひとりでいるところを見かけて、気になってね。」

 セリーナは優雅な仕草でオリヴァーの言葉を補完したのだが、それが俺はとても興味深く思えて尋ねることにした。

「それから、どんな会話が始まったんだい?」

 オリヴァーは軽く頬をかいて考え込んだ後、思い出すように答える。彼にとっては良い思い出のようである。

「まず最初はお互いの名前から始まったかな。それからどうしてこんな場所にいるのか、趣味の話、家族のこと……。そんな感じだったかな」

「オリヴァー様は本当に率直で、話しやすかったですわ。私がちょっと控えめだったから、彼がリードしてくださった感じで・・・・・・」

セリーナは微笑みを浮かべるとオリヴァーも大らかな笑顔で続ける。

「セリーナも最初は緊張してたけど、徐々に打ち解けて。その頃から俺たちの友情は芽生えたって感じだな」

「それが二人の始まりだったんだな。本当に素晴らしい出会いだ」

 俺は感慨深そうに頷いたが、同時に二人のその微妙な雰囲気を感じ取ってもいた。故にあえて尋ねることにした。微妙な話題ではあると思ったが、長く付き合うことになるだろう相手のことだ、ある程度腹を割って話をしておきたいと思ったのだ。

「話しの中で気になることがあるんだが、お互いの家柄のことはどう思っているんだい?」

 オリヴァーは肩をすくめる。彼にとっても頭痛の種っぽい様子が感じられる。

「ああ、家柄だね。俺は正直、あまり気にしていないな。家族のことも含めて、みんな個々の良さがあると思ってるよ。知っての通りの次男坊だ。部屋住みのスペアが何様だってのさ」

 セリーナは少し考え込んでから口を開いた。

「私も同感よ。でも、家族の期待や社会の目は感じることがあるわ」

 正直な思いは二人とも同じだった。

 オリヴァーは軽くセリーナの肩を叩いて言葉を続ける。

「まあ、気にしすぎるのも良くないって。俺たちはここにいる今、同じ立場だろ?」

 セリーナは彼の言葉に助けられたように微笑んで頷いた。

「ありがとうございます。オリヴァー様。その言葉に力を貰える思いがしますわ」

 俺はそんな彼らのやりとりを見て思った。

「お互いに支え合ってる姿が、本当に素敵で、大切なことだと思うよ」

 列車の揺れと共に、窓の外に広がる風景が次第に変わっていく。不夜城と謳われる帝都の喧噪が車内にも伝わってくる様になった。

 客車の三軸台車が線路の継ぎ目を通過するその音が、三人の過去と未来をつなぐような、新たな章への前奏曲を奏でているようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

おっさんの神器はハズレではない

兎屋亀吉
ファンタジー
今日も元気に満員電車で通勤途中のおっさんは、突然異世界から召喚されてしまう。一緒に召喚された大勢の人々と共に、女神様から一人3つの神器をいただけることになったおっさん。はたしておっさんは何を選ぶのか。おっさんの選んだ神器の能力とは。

秘宝を集めし領主~異世界から始める領地再建~

りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とした平凡なサラリーマン・タカミが目を覚ますと、そこは荒廃した異世界リューザリアの小さな領地「アルテリア領」だった。突然、底辺貴族アルテリア家の跡取りとして転生した彼は、何もかもが荒れ果てた領地と困窮する領民たちを目の当たりにし、彼らのために立ち上がることを決意する。 頼れるのは前世で得た知識と、伝説の秘宝の力。仲間と共に試練を乗り越え、秘宝を集めながら荒廃した領地を再建していくタカミ。やがて貴族社会の権力争いにも巻き込まれ、孤立無援となりながらも、領主として成長し、リューザリアで成り上がりを目指す。新しい世界で、タカミは仲間と共に領地を守り抜き、繁栄を築けるのか? 異世界での冒険と成長が交錯するファンタジーストーリー、ここに開幕!

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...