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第2章 魔術学院受験専門塾

35 責任

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 酔いが回ったイクシィは意識を失いかけて床に倒れ、もはや話ができないと悟って若い女性が離れていったすぐ後に店の責任者らしい中年男性が近づいてきた。

「お兄さん、思う存分飲まれるのは結構ですけどまとまったお金はお持ちなんでしょうね? もう16万ネイも飲まれてますよ」
「ええっ……? ああ、持ち合わせが足りない。皿洗いでもして返しますよ」
「冗談言わないでください。いくらお持ちか知りませんが、持ち合わせもないのに夜の街で遊ばれちゃ困りますな。親御さんを呼んで頂けますね?」
「ははっ、親父なんて来る訳ないよ。魔術師になれない息子には価値がないと本気で思ってる父親だぜ? 全く……」
「これはよくない酒だ。とにかく金を工面するまではこの店から帰しませんぜ。酔いが醒めたらまた声をかけます」

 今の自分が恥ずべき行為をしているという自覚はイクシィにもあったし、また両親に迷惑をかけてしまうことも申し訳ないと思った。

 それでも、今のイクシィはひたすら現実から逃れたかった。


 その時。


「イクシィ君、起きなさい。酔いつぶれているなら背負うから、とにかくこの店を出るんだ」
「……先生……?」

 床に倒れているイクシィの肩を揺さぶったのは、他ならぬ塾講師ユキナガだった。

「あなた方、この子の知り合いですか? こっちも酔っぱらわれて迷惑してるんですよ」
「ああ、本当に申し訳ありません。この生徒が飲んだ分は立て替えますから、今日は勘弁してやってください。こいつは勉強をしなきゃいけないんです」
「うちは悪徳酒場じゃありませんから金さえ払って頂ければ結構ですとも。塾の先生も大変ですな」

 ぼやけた視界の向こうでは、塾長であるノールズが酒場の店長に謝っている。


「心配はないと思うが、何か犯罪に巻き込まれたりはしていないか。持ち物を盗まれたりしていないな?」
「はい……でも、俺、もういいんです。こんな辛い現実、生きてても仕方ないんです。このまま死んだって……」
「馬鹿なことを言うんじゃない。君の成績は絶望的でも何でもないし、まだ温暖期は折り返しにも入っていない。それ以前に……」

 ユキナガはそう言うと、イクシィの腕を取って彼の上半身を起こした。

「私たちはご両親から君を預かっているから、イクシィ君を全力で守り支える責任がある。仮にこの酒場が悪徳店で法外な金額を要求されたとしても私たちは立て替えるつもりだった。万が一の暴力から君を守るために、ここには魔術師のノールズ先生も来ている」
「……」
「君が今日してしまったことは誰も責めないし、責めたって何の解決にもならない。だから今日は今すぐ魔進館に帰って、明日からいつも通り勉強するんだ。それが、君が君自身の責任を果たすということになる」

 ユキナガはそこまで言うと、イクシィの身体を持ち上げて背負った。

 イクシィは安心した表情をするとユキナガの背中の上で眠り始めた。


「大丈夫かユキナガ。こちらの店長さんはイクシィが迷惑をかけたことを許してくれているが、また後日謝罪の手紙を書かせよう。立て替えた代金は当然こいつの親に請求するからな」
「ええ、それが適切でしょう。今日はもう遅いので帰りは輸送車を使いましょう」

 イクシィを背負ったユキナガとノールズは、一仕事を終えた表情をして酒場を立ち去った。


 狼人生としての責任から逃げ出そうとしたイクシィには確かに非があるが、彼をこのような状況に追い込んでしまった自分たち講師にも大きな責任がある。

 今後は生徒指導のやり方を改善していくと決意して、ユキナガは夜の街を後にした。
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