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異世界1000ネイ焼肉 ~狂戦士のターレ~
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異世界エデュケイオンの食文化には焼肉というものがあり、これは元々森林に棲む亜人たちの文化であった。
野獣を屠殺して得た生肉をそのまま食卓まで運び、熱した鉄板や金網の上でジュウジュウと焼いて食す文化は人間族の間でも流行し、現在では焼肉専門店という業態も飲食店として一般的になっていた。
エデュケイオンで中央都市オイコットに次ぐ経済規模を誇る地方都市カッソーは焼肉文化が特に栄えている地域として知られており、中でも交通の要衝であるウンメイダーの街は焼肉店の激戦区として有名であった。
そのウンメイダーの街で、格安焼肉店「ペーチル」は倒産の危機を迎えていた。
「やあやあ店主殿、まだ営業を続けておられたとは驚きですな。見たところ客は数名のようですが」
「何をしに来られたのですか。まだ立ち退きの契約をする気はありませんよ」
街はずれの雑居棟の2階にあるペーチルの本店を訪れたのは、焼肉連鎖店「猛牛の角」の雇われ店長であるトータンだった。
「猛牛の角」はオイコットに本社を置く大企業の一部門である連鎖店で、そのウンメイダー二号店はかねてよりペーチル本店と客を奪い合っていた。
「高々300ネイの差で味に格段の違いがある訳ですから、今更この店を訪れる客などろくにおりますまい。早いこと立ち退きをされるのが一番と思いますがね」
「……」
ペーチルと「猛牛の角」はどちらも定額で焼肉を好きなだけ食べることができる、いわゆる「食べ放題」という制度を採用した焼肉店である。
かつてはペーチルは90分制1800ネイ、「猛牛の角」は90分制3100ネイという価格であり、2つの店は価格帯が大きく異なっていた。
しかし、「猛牛の角」は最近になって早い時間帯限定で70分制2100ネイという格安の食べ放題方式を導入し、しかも注文できる焼肉の質はこれまでの方式と大きく変わらなかった。
一方でペーチルは昨今の牛肉や野菜の価格上昇により費用削減を図らざるを得ず、価格こそ据え置いたものの牛肉の人気の部位を仕入れられなくなったことで客離れが進んでいた。
早い時間帯ならば「猛牛の角」に行った方がほぼ同じ価格で美味しい焼肉を食べることができ、そうでなくとも質の低い肉しか食べられないペーチルに魅力を感じる客は少なくなっていた。
社員の給料を払うことも難しくなりつつあったペーチルは店舗の一部を閉店することになり、本店さえも「猛牛の角」の親会社に買収されようとしていた。
「まだ、持ち直す方法はある。転生者さえ、焼肉に詳しい転生者の力さえ借りることができれば……」
トータンが客入りの少なさを冷やかして帰ると、ペーチルの経営者であり本店の店主であるタルムスは歯噛みしながらそう呟いた。
その時。
「おい、この店は自分が呼んだ転生者に迎えも寄越さないのか」
ペーチル本店の入口から現れたのは、転生者事務局から与えられた布の服に身を包んだ男性だった。
「どうも、来てくださったのですね。営業中の店を空ける訳にはいかず、申し訳ございません。私は焼肉店ペーチル経営者のタルムスと申します」
「事情は分かった。俺は転生者のエンゼン。この店の経営を立て直せばいいと聞いている」
エデュケイオンでは歴史的に転生者と呼ばれる異世界からの来訪者が人々を助けてきたことが知られており、魔術に基づく研究により、現在では望む条件を満たした転生者を市民が募集できるようになっていた。
ペーチルの経営の危機を救うため、タルムスはなけなしの貯金を転生者事務局に支払って異世界から転生者を呼んだのだった。
「前世の記憶はないが、俺は焼肉という文化に詳しいらしい。ちょっとこの店を見せてくれないか」
「ええ、もちろんです。お客様もおりますので、少し離れた場所からご見学ください。こちらが品目表です」
品目表の冊子を転生者エンゼンに手渡すと、タルムスは彼を連れて煙が立ち込める店の奥へと進んだ。
そこでは常連客たちが牛タンネや豚カルビクスといった肉を焼いて食しており、エンゼンはその様子を一瞥して口を開いた。
「はっきり言うが、あの程度の肉で1800ネイも取るのは馬鹿げている。あんなの舌が貧しい奴しか喜ばないだろう」
「そう言われると何も言い訳できませんが、原材料の値上がりでこうせざるを得ないのです。価格を上げるべきでしょうか?」
恐縮しつつ答えたタルムスに、エンゼンはため息をつくと、
「何を言っているんだ。俺なら価格を上げるどころか、むしろ大幅に下げる。そうだ、俺なら1000ネイでこの店を成立させてみせる」
「ええっ、今の半分近くではありませんか。そんなことが本当に……」
「まあ見ていろ。今から経営を全て俺に任せてくれれば、1か月足らずでこの店は人気店になる。転生者の実力を見せてやろう」
エンゼンはそれからすぐにあらゆる取引先に連絡を取り、新装開店に備えて1週間ペーチルの全店を休業とした。
心配するタルムスをよそに、エンゼンはペーチルの看板を作り直し、店名を「1000ネイ焼肉ペーチル」と刷新した。
70分制1000ネイという驚くべき低価格で焼肉食べ放題を楽しめるという噂を聞き、新装開店したペーチルにはウンメイダー中から多くの客が集まった。
その1か月後……
「ペーチルは1000ネイで焼肉を出しているというが、それで儲けなど出るものか。客を魔術で騙しているとか、何か策があるに違いない」
買収される寸前だったペーチルが業績を持ち直したと聞き、「猛牛の角」の雇われ店長トータンは再びペーチル本店を訪れた。
ペーチルが違法なやり方で客を集めていればすぐさま役所なり自警団なりに通報してやると考えて、トータンは早歩きで店内に入った。
「おい、この人気はどういうことだ。1000ネイで焼肉食べ放題をやるなど、何か違法行為に手を染めているのだろう」
「そう思われるのなら、好きに見ていったらいいじゃありませんか。たった1000ネイですし、客として食べていかれてはどうですか」
「その程度の金惜しくもないわ。ならばこの舌で確かめてやろう」
敵対的な態度を崩さないトータンに、会計として働いていたタルムスは宣戦布告をした。
トータンは客として座席に座り、経営が忙しくない時は店員として働いているエンゼンは彼に品目表を手渡した。
「どうぞ、好きに注文なさってください。品目は1種につき3人前まで同時に注文でき、野菜や米飯は自分で取りに行って頂く方式です」
「ああ分かった。……何だと? おい、カルビクスやハミラー、タンネはどこにあるんだ。ここには『牛肉』『豚肉』『鶏肉』としか書かれていないではないか」
「それが品目ですよ。この店では部位は選べません」
「な、何だと……」
転生者エンゼンが行った焼肉店ペーチルの経営改革は多岐に渡るが、その最たるものは品目の刷新だった。
これまでは「牛タンネ」「豚カルビクス」「鶏セリー」といった部位ごとに仕入れて肉を提供していたが、現在では「牛肉」「豚肉」「鶏肉」といった動物種のみの品目とし、その時に安く仕入れられた肉を部位を限定せず提供することにしていた。
これにより仕入れの費用は最低限に抑えられ、焼肉店最大の出費を減少させることにより費用削減に成功していた。
「理屈は分かったが、最も大事なのは味だ。くず肉を食わせてまずい思いをさせたら承知しないぞ」
「まあ、見ていてください。当店ではこちらのターレで焼肉を食べて貰います」
エデュケイオンでは焼肉にターレと呼ばれる合わせ調味料をつけて食すのが一般的であり、エンゼンは経営改革の一環としてターレも刷新していた。
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!
「何だこの音は!?」
「ああすみません、このターレは蓋を開けると効果音が鳴るんです。仕掛けは魔術師に頼みました」
「そういうことか……。では、食べてみよう」
トータンは配膳された牛肉を火箸で金網に載せて焼くと、エンゼンに渡されたターレにつけて口に運んだ。
「これは……旨い!?」
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!
「そうでしょう、流石は狂戦士印のターレです」
「その効果音やめろ」
転生者エンゼンが行ったもう1つの経営改革は、焼肉のターレの高級化だった。
ペーチルが仕入れた肉は決して高級なものではないが、高級なターレをつけて食べれば誰でも美味しく感じる。
「そう、くず肉でも高級なターレにつけて食えば結局は旨いんです! だからこその1000ネイ焼肉ということです!!」
「エンゼンさん、他のお客さんの前なので遠慮してください」
「何ということだ、これでは我々に勝ち目はないではないか……」
トータンに経営の秘策を明かしたエンゼンにタルムスは慌てて制止の言葉を投げたが、トータンは敗北を確信せざるを得なかった。
「トータンさん、我々は確かに経営の工夫で1000ネイ焼肉を実現しましたが、『猛牛の角』が敗北した訳ではありませんよ。1000ネイ焼肉と3000ネイ以上の焼肉では品質が全く異なる訳ですから、今後はすみ分けをすればいいんです」
「確かに君の言う通りだな。この店を買い取るのは諦めて……そうだ、うちの会社でも1000ネイ焼肉の連鎖店を始めればいい。エンゼン君、給料を2倍にするからうちの会社に来てくれないかね」
「そ、そんな! エンゼンさん、給料上昇はまた考えますから、どうか敵に魂を売るのだけはやめて頂けませんか」
エンゼンを引き抜こうとしたトータンに、タルムスは必死で残留を促した。
「どう言われましても、俺はあなた方の味方をする気はありません。だって、あなた方は既に焼肉連鎖店として十分な地位を占めているじゃないですか」
「どういうことだ?」
不思議に思って尋ねたトータンに、エンゼンは会心の笑みを浮かべて口を開く。
「俺の目標は、この世界のあらゆる焼肉連鎖店を繁栄させることです。次々に人気店を売り出し、ゆくゆくはエデュケイオンの民の主食を焼肉にするんです! いずれは800ネイや700ネイでの焼肉食べ放題を実現してみせますよ」
「…………」
エンゼンの途方もない野望に、トータンは絶句した。
「その証拠に、俺はこの世界に来てから焼肉しか食べていません。この店は俺に無料で焼肉を食べさせてくれますから、その恩義には報いたいんです。店長、交代の店員が来たら俺も食べる側に回るからな」
「もちろんですよ。これからも一緒に頑張りましょう」
今日も仕事終わりの焼肉を楽しみにしているエンゼンの姿に、トータンは自分たちが恐るべき相手を敵にしてしまったと悟った。
(完)
野獣を屠殺して得た生肉をそのまま食卓まで運び、熱した鉄板や金網の上でジュウジュウと焼いて食す文化は人間族の間でも流行し、現在では焼肉専門店という業態も飲食店として一般的になっていた。
エデュケイオンで中央都市オイコットに次ぐ経済規模を誇る地方都市カッソーは焼肉文化が特に栄えている地域として知られており、中でも交通の要衝であるウンメイダーの街は焼肉店の激戦区として有名であった。
そのウンメイダーの街で、格安焼肉店「ペーチル」は倒産の危機を迎えていた。
「やあやあ店主殿、まだ営業を続けておられたとは驚きですな。見たところ客は数名のようですが」
「何をしに来られたのですか。まだ立ち退きの契約をする気はありませんよ」
街はずれの雑居棟の2階にあるペーチルの本店を訪れたのは、焼肉連鎖店「猛牛の角」の雇われ店長であるトータンだった。
「猛牛の角」はオイコットに本社を置く大企業の一部門である連鎖店で、そのウンメイダー二号店はかねてよりペーチル本店と客を奪い合っていた。
「高々300ネイの差で味に格段の違いがある訳ですから、今更この店を訪れる客などろくにおりますまい。早いこと立ち退きをされるのが一番と思いますがね」
「……」
ペーチルと「猛牛の角」はどちらも定額で焼肉を好きなだけ食べることができる、いわゆる「食べ放題」という制度を採用した焼肉店である。
かつてはペーチルは90分制1800ネイ、「猛牛の角」は90分制3100ネイという価格であり、2つの店は価格帯が大きく異なっていた。
しかし、「猛牛の角」は最近になって早い時間帯限定で70分制2100ネイという格安の食べ放題方式を導入し、しかも注文できる焼肉の質はこれまでの方式と大きく変わらなかった。
一方でペーチルは昨今の牛肉や野菜の価格上昇により費用削減を図らざるを得ず、価格こそ据え置いたものの牛肉の人気の部位を仕入れられなくなったことで客離れが進んでいた。
早い時間帯ならば「猛牛の角」に行った方がほぼ同じ価格で美味しい焼肉を食べることができ、そうでなくとも質の低い肉しか食べられないペーチルに魅力を感じる客は少なくなっていた。
社員の給料を払うことも難しくなりつつあったペーチルは店舗の一部を閉店することになり、本店さえも「猛牛の角」の親会社に買収されようとしていた。
「まだ、持ち直す方法はある。転生者さえ、焼肉に詳しい転生者の力さえ借りることができれば……」
トータンが客入りの少なさを冷やかして帰ると、ペーチルの経営者であり本店の店主であるタルムスは歯噛みしながらそう呟いた。
その時。
「おい、この店は自分が呼んだ転生者に迎えも寄越さないのか」
ペーチル本店の入口から現れたのは、転生者事務局から与えられた布の服に身を包んだ男性だった。
「どうも、来てくださったのですね。営業中の店を空ける訳にはいかず、申し訳ございません。私は焼肉店ペーチル経営者のタルムスと申します」
「事情は分かった。俺は転生者のエンゼン。この店の経営を立て直せばいいと聞いている」
エデュケイオンでは歴史的に転生者と呼ばれる異世界からの来訪者が人々を助けてきたことが知られており、魔術に基づく研究により、現在では望む条件を満たした転生者を市民が募集できるようになっていた。
ペーチルの経営の危機を救うため、タルムスはなけなしの貯金を転生者事務局に支払って異世界から転生者を呼んだのだった。
「前世の記憶はないが、俺は焼肉という文化に詳しいらしい。ちょっとこの店を見せてくれないか」
「ええ、もちろんです。お客様もおりますので、少し離れた場所からご見学ください。こちらが品目表です」
品目表の冊子を転生者エンゼンに手渡すと、タルムスは彼を連れて煙が立ち込める店の奥へと進んだ。
そこでは常連客たちが牛タンネや豚カルビクスといった肉を焼いて食しており、エンゼンはその様子を一瞥して口を開いた。
「はっきり言うが、あの程度の肉で1800ネイも取るのは馬鹿げている。あんなの舌が貧しい奴しか喜ばないだろう」
「そう言われると何も言い訳できませんが、原材料の値上がりでこうせざるを得ないのです。価格を上げるべきでしょうか?」
恐縮しつつ答えたタルムスに、エンゼンはため息をつくと、
「何を言っているんだ。俺なら価格を上げるどころか、むしろ大幅に下げる。そうだ、俺なら1000ネイでこの店を成立させてみせる」
「ええっ、今の半分近くではありませんか。そんなことが本当に……」
「まあ見ていろ。今から経営を全て俺に任せてくれれば、1か月足らずでこの店は人気店になる。転生者の実力を見せてやろう」
エンゼンはそれからすぐにあらゆる取引先に連絡を取り、新装開店に備えて1週間ペーチルの全店を休業とした。
心配するタルムスをよそに、エンゼンはペーチルの看板を作り直し、店名を「1000ネイ焼肉ペーチル」と刷新した。
70分制1000ネイという驚くべき低価格で焼肉食べ放題を楽しめるという噂を聞き、新装開店したペーチルにはウンメイダー中から多くの客が集まった。
その1か月後……
「ペーチルは1000ネイで焼肉を出しているというが、それで儲けなど出るものか。客を魔術で騙しているとか、何か策があるに違いない」
買収される寸前だったペーチルが業績を持ち直したと聞き、「猛牛の角」の雇われ店長トータンは再びペーチル本店を訪れた。
ペーチルが違法なやり方で客を集めていればすぐさま役所なり自警団なりに通報してやると考えて、トータンは早歩きで店内に入った。
「おい、この人気はどういうことだ。1000ネイで焼肉食べ放題をやるなど、何か違法行為に手を染めているのだろう」
「そう思われるのなら、好きに見ていったらいいじゃありませんか。たった1000ネイですし、客として食べていかれてはどうですか」
「その程度の金惜しくもないわ。ならばこの舌で確かめてやろう」
敵対的な態度を崩さないトータンに、会計として働いていたタルムスは宣戦布告をした。
トータンは客として座席に座り、経営が忙しくない時は店員として働いているエンゼンは彼に品目表を手渡した。
「どうぞ、好きに注文なさってください。品目は1種につき3人前まで同時に注文でき、野菜や米飯は自分で取りに行って頂く方式です」
「ああ分かった。……何だと? おい、カルビクスやハミラー、タンネはどこにあるんだ。ここには『牛肉』『豚肉』『鶏肉』としか書かれていないではないか」
「それが品目ですよ。この店では部位は選べません」
「な、何だと……」
転生者エンゼンが行った焼肉店ペーチルの経営改革は多岐に渡るが、その最たるものは品目の刷新だった。
これまでは「牛タンネ」「豚カルビクス」「鶏セリー」といった部位ごとに仕入れて肉を提供していたが、現在では「牛肉」「豚肉」「鶏肉」といった動物種のみの品目とし、その時に安く仕入れられた肉を部位を限定せず提供することにしていた。
これにより仕入れの費用は最低限に抑えられ、焼肉店最大の出費を減少させることにより費用削減に成功していた。
「理屈は分かったが、最も大事なのは味だ。くず肉を食わせてまずい思いをさせたら承知しないぞ」
「まあ、見ていてください。当店ではこちらのターレで焼肉を食べて貰います」
エデュケイオンでは焼肉にターレと呼ばれる合わせ調味料をつけて食すのが一般的であり、エンゼンは経営改革の一環としてターレも刷新していた。
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!
「何だこの音は!?」
「ああすみません、このターレは蓋を開けると効果音が鳴るんです。仕掛けは魔術師に頼みました」
「そういうことか……。では、食べてみよう」
トータンは配膳された牛肉を火箸で金網に載せて焼くと、エンゼンに渡されたターレにつけて口に運んだ。
「これは……旨い!?」
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!
「そうでしょう、流石は狂戦士印のターレです」
「その効果音やめろ」
転生者エンゼンが行ったもう1つの経営改革は、焼肉のターレの高級化だった。
ペーチルが仕入れた肉は決して高級なものではないが、高級なターレをつけて食べれば誰でも美味しく感じる。
「そう、くず肉でも高級なターレにつけて食えば結局は旨いんです! だからこその1000ネイ焼肉ということです!!」
「エンゼンさん、他のお客さんの前なので遠慮してください」
「何ということだ、これでは我々に勝ち目はないではないか……」
トータンに経営の秘策を明かしたエンゼンにタルムスは慌てて制止の言葉を投げたが、トータンは敗北を確信せざるを得なかった。
「トータンさん、我々は確かに経営の工夫で1000ネイ焼肉を実現しましたが、『猛牛の角』が敗北した訳ではありませんよ。1000ネイ焼肉と3000ネイ以上の焼肉では品質が全く異なる訳ですから、今後はすみ分けをすればいいんです」
「確かに君の言う通りだな。この店を買い取るのは諦めて……そうだ、うちの会社でも1000ネイ焼肉の連鎖店を始めればいい。エンゼン君、給料を2倍にするからうちの会社に来てくれないかね」
「そ、そんな! エンゼンさん、給料上昇はまた考えますから、どうか敵に魂を売るのだけはやめて頂けませんか」
エンゼンを引き抜こうとしたトータンに、タルムスは必死で残留を促した。
「どう言われましても、俺はあなた方の味方をする気はありません。だって、あなた方は既に焼肉連鎖店として十分な地位を占めているじゃないですか」
「どういうことだ?」
不思議に思って尋ねたトータンに、エンゼンは会心の笑みを浮かべて口を開く。
「俺の目標は、この世界のあらゆる焼肉連鎖店を繁栄させることです。次々に人気店を売り出し、ゆくゆくはエデュケイオンの民の主食を焼肉にするんです! いずれは800ネイや700ネイでの焼肉食べ放題を実現してみせますよ」
「…………」
エンゼンの途方もない野望に、トータンは絶句した。
「その証拠に、俺はこの世界に来てから焼肉しか食べていません。この店は俺に無料で焼肉を食べさせてくれますから、その恩義には報いたいんです。店長、交代の店員が来たら俺も食べる側に回るからな」
「もちろんですよ。これからも一緒に頑張りましょう」
今日も仕事終わりの焼肉を楽しみにしているエンゼンの姿に、トータンは自分たちが恐るべき相手を敵にしてしまったと悟った。
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