気分は基礎医学

輪島ライ

文字の大きさ
上 下
314 / 338
2020年8月 ステイホーム! カラオケお嬢様

第8話 気分は大後悔

しおりを挟む
 その翌週、僕は平日の昼間に再び壬生川さんの実家を訪れていた。

 この日は午前中しかオンライン授業がなかったので壬生川さんは実家で一人僕を待っていてくれた。


「今日はどうしたの? 渡したいものがあるって聞いたけど……」
「そうだよ、これは宅配じゃなくて直接渡したいと思って」

 2階に上がって彼女の自室に入った僕は、座布団に腰かけている壬生川さんにカバンから取り出したものを見せた。


「こっ、これ、あのワイヤレスマイクじゃない! しかも新品!?」
「うん、割引で24000円ぐらいで買えるみたいだったから勝手に買ってプレゼントします。遅延がどうなるか分からないけど受け取って欲しいです」
「でも、あんたにこんな高いものを買って貰うなんて申し訳ない。せめて半額払わせて」
「大丈夫、これは僕のバイト代から全部出したし、僕らいつも割り勘だから今日ぐらいはプレゼントさせて」
「それなら、まあ……」

 僕は研究医養成コース生になった2019年3月から北辰精鋭予備校の答案添削のアルバイトを始めていて、毎月コツコツとやっていたおかげで最終的に30万円ほどの貯金をすることができた。

 母には塔也が稼いだバイト代は自分のために使いなさいと言われたが下宿生活の費用は全て仕送りの範囲内で済ませ、バイト代はこれまで大学で必要になる教科書や参考書を買うのにしか使わなかった。

 2020年2月に色々あって僕の実家の家計問題は解決されており仕送りの額も月2万円ほど増やして貰えたので今ではアルバイトを減らしているが、自分で稼いだお金を彼女へのプレゼント代に使うなら何も問題はないと思った。


「あれからずっと欲しかったから、プレゼントしてくれて本当に嬉しい。塔也のそういう所、あたしすっごく好き!」
「壬生川さん……」

 受け取ったワイヤレスマイクを机に置くと、壬生川さんはガバッという効果音がしそうな勢いで僕に抱きついた。

 彼女の柔らかな身体の感触を全身で感じ、優しい香りに鼻腔が満たされる。

 この子を自分のものにしたいという思いに駆られ、壬生川さんの身体を強く抱きしめた。


「今日は、お父さんもお母さんもいないから……」
「……」

 彼女が言外に込めた意図を理解し、僕は生唾を飲み込みつつ頷いた。

 そのまま2人で1階に下りて、初めて一緒にシャワーを浴びた。


 服を着て再び彼女の自室に戻ると、2人でベッドに腰かける。

 壬生川さんの上着のボタンを一つずつ外しながら、僕は思わず彼女の唇を奪った。


「んっ……」
「好きだ。君のこと……」



 その瞬間、壬生川さんは突然両目を見開き、


「ああっ、もう無理! ごめん塔也、そういうの後にさせて!!」

 机上に置かれているワイヤレスマイクの箱を開けると、中から取り出した付属品の単3電池2本をマイクに入れた。

 USBレシーバーをプレイステイブル4本体のUSB端子に差し込み、彼女はコントローラーを手に取ってゲーム機を起動した。


「えっ、後って……」
「本当にごめん! でもワイヤレスマイク試してみたいでしょ!? 楽しみでうずうずしてるの!!」

 壬生川さんは恐るべき素早さでライジングDのアプリを立ち上げ、ワイヤレスマイクの電源を入れて歌い始めた。この前と比べて明らかにゲーム機に慣れている。


「浜辺に、クオーテーション……じっと見つめて、2人はささやくの……」

 昔のアイドルグループの曲をしみじみと歌う壬生川さんの姿に、僕の興奮はすっかり冷めていた。

 流石は評判のいいワイヤレスマイク、遅延がほとんどない。


「これ最高! 高いだけあるわね!!」
「あはは、ぜひ楽しんでください……」

 壬生川さんはそのままノンストップで歌い続け、気づいた時にはピアノ教室の仕事を終えた理香子さんが帰ってきていた。

 ちょうど自宅を訪れていた僕に理香子さんは夕食も一緒にどうだいと言ってくれて、その日は壬生川さん一家と夕食を共にしてからバスで帰宅した。


 壬生川さんが喜んでくれたのは、本当によかったんだけど……


「ああっ、あの時もっと押してれば……せっかくのチャンスだったのに……」

 全くもって後悔が尽きず、その日の夜に僕は下宿のベッドに潜り込んでジタバタしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...