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2020年1月 薬理学発展コース
254 普通に幸せに
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2020年1月11日、土曜日。時刻は昼12時55分。
龍之介と公祐は滋賀県大津市にあるヤクシジファーマシー大津本店に隣接した本社ビルを訪れていた。
ヤクシジファーマシーは滋賀県から京都府にかけて14か所の店舗を構える薬局チェーンで、創業者にして代表取締役社長を務めるのは龍之介の父親である薬師寺亮太だった。
「お坊ちゃま、いらっしゃいませ。今日はお父様にご用事ですか?」
「お久しぶりです。パパと13時に社長室で待ち合わせしてるんです」
龍之介はカードキーを使って1階の裏口からビルに入り、事務室窓口の女性に慣れた様子でそう伝えた。
女性は同行している公祐のことを龍之介の友人か何かだと考えたらしく、特に何も言わず社長室まで案内してくれた。
2人で社長室のソファに並んで座ると公祐は室内をまじまじと見渡した。
「お前の実家は薬局だって聞いてたけど、ヤクシジファーマシーっていうとオレでも名前知ってるぞ。結構な規模の会社じゃないか」
「うん。大企業ってほどでもないけど薬局チェーンではでっかい方だと思うよ」
龍之介の実家について初めて知った公祐が驚いていると、待ち人である薬師寺亮太は社長室に一人で入ってきた。
スーツを着た中肉中背の中年男性は疲れ切った表情をしており、気だるそうな態度で2人の向かい側のソファに腰かけた。
「はじめまして、龍之介君の恋人の呉公祐です。この度は息子さんを黙ってお預かりしてしまい申し訳ありませんでした」
「いや、君の家に泊まることは息子から聞いていたよ。京都市内の3階建てだったか、流石パチンコ屋は羽振りがいい」
出会い頭から敵意を隠そうともしない相手に手強さを感じつつ、公祐は無表情を貫いた。
「それで今日は何の用なんだ。こちらとしては息子を返してくれればそれで結構だが」
「パパ、ボクは自分の意思でコウ君の家に泊まったんだよ。返すとか返さないとかそういう言い方はおかしいよ」
「お前は黙っていなさい。大学にはちゃんと行っているようだが、これ以上悪い影響を受けるんじゃない」
亮太は優しい口調で龍之介にそう告げ、独善的な父親でも息子のことを思っているのは確かなのだろうと思われた。
「オレは、龍之介君との交際をお父さんにも認めて頂きたいと思っています。うちの家族はオレが龍之介君と付き合うのに誰も反対していませんから、後はお父さんに認めて頂ければそれでオレたちは幸せになれるんです」
「君にお父さんなどと呼ばれる筋合いはないが、少なくとも私は君と家族になりたくはない。いくら金持ちだか知らないが、うちの家系に朝鮮人やパチンコ屋は必要ないんだ」
「……オレは朝鮮人じゃありません。父親の代で日本に帰化してますし、ルーツは北朝鮮じゃなくて大韓民国です。その言い方は失礼じゃないですか」
公祐が両親の代から受け継がれている出自の説明を口にすると、亮太は不愉快そうな顔をして黙り込んだ。
「パチンコは合法的な娯楽サービスですし、うちの一族は日本国に多額の納税をしています。帰化してからは韓国への送金も一切していませんし、実家の家業を悪く言われるのは心外です。文句を言うのならオレ個人のことにしてください」
「……簡単に言うけどね、結婚っていうのは家と家でするものなんだ。君たちの間ならパートナーシップ協定になるが、それでも同じことだ」
断固とした反論をした公祐に亮太は日本的な価値観を持ち出した。
会話のテーマが高度になり、龍之介は2人の応酬を黙って見つめている。
「確かに君の実家は大富豪だし、うちだって十分儲けている薬局チェーンだ。だけど家の格というのは豊かさだけで決まるものではない。龍之介は韓国にルーツを持つ君たちの風習に適応できるか分からないし、ギャンブルなんてもってのほかだ。根本的に格が違うんだよ、格が」
「オレの一族は既に韓国人じゃなくて日本人ですし、ギャンブル会社を経営しているのとギャンブルで身を持ち崩すのとは全然違います。オレは幼い頃から勉強を頑張って現役で京阪医大の医学部医学科に入学しました。畿内医大の医学生をやっている龍之介君と何がどう違うんですか」
「だから、そういう問題じゃないんだよ。私はね、こんなに真面目で素直で優秀な息子には、普通に……普通に、幸せになって欲しいんだよ。息子が朝鮮人と付き合って悪口を言われたり、パチンコ会社の一族に入って差別されるのは見てられないんだ。君だって親の立場になれば分かるだろう」
「子供には普通に幸せになって欲しい」という亮太の気持ちは公祐にも想像でき、自分が親になった時のことを考えればその意見には一理あると思われた。
しかし、公祐には亮太の真意が既に理解できていた。
龍之介と公祐は滋賀県大津市にあるヤクシジファーマシー大津本店に隣接した本社ビルを訪れていた。
ヤクシジファーマシーは滋賀県から京都府にかけて14か所の店舗を構える薬局チェーンで、創業者にして代表取締役社長を務めるのは龍之介の父親である薬師寺亮太だった。
「お坊ちゃま、いらっしゃいませ。今日はお父様にご用事ですか?」
「お久しぶりです。パパと13時に社長室で待ち合わせしてるんです」
龍之介はカードキーを使って1階の裏口からビルに入り、事務室窓口の女性に慣れた様子でそう伝えた。
女性は同行している公祐のことを龍之介の友人か何かだと考えたらしく、特に何も言わず社長室まで案内してくれた。
2人で社長室のソファに並んで座ると公祐は室内をまじまじと見渡した。
「お前の実家は薬局だって聞いてたけど、ヤクシジファーマシーっていうとオレでも名前知ってるぞ。結構な規模の会社じゃないか」
「うん。大企業ってほどでもないけど薬局チェーンではでっかい方だと思うよ」
龍之介の実家について初めて知った公祐が驚いていると、待ち人である薬師寺亮太は社長室に一人で入ってきた。
スーツを着た中肉中背の中年男性は疲れ切った表情をしており、気だるそうな態度で2人の向かい側のソファに腰かけた。
「はじめまして、龍之介君の恋人の呉公祐です。この度は息子さんを黙ってお預かりしてしまい申し訳ありませんでした」
「いや、君の家に泊まることは息子から聞いていたよ。京都市内の3階建てだったか、流石パチンコ屋は羽振りがいい」
出会い頭から敵意を隠そうともしない相手に手強さを感じつつ、公祐は無表情を貫いた。
「それで今日は何の用なんだ。こちらとしては息子を返してくれればそれで結構だが」
「パパ、ボクは自分の意思でコウ君の家に泊まったんだよ。返すとか返さないとかそういう言い方はおかしいよ」
「お前は黙っていなさい。大学にはちゃんと行っているようだが、これ以上悪い影響を受けるんじゃない」
亮太は優しい口調で龍之介にそう告げ、独善的な父親でも息子のことを思っているのは確かなのだろうと思われた。
「オレは、龍之介君との交際をお父さんにも認めて頂きたいと思っています。うちの家族はオレが龍之介君と付き合うのに誰も反対していませんから、後はお父さんに認めて頂ければそれでオレたちは幸せになれるんです」
「君にお父さんなどと呼ばれる筋合いはないが、少なくとも私は君と家族になりたくはない。いくら金持ちだか知らないが、うちの家系に朝鮮人やパチンコ屋は必要ないんだ」
「……オレは朝鮮人じゃありません。父親の代で日本に帰化してますし、ルーツは北朝鮮じゃなくて大韓民国です。その言い方は失礼じゃないですか」
公祐が両親の代から受け継がれている出自の説明を口にすると、亮太は不愉快そうな顔をして黙り込んだ。
「パチンコは合法的な娯楽サービスですし、うちの一族は日本国に多額の納税をしています。帰化してからは韓国への送金も一切していませんし、実家の家業を悪く言われるのは心外です。文句を言うのならオレ個人のことにしてください」
「……簡単に言うけどね、結婚っていうのは家と家でするものなんだ。君たちの間ならパートナーシップ協定になるが、それでも同じことだ」
断固とした反論をした公祐に亮太は日本的な価値観を持ち出した。
会話のテーマが高度になり、龍之介は2人の応酬を黙って見つめている。
「確かに君の実家は大富豪だし、うちだって十分儲けている薬局チェーンだ。だけど家の格というのは豊かさだけで決まるものではない。龍之介は韓国にルーツを持つ君たちの風習に適応できるか分からないし、ギャンブルなんてもってのほかだ。根本的に格が違うんだよ、格が」
「オレの一族は既に韓国人じゃなくて日本人ですし、ギャンブル会社を経営しているのとギャンブルで身を持ち崩すのとは全然違います。オレは幼い頃から勉強を頑張って現役で京阪医大の医学部医学科に入学しました。畿内医大の医学生をやっている龍之介君と何がどう違うんですか」
「だから、そういう問題じゃないんだよ。私はね、こんなに真面目で素直で優秀な息子には、普通に……普通に、幸せになって欲しいんだよ。息子が朝鮮人と付き合って悪口を言われたり、パチンコ会社の一族に入って差別されるのは見てられないんだ。君だって親の立場になれば分かるだろう」
「子供には普通に幸せになって欲しい」という亮太の気持ちは公祐にも想像でき、自分が親になった時のことを考えればその意見には一理あると思われた。
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