気分は基礎医学

輪島ライ

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2019年12月 生理学発展コース

230 気分はこれまでのこと

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 涙が枯れ果て、やっと気持ちが落ち着くと僕は彼女の腕から離れ、壬生川さんに実家で何があったのかを初めて話した。


 死んだ父親に愛人がいたこと、そのせいで父親の死後に借金を背負う羽目になったこと、学費が払えなくなって研究医養成コースに応募したこと。

 金銭的な問題で剣道部も辞めざるを得なくなり、普段から食事代まで節約していたこと。

 壬生川さんと交際することを中々受け入れられなかったのも、すべては金銭的な事情が大きかったということ。


「……だから、僕は壬生川さんには不釣り合いな男だってずっと思ってた。それなのに父さんのことをこれまで黙ってて、本当に申し訳なかったと思う」
「あんたがお金に困ってるのは知ってたけど、そういう事情だったのね。大変だったけど、今は借金はもうないんでしょう?」

 冷静に尋ねた壬生川さんに、僕は無言で頷いた。


「お母さんが生活レベルを落としてたのは本当にショックだったと思うけど、それが我慢できないほどのものならあんたにこれまで黙ってたってことはないと思う。だからそんなにナーバスにならなくていいはずよ」
「……ありがとう。まあ、母さんは昔から気丈な人だから。でもさ……」

 優しい視線で僕を見ている壬生川さんに、


「僕は壬生川さんを幸せにしたいから、父さんみたいには絶対にならない。このまま頑張って病理医になって、母さんに仕送りしながら壬生川さんともちゃんと付き合える医者になる。だから、まだ僕を見捨てないで欲しい」

 真剣な表情でそう伝えると、僕は床に腰かけたまま頭を下げた。


「あのね、今更その程度のことであんたを嫌いになったり遠ざけたりする訳ないでしょ。大体あたしだっておじいちゃんの資金援助がなきゃ大学通えてないんだから、そんなお金持ちでも何でもないって前に言ったでしょ?」
「そういえば、そういう話だったね……」

 壬生川さんはゴージャスなお嬢様というイメージが僕の中で未だに抜けないが、よくよく考えると彼女の実家は大金持ちという訳ではない。


「あんたは私を幸せにしてくれるって言うけど、それなら私こそあんたを幸せにするから。生理学の研究者は病理医ほど儲からないかも知れないけど、それでも医者は医者。自分の人生を夫一人に任せるほど私は落ちぶれないわ」
「なるほど。……え、夫?」
「それは言葉の綾! まあとにかく、あんたが全部はっきり話してくれて嬉しかったわ。私が相手なんだから辛い時は全部言っちゃっていいの」
「ありがとう。壬生川さんのそういう所、大好きだよ」

 頼りがいのある彼女の姿に本心からコメントを述べると、彼女は顔を赤くしていた。

 そのタイミングでちょうど母は帰ってきて、僕と壬生川さんは地元の和菓子屋の名物を緑茶と共に頂いた。



 その日の夕食は母に車で連れ出され、事前に予約していたという中華料理専門店に案内された。

 ターンテーブルを囲んで高級な中華料理を食べながら3人で盛り上がり、意気投合している母と壬生川さんを見て安心すると共にこの日のために貯金をしてくれていた母に心の中で感謝した。

 帰宅後はそれぞれ風呂に入り、そろそろ就寝というタイミングになって母は僕と壬生川さんをダイニングに呼んだ。


「あなたたちが仲睦まじいのは母としてもしゅうとめとしても万々歳だけど、流石にここは私の家だから寝る部屋は別々ね。綺麗にしてある塔也の部屋は恵理ちゃんに使って貰って、塔也はお父さんの部屋に布団敷いて寝なさい。それでいい?」
「もちろんです。塔也君の部屋が見れるなんて楽しみです」
「あはは、別に大したものないと思うよ……」

 壬生川さんに浪人中からほとんど変わっていない自室を見られるのは恥ずかしかったが、親の手前寝る部屋を分けるようにという指示はもっともだと思った。


 父が亡くなってから机と椅子以外すべて処分された部屋に布団を敷いて寝ると、疲れからかそのまますぐに眠ってしまった。

 明日は壬生川さんの祖父母に会うのだと思うと楽しみであり気が重くもあったが、壬生川さんが僕に見せてくれた寛容さに応えられるよう僕も格好いい所を見せたいと思った。
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