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2019年12月 生理学発展コース
228 気分はいたたまれない
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「今日は大阪からはるばるありがとうね。待ってて、お茶でも出すから」
「杏子さん、私も手伝います!」
「いいのいいの、お茶って言っても麦茶だから」
一軒家のダイニングに僕と壬生川さんを通すと、母はキッチンまで麦茶とコップを取りに行った。
結婚してもいないのに「お母さん」などと呼びかけるのはどうかということで壬生川さんは母のことを名前で呼んでいた。
その間も僕は様変わりした実家の様子に驚いていて、一番目立ったのはダイニングに鎮座している液晶モニターだった。
うちの両親は映画鑑賞が趣味で、生前の父は毎晩のようにダイニングにある70インチの薄型テレビで母と一緒に映画のDVDを観ていた。
お茶の間のテレビを占拠しがちだった両親は僕の部屋にも24インチの小型テレビを置いてくれて、ハードディスクも付けてくれていたので僕が観たい番組を見られず困るようなこともなかった。
しかし今僕の目の前にあるのは30インチ程度に見える液晶モニターで、本体に印字されているメーカーの名前は見たことがなかった。
今の僕は地上波のテレビにはそれほど興味がなくなったので下宿には液晶モニターを置いているが、中年女性の母が地上波のテレビを観られない状態になっているのは尋常なことではない。
「どうぞどうぞ、ちょっとお茶でも飲みながら話しましょ」
「あの、母さん、テレビが変わってるんだけど……」
お盆に麦茶の入ったコップを置いて持ってきた母に尋ねると、
「ああ、それ? 地上波の番組は最近ほとんど観ないしあんまり大きくてもしょうがないからモニターに買い換えたの。使わないテレビに受信料払いたくないし、塔也の部屋のテレビもモニターに変えたから。勝手にごめんね」
「そうなんだ、全然いいよ……」
母はあっけらかんとした様子で答え、僕は落ち込んだ気分で返事をした。
母は70インチの大型テレビを大変気に入っていて、自宅で映画館のような気分になれて嬉しいといつも父に話していた。
そんな母が壊れてもいないテレビを手放すはずはないし、母は地上波のワイドショーも好んでいた。
NHKの受信料を節約する意味も込めて、母はあのテレビを売りに出したのだろう。
「……それで私、大学で塔也君に再会できて嬉しかったんです。付き合い始めて4か月で実家にまでお邪魔できて私は幸せ者です」
「あらー、うちの息子も隅に置けないわねえ。こんな美人で優しい子にそこまで愛されるなんて、我が息子ながらあっぱれだわ」
「は、ははは……」
4人掛けのダイニングテーブルの椅子にそれぞれ座り、僕は壬生川さんと母との合計3名で会話に興じていた。
といっても喋っているのはほとんど壬生川さんと母だけで、僕は女性陣のトークに相槌を打ってばかりだった。
「そういえば杏子さん、今日は平日にお邪魔してごめんなさい。市内の薬局にお勤めなんですよね?」
「ええ。でも今日は有給貰ってるから心配しなくて大丈夫。最近は土日もドラッグストアでバイトしてるから、たまには一息つきたいし」
「えっ……?」
平日はフルタイム勤務しているはずの母が土日にパートに出ているという話は今ここで初めて聞いた。
「ということは、毎日お仕事されてるんですか?」
「この年になると老後の蓄えはちゃんとしときたいから、できるだけ仕事は毎日入れてるの。一人暮らしだとその方が寂しくないし何より私は薬剤師の仕事が好きだから。恵理ちゃんもこの子にはちゃんと働いて貰うのよ?」
「はい、頑張ります……」
母は今年で50歳という年齢にしては昔からワーク・ライフ・バランスを重視する人で、働いている薬局でも無理に仕事を引き受けるよりは早めに帰宅して家事をすることを優先していた。
仕事は人のためにあるのであって人が仕事のためにあるのではないというのが決め台詞だった母が、好きで土日に仕事を入れるはずがない。
そうでもしなければいけないほど実家の家計は圧迫されていて、その原因は紛れもなく父の生前の借金と僕の学費だろう。
話を聞いていた僕は段々いたたまれなくなり、それからは壬生川さんと母の会話を黙って聞いていることしかできなかった。
「杏子さん、私も手伝います!」
「いいのいいの、お茶って言っても麦茶だから」
一軒家のダイニングに僕と壬生川さんを通すと、母はキッチンまで麦茶とコップを取りに行った。
結婚してもいないのに「お母さん」などと呼びかけるのはどうかということで壬生川さんは母のことを名前で呼んでいた。
その間も僕は様変わりした実家の様子に驚いていて、一番目立ったのはダイニングに鎮座している液晶モニターだった。
うちの両親は映画鑑賞が趣味で、生前の父は毎晩のようにダイニングにある70インチの薄型テレビで母と一緒に映画のDVDを観ていた。
お茶の間のテレビを占拠しがちだった両親は僕の部屋にも24インチの小型テレビを置いてくれて、ハードディスクも付けてくれていたので僕が観たい番組を見られず困るようなこともなかった。
しかし今僕の目の前にあるのは30インチ程度に見える液晶モニターで、本体に印字されているメーカーの名前は見たことがなかった。
今の僕は地上波のテレビにはそれほど興味がなくなったので下宿には液晶モニターを置いているが、中年女性の母が地上波のテレビを観られない状態になっているのは尋常なことではない。
「どうぞどうぞ、ちょっとお茶でも飲みながら話しましょ」
「あの、母さん、テレビが変わってるんだけど……」
お盆に麦茶の入ったコップを置いて持ってきた母に尋ねると、
「ああ、それ? 地上波の番組は最近ほとんど観ないしあんまり大きくてもしょうがないからモニターに買い換えたの。使わないテレビに受信料払いたくないし、塔也の部屋のテレビもモニターに変えたから。勝手にごめんね」
「そうなんだ、全然いいよ……」
母はあっけらかんとした様子で答え、僕は落ち込んだ気分で返事をした。
母は70インチの大型テレビを大変気に入っていて、自宅で映画館のような気分になれて嬉しいといつも父に話していた。
そんな母が壊れてもいないテレビを手放すはずはないし、母は地上波のワイドショーも好んでいた。
NHKの受信料を節約する意味も込めて、母はあのテレビを売りに出したのだろう。
「……それで私、大学で塔也君に再会できて嬉しかったんです。付き合い始めて4か月で実家にまでお邪魔できて私は幸せ者です」
「あらー、うちの息子も隅に置けないわねえ。こんな美人で優しい子にそこまで愛されるなんて、我が息子ながらあっぱれだわ」
「は、ははは……」
4人掛けのダイニングテーブルの椅子にそれぞれ座り、僕は壬生川さんと母との合計3名で会話に興じていた。
といっても喋っているのはほとんど壬生川さんと母だけで、僕は女性陣のトークに相槌を打ってばかりだった。
「そういえば杏子さん、今日は平日にお邪魔してごめんなさい。市内の薬局にお勤めなんですよね?」
「ええ。でも今日は有給貰ってるから心配しなくて大丈夫。最近は土日もドラッグストアでバイトしてるから、たまには一息つきたいし」
「えっ……?」
平日はフルタイム勤務しているはずの母が土日にパートに出ているという話は今ここで初めて聞いた。
「ということは、毎日お仕事されてるんですか?」
「この年になると老後の蓄えはちゃんとしときたいから、できるだけ仕事は毎日入れてるの。一人暮らしだとその方が寂しくないし何より私は薬剤師の仕事が好きだから。恵理ちゃんもこの子にはちゃんと働いて貰うのよ?」
「はい、頑張ります……」
母は今年で50歳という年齢にしては昔からワーク・ライフ・バランスを重視する人で、働いている薬局でも無理に仕事を引き受けるよりは早めに帰宅して家事をすることを優先していた。
仕事は人のためにあるのであって人が仕事のためにあるのではないというのが決め台詞だった母が、好きで土日に仕事を入れるはずがない。
そうでもしなければいけないほど実家の家計は圧迫されていて、その原因は紛れもなく父の生前の借金と僕の学費だろう。
話を聞いていた僕は段々いたたまれなくなり、それからは壬生川さんと母の会話を黙って聞いていることしかできなかった。
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