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2019年11月 生化学発展コース
221 すれ違う心
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「なあ林氏、付き合うって要するにどういうことなんだろう?」
「何だよ柳沢、いきなり倦怠期か?」
11月上旬の病理学実習の最中、柳沢雅人は光学顕微鏡を覗きつつ隣の席の林庄一郎に話しかけた。
午後から始まった実習は15時を回って既にスケッチを提出して帰った者も多く、実習室内に学生の姿はまばらだった。
「そういう訳じゃないんだけど、ヤミ子先輩をデートに誘ったら友達との約束とか学生研究の用事とかで断られることが多くて、付き合っててもこんなもんなのかな? って思って……」
8月から晴れて交際を始めた医学部3回生の山井理子とは十分仲良くやれているつもりだがここ2週間ほどはデートどころかほとんど会えておらず、雅人は自分の立場に疑問を感じ始めていた。
「そりゃあお前、研究はともかく友達との約束を優先されちまうってことはお前がその先輩にとってその程度の存在だってことだよ」
「うーん、そういうことなのか……」
「あとさっきの質問に答えるなら、真の意味で付き合ってるっていうのは身体の関係があるってことだと思うぞ」
「えっ、いきなりそうなる!?」
クリティカルな回答を口にした林に雅人はとても驚いた。
「なになに、さっきから何話してるの?」
雅人の驚いた声が聞こえたのか共通の友人である白神塔也がスケッチを中断して歩いてきた。
「柳沢が例の先輩がデートに応じてくれなくて悩んでるんだと。悩みのあまり付き合うって何だろう? とか言ってる有様だ」
「林氏はそうやってバカにするけどさ、俺は本気で悩んでるんだよ。白神氏は付き合ってるってどういうことだと思う?」
実習室の丸椅子に腰かけたまま尋ねると、白神はしばらく考えた上で答え始めた。
「そうだね、認識のレベルが多少違っててもお互いが相手と付き合ってるって認識してればそれでいいんじゃない? 少なくともヤミ子先輩は柳沢君のことを彼氏だと思ってる訳でしょ?」
「確かに、それはそう」
「だったら今は焦らずに会える機会を大事にしていけばいいんじゃない? ヤミ子先輩は実際多忙な人だから、このまま少しずつ仲良くなっていければ十分なんじゃないかな」
「なるほど……」
理子と個人的に親しい白神にそう言われ、雅人は自分自身が置かれている状況に若干安心できた。
「何かなー、白神の恋愛観って中学生男子みたいなんだよな。俺らもう大学生なんだから彼女ができたらそういう関係になって一人前だと思うけどな。ほら、白神も壬生川さんとの甘い甘ーい生活はどうなんだよ?」
「いやっ、それはまあ何というか」
「あんたたち、さっきから聞いてればね……」
面白半分で白神をからかっていた林に後方の座席から誰かが近寄ってきた。
「ぎょわっ、壬生川さん!!」
「このセクハラ男っ! 鉄拳制裁よ!!」
「ぐわあああああ!!」
後方の座席で話を聞いていたらしい壬生川恵理は林の背後から忍び寄ると彼の両側のこめかみを両手の拳の先でぐりぐりと痛めつけ、雅人は無関係を装って自分の座席へと戻った。
「僕はスケッチに戻らないと、それじゃ」
「塔也! 逃げられると思ってんじゃないわよ!!」
そそくさと座席に逃げ帰ろうとした白神も壬生川に追いかけられ、それから実習室内に彼の悲鳴が響き渡ったことは言うまでもない。
男友達に相談したことにより焦るのはやめようと決意できた雅人は、それからは理子との関係の進展を急がないよう心がけた。
11月の中旬に雅人はようやく理子とデートの約束を取り付けることができたのだが、デートの数日前に彼女からメッセージアプリで連絡が入った。
>ごめん柳沢君! その日さっちゃんの誕生日だってすっかり忘れてた。
>デートはまたいつでも行けるから、今回はさっちゃんと遊びに行くのを優先させて貰ってもいい?
>自分の予定ちゃんと把握できてなくて本当にごめんなさいm(_ _)m
いつもの文体で送られてきたメッセージを見て、雅人は自宅の自室で深いため息をついた。
メッセージにはすぐに返信を送り俺のことはいいので解川先輩の誕生日を祝福してあげてくださいと伝えると、理子は愛用しているらしいシュールなウサギのスタンプで感謝の意思を伝えてきた。
理子と付き合うようになってから彼女の親友にして雅人がかつて失恋した相手である解川剖良のことはずっと悩みの種になっていて、今回もそのことで雅人は落胆させられていた。
剖良は雅人からの告白をきっぱりと断り雅人はその5か月後に理子に告白して交際を始めた訳で、雅人と剖良との関係性が理子との交際に影響することはないだろうと思っていた。
雅人は学内で剖良と顔を合わせると非常に気まずく剖良も雅人のことは明らかに避けていたが、だからといって雅人が理子と剖良との友情に口を出していいということはない。
それは理解しているが理子は雅人からデートに誘われた際に剖良と遊びの約束をしていればそちらを優先するし、今回に至っては雅人との先約を断ってまで剖良との遊びを優先していた。
剖良の誕生日は年に一度しかないが雅人とはいつでもデートに行けるという理屈は理解できるが、交際相手として雅人はどうしてもやるせなさを感じざるを得なかった。
「何だよ柳沢、いきなり倦怠期か?」
11月上旬の病理学実習の最中、柳沢雅人は光学顕微鏡を覗きつつ隣の席の林庄一郎に話しかけた。
午後から始まった実習は15時を回って既にスケッチを提出して帰った者も多く、実習室内に学生の姿はまばらだった。
「そういう訳じゃないんだけど、ヤミ子先輩をデートに誘ったら友達との約束とか学生研究の用事とかで断られることが多くて、付き合っててもこんなもんなのかな? って思って……」
8月から晴れて交際を始めた医学部3回生の山井理子とは十分仲良くやれているつもりだがここ2週間ほどはデートどころかほとんど会えておらず、雅人は自分の立場に疑問を感じ始めていた。
「そりゃあお前、研究はともかく友達との約束を優先されちまうってことはお前がその先輩にとってその程度の存在だってことだよ」
「うーん、そういうことなのか……」
「あとさっきの質問に答えるなら、真の意味で付き合ってるっていうのは身体の関係があるってことだと思うぞ」
「えっ、いきなりそうなる!?」
クリティカルな回答を口にした林に雅人はとても驚いた。
「なになに、さっきから何話してるの?」
雅人の驚いた声が聞こえたのか共通の友人である白神塔也がスケッチを中断して歩いてきた。
「柳沢が例の先輩がデートに応じてくれなくて悩んでるんだと。悩みのあまり付き合うって何だろう? とか言ってる有様だ」
「林氏はそうやってバカにするけどさ、俺は本気で悩んでるんだよ。白神氏は付き合ってるってどういうことだと思う?」
実習室の丸椅子に腰かけたまま尋ねると、白神はしばらく考えた上で答え始めた。
「そうだね、認識のレベルが多少違っててもお互いが相手と付き合ってるって認識してればそれでいいんじゃない? 少なくともヤミ子先輩は柳沢君のことを彼氏だと思ってる訳でしょ?」
「確かに、それはそう」
「だったら今は焦らずに会える機会を大事にしていけばいいんじゃない? ヤミ子先輩は実際多忙な人だから、このまま少しずつ仲良くなっていければ十分なんじゃないかな」
「なるほど……」
理子と個人的に親しい白神にそう言われ、雅人は自分自身が置かれている状況に若干安心できた。
「何かなー、白神の恋愛観って中学生男子みたいなんだよな。俺らもう大学生なんだから彼女ができたらそういう関係になって一人前だと思うけどな。ほら、白神も壬生川さんとの甘い甘ーい生活はどうなんだよ?」
「いやっ、それはまあ何というか」
「あんたたち、さっきから聞いてればね……」
面白半分で白神をからかっていた林に後方の座席から誰かが近寄ってきた。
「ぎょわっ、壬生川さん!!」
「このセクハラ男っ! 鉄拳制裁よ!!」
「ぐわあああああ!!」
後方の座席で話を聞いていたらしい壬生川恵理は林の背後から忍び寄ると彼の両側のこめかみを両手の拳の先でぐりぐりと痛めつけ、雅人は無関係を装って自分の座席へと戻った。
「僕はスケッチに戻らないと、それじゃ」
「塔也! 逃げられると思ってんじゃないわよ!!」
そそくさと座席に逃げ帰ろうとした白神も壬生川に追いかけられ、それから実習室内に彼の悲鳴が響き渡ったことは言うまでもない。
男友達に相談したことにより焦るのはやめようと決意できた雅人は、それからは理子との関係の進展を急がないよう心がけた。
11月の中旬に雅人はようやく理子とデートの約束を取り付けることができたのだが、デートの数日前に彼女からメッセージアプリで連絡が入った。
>ごめん柳沢君! その日さっちゃんの誕生日だってすっかり忘れてた。
>デートはまたいつでも行けるから、今回はさっちゃんと遊びに行くのを優先させて貰ってもいい?
>自分の予定ちゃんと把握できてなくて本当にごめんなさいm(_ _)m
いつもの文体で送られてきたメッセージを見て、雅人は自宅の自室で深いため息をついた。
メッセージにはすぐに返信を送り俺のことはいいので解川先輩の誕生日を祝福してあげてくださいと伝えると、理子は愛用しているらしいシュールなウサギのスタンプで感謝の意思を伝えてきた。
理子と付き合うようになってから彼女の親友にして雅人がかつて失恋した相手である解川剖良のことはずっと悩みの種になっていて、今回もそのことで雅人は落胆させられていた。
剖良は雅人からの告白をきっぱりと断り雅人はその5か月後に理子に告白して交際を始めた訳で、雅人と剖良との関係性が理子との交際に影響することはないだろうと思っていた。
雅人は学内で剖良と顔を合わせると非常に気まずく剖良も雅人のことは明らかに避けていたが、だからといって雅人が理子と剖良との友情に口を出していいということはない。
それは理解しているが理子は雅人からデートに誘われた際に剖良と遊びの約束をしていればそちらを優先するし、今回に至っては雅人との先約を断ってまで剖良との遊びを優先していた。
剖良の誕生日は年に一度しかないが雅人とはいつでもデートに行けるという理屈は理解できるが、交際相手として雅人はどうしてもやるせなさを感じざるを得なかった。
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