気分は基礎医学

輪島ライ

文字の大きさ
上 下
203 / 338
2019年11月 生化学発展コース

203 未来予想図

しおりを挟む
 自宅から歩いて5分ほどの所にある珠樹の自宅に着くと、化奈は合鍵を取り出して家の中に入った。

 幼い頃から仲良く育って自宅も近い化奈は珠樹の両親から合鍵を預けられていて、家に入る際もインターホンは押さなくてよいと言われていた。


「珠樹ー、ちょっと入ってもええ?」
「うん、いいよ」

 2階にある珠樹の部屋の前まで歩き、男子高校生の部屋ということでノックをして尋ねると珠樹は落ち着いた声音こわねで返事をした。

 部屋に入ると、珠樹は勉強机に向き合ったまま模試の問題冊子と解答解説集らしきものを開いてボールペンを握っていた。

 入ってきた化奈に振り向くこともせず、珠樹は問題冊子と解答解説集を交互に見つつB5サイズの無地ノートにも何かを書き込んでいる。


「えーと、模試の復習?」
「そうだよ、夕ご飯の前に最低限はやっとこう思って」

 今年に入ってから模試を終えた直後の珠樹に会うのはこれが二度目だが、前回の時の珠樹は体調不良から途中でリタイアしていた。

 全科目の記述模試を終えて自宅に帰ってきた珠樹は試験の記憶が薄れないうちに復習に取り組んでいたのだろう。

 模試というのは根本的には成績を測るためのものではなく成績を伸ばすためのものなので、受験してから復習しなければ何の意味もない。復習は遅くとも翌日までに終えるべきだが最良のタイミングは模試を終えた直後とされていた。

 海内塾や春台、北辰といった大手予備校の模試は日曜日の朝から夕方、センター模試であれば夜までかかるハードなものなので受験直後に復習を行える受験生はそれほど多くないが、珠樹は既にそれに耐えうるだけの根性を身に着けているのだろう。


「ごめん、今はあんまり邪魔せん方がええかな?」
「全然いてくれていいよ。もうそろそろ終わりそうやしそこのベッドにでも座ってて」

 勉強中の彼に気を遣って部屋を出た方がいいか尋ねると、珠樹は言外に室内にはいて欲しいと伝えてきた。

 ここまで来たのは珠樹と話すためなので化奈はその言葉に甘えて珠樹の部屋のベッドに腰かけた。

 勉強机に向かう珠樹は手元の勉強道具だけに意識を集中させていて、その背中には超進学校で落ちこぼれていた頃の情けない珠樹の面影は全く残っていなかった。

 11月というのは大学受験の正念場であり日曜日は毎週のように模試があるという極めてハードな時期だったが今の珠樹ならばこの正念場も、そして年明けの受験シーズンも乗り切れるだろうと思われた。


 模試の復習に集中している珠樹に背中から話しかけるのも悪いと思った化奈は、ふと思いついて珠樹の部屋のベッドに寝転んでみた。

 男子高校生特有の匂いが若干漂っていたが陸上部の部室のむせかえるような空気に慣れている化奈は大して違和感を覚えず、そのまま柔らかいベッドに身を委ねた。


(今、珠樹がうちに迫ってきたら……)

 従弟と2人きりの家で、しかも従弟の部屋のベッドに寝転んでいる今の状況に化奈は考えてはいけないことを考えてしまう。

 先ほどまで読んでいたティーンズラブ小説の影響に違いないと脳内で判断し、化奈はよこしまな考えを慌てて振り切った。


 寝転がったまま再び珠樹の方を見る。

 彼の髪は以前と比べると長くて乱れており、部屋着とはいえ服装もくたびれたジャージ姿だった。

 おそらく受験勉強の忙しさから理髪店に行く頻度が減っていて、身なりに構っている余裕もないのだろう。

 それでも全力で受験勉強に打ち込んでいる今の珠樹は、化奈の記憶にある彼の姿よりもずっと格好よく見えた。


(珠樹が医学部に受かったら、うちらの関係ってどうなるんかな?)

 4月の時点では医学部医学科への現役合格など夢のまた夢だった珠樹は、あれからたった半年ほどで学力を劇的に向上させた。

 記述模試では第一志望である畿内医大で既にB判定が出ていて、この前のセンター模試では大阪都市大学の医学部医学科にもついにC判定が出た。

 大学受験ではC判定が出ていれば十分勝機はあると判断され、B判定ならば大抵合格できるとされている。

 このまま何もトラブルがなければ珠樹はセンター試験で得点率90%以上は確実に叩き出して、畿内医大には余裕で合格できるかも知れない。


 珠樹が医学生に、ひょっとすると自分と同じ大学の後輩になるなどという未来は全く想像していなかったがその未来はもはや実現しつつある。

 医学生になった珠樹が改めて自分に交際を申し入れてきたら、化奈はその時も彼を拒絶できるのだろうか。

 どうあがいても従姉弟いとこ同士という関係である以上そうすべきだと頭では分かっているが、化奈は珠樹と離れたくない自分の思いに気づきつつあった。


(男子医学生はもてる言うし、珠樹も大学生になったらうちのことなんて忘れるんかな?)

 医学部医学科は世間が狭いと言われるが運動部に入れば他大学の学生との交流もある。

 珠樹が畿内医大の剣道部に入ってよその大学の女子と知り合うようになれば、彼は従姉への恋心などあっさり忘れるかも知れない。


 自分が白神塔也という異性に恋をしていたように、珠樹にもちゃんとした異性と素敵な恋をして欲しい。

 それが自分の本心のはずなのに、化奈は自分が思い描いた未来予想図を前にしてじわりと涙を浮かべてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

処理中です...