気分は基礎医学

輪島ライ

文字の大きさ
上 下
110 / 338
2019年7月 微生物学基本コース

110 気分は修羅場

しおりを挟む
「あっマレー君、顎にご飯粒ついてるよ。取ってあげる」
「そうか? 申し訳ない」

 マレー先輩の右顎に小さな米粒がついていたことにヤミ子先輩が気づき、ポケットティッシュを取り出すと右手を伸ばして拭いてあげようとした。

 その瞬間だった。


「まれ君……」

 聞き覚えのある低い声に振り向くと、そこには小柄な背丈にとても長いロングヘアが特徴的な女の子が立っていた。

 ネイビーブルー系でまとめられた高級そうなスカート姿とトランジスタグラマーな体つきから、僕は相手の正体を瞬時に思い出した。

 彼女らも以前会ったことがあるのかヤミ子先輩はティッシュ越しにマレー先輩の右顎を拭いている状態で硬直し、ポーカーフェイスのままではあるが剖良先輩さえも狼狽し始めた。


「ねえ、何してるの?」

 そう言ってつかつかと歩み寄ってきた美波さんに、剖良先輩がとっさに反応した。

「ヤミ子、ちょっとお手洗い付き合って!!」

 先輩はそう叫ぶと両手でヤミ子先輩の左腕を取って立ち上がり、そのまま2人で講義実習棟の階段を駆け上がっていった。

 美波さんの性質からすると「浮気相手」の女子学生を大声で呼び止めたりしそうなものだが、剖良先輩の迅速な対応によりその余裕もなかったらしい。


「……何、あの子たち。まれ君、さっきのってどういう女の子なの?」
「どういうも何も同じ医学部3回生の友達だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「嘘つかないで、だったらどうしてあんなに仲良くご飯食べてるの」
「何が言いたいんだ、あの子は口元のご飯粒を取ってくれてただけじゃないか。第一どうして君がまたここに来てるんだ」
「また……?」

 美波さんは畿内歯科大学の歯学部歯学科3回生であり、既に高校生でも受験生でもない。

 今日ここに来ている理由も謎だがマレー先輩の「また」という言葉によるとこういう事態は初めてではないらしい。

「そんなの決まってるじゃない、私は」
「あれっ、お客さんかな? うちの学生じゃないようだけど」

 美波さんが再び先輩に食ってかかろうとした瞬間、入試広報センター長すなわちオープンキャンパスの総責任者である松島教授が屋外からロビーに入ってきた。


 松島教授の姿を見て美波さんは何を思ったのか、

「こんにちは。私、この大学を受験しようと思ってるんです。今日は入試相談会に参加したかったんですけど……」

 笑顔を浮かべてそう言った。

「へえー、そうなんだ。そこの男子たちは昼休み中だからもしよかったら入試広報センター長の僕が相談に乗るよ。ささ、机にどうぞ」
「ありがとうございます。大学の先生にお話を聞いて頂けるなんてとてもありがたいです」

 美波さんが美女だからかどうかは不明だが、松島教授はやたらと乗り気で美波さんの入試相談に乗り始めた。

 「よその大学の3回生である婚約者が自分の大学のオープンキャンパスに突如現れて入試相談を依頼した」という今の事態が複雑すぎるからかマレー先輩は椅子に座ったまま完全に硬直してしまっており、僕も右に倣えという状態だった。


 それから黙り込んでいるマレー先輩と僕の隣で、美波さんは松島教授に「入試相談」を繰り出し始めた。

「私、枚方市の畿内歯科大学の3回生なんですけど、今からでもこの大学の医学部を再受験したいんです」
「ええっ、それはまた大胆な再受験だね。畿内歯科大っていうと結構な学費がかかるけど親御さんは反対しないの?」
「実は許嫁いいなずけがこの大学の医学部3回生で、私も受験生の頃から本当は医師になりたかったんです。勉強は大変ですけど再受験は両親も認めてくれてます」
「そうかいそうかい。その許嫁が誰なのか気になるけど、わざわざ畿内医大を再受験するのは許嫁が在学してるからかな?」
「ええ、その通りです。許嫁は私のことを愛してるって口では言うんですけどすぐに他の女の子とイチャイチャして、よその大学にいるといつ浮気されるかと気が気じゃないんです。同じ大学にいられればその心配もなくなるかなって」

 どこまで本当でどこまで嘘か分からない内容をぺらぺらと話す美波さんに、ついにマレー先輩の堪忍袋の緒が切れた。


「……もういい、いい加減にしろ、美波」

 先輩はそう言って立ち上がると松島教授のテーブルの向かい側に座っている美波さんに歩み寄り、右手で彼女の左腕をつかんだ。

「どれだけ俺のことが嫌いだからってお世話になってる松島先生に悪口を吹き込むのはあんまりじゃないか。これ以上俺を怒らせる前に、今すぐ帰れ!!」
「痛い、何するのまれ君。誰が嫌いなんて言ったのよ」
「うるさい! 君は俺にどうして欲しいんだ!!」
「ちょ、ちょっと、どういうことなんだいマレー君」

 再び修羅場を展開しているマレー先輩と美波さんに松島先生も困惑して呼びかけた。


「この子は、美波は俺の婚約者なんです。先生にはまだ話してませんでしたけど、俺は卒業したらこんな女と結婚しなきゃいけないんですよ」
「こんな女ってどういう意味!? いいから放してよ!」
「もう歯学部の3回生のくせに、いつまで医学部にこだわるんだ。君みたいな自己中心的な女に医者なんて務まると思ってるのか!!」

 オープンキャンパスという公の場で婚約者同士の怒鳴り合いが始まりかけた瞬間、僕の脳裏に自分が今すべきことがひらめいた。


「美波さん、僕と来てください!!」

 そう叫ぶと僕は美波さんの左腕をつかんでいるマレー先輩の右手をはらいのけ、そのまま右手で彼女の左腕をつかんだ。

 何も言わずに美波さんの腕を引っ張り僕はそのまま正面玄関からロビーを飛び出した。

 不意を突かれた美波さんは抵抗せず、そのまま僕に図書館棟地下の学生食堂まで連行されたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜【毎日更新】

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

処理中です...