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第三章 結婚に向けて

14.マンドラゴラ大脱走

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 セイリュウ領の領主のサナと配偶者のレンの間に、第一子の男の子が生まれた。すぐに魔術の才能の鑑定がされて、そこそこの才能はあるがカナエには遠く及ばないことが分かっても、サナは落ち着いたものだった。

「セイリュウ領の領主を継ぐのは、カナエちゃんや。それは絶対に変わらへん」

 赤ん坊、レオが産まれた後に、ローズのところにも男の子が生まれていたが、出産祝いでカナエはレンと王宮に行って挨拶をしてきた。同行したレンは、陰口を聞こえよがしに叩くモウコ領の領主とコウエン領の領主が怖くて、魔術を暴走させてしまって、反省して、レンに抱っこされてずっと顔を伏せていたカナエは、泣いていたのだろうと心配していた。
 恐らくは、大好きな父親のレンを守るためにカナエはわざと魔術を暴走させて、嫌な奴らを吹っ飛ばしたのだろうし、反省して顔を伏せていたのではなく、悪い顔をレンに見せたくなかっただけなのだろうが、それをイサギは指摘する勇気もなかった。
 『魔王』サナの養子は、やはり『魔王』のようである。
 難産で体調を崩したからとひと月は全く仕事をせずに休んだサナを、イサギは心配して毎日蕪マンドラゴラを届けていたが、初産だから時間がかかっただけで、サナ自体は疲れ切ってはいたが無事だったと聞いて胸を撫で下ろした。

「赤ちゃんが生まれることを軽く考えとる男のひとって多いけん、サナさんをゆっくり休ませたかったとよ」

 難産を理由に休んでいた期間で仕事は溜まっていたが、サナはかなり元気になって仕事に復帰した。赤ん坊が母乳を求めて夜中に泣くので、寝不足そうではあったが、休み休み仕事もこなしている。

「また蕪マンドラゴラ、届けるわ」
「あれ、母乳の出も良くなるみたいで、助かっとる」

 滋養強壮に優れた栄養満点の蕪マンドラゴラは、役に立っているようでイサギも誇らしかった。薬草の育ち具合や在庫を伝えるついでに、数日分の蕪マンドラゴラを届けるのが、イサギの仕事の一つになっていた。

「エドさん、ただいまー。サナちゃん、元気そうで顔色も良かったで。眠そうやったけど」
「新生児は三時間ごとにお乳が必要だといいますもんね。短い子は一時間ごとに起きるとか」
「一時間!? 眠られへんやん!」
「カナエちゃんも、赤ちゃんが泣くと起きているから、お昼は眠いとお昼寝に行きましたよ」

 赤ん坊が泣くたびに、レンもカナエも飛び起きて、率先してお世話をしていると聞いて、イサギは子どもにそんなに手がかかるものだとは知らなくて、驚いていた。
 興味がなかったので、赤ん坊のことなど知識もない。婚約している相手はエドヴァルドで、これからイサギが実子を持つ可能性は皆無なのだが、結婚したらカナエのように養子を貰うという選択が、浮かばなくもなかったが、新生児は無理かもしれないと真剣に考えていた。

「ある程度育ってて……カナエちゃんくらい……いや、ミルクやったら、赤さんでも大丈夫やろか」
「イサギさん、赤ん坊が欲しいんですか?」
「カナエちゃんを見とったら、俺は親になる資格があるんか分からへんけど、縁があったら、養子を引き取りたいて思わなくもないんや」
「素敵ですね。私とイサギさんがお父さんですよ」

 両親がどちらともお父さんの家庭や、お母さんの家庭も、ダリアの政策が進めば、できないはずはない。ダリアとツムギが結婚することになれば、当然、養子を貰うだろうし、その先駆けとなるかもしれない。
 親に良いイメージがなかったイサギが、養子のことまで考えられるようになったのは、エドヴァルドに話す中で、自分と養父との関係が愛情のこもったものだと気付くことができて、サナとレンとカナエの関係性も見ることができたからに違いない。

「良いお父ちゃんになりたい」
「二人で努力しないといけませんね」

 目指すは、レンのような大らかで包容力のある父親と、養父のような優しく愛情深い父親。
 子どもが持てないから男同士で結婚してはいけないと言われて、絶望した7歳の日から9年、イサギは着実に家庭を持つことへの自覚を育てていた。
 魔術学校は3年生になってから、薬草学に実技も入ってくるようになった。薬草の採取や調合は、領主の御屋敷の薬草畑で経験していたので、イサギが主導になって、マユリとジュドーに教えるような形になる。

「このハーブは新芽を千切っても、また生えて来るから、こことここは取っても構わへん」
「こっちのマンドラゴラは?」

 授業のために学校で整えられている薬草畑の薬草やマンドラゴラを見るのだが、イサギは違和感を覚えて仕方がなかった。イサギの知っているマンドラゴラたちは、ネットを張っていないと脱走してしまうくらい活きが良いのに、魔術学校の畑のマンドラゴラは大人しく土に植えられている。
 普通のマンドラゴラは脱走しないと以前サナに言われたが、普段見慣れているものとあまりにも違って、それが本当にマンドラゴラなのか、イサギは疑わしく、魔術を帯びた薬草の詰まった耳栓をして引き抜いた。

「ぴゃー!」

 叫び声も、弱弱しく、少し離れれば平気だし、抜かれてもじたばたと手足を動かして逃げ出そうとする様子もない。

「栄養が足らへんのやろか……こんなに萎れて、可哀想に」
「イサギくん、収穫は終わった? 洗って刻みに行こう」
「マユリ、このマンドラゴラ、痩せてへんか?」
「そうかしら?」
「もっと大きく育てたら高値で売れるっていうけど、学校のやけんね」

 そこまで手をかけていないのか、栄養剤をケチっているのか、ジュドーの言葉に、イサギは薬草畑のマンドラゴラたちが哀れになってきた。伸び伸びと育つことなく、萎びた小さなままで収穫されていく。
 調合でも合格点をもらって、早く作業を終えたイサギは、片づけをマユリとジュドーに頼んで、調合室にみんな行ってしまって、誰もいない薬草畑に戻った。ローズとリュリュの可愛がっている人参マンドラゴラのために、定期的に届けている栄養剤が手持ちにあったので、せめて一滴ずつでもと振りかけて、イサギはマンドラゴラの畑に膝を付いて声をかけた。

「お前ら、大きぃなるんやで」

 その日は授業を終えて、着替えて仕事に向かったが、次の日、魔術学校に登校すると、大騒ぎになっている。騒ぎの中心は、逃げ出すマンドラゴラと、それを追いかける教授たちだった。

「人参マンドラゴラが一晩で急成長してる!」
「大根マンドラゴラがそっちに行ったぞ!」
「叫んだら危ないから、生徒を避難させろ!」

 捕獲用の虫取り網を持って追いかける教授と、生徒の足元をするりするりとすり抜けて走って逃げるマンドラゴラ。

「ネット張ってなかったからや……あかん、詰めが甘かった」
「もしかして、イサギくん、何かしたと?」
「あんまり萎れて可哀想やったから、ちょっと栄養剤を分けただけやで?」
「あー……もうしない方がええやろな」

 秋に向日葵駝鳥の収穫を手伝ってくれていたジュドーとヨータは、この事態の原因が分かったようだが、当のイサギは自分の育てるマンドラゴラの活きが良すぎて、他が萎れて見えるなんてことは知るはずもない。

「学校には、学校に合った栽培方法があるからね。このことは、私たちだけの秘密にしましょう」

 マユリに言い聞かされて、イサギは大人しく了承したのだった。
 マンドラゴラ大脱走騒動で授業は休校になってしまったので、家に帰って着替えたイサギは、お弁当を持ってお屋敷の薬草畑に向かう。瑞々しく葉っぱを広げて、「ちりんちりん」と鈴のような音を立てながら風に揺れる、鈴パセリの前で、カナエがしゃがみ込んでいた。

「レオくんは寝てるんか?」
「おっぱいのんで、おきがえして、カナエがなでなでしてたら、ぐっすりです。カナエはまほうのてをもっているのです」
「レオくん専用の魔法の手か、ええなぁ。そういえば、エドさん、俺は『緑の指』を持ってるって言うてくれたなぁ」

 薬草を育てるのが上手なイサギを褒めてくれたのだろう。二人でセイリュウ領に住み始めて、お屋敷の薬草畑を案内した日が、遠く感じられる。
 あれから色んなことがあったが、ずっとエドヴァルドと一緒だった。

「イサギさん、お帰りなさい。カナエちゃんと鈴パセリの収穫をしようと準備していたところだったんですよ」
「おてつだいしたいのです!」
「鈴パセリはええ音がするから、お部屋に飾っても良いもんな」
「レオくんにきかせたいのです」

 収穫用の手袋をカナエにもはめて、エドヴァルドとイサギも身に着けて、柔らかな新芽を千切って収穫していく。千切るたびに、ちりちりと鳴るのが面白いのか、カナエも楽しそうに収穫している。
 網付きの籠に並べて、飛ばないように日干しして、乾くのを数日待つのだが、根元から千切った一本を、イサギはカナエに持たせてやった。

「手伝ってくれたお礼や。レオくんに見せてき?」
「万が一、口に入れても大丈夫だとは思いますが、上手に飲み込めないで喉に引っかかる可能性があるので、手の届かないようにしてくださいね」
「はーい!」

 良い子のお返事をして、ぺこりと頭を下げてカナエは日差しの強い畑を走って、レオの元へ戻って行った。

「カナエちゃんに帽子が必要やなぁ」
「もう夏ですね」

 北にあるテンロウ領よりも南東のセイリュウ領の方が早く夏が来る。
 夏休みには、エドヴァルドと海にも行きたいし、旅行にも出かけたいし、やりたいことはたくさんあった。
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