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番外編 『ローズとイレーヌ王国』
6.本当の忠義者
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皇帝に殺意を抱くものは入れぬように、非常に雑に編まれた結界は、クリスティアンが破ってしまった。帝都に雪崩れ込む『獣人』の軍勢は、国民の三割が『獣人』のこの国では、戦える成人したものだけでも帝都の警備兵の数を遥かに超える。
連れて来られて嫌々に警備をしているもの、魔術で王宮を守っているものに、命を懸けて、『飼い主』から逃れて合流し、数を増やした『獣人』たちが倒せるわけがない。
先に入り込んだクリスティアンが王宮を取り巻く結界も、裂け目を作って入り込めるようにしていたので、魔術を使えぬ『獣人』たちも王宮に入り込むことができた。
警備兵と警備の魔術師を制圧して、目指すは女帝の部屋。
そこでは、ローズが殺気を放ちつつ、イレーヌと宮廷楽師と対峙していた。
「クリスティアン、リュリュを守れ」
「僕じゃなくて、ローズ様が! ローズ様のお腹には赤ちゃんが!」
「身籠った虎は恐ろしいっていうから、大人しくしておこうね」
「クリスティアン様!」
身重のローズの安全を確保したいのに、小さなリュリュの身体は、ひょろりと長身のクリスティアンに完全に押さえられてしまう。じたばたともがいても、ローズと敵対するものの間にリュリュを入れる方が危険と判断して、クリスティアンは放してくれない。
「お前に何が分かる! 政治を行いながらも、命を懸けて産んだ子どもらは、皆、成人する前に死んでいった。私が皇帝を続けなければ、後継者は誰もいなかったのだ」
「そんなの知ったことか。子どもが死んだのは哀れだが、後継者は血が繋がっていなかろうと、育てれば良かっただけのことだ。凝り固まった頭で、血統だけを追い駆けた貴様の落ち度だ」
言い捨てて光の矢を何本も編み上げて、一斉にローズを刺し貫こうとするイレーヌだが、ローズの片方の翡翠のイヤリングが弾けて飛んで相殺された。耳元に触れて、ローズが眉を顰める。
「せっかく作り直してもらったものを」
「腹に子がいるお前には分かるまい。まだ若く、どれだけでも子が産めると思っているうちには。もう、私には何もない」
「だからといって、他人の子を親から引き離していいわけがなかろう」
若々しく美しいイレーヌの表情が老婆のように崩れていく感覚に、ローズは片眉を吊り上げる程度の反応しか示さない。
宮廷楽師は震えながら、呪いの歌を歌っている。ぱきんっとローズのもう片方のイヤリングが弾け飛ぶ。
「その腹の子、引きずり出して殺してしまえば、お前にも私の苦しみが少しは分かろうか」
枕元に置いてあった果物ナイフを握ったイレーヌに、ローズの短剣が閃いた。果物ナイフはローズにかすりもしないまま、短剣で弾き飛ばされて壁に突き刺さる。その隙に、宮廷楽師の魔術が発動した。
「ぐっ……」
「ローズ様ぁ!? 放して、ローズ様がぁ!」
吐き気に口元を押さえたローズに、リュリュが真っ青になって駆け寄ろうとするが、クリスティアンに押さえつけられて動けない。悲痛なリュリュの声に応えるように、床の上に落ちたリュリュの荷物が蠢き、中から人参マンドラゴラが飛び出してきた。
器用に両手に当たる部分で、サナの魔力を込めた小瓶を持ち、蓋を開けて人参マンドラゴラがごくごくと飲み干していく。
「に、人参さん!?」
「人参マンドラゴラ!?」
「びっぎゃあああああああああああ!」
魔術薬で増幅された叫び声は、宮廷楽師の呪いの歌をかき消し、部屋中の窓もガラス製品も割ってしまった。寸前に魔術を編んでリュリュと自分の身を守ったクリスティアンは平気だったし、ローズもネックレスが砕けただけで済んだが、宮廷楽師とイレーヌはマンドラゴラの増幅された『死の絶叫』をもろに受けて、その場に蹲って嘔吐していた。
体に反動が出たのか、はらりと人参マンドラゴラの頭に生えている葉っぱが数枚落ちる。
「人参さん、ローズ様を守ってくれて、ありがとう……」
「わぁお、人参にやっつけられた女帝とか、恥ずかしすぎて、これは後世まで語り継がなきゃ」
はらはらと涙を流して、倒れ込む人参マンドラゴラを抱き締めるリュリュと、笑っているクリスティアンの後方から、『獣人』の族長が仲間を連れて現れた。取り押さえられたイレーヌと宮廷楽師に、ローズが術式を編んで被せる。
魔術が使えなくなるような術式を受けたイレーヌは、心なしか皺が増えたようだった。
「処刑するのか?」
「いや、他人の命を奪ってまで伸ばした寿命、この国のために最期まで使ってもらおう」
族長の決定で、イレーヌと宮廷楽師は魔術を封じられたまま強制労働所に送られることになった。代わりに強制労働所から、男女二人が送り返されてくる。
酷く痩せてやつれているが、濃い色の肌に黒髪のリュリュによく似た顔立ちの女性と、中背の薄茶色の髪に白い肌の男性。
「お、お父さんと、お母さんですか? 僕です、リュリュです」
「リュリュ! 無事だったのね。大きくなって」
「健康そうで、良い服を着て……大事にされているのだね」
「アイゼン王国で、ローズ女王様と結婚しました。赤ちゃんも、生まれます」
感極まって泣き出してしまう親子に、人参マンドラゴラもリュリュの腕に抱かれて、ぐったりとしながら満足そうに眼を閉じていた。
親子の再会を果たしてから、リュリュはローズに駆け寄る。
「お身体は大丈夫ですか? 赤ちゃんは……」
「ずっと食べていなかったから、お腹は空いているような気がするな」
「どうしましょう、何か食べるものを」
リュリュの言葉に答えるように、人参マンドラゴラがそっと両手を広げた。「私をお食べください」と言わんばかりの行動に、リュリュの涙がまた零れる。
「ダメです、人参さんは、ローズ様を身体を張って守ってくれたのです」
「あぁ、でも、人参マンドラゴラは悪阻に効くって言うよね」
「クリスティアン! 幾ら飢えていようとも、健気な人参を食べたりはせぬ。やめよ、人参!」
悪阻に効くというクリスティアンの言葉を聞いて、自らランプの炎に飛び込もうとする人参マンドラゴラを、ローズがしっかりと捕まえる。じたばたと暴れていたが、先ほどの魔術薬の反動で力を使い尽くしたのだろう、直ぐに人参マンドラゴラはぐったりとしおれてしまった。
皇帝が変わったとはいえ、軽んじていた『獣人』に国民が簡単に従うはずもない。それでも、長く続いたイレーヌの狂った政治よりもマシだとは感じているのだろう、意識を取り戻した王宮の魔術師や警備兵は、新しい皇帝に従うことを決めたようだった。
「後はそなたたちでできるな。私はやりたいことをやったので満足だ」
「適当に国を物理で傾けて、皇帝をすげ変えて、リュリュ殿の両親を保護してって、やりたい放題だね」
「クリスティアン、そなたも言いたい放題だな」
「僕くらいでしょ、ローズに言えるのは」
残りのことは全てこの国のものに任せるとして、同盟を組むという書類だけ作って、皇帝になった片翼の鷲の『獣人』の族長とローズがサインをして、帰り支度を始める。
「ローズ様、人参さんが元気がありません……しおれて、枯れてしまいそうです」
「人参なんだから、食べてあげるのが本望なんじゃないの?」
「クリスティアン、滅多なことを言うでない、それはリュリュが可愛がっておる人参なのだぞ。リュリュ、直ぐにアイゼン王国に戻ろう。イサギを呼べば、元気になるやもしれぬ」
「いやいやいや、ローズ、まず身重の自分の心配をしよう?」
「国に戻れば食欲も戻る!」
人参マンドラゴラを抱き締めて泣くリュリュと、それを食べろと進言するクリスティアンと、リュリュのためにさっさと国に戻ってイサギを呼び出そうとするローズ。話し合っている三人に口を挟めないでいるリュリュの両親に、ローズが顔を向けた。
「リュリュは命を懸けて私の妹を救ってくれた、私の愛しい夫。そのご両親として、あなた方もアイゼン王国に来てはいただけないだろうか?」
「よろしいのですか?」
「こんな身なりで……お恥ずかしい限りですが」
強制労働をさせられていたままの格好なので、薄汚れて異臭も放っているが、二人がやつれてはいるものの生きているということがローズには大事だった。
「私と妹は生まれながらに母を亡くし、父には顧みられず、両親というものを知らぬ。どうか、私の義父母として、国に迎えさせてほしい」
「光栄なことでございます」
「どうぞ、リュリュ共々よろしくお願いいたします」
帰りは人数が増えたので、王宮の移転の魔術師の力も借りて、香も焚いて、魔術を増幅して一気に王都まで戻った。
連れて来られて嫌々に警備をしているもの、魔術で王宮を守っているものに、命を懸けて、『飼い主』から逃れて合流し、数を増やした『獣人』たちが倒せるわけがない。
先に入り込んだクリスティアンが王宮を取り巻く結界も、裂け目を作って入り込めるようにしていたので、魔術を使えぬ『獣人』たちも王宮に入り込むことができた。
警備兵と警備の魔術師を制圧して、目指すは女帝の部屋。
そこでは、ローズが殺気を放ちつつ、イレーヌと宮廷楽師と対峙していた。
「クリスティアン、リュリュを守れ」
「僕じゃなくて、ローズ様が! ローズ様のお腹には赤ちゃんが!」
「身籠った虎は恐ろしいっていうから、大人しくしておこうね」
「クリスティアン様!」
身重のローズの安全を確保したいのに、小さなリュリュの身体は、ひょろりと長身のクリスティアンに完全に押さえられてしまう。じたばたともがいても、ローズと敵対するものの間にリュリュを入れる方が危険と判断して、クリスティアンは放してくれない。
「お前に何が分かる! 政治を行いながらも、命を懸けて産んだ子どもらは、皆、成人する前に死んでいった。私が皇帝を続けなければ、後継者は誰もいなかったのだ」
「そんなの知ったことか。子どもが死んだのは哀れだが、後継者は血が繋がっていなかろうと、育てれば良かっただけのことだ。凝り固まった頭で、血統だけを追い駆けた貴様の落ち度だ」
言い捨てて光の矢を何本も編み上げて、一斉にローズを刺し貫こうとするイレーヌだが、ローズの片方の翡翠のイヤリングが弾けて飛んで相殺された。耳元に触れて、ローズが眉を顰める。
「せっかく作り直してもらったものを」
「腹に子がいるお前には分かるまい。まだ若く、どれだけでも子が産めると思っているうちには。もう、私には何もない」
「だからといって、他人の子を親から引き離していいわけがなかろう」
若々しく美しいイレーヌの表情が老婆のように崩れていく感覚に、ローズは片眉を吊り上げる程度の反応しか示さない。
宮廷楽師は震えながら、呪いの歌を歌っている。ぱきんっとローズのもう片方のイヤリングが弾け飛ぶ。
「その腹の子、引きずり出して殺してしまえば、お前にも私の苦しみが少しは分かろうか」
枕元に置いてあった果物ナイフを握ったイレーヌに、ローズの短剣が閃いた。果物ナイフはローズにかすりもしないまま、短剣で弾き飛ばされて壁に突き刺さる。その隙に、宮廷楽師の魔術が発動した。
「ぐっ……」
「ローズ様ぁ!? 放して、ローズ様がぁ!」
吐き気に口元を押さえたローズに、リュリュが真っ青になって駆け寄ろうとするが、クリスティアンに押さえつけられて動けない。悲痛なリュリュの声に応えるように、床の上に落ちたリュリュの荷物が蠢き、中から人参マンドラゴラが飛び出してきた。
器用に両手に当たる部分で、サナの魔力を込めた小瓶を持ち、蓋を開けて人参マンドラゴラがごくごくと飲み干していく。
「に、人参さん!?」
「人参マンドラゴラ!?」
「びっぎゃあああああああああああ!」
魔術薬で増幅された叫び声は、宮廷楽師の呪いの歌をかき消し、部屋中の窓もガラス製品も割ってしまった。寸前に魔術を編んでリュリュと自分の身を守ったクリスティアンは平気だったし、ローズもネックレスが砕けただけで済んだが、宮廷楽師とイレーヌはマンドラゴラの増幅された『死の絶叫』をもろに受けて、その場に蹲って嘔吐していた。
体に反動が出たのか、はらりと人参マンドラゴラの頭に生えている葉っぱが数枚落ちる。
「人参さん、ローズ様を守ってくれて、ありがとう……」
「わぁお、人参にやっつけられた女帝とか、恥ずかしすぎて、これは後世まで語り継がなきゃ」
はらはらと涙を流して、倒れ込む人参マンドラゴラを抱き締めるリュリュと、笑っているクリスティアンの後方から、『獣人』の族長が仲間を連れて現れた。取り押さえられたイレーヌと宮廷楽師に、ローズが術式を編んで被せる。
魔術が使えなくなるような術式を受けたイレーヌは、心なしか皺が増えたようだった。
「処刑するのか?」
「いや、他人の命を奪ってまで伸ばした寿命、この国のために最期まで使ってもらおう」
族長の決定で、イレーヌと宮廷楽師は魔術を封じられたまま強制労働所に送られることになった。代わりに強制労働所から、男女二人が送り返されてくる。
酷く痩せてやつれているが、濃い色の肌に黒髪のリュリュによく似た顔立ちの女性と、中背の薄茶色の髪に白い肌の男性。
「お、お父さんと、お母さんですか? 僕です、リュリュです」
「リュリュ! 無事だったのね。大きくなって」
「健康そうで、良い服を着て……大事にされているのだね」
「アイゼン王国で、ローズ女王様と結婚しました。赤ちゃんも、生まれます」
感極まって泣き出してしまう親子に、人参マンドラゴラもリュリュの腕に抱かれて、ぐったりとしながら満足そうに眼を閉じていた。
親子の再会を果たしてから、リュリュはローズに駆け寄る。
「お身体は大丈夫ですか? 赤ちゃんは……」
「ずっと食べていなかったから、お腹は空いているような気がするな」
「どうしましょう、何か食べるものを」
リュリュの言葉に答えるように、人参マンドラゴラがそっと両手を広げた。「私をお食べください」と言わんばかりの行動に、リュリュの涙がまた零れる。
「ダメです、人参さんは、ローズ様を身体を張って守ってくれたのです」
「あぁ、でも、人参マンドラゴラは悪阻に効くって言うよね」
「クリスティアン! 幾ら飢えていようとも、健気な人参を食べたりはせぬ。やめよ、人参!」
悪阻に効くというクリスティアンの言葉を聞いて、自らランプの炎に飛び込もうとする人参マンドラゴラを、ローズがしっかりと捕まえる。じたばたと暴れていたが、先ほどの魔術薬の反動で力を使い尽くしたのだろう、直ぐに人参マンドラゴラはぐったりとしおれてしまった。
皇帝が変わったとはいえ、軽んじていた『獣人』に国民が簡単に従うはずもない。それでも、長く続いたイレーヌの狂った政治よりもマシだとは感じているのだろう、意識を取り戻した王宮の魔術師や警備兵は、新しい皇帝に従うことを決めたようだった。
「後はそなたたちでできるな。私はやりたいことをやったので満足だ」
「適当に国を物理で傾けて、皇帝をすげ変えて、リュリュ殿の両親を保護してって、やりたい放題だね」
「クリスティアン、そなたも言いたい放題だな」
「僕くらいでしょ、ローズに言えるのは」
残りのことは全てこの国のものに任せるとして、同盟を組むという書類だけ作って、皇帝になった片翼の鷲の『獣人』の族長とローズがサインをして、帰り支度を始める。
「ローズ様、人参さんが元気がありません……しおれて、枯れてしまいそうです」
「人参なんだから、食べてあげるのが本望なんじゃないの?」
「クリスティアン、滅多なことを言うでない、それはリュリュが可愛がっておる人参なのだぞ。リュリュ、直ぐにアイゼン王国に戻ろう。イサギを呼べば、元気になるやもしれぬ」
「いやいやいや、ローズ、まず身重の自分の心配をしよう?」
「国に戻れば食欲も戻る!」
人参マンドラゴラを抱き締めて泣くリュリュと、それを食べろと進言するクリスティアンと、リュリュのためにさっさと国に戻ってイサギを呼び出そうとするローズ。話し合っている三人に口を挟めないでいるリュリュの両親に、ローズが顔を向けた。
「リュリュは命を懸けて私の妹を救ってくれた、私の愛しい夫。そのご両親として、あなた方もアイゼン王国に来てはいただけないだろうか?」
「よろしいのですか?」
「こんな身なりで……お恥ずかしい限りですが」
強制労働をさせられていたままの格好なので、薄汚れて異臭も放っているが、二人がやつれてはいるものの生きているということがローズには大事だった。
「私と妹は生まれながらに母を亡くし、父には顧みられず、両親というものを知らぬ。どうか、私の義父母として、国に迎えさせてほしい」
「光栄なことでございます」
「どうぞ、リュリュ共々よろしくお願いいたします」
帰りは人数が増えたので、王宮の移転の魔術師の力も借りて、香も焚いて、魔術を増幅して一気に王都まで戻った。
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