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番外編 『サナと後継者』

暴走する幼女

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 年末の多忙な時期にその話が舞い込んだのは、サナが妊娠しているということが領地の中でも知られて来たからだろう。出産は生まれてみるまで何が起きるか分からないし、妊娠初期の流産は多いというので、年明けに赤ん坊が安定してから発表しようと考えていたが、レンがサナを気遣う様子から周囲は勘付いていたようだ。
 セイリュウ領の次期後継者になるべき才能を持つ魔術師が、イサギとツムギの異母兄の元に生まれているという話は、放ってはいけない事態だった。ダリア女王の政策により、領主は魔術師の才能だけでなく、現領主が指名して、議会と各領主と女王と話し合って決める方向にこの先定まりそうだが、サナの考えとしては、実子を領主にすることに拘ってはいなかった。

「うちは、自分の子が次の領主やなくても全然構わへんのや。レンさんはどない?」
「俺も、生まれてきた子が幸せなら、領主に拘らなくても良いと思うっちゃけど、それより、その子が気になるかな」

 年齢はまだ4歳になる前と聞いているが、そんな可愛い時期なのに、両親はサナとレンにその子を引き取って欲しいと願っている。前領主の孫であるし、領主になる資格は充分にあるのだろうが、まるでその子がいらないかのように両親は早急に引き取りに来て欲しいと要請しているのだ。

「うちやったら、自分が産んだ可愛い赤さんは、3歳やそこらで手放したないけどな」
「普通はそうやんね。両親が愛し合って結婚しとったら」

 イサギとツムギの異母兄弟たちは、皆、魔術師としての才能が後から生まれてきたサナに劣っていた。そのせいで母は離婚を言い渡されて、子どもたちを連れてセイリュウ領の端の小さな屋敷に暮らし、前領主はより強い魔術師を産ませるために、若い魔術師の後妻と結婚した。
 彼女もサナを超える子どもを産めないうちに前領主が高齢で体調を崩して寝込むようになり、産まれてきたイサギとツムギはサナを殺すように訓練されて、病床の父親とほとんど触れ合ったこともない。
 そんな歪んだ関係の末に、サナは領主となり、イサギとツムギの母親は追放されたが戻ってきて王都で国王の工房に入り込んで後妻となって国を荒らし、イサギとツムギはサナの叔父に預けられて育てられた。

「愛のない結婚やったら、次期領主になれる子が産まれたら喜んで育てるはずなんやけどなぁ」
「俺たちに赤ちゃんができたから、その子が次期領主になると思われたとかもしれんね」
「赤ん坊が産まれる前から後継争いとか、嫌やわぁ」

 心底ぞっとする。
 そんな争いに我が子は巻き込みたくないというのが、サナの正直な感想だった。

「会ってみたら可愛いかもしれんよ。生まれてくる赤ちゃんに、魔術の強い兄姉がおるのは、俺は大歓迎っちゃけど」
「レンさんがそう言うと、うちも安心するわ。一緒に迎えに行ってくれる?」
「明日にでも行こうか」

 要らないという両親の元に、少しでも長くその子がいなくていいように、レンは日程を最短で組んだ。今日のうちに工房の仕事はきりの良いところまで終わらせてしまって、明日は一日休めるようにする。

「俺に子どもができるっちゃん。最初は慣れんかもしれんけん、明日は一日一緒に過ごせるようにしたいとよ」
「レンさんのそういうとこ、好きやわぁ。うちも、明日は仕事全部ないようにしたわ」

 どんな子なのだろう。
 性別は女の子だと聞いていたが、想像もつかないままに、二人はその日は眠りについた。
 翌日は早朝から馬車を飛ばして、セイリュウ領の外れのイサギとツムギの異母兄の家まで行く。移転の魔術で行っても良かったのだが、小さな子どもなので魔術での移動に慣れていない可能性があるし、その子の荷物も運ばなければいけないかもしれない。
 母屋と離れのある家で、離れからは妙な破壊音が響いている気がする。声をかければ、気の弱そうな男女が出てきた。年の頃はレンより少し上くらいだろうか。

「恐ろしい子なのです……」
「私たちでは手に負えません」
「どうか、連れて行ってください」

 案内された離れから、逃げるように二人は母屋に戻っていく。離れの玄関には、割れた陶器の破片が散っていた。食事を持ってきたときにここで落としたのだろうか。
 中からは破裂音が聞こえる。

「レンさん、ちょっと下がってて。うちが先に入ってみるわ」
「何かあったら、すぐに声をかけてね?」

 小さい子どもには女性の方が打ち解けやすいだろうとドアを開けた室内は、獣が暴れまわったかのような惨状だった。ベッドはへし折られ、タンスは穴だらけで中身が散乱しており、床は裸足では入れないくらい木の欠片や陶器の欠片、食べ物の零れた跡などが残っている。
 壁はひび割れて、破れている部分もあって、冷たい冬の風が吹き込んできていた。
 冷え切った部屋の隅で、栗色の髪に緑がかった目の愛らしい幼女が、異臭を放つ汚れて破れた服を着てしゃがみ込んでいる。部屋にはトイレも洗面所もあるようだが、そこが清潔に保たれている様子はない。

「うちはセイリュウ領の領主のサナやけど、あんさんは?」
「おばさん、だれですか? なんで、カナエのおへやにはいってくるんですか?」

 まだ4歳になる前だと聞いているが、女の子だからか言葉が明瞭だ。立ち上がった小さな体から、魔術が放たれる。
 術式も編まれていない、魔術を発動する音声もない、無意識下での魔術だろうが、頬を掠めた爆発に、サナは血の気が引く思いだった。確かに、この子には恐ろしい攻撃の魔術の才能がある。制御しきれずに、無意識で発動させてしまうくらいの。

「この部屋、あんさんがしたんか?」
「ごはんを、たべたいのに、おわんも、おちゃわんも、はじけとんでしまうのです……おようふくをきたいのに、やぶれてしまうのです……カナエがわるいこだから、おとうさんとおかあさんは、カナエをとじこめてしまったのです」

 あなたは、カナエをつれていくのですか?

 緑がかった瞳がサナを見つめる。攻撃の標的にされるのは分かっているが、サナはこのカナエという幼女の実力を見て見たかった。

「連れて行って、バリバリに鍛えたる。こんな、暴走せぇへんようにな」
「ちかよらないでください!」

 破裂音がして、サナの後方の壁が砕けて漆喰が散った。
 制御ができていないカナエの魔術は、発動はするが目標をきっちりと定められていない。よける努力をしなくても、サナに当たりはしなかった。

「うちは厳しいで? でも、その魔術、使いこなせるようになったら、あんさんは平穏にくらしていける」
「ひとかいですね……だれか、たすけてー! いたいけなこどもを、さらってうろうとするおばさんがいますー!」
「誰がおばさんや!」

 思わず近寄ってその首根っこを掴もうとすると、距離が縮まればまぐれでも当たるのか、発動したカナエの魔術で、サナのイヤリングが弾け飛んだ。

「レンさんがうちに作ってくれたのに!」
「いやー! ひとさらいー! カナエはうられて、へんなことをさせられるのですー! たーすーけーてー!」
「人聞きの悪いこと言いなや!」

 これ以上レンの作ったものを壊されたくないと躊躇った隙に、腕をすり抜けて逃げ出すカナエを追い掛け回すサナは、壊れたベッドに魔術が当たって柱が倒れてきたのに身構えた。

「二人とも、大丈夫!?」

 大騒ぎにさすがにドアを開けて入ってきて、駆け寄ったレンがサナを片腕で抱き留め、もう片方の手でカナエを抱っこして、さっさと部屋の外に出てしまう。三人が離れを出ると、耐え切れなくなったかのように、離れが潰れて瓦礫の山となる。埃と土煙を上げて崩れ落ちた離れを、サナとカナエはレンに抱き抱えられたままで呆然と見ていた。

「レンさんが来てくれて良かったわ……」
「もっと早く呼ばんね」

 妊娠しているのだし、こんな危険な場所にいたことを、しみじみとレンは呆れているようだ。よく見ればカナエは靴も履いておらず、小さな足は陶器の破片や木の欠片が刺さって血まみれである。

「痛かったやろ。お風呂にも入れてもらってなかったんやね。お腹も空いてるっちゃないと?」
「……あなたは、だれですか?」
「名前は、レンっていうっちゃけど、君のお父さんになりに来たとよ」
「おとうさん……おとうさんですか!? もういっかい、ぎゅってしてくれますか?」

 抱っこされたことがなかったカナエにとっては、抱き上げられて外まで連れて行かれるという行動自体、驚きのようだった。ぱきんっと音を立ててレンのイヤリングが片方壊れ、カナエが無意識に魔術を発動していることは分かっているが、構わずレンはカナエの小さな体を抱き締めた。
 裏の菜園用の水場まで連れて行って、桶に水を汲んで、レンがパンツが汚れるのも構わず膝をついて、桶の中の冷たい水を魔術で温めて、丁寧にカナエの足を洗う。お湯がしみるのか歯をくいしばるカナエは、その年齢にしては辛抱強く、泣いてもいない。

「俺とサナさんと一緒に来てくれんね?」
「また、ぎゅってしてくれますか? ごはんは、おわんもおちゃわんもこわれてもおこりませんか? おゆはあぶないからっておふろはだめっていわれたのですが、おふろもはいっていいですか?」
「なんでもしちゃるよ。髪も、洗っちゃろうね」
「おとうさん……」

 しっかりとレンに抱きついて落ち着いたのか、もうカナエは魔術を暴走させていなかった。

「この子、物凄い才能の持ち主やわ。早いとこ制御できるように訓練せな、この子の身が危ない」
「足も怪我しとったもんね。でも、こんな小さい子に訓練は酷やから、サナさん、俺に任せてくれんね?」
「どないするおつもりで?」
「魔術を増幅する魔術具が作れるんやったら、その逆も原理としてできんわけがないとよ」

 屋敷に戻ってレンが服を着たままで、袖を捲ってカナエを綺麗に洗って着替えさせ、サナがカナエの魔術を抑えて食事をさせている間に、レンが工房で試作品を作って来る。
 小さなカナエの身体に合わせた、緑の円柱形のトンボ玉のはまった、紐で編んだブレスレット。紐を調節して手首に付けると、カナエがトンボ玉の中に入っている白い花の模様にうっとりと見惚れる。

「カナエのですか?」
「カナエちゃんの身を守るためのものやけん、外したらいけんよ」
「おふろもですか? おとうさんがつくってくれたの、こんなにきれいなのに、よごれませんか?」
「汚れたら、また作っちゃるけんね」

 「おとうさん」とカナエが甘えてレンを呼ぶ。
 魔術具で制御されて、もうカナエから無意識で魔術が発動されていないことを確認して、サナは魔術の結界を解いたのだが、若干、腑に落ちない表情だった。

「なぁ、カナエちゃん、うちのことは?」
「おばさん……」
「レンさんは! うちの! 旦那様やねん! レンさんの! 娘は! うちの! 娘!」
「レンさんは、カナエのおとうさんになってくれるといったのです。おばさん、なにかいいましたっけ?」
「『お母ちゃん』、はい、言うてみて」
「お・ば・さ・ん」
「うちはまだ23歳やー!」

 三歳児と張り合うサナを「もうこんなに仲良くなって」とレンは微笑ましく見守っていた。
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