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第二章 魔術学校とそれぞれの恋

17.家族の確執

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 エドヴァルドには7歳年下の弟のクリスティアンがいる。
 国王の息子だったが、正妻の子ではなく、愛人の子で、母親の魔術の才能も身分も低かったので、年は上だったがエドヴァルドの父親は、王位継承権を正妻の子である弟に譲って、テンロウ領の領主の娘と結婚した。王族であるし、魔術の才能もそれなりにはあったので、テンロウ領の次期領主として迎えられた両親は、早いうちにエドヴァルドが生まれて、後継者もできて安心していた。
 争いごとを好まないが故に、後継者争いから逃れるためにテンロウ領の領主の娘と結婚した父親である。そこに愛があったのかどうかは、エドヴァルドには分からない。
 事件が起きたのは、エドヴァルドが7歳でクリスティアンが生まれた後だった。王侯貴族、特に領主の血を引くものは、生まれたときに魔術の才能を調べられる。
 魔術の才能とは生まれ持った血統的なもので、死ぬまで変わることはない。ただ、それは最大限に生かせる容量のことであり、最初からそれを全て引き出せるわけではない。引き出すためには、魔術学校に通って制御能力を高めなければいけない。
 魔術の才能は高いが、制御能力が低く、高等な魔術を使えない魔術師もたくさんいる中、エドヴァルドは7歳にして、かなりの制御能力を持っていたから、エドヴァルドを可愛がって育ててきた乳母は、あっさりと領主になる権利がクリスティアンに移ったのが許せなかったのだろう。
 無邪気に弟が生まれて喜ぶエドヴァルドを他所に、水面下でクリスティアンの乳母とエドヴァルドの乳母の争いが起きて、結果として、クリスティアンの離乳食に毒が入れられた。どちらの乳母が入れたのか。

「あの女がうっかりと離乳食を作り間違えたのでしょう」
「違います! エドヴァルド様を後継者にしたいあの女が、クリスティアン様の暗殺を企んだのです」

 幸いにして、クリスティアンのあまり好きではないパン粥に仕込まれたそれを、クリスティアンは吐いただけで済んだが、神経質になったのは母親の方だった。どちらの乳母も辞めさせてしまって、クリスティアンを自分の手で育てるようになった。
 その日から、エドヴァルドは母親にも、クリスティアンにも会わせてもらえなくなった。

「母としては、私がクリスティアンを殺すかもしれないと恐ろしかったのでしょうね」
「エドさんも、クリスさんも、お母さんの子どもやないん?」
「そうなのですが、母はあれ以来、私と会わなくなりました」

 育ってきて、聡明なクリスティアンは、自分の解明したことしか信じないタイプだったので、事件に関しては、エドヴァルドもエドヴァルドの乳母も、クリスティアンの乳母だった女性も絡んでいないことを早々に突き止めていた。疑惑の種を撒いて、テンロウ領の領主に取り入って愛人になろうとした女がいて、彼女は事件の後にさっさとテンロウ領から逃げて足取りが追えないという。

「おかげで、クリスティアンと私との仲は拗れていないどころか、仲良しなのですがね……」

 7歳のエドヴァルドに、母親はクリスティアンに触れるなとヒステリックに叫んだ。それ以来、夫婦仲も微妙になって、母親はクリスティアンにばかり構うようになった。それを鬱陶しく思ったクリスティアンは飛び級して10歳で幼年学校を卒業してから、王都の魔術学校で研究をするという名目で、王都の別邸からテンロウ領には式典のあるときくらいしか帰っていない。

「周囲を疑うようになった、エドさんのお母はんは、息子を二人とも失ってしもたんやな」
「そうですね……悲しいことですが」

 冬に向けて、薬草の収穫と植え替えの休憩時間に語られた話に、イサギはどの領地も複雑なのだと思い知る。前の領主の子どもが今の領主を暗殺しようとしたセイリュウ領だけが特殊なのではない。
 息子を愛しているからこそ、その命を守りたかったエドヴァルドとクリスティアンの母親は、方法を間違えてそのどちらも離れて行ってしまった。父親とは別居状態で、今はテンロウ領の端の田舎の方で心を癒しているらしい。

「領主の選定方法を、ダリア女王は変えようと今度の議会で提案なさったと聞きました」

――性別に関係なく、子どもが産める、産めないに関係なく、誰もが尊重される国を作らなければいけません。魔術師の才能に関係なく、領主が継げる制度も作らなければ、あの魔女のようなものがまた現れるでしょう

「ダリア女王はん、そういえば、言うてはったわ」
「領主が次の領主を指名して、それを全領地の領主と女王陛下たち、それに、国民が選んだ議会で話し合って決めるのだと」
「国民が……俺らが、政治に関わるんか?」
「国民が選んだ議会は、前国王が全く意見を聞かなかったために、廃れかけていましたが、それを復活させると議員の投票も行われますよ」
「議員を俺らが選ぶ……俺も?」

 政治には興味がなくて、セイリュウ領の決まりにだけ従って生きていればなんとかなると考えていたイサギだが、ダリアの改革が同性の結婚や領主の選定にまで及ぶとなれば、自分にも関わりのあることだと話が変わってくる。

「選挙権があるのは、成人の18歳以上の男女ですから、イサギさんはまだですね」
「また18歳……後三年かぁ」

 結婚をしていいとローズから許可をもらったが、実際に結婚できるのは三年後の18歳になってから。恐らくはサナも、一人前の薬草学者の魔術師にならなければ、エドヴァルドとの結婚を許しはしないだろう。

「それで、話は最初に戻るんですけど、私、年末年始も、テンロウ領に帰りませんので」
「そか、分かった」

 そもそも、エドヴァルドが家族との確執を話してくれたのは、休憩時間に年末年始にエドヴァルドが里帰りでテンロウ領に戻るかとイサギが聞いたからだった。初めての年越しをエドヴァルドと過ごしたいが、エドヴァルドがテンロウ領で家族と過ごすのならば、引き留めることはできない。

「クリスティアンも戻らないでしょうしね。……そうですよ、イサギさん、クリスティアンを新年に呼ぶのはどうでしょう?」
「へ!? うち、使用人もおらへんし、ひとが増えたらエドさんもお料理大変になるけどええのん?」
「使用人は……クリスティアンの件があってから、正直、誰も信用できなくなってしまったんですよね。ここでの暮らしは自由で、気に入っているし、クリスティアンも新年は自由に過ごしたいと思いますよ」
「せやったら……お誘いのお手紙書かなあかん?」

 秋祭りにツムギがダリアを誘うために、正式な招待状として、便箋から封筒、万年筆まで揃えて、エドヴァルドはツムギに書き方を教えていた。身内とはいえ、ダリアの従弟である王族のクリスティアンを招くとなると、正式な手続きを踏まなければ、新年の準備を次期当主のクリスティアンのためにしている使用人たちも納得しないのではないだろうか。
 気さくなクリスティアン自体には全く心配はしていなかったが、エドヴァルドの婚約者として、イサギは手順を踏まなければいけないのならば、その労力は惜しまないつもりだった。

「そうですね……今後、書くこともあるかもしれませんから、これを機会に、正式な招待状を書いてみますか?」
「教えてください! お願いします! って、そんなん頻繁に書くもんなん?」
「結婚式は、私がダリア女王とローズ女王の従兄ですから呼ばないわけにはいきませんし、テンロウ領の両親にも来ないにしても、招待状だけは出さなければいけないでしょう?」
「け、けけけけけけけ、結婚!?」

 三年後に期待して、準備しているのはイサギだけではないらしい。
 エドヴァルドの口から「結婚」の二文字が出ると、イサギは妙に照れ臭くなってしまう。

「エドさんが俺のお嫁さんに……いや、俺がお嫁さん? どっち?」
「どっちが良いですか?」
「エドさんが、お嫁さん……」

 答えたイサギは、真っ赤になってぶちぶちと蕪マンドラゴラを引き抜いて、照れ隠しをした。大事に可愛がって育てているせいか、蕪マンドラゴラは、勝手に引き抜くと頭痛と吐き気を伴う奇声を発するのだが、黙って耐えていてくれる。

「蕪マンドラゴラの葉っぱは、滋養強壮にもええねん。人参マンドラゴラの葉っぱは、栄養豊富で胃腸にも効くし、大根マンドラゴラの葉っぱは、頭痛や腹痛によく効くんや」
「マンドラゴラに捨てるところなし、ですね」

 収穫したマンドラゴラは葉っぱの部分は切り落として干して、過食部分である根は脱走防止の檻に入れて水が飲めるようにセットしておく。

「セイリュウ領は、新年に食べる特別のお料理があるって聞きましたが」
「お節やろ?」
「イサギさん、作り方分かりますか?」

 帰りに市で買い物をしているとエドヴァルドに問いかけられて、サナの御屋敷で振舞われるものは食べているが、養父が別の領地に結婚で行ってしまってから、そういうものは作っていないことに思い至る。
 幼年学校の頃に養父の手伝いで作ったような気はするのだが、記憶は朧気だ。

「レシピの載っとる本も、買うて帰ろか」
「家ごとに味が違うって聞いたんですが、私が作るもので大丈夫ですか?」
「エドさんの味が、うちの味や!」

 養父がいなくなってからは、料理のあまり得意でないツムギと、食べるのに関心のないイサギで、適当に買ったものを食べていたので、自分たちが何を食べていたかももう思い出せない。
 年末年始は公演もなく帰って来るツムギも、きっと、エドヴァルドの料理に文句はないだろうとイサギは力強く頷いた。
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