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第二章 魔術学校とそれぞれの恋

13.ツムギの秋祭り

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 アイゼン王国は王がローズとダリアになってから、まだ日が浅い。警備体制も整っておらず、女王たちも国の体制を戻すのに忙しく、領主の従妹で劇団を支援してもらっているとはいえ、ツムギが気軽にダリアに会うことはできなかった。
 セイリュウ領の秋祭りは、幼年学校も魔術学校も休みになって、領地の祝日にもなっている大きなお祭りなので、ツムギの劇団の練習もその日は休みになっていた。
 直接会ってお誘いすることは難しかったので、エドヴァルドに手伝ってもらって、失礼のないように便箋と封筒も上品なものを選んで、菫色のインクの万年筆で丁寧にお誘いの手紙を書いた。返事は秋祭りの前に届いた。

「来てくれるって! 浴衣も、サナちゃんのお屋敷で、警護があってなら、着てくれるって!」
「良かったですね、ツムギさん」
「エドさんが便箋の選び方から指導してくれたおかげだよ、ありがとう」

 無事にダリアをセイリュウ領の秋祭りに誘えたことはツムギにとってもは純粋に楽しみだったが、領主であるサナにとっても利益になる。ダリアの側仕えだったレンとこれからセイリュウ領をどう治めるかを、見てもらうのだ。

「秋祭り、楽しんでくださいね」
「エドさんもダリア女王様に挨拶するんじゃないの?」
「従妹ですし、ツムギさんの義理の兄として、挨拶した方が良いですか?」
「え、エドさん、ツムギの義理の兄なんて、結婚したみたいや!」
「未来の、ですけどね」

 仲睦まじい兄と婚約者を見て心温まりつつ、ツムギは浴衣や帯の準備に追われた。装飾品の類は、レンが作って、サナが選んでくれているという。
 当日、領主の御屋敷に行けば、ダリアは既に着いていて客間に通されていた。

「浴衣を選んでいただいて、ありがとうございます。初めて着るのですが、サナ様はツムギ様に習えば良いと仰って」
「私で良いんですか?」

 この国の女王の一人という高貴な身分なので、セイリュウ領の領主のような人物しか触れてはいけないのかと思っていたが、ダリアはツムギに着せて欲しいと頼んでくる。ドレスを脱ぐのを手伝って、サナに渡しておいた浴衣の包みを開けて、襦袢から着せていく。普段から身支度を整えるために使用人の手を借りているであろう彼女は、ツムギがおっかなびっくり触れても落ち着いていた。
 長いストレートのシルバーブロンドの髪から香る匂いや、白いうなじ、形のいい胸、滑らかな肌をなぜか妙に意識してしまって、浴衣の丈を合わせるツムギの手が震える。そのことについて咎められることはなかったが、自分ばかりが意識しているようで、ツムギは少し悔しくもあった。年上の女王は、その身分に相応しく、落ち着いた振舞いを見せている。
 舞台の上ではどれだけでも堂々と踊れるし、歌えるし、どんな台詞だって言える自信があるのに、ダリアを前にするとツムギも年相応の15歳の少女になってしまうようだった。背丈もダリアより高くて、美しい青年のようと言われて、ファンからの評判もいいのに。

「この柄、ツムギ様と色違いなのですね。帯はお揃いで」
「不敬だったでしょうか?」
「いいえ、とても嬉しいです。わたくしからは、髪飾りを贈らせてくださいね」

 ダリアが空色の地、ツムギが黒地で、柄はお揃いの紫の桔梗にして、帯は黄色で合わせてある。どちらの浴衣にも合う、紫のトンボ玉の髪飾りを差し出すダリアに、ツムギは困ってしまう。

「せっかくいただいても、私は髪が短いので……」
「着付けをしていただいたので、今度はわたくしにさせてくださいませ」

 椅子に座らせたツムギを鏡の前の椅子に座らせて、ダリアが茶色の髪を櫛で梳く。前髪を上げて、ポンパドールにしてくれた。お礼に、同じトンボ玉で飾られた簪で、ダリアの髪を纏める。

「こんな棒一本で纏まるのですね」
「ダリア女王様は髪が長いですから、ハーフアップになってしまいますが」
「女王様はいりませんわ、ダリアと呼んでくださいませんか?」
「で、ですが……」

 前のセイリュウ領の領主の娘だが、ツムギはダリアの父親の前国王に取り入って国を傾かせようとした魔女の娘でもあった。身分差がありすぎて、とても呼び捨てになどできない。

「わたくしは生まれてからずっと、名前がありませんでした。二番目セカンドと便宜上呼ばれておりましたが、そんなものは名前ではありません。ですから、お姉様がリュリュ様を連れて来て呪いを解いてくださって、リュリュ様がつけてくださったこの名前が、とても大事なのです」

 だからこそツムギに呼んで欲しい。
 勘違いして、期待してしまいそうになるような言葉に、ツムギのあまり膨らみのない胸がどきどきと高鳴る。

「二人きりのときだけ、ダリア様と呼ばせていただきます」
「できれば、様もなくて、敬語もやめてほしいのですが……多くは望みませんわ。参りましょう」

 しゃらりと細い白い手首に巻かれたブレスレットを鳴らして、ダリアがツムギの手を取って歩き出す。エスコートするつもりだったのに、ダリアの方が堂々としていて、ツムギの方が完全にダリアのペースに乗せられている。
 警護の兵士が付いて領主の御屋敷の中庭に出ると、かがり火が焚かれていた。その周囲をイサギの育てたススキフウチョウがぐるぐると回って踊り狂っている。

「あんなに元気なススキフウチョウは見たことがありませんわ。イサギ様がお育てになったのですか? イサギ様の育てられた人参マンドラゴラも、とても元気でリュリュ様とローズお姉様が可愛がってますの」
「イサギ、妙な才能あるから……」

 フウチョウのようにふさふさの穂を扇状に広げて踊るススキフウチョウは、向日葵駝鳥のように魔術のための薬草や身を食用にしたりできないが、踊りで根が土を耕すので来年の収穫のために、秋の収穫が終わった後に畑に植えられることが多かった。
 土を離れてもまた土に根を突っ込み、土を蹴り上げて踊るススキフウチョウに、ダリアに土がかかりそうになって、ツムギはその細い体を抱き寄せた。年も15歳でストイックに舞台のためにダンスも声楽も稽古しているので、ツムギの身体も鍛え上げられて絞られて細い。しかし、それと違う柔らかな女性らしさを持ちながらも、ダリアの身体は華奢でツムギは着替えのときにも触れたのに、改めて触れて固まってしまった。

「ありがとうございます。ツムギ様からいただいた浴衣が汚れなくて良かったですが……ツムギ様は汚れませんでしたか?」
「私は平気です。ダリア様、エドさんとイサギがいます、挨拶をしますか?」
「そうですわね」

 たこ焼きの屋台の前で話し込んでいる長身にスキンヘッドが目立つエドヴァルドと、その隣りで細い体に浴衣を着込んだイサギを見つけて、ダリアとツムギは近付いて行った。警備の兵が周囲のひとを掻き分けるので、エドヴァルドとイサギもすぐに二人に気付いたようだった。

「楽しんでおいでですか、ダリア女王」
「えぇ、とても。ツムギ様がこの浴衣、着せてくださいましたの。わたくしはツムギ様の髪を纏めたんですのよ」
「私もイサギさんに浴衣を着せてもらいましたよ」

 エドヴァルドが藍色に涼し気な波模様、イサギが赤茶色に波模様で色違いの浴衣を着て、お揃いの灰色の帯を締めている二人は、仲睦まじい。
 臆病なイサギは、エドヴァルドの後ろにもじもじと隠れてしまった。

「たこ焼き、ダリア女王さんも、食べはるやろか?」
「別にイサギにたかろうと思ってないから。ダリア様、食べてみますか?」
「どのようなものです?」
「小麦粉で作った生地に、細かく刻んだ野菜を入れて、タコを入れて、丸く焼いて、ソースをかけて食べるものですが……女王様のお口に合わないかも……」
「私が食べて毒見をしたから大丈夫ですよ。イサギさんには、もうひと舟買って差し上げましょうね」

 女王という身分なのだから、セイリュウ領の領主の屋敷とはいえ、中庭で出ている露店の食べ物など進めては失礼だったかもしれない。後悔したツムギに気付いて、エドヴァルドがすぐにフォローを入れて、自分が一つだけ食べたたこ焼きの舟を、新しい箸を貰って手渡してくれる。
 お礼を言って受け取ると、ダリアが艶やかに微笑んだ。

「恥ずかしいことに、わたくし、箸の使い方が上手ではなくて……」

 食べさせていただけますか?
 派手ではない薄ピンクの口紅で彩られた小さな唇を開けるダリアに、ツムギはどこまで本気にしていいのか、戸惑い続けていた。
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