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十四章 家族の形
2.マルガレータさんとオルガさんの嬉しい知らせ
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新学期が始まる直前に、カールロ様とスティーナ様、サロモン先生とヨハンナ様がヘルレヴィ家に来て何か話し合っていた。子ども部屋にいるわたくしたちも気になってはいたが、カールロ様とスティーナ様、サロモン先生とヨハンナ様の話には割って入れずにそわそわとしていた。
話し終えてカールロ様とスティーナ様から話がある。
「オルガさんとマルガレータさんが結婚することになったんだ」
「とてもおめでたいことですからね。ヘルレヴィ家でお祝いをするつもりです」
オルガさんとマルガレータさんが結婚。それは確かにとてもおめでたいことだった。しかし、サラ様とティーア様はまだ3歳。乳母が必要な年齢だ。
「オルガたん、けこんちてちまう!?」
「マルガレータたん、いなくなっちゃう!?」
「どうちまちょ」
「わたくち、へいちよ! ひとりでねんねできる!」
「わ、わたくちだって、ひとりでねんねでちるー!」
動揺しているティーア様とサラ様に、カールロ様とスティーナ様が苦笑している。マルガレータさんとオルガさんがいなくなってしまうのならば、次の乳母の問題はとても重要だった。
「わたくし、研究院も卒業しました。仕事はありません。乳母の代わりになれるかもしれません!」
「アイラ様にさせるわけにはいかないよ」
「アイラ様には辺境伯領との交流という大事な仕事がありますでしょう?」
「でも、サラ様が一人で眠れるとは思えないのです」
眠るときだけでもそばにいてあげたい。遊びに出るときにでも、マルガレータさんとオルガさんはサラ様とティーア様だけでなく、ダーヴィド様やライネ様のことまで気にかけてくれていた。これだけヘルレヴィ家とヴァンニ家をよく知っている乳母はもう現れないのではないだろうか。
わたくしが心配していると、震えるサラ様とティーア様を抱っこして、マルガレータさんとオルガさんが微笑んでいた。
「アイラ様、早とちりしないでくださいませ」
「わたくしたちは結婚しますが、乳母の仕事は続けさせていただくつもりです」
「わたくしたち、妊娠もしておりませんので、まだまだ働けます」
「もし妊娠した場合には休みを取らせていただきますが、わたくしたちはヘルレヴィ家とヴァンニ家の乳母であることに誇りを持っています」
マルガレータさんもオルガさんも結婚しても乳母を辞めることがない。それを聞いてわたくしは全身の力が抜けていくような気がしていた。ソファに座り込んだわたくしに、マウリ様が隣りに座って手を握ってくださる。
「よかったね、アイラ様」
「はい、本当によかったです」
わたくしが安心していると、サラ様とティーア様は蜂蜜色と黄色の目をきょとんとさせている。
「どゆことなの?」
「マルガレータたんとオルガたんは、どうなるの?」
マルガレータさんとオルガさんの説明では理解できなかったサラ様とティーア様に、カールロ様とスティーナ様が優しく説明する。
「マルガレータさんとオルガさんは結婚するけど、乳母は続けてくれるんだよ」
「けっこんちても、うばはできるの?」
「そうですよ。お腹に赤ちゃんがいるわけではないので、お休みしなくてもいいのです」
「おなかにあかたんがきたら?」
「そのときはお休みをするかな。赤ちゃんがいつ来るかは、誰にも分からないからな」
今はマルガレータさんもオルガさんも乳母を続けてヘルレヴィ家に残ってくれるということで、サラ様もティーア様も安心したようだった。サラ様はしっかりとマルガレータさんに、ティーア様はしっかりとオルガさんに抱き付いている。
「マルガレータたん、ママになりたぁい?」
「いつかはなりたいと思っています」
「オルガたん、ママになるの?」
「なれたらいいですが、わたくしは年齢が上ですからね」
オルガさんは確か三十代に近いのではないだろうか。その年齢で結婚する女性も珍しくはないが、子どもができやすいかどうかは分からない。
「マルガレータさんとオルガさんが妊娠したら、わたくし、診察しますわ」
「アイラ様が診てくださるなら心強いです」
「アイラ様、ありがとうございます」
ヘルレヴィ家やヴァンニ家でも産前産後休暇や育児休暇を取って仕事に復帰する使用人はいないわけではない。もっとこの制度が広まればいいと思っているときにマルガレータさんとオルガさんの結婚を聞いたので、わたくしは二人がすぐに乳母を休んでしまうと早とちりしてしまった。
夏休みの最後の日にマルガレータさんとオルガさんの結婚式がヘルレヴィ家の庭で行われた。可愛いドレスを着たサラ様とティーア様がマルガレータさんとオルガさんと手を繋いで、花婿のところまで連れて行ってあげた。
庭には軽食が並び、晴れた空の下でマルガレータさんとオルガさんが結婚の誓いを口にする。
「健やかなるときも病めるときも、どんなときも夫と共に支え合い、生きることを誓います」
誓いの言葉にマウリ様もミルヴァ様もハンネス様もフローラ様もエミリア様もライネ様もダーヴィド様もサラ様もティーア様も、カールロ様もスティーナ様も、サロモン先生もヨハンナ様も、大きな拍手を送っていた。
結婚式にはわたくしたちはマルガレータさんとオルガさんに歌を歌ってお祝いした。
高らかに響く祝福の歌に、マルガレータさんとオルガさんが目元を押さえている。サラ様とティーア様も一生懸命歌に加わっていた。
結婚式の夜には、わたくしはマウリ様と二人で子ども部屋にいた。もちろん衝立の向こうではサラ様がマルガレータさんに寝かしつけられているので、二人きりではない。二人きりではないのだが、衝立とは斜めに対角線上にあるソファセットに座っているので、距離はある。
「今日の結婚式、とても素敵だったよね」
「秋薔薇が咲いていて、庭もとても美しかったです」
美しい庭で結婚式を挙げたマルガレータさんとオルガさんはとても輝いていた。二人の姿を思い出してため息を吐くわたくしに、マウリ様がわたくしの手を握る。
わたくしよりも大きな筋張った手に、胸がドキドキする。
「アイラ様と私が結婚するのは、もう少し前の季節になるかな」
「マウリ様が高等学校を卒業した夏休みになりますね」
「そのときには、私はアイラ様とあんな風にガーデンパーティー形式で結婚式を挙げたいな」
ヘルレヴィ領の次期領主だから当然大広間で結婚式を挙げるのだと考えていたが、よく思い出してみればカールロ様とスティーナ様の結婚式もガーデンパーティー形式だった。サロモン先生とヨハンナ様も同じだ。大広間に拘ることなく、わたくしは庭で結婚式を挙げてもいいのかもしれない。
「夏場は雨が多いから、当日は雨が降っているかもしれませんよ?」
「夏の雨は通り雨だよ。通り過ぎてしまうまで待って、結婚式を挙げたらいい」
「マウリ様、結婚式の話に熱心ですね」
「マルガレータさんとオルガさんの結婚式を見たら、私もアイラ様と結婚したくなったんだ」
真剣な眼差しで見つめられて、わたくしは心臓が高鳴るのを感じる。マウリ様の顔がわたくしの顔に近付いてきている気がしていた。子ども部屋でキスはされないだろうが、わたくしは期待している自分に気付いてしまう。
精悍な顔立ちのマウリ様。少し前までは甘いあどけないいとけなさが残っていたのに、今は青年らしい顔付になっている。
こんな風にマウリ様も大人になっていくのだと見せつけられてしまうと、わたくしは言葉が出なくなってしまう。
「アイラ様……」
「ま、マウリ様……あ、わたくしの手、ガサガサで恥ずかしいです」
握られた手を外そうとすると、マウリ様がわたくしの手を強く引き寄せて手の平にキスをする。
「アイラ様の手は、たくさん働いている手だよ」
「マウリ様……」
「このままアイラ様を抱き締めたいけど、できないのが悔しいな」
わたくしもマウリ様に抱き締められたかった。マウリ様のことを思う気持ちは日に日に募って、わたくしの中でいっぱいになっている。年下なのにマウリ様はいつもわたくしをドキドキさせて、わたくしの胸をマウリ様のことでいっぱいにさせる。
「もう遅くなっちゃったね。部屋まで送って行くよ」
手を差し出すマウリ様に、わたくしは手を重ねて立ち上がる。
マルガレータさんとオルガさんの結婚式の日、わたくしとマウリ様は自分たちの結婚式を夢見ていた。
話し終えてカールロ様とスティーナ様から話がある。
「オルガさんとマルガレータさんが結婚することになったんだ」
「とてもおめでたいことですからね。ヘルレヴィ家でお祝いをするつもりです」
オルガさんとマルガレータさんが結婚。それは確かにとてもおめでたいことだった。しかし、サラ様とティーア様はまだ3歳。乳母が必要な年齢だ。
「オルガたん、けこんちてちまう!?」
「マルガレータたん、いなくなっちゃう!?」
「どうちまちょ」
「わたくち、へいちよ! ひとりでねんねできる!」
「わ、わたくちだって、ひとりでねんねでちるー!」
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「アイラ様にさせるわけにはいかないよ」
「アイラ様には辺境伯領との交流という大事な仕事がありますでしょう?」
「でも、サラ様が一人で眠れるとは思えないのです」
眠るときだけでもそばにいてあげたい。遊びに出るときにでも、マルガレータさんとオルガさんはサラ様とティーア様だけでなく、ダーヴィド様やライネ様のことまで気にかけてくれていた。これだけヘルレヴィ家とヴァンニ家をよく知っている乳母はもう現れないのではないだろうか。
わたくしが心配していると、震えるサラ様とティーア様を抱っこして、マルガレータさんとオルガさんが微笑んでいた。
「アイラ様、早とちりしないでくださいませ」
「わたくしたちは結婚しますが、乳母の仕事は続けさせていただくつもりです」
「わたくしたち、妊娠もしておりませんので、まだまだ働けます」
「もし妊娠した場合には休みを取らせていただきますが、わたくしたちはヘルレヴィ家とヴァンニ家の乳母であることに誇りを持っています」
マルガレータさんもオルガさんも結婚しても乳母を辞めることがない。それを聞いてわたくしは全身の力が抜けていくような気がしていた。ソファに座り込んだわたくしに、マウリ様が隣りに座って手を握ってくださる。
「よかったね、アイラ様」
「はい、本当によかったです」
わたくしが安心していると、サラ様とティーア様は蜂蜜色と黄色の目をきょとんとさせている。
「どゆことなの?」
「マルガレータたんとオルガたんは、どうなるの?」
マルガレータさんとオルガさんの説明では理解できなかったサラ様とティーア様に、カールロ様とスティーナ様が優しく説明する。
「マルガレータさんとオルガさんは結婚するけど、乳母は続けてくれるんだよ」
「けっこんちても、うばはできるの?」
「そうですよ。お腹に赤ちゃんがいるわけではないので、お休みしなくてもいいのです」
「おなかにあかたんがきたら?」
「そのときはお休みをするかな。赤ちゃんがいつ来るかは、誰にも分からないからな」
今はマルガレータさんもオルガさんも乳母を続けてヘルレヴィ家に残ってくれるということで、サラ様もティーア様も安心したようだった。サラ様はしっかりとマルガレータさんに、ティーア様はしっかりとオルガさんに抱き付いている。
「マルガレータたん、ママになりたぁい?」
「いつかはなりたいと思っています」
「オルガたん、ママになるの?」
「なれたらいいですが、わたくしは年齢が上ですからね」
オルガさんは確か三十代に近いのではないだろうか。その年齢で結婚する女性も珍しくはないが、子どもができやすいかどうかは分からない。
「マルガレータさんとオルガさんが妊娠したら、わたくし、診察しますわ」
「アイラ様が診てくださるなら心強いです」
「アイラ様、ありがとうございます」
ヘルレヴィ家やヴァンニ家でも産前産後休暇や育児休暇を取って仕事に復帰する使用人はいないわけではない。もっとこの制度が広まればいいと思っているときにマルガレータさんとオルガさんの結婚を聞いたので、わたくしは二人がすぐに乳母を休んでしまうと早とちりしてしまった。
夏休みの最後の日にマルガレータさんとオルガさんの結婚式がヘルレヴィ家の庭で行われた。可愛いドレスを着たサラ様とティーア様がマルガレータさんとオルガさんと手を繋いで、花婿のところまで連れて行ってあげた。
庭には軽食が並び、晴れた空の下でマルガレータさんとオルガさんが結婚の誓いを口にする。
「健やかなるときも病めるときも、どんなときも夫と共に支え合い、生きることを誓います」
誓いの言葉にマウリ様もミルヴァ様もハンネス様もフローラ様もエミリア様もライネ様もダーヴィド様もサラ様もティーア様も、カールロ様もスティーナ様も、サロモン先生もヨハンナ様も、大きな拍手を送っていた。
結婚式にはわたくしたちはマルガレータさんとオルガさんに歌を歌ってお祝いした。
高らかに響く祝福の歌に、マルガレータさんとオルガさんが目元を押さえている。サラ様とティーア様も一生懸命歌に加わっていた。
結婚式の夜には、わたくしはマウリ様と二人で子ども部屋にいた。もちろん衝立の向こうではサラ様がマルガレータさんに寝かしつけられているので、二人きりではない。二人きりではないのだが、衝立とは斜めに対角線上にあるソファセットに座っているので、距離はある。
「今日の結婚式、とても素敵だったよね」
「秋薔薇が咲いていて、庭もとても美しかったです」
美しい庭で結婚式を挙げたマルガレータさんとオルガさんはとても輝いていた。二人の姿を思い出してため息を吐くわたくしに、マウリ様がわたくしの手を握る。
わたくしよりも大きな筋張った手に、胸がドキドキする。
「アイラ様と私が結婚するのは、もう少し前の季節になるかな」
「マウリ様が高等学校を卒業した夏休みになりますね」
「そのときには、私はアイラ様とあんな風にガーデンパーティー形式で結婚式を挙げたいな」
ヘルレヴィ領の次期領主だから当然大広間で結婚式を挙げるのだと考えていたが、よく思い出してみればカールロ様とスティーナ様の結婚式もガーデンパーティー形式だった。サロモン先生とヨハンナ様も同じだ。大広間に拘ることなく、わたくしは庭で結婚式を挙げてもいいのかもしれない。
「夏場は雨が多いから、当日は雨が降っているかもしれませんよ?」
「夏の雨は通り雨だよ。通り過ぎてしまうまで待って、結婚式を挙げたらいい」
「マウリ様、結婚式の話に熱心ですね」
「マルガレータさんとオルガさんの結婚式を見たら、私もアイラ様と結婚したくなったんだ」
真剣な眼差しで見つめられて、わたくしは心臓が高鳴るのを感じる。マウリ様の顔がわたくしの顔に近付いてきている気がしていた。子ども部屋でキスはされないだろうが、わたくしは期待している自分に気付いてしまう。
精悍な顔立ちのマウリ様。少し前までは甘いあどけないいとけなさが残っていたのに、今は青年らしい顔付になっている。
こんな風にマウリ様も大人になっていくのだと見せつけられてしまうと、わたくしは言葉が出なくなってしまう。
「アイラ様……」
「ま、マウリ様……あ、わたくしの手、ガサガサで恥ずかしいです」
握られた手を外そうとすると、マウリ様がわたくしの手を強く引き寄せて手の平にキスをする。
「アイラ様の手は、たくさん働いている手だよ」
「マウリ様……」
「このままアイラ様を抱き締めたいけど、できないのが悔しいな」
わたくしもマウリ様に抱き締められたかった。マウリ様のことを思う気持ちは日に日に募って、わたくしの中でいっぱいになっている。年下なのにマウリ様はいつもわたくしをドキドキさせて、わたくしの胸をマウリ様のことでいっぱいにさせる。
「もう遅くなっちゃったね。部屋まで送って行くよ」
手を差し出すマウリ様に、わたくしは手を重ねて立ち上がる。
マルガレータさんとオルガさんの結婚式の日、わたくしとマウリ様は自分たちの結婚式を夢見ていた。
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