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十三章 研究院卒業とキノコブタ

24.歌劇団の春公演

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 歌劇団の公演は今回は大人の恋愛だった。
 酒場の歌姫に異国から来た詩人が恋をする。歌姫と詩人は一緒に暮らしだすが、歌姫は自分が妊娠していることを知り、父親が誰か分からないのでお腹の子どもを堕胎しようとする。
 お腹の子どもの父親は自分だから結婚して欲しいと詩人は伝えるが、歌姫は詩人の家を出て行ってしまう。
 詩人が歌姫を探し出したときに、歌姫は一人で子どもを産んで育てる決意をしていた。詩人は歌姫に故郷に一緒に戻って暮らそうと伝えるが、歌姫は自分の育った場所を離れられないと答える。
 最後、列車に乗る詩人を見送る歌姫に、詩人は「次に書く詩は君に捧げる」と約束して故郷に帰るのだった。
 かなり難しい題材だったので、原作を読んでわたくしたちは勉強をしていくつもりだったのだが、ミルヴァ様もフローラ様もエミリア様も知りたいことがあるようだった。

「堕胎って、何なの?」
「なんだか、嫌な感じがするのだけれど」
「アイラ様、分かる?」

 わたくしも魔法医の端くれである。堕胎の意味は知っているが、そのことをどう伝えればいいのか少しだけ悩んだ。

「堕胎とは、お腹の中にいる赤ちゃんを殺してお腹から出してしまうことです」
「赤ちゃんを!?」
「どうしてそんなことをするの!?」

 ショックを受けているエミリア様とフローラ様に、わたくしは静かに伝える。

「赤ちゃんは全員が望まれて生まれて来るわけではありません。訳があって望まれないでお腹に来る赤ちゃんもいるのです。その赤ちゃんを産んでしまうと、母親も子どもも不幸になります。そういう場合には、堕胎という方法が取られます」
「赤ちゃんは生まれてくると嬉しいものではないの? わたくし、らいちゃんが生まれたときも、だーちゃんが生まれたときも、サラが生まれたときも、ティーアが生まれたときも、とても嬉しかった」
「それは男女が愛し合って生まれた子どもたちだからですよ。カールロ様とスティーナ様は愛し合っているし、サロモン先生とヨハンナ様も愛し合っている。けれど、愛し合っていないのに子どもができてしまうこともあるのです」
「そんな悲しいことがあるのね……」
「堕胎は女性の体を傷付けるので、極力しない方がいいことです。ミルヴァ様もフローラ様もエミリア様も、愛している相手以外と子どもを作るようなことがないように、また、早すぎる年齢で子どもを作ることがないように気を付けなければいけませんね」

 女性として当然気を付けるべきことをわたくしが伝えると、ミルヴァ様もフローラ様もエミリア様も真剣な眼差しで頷いていた。わたくしの話が終わりかけていると、マウリ様が言葉を添える。

「赤ちゃんを作るのは女性だけの責任じゃないのに、女性が体を苦しめて、女性だけが責任を負わされるなんてやるせないね」
「その通りですね。男性も責任感を持って女性と接するべきですね」
「私は、自分で責任が取れる年になるまで、アイラ様に触れない」
「マウリ、立派ですよ。私もフローラが結婚できる年になるまでは触れないし、フローラ以外に触れることもありません」

 マウリ様もハンネス様も、ここにいる男性陣はとてもしっかりしているのだと実感させられる。わたくしはマウリ様とハンネス様のことが誇らしかった。

「女性のお腹に赤ちゃんが来る……私とらいちゃんはどっちに赤ちゃんが来るの?」
「ダーヴィド様とライネ様は結婚してもお腹に赤ちゃんが来ることはありません。どちらも男性だからです」
「私とらいちゃんの間には赤ちゃんは生まれないの?」
「赤ちゃんは生まれませんが、ヨウシア様とオスカリ先生のように、養子をもらうことができます。養子をもらって、その子を自分の子どもとして育てて暮らすことができますよ」
「だーちゃん、私たち、結婚したら養子をもらおう!」
「そうだね、らいちゃん!」

 ライネ様とダーヴィド様はまだ子どもができる仕組みというのをきっちりと分かっていないようだった。女性にしか子どもができないことも、ダーヴィド様は今日初めて知ったようだ。ダーヴィド様とライネ様は結婚したら養子をもらうことで納得して話は終わった。
 歌劇団の公演は千秋楽のチケットをもらっていた。初日から毎日、ラント領でも辺境伯領でも、立体映像と音を送って毎日公演が流されている。実際に見に来るよりも安いチケットで観劇できる魔法装置のシステムは盛況で、ラント領でも辺境伯領でも毎日お客様が満員になっていたようだ。前回のアンケートや意見を元に魔法装置にも改良を加えて、ますます見やすいようにしているという。
 千秋楽が終わればラント領と辺境伯領のアンケート回収に行くのもわたくしの楽しみだった。
 千秋楽の日、わたくしたちは馬車で音楽堂まで行った。わたくしとマウリ様とミルヴァ様とエミリア様とダーヴィド様とサラ様とカールロ様とスティーナ様、ハンネス様とフローラ様とライネ様とティーア様とサロモン先生とヨハンナ様、ターヴィ様、サムエル様とウルスラ様と、わたくしたちの一行だけで前の方の席は埋まってしまっていた。

「詩人と歌姫の悲恋の物語なのよ」
「エミリア様はこの物語をご存じですか?」
「少し難しい物語だから、アイラ様が予習しておきましょうって、本を取り寄せてくれたの」

 ターヴィ様に説明するエミリア様にサムエル様もウルスラ様も話を聞いている。

「エミリアちゃんは予習してきたんだね」
「そうなるわね。悲しい物語だったわ」
「どんなお話なのか、わたくしも楽しみですね」

 明るく夢に溢れる物語ばかりが歌劇ではないのだということを、ヨウシア様はこの物語で見せてくれるつもりなのだろう。美しい歌姫と詩人との悲恋の物語。大人びた題材はわたくしたちの胸にどう響くのか。
 幕が上がると酒場のシーンで、酒場のマスターをヨウシア様が演じている。歌姫の歌に、異国からやってきた詩人が一目で恋に落ちる。
 原作をなぞるようにして続いていく物語にわたくしは見入っていた。
 歌姫が堕胎を決意するシーンでは、彼女の苦しい思いに涙が滲みそうになる。
 どうか詩人の手を取って結婚して子どもを産んで欲しいと、原作を知っているが願ってしまう。
 詩人の元から出て行った歌姫が一人で子どもを産んで育てようと決意する場面。追いかけて来た詩人が共に故郷に帰ろうと誘っても、歌姫は断ることが分かっているのに、手に汗を握ってしまう。
 別れのシーンではわたくしは涙を零していた。マウリ様が隣りの席からわたくしにハンカチを渡してくれるが、マウリ様も一生懸命涙を堪えて、洟を啜っているのが分かった。
 幕が下りるとしんみりとした空気の中で拍手喝さいがわき起こる。
 拍手に応えて幕が上がり、役者さんたちが揃って舞台の上でお辞儀をする。

「今年の春の公演も無事に千秋楽を迎えることができました。ラント領でご覧の皆様も、辺境伯領でご覧の皆様も、本当にありがとうございました。今回の公演は大人同士の恋愛を描いたものとなりましたがいかがでしたでしょう? 歌劇団が初舞台を踏んでから六年目の挑戦です。これからもたくさんの演目に挑戦していきたいと思います。まだまだ進化する歌劇団に応援をよろしくお願いします!」

 ヨウシア様が挨拶をして深々と頭を下げると、もう一度拍手喝さいが巻き起こる。拍手の中でヨウシア様は大きく手を振ってから、お辞儀をしていた。
 難しい題材だったが、サラ様もティーア様も、2歳なりに理解したところはあるようだ。

「わたくち、ばいばい」
「だいすち、ばいばい」

 最後のシーンをサラ様とティーア様なりに再現してお芝居の役者さんになり切っているのが可愛い。

「サラとティーアもそろそろ、歌の練習に加わっていい頃じゃない?」

 歌劇団の公演が終われば、休みになっていた歌の練習も再開される。ヨウシア様がまたヘルレヴィ家にやってくるのだ。
 歌の練習にサラ様とティーア様を参加させることに積極的なエミリア様に、わたくしも賛成だった。

「ライネ様もダーヴィド様も小さい頃から参加していましたからね。サラ様とティーア様もできると思います」
「わたくち、みっちゅ!」
「みっちゅよ!」
「まだ2歳ですね。でももうすぐ3歳になりますね」

 サラ様とティーア様の3歳のお誕生日も間近に迫っている。二人ともその日を心待ちにしているようだった。
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