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十二章 研究院入学と辺境伯領再建

22.クリスティアンのお誕生日と飛べないムササビ

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 わたくしのお誕生日の後にはクリスティアンのお誕生日が来る。
 クリスティアンのお誕生日にはわたくしとマウリ様とミルヴァ様とハンネス様とフローラ様とエミリア様とライネ様とダーヴィド様でお祝いに行くつもりだったが、朝からいそいそとサラ様がオムツと着替えをクローゼットから引きずり出して、マルガレータさんに着替えさせるように指示していた。

「サラ様、これは晴れの日に着るお洋服ですよ」
「うー! こえ! ちる!」

 ひっくり返って暴れ始めるサラ様に、ヘルレヴィ家にやって来たヴァンニ家のティーア様もなんだか可愛らしいワンピース風のロンパースを着ているような気がする。

「ティー、いっくぅー!」
「さー、いっくぅー!」

 行くのだと自己主張するティーア様とサラ様に、ハンネス様も困っていたようだ。

「ティーアが朝から自分で服を引っ張り出して、これを着ると言って聞かなかったんですよ」
「サラ様もですわ。みんなが出かける気配に気付いているのですね」
「いくぅー! びえええええ!」
「ちるぅー! ふえええええ!」

 ラント家にはついて行くし、綺麗な服は着ると泣き叫んでいるティーア様とサラ様にわたくしはハンネス様に聞いてみた。

「ヨハンナ様とサロモン先生はどう仰っていたのですか?」
「ラント家にオルガさんを連れて行っていいのならば、連れて行っても構わないと言っていました」

 ラント家の乳母だったサイラさんは結婚でラント家を離れている。ラント家には乳母がいない状態だが、クリスティアンも大きくなっているのでそれで構わないのだろう。
 サラ様のことについてはカールロ様とスティーナ様に確認しなければいけない。カールロ様とスティーナ様のところに行けば、お二人は何となく察していた顔で頷いてくれた。

「サラが行きたがっているのでしょう」
「アイラ様の負担が大きくならないように、マルガレータさんが一緒ならば連れて行っても構わないのだが、お願いできるかな?」
「サラもそんな年になったのですね」

 初夏が来ればサラ様もティーア様も2歳になる。クリスティアンのお誕生日を祝いに行くのにも、どこにでもついて行きたい年齢になってきているのだろう。
 カールロ様とスティーナ様の許可を取って子ども部屋に戻ると、ダーヴィド様とライネ様がサラ様とティーア様のそばに行っていた。

「サラのおきがえは、わたしがポーチにいれてあげるよ」
「にぃに!」
「ティーアのお着換えは私のポーチに入れればいいよ」
「すち!」

 ダーヴィド様は自分のポーチを開けてサラ様に見せてあげて、ライネ様はティーア様に自分のポーチを差し出している。ティーア様はヘルレヴィ家に来るたびに着替えを持ってくるのだが、そのバッグはライネ様のポーチの中に入れられた。サラ様はマルガレータさんが着替えのセットを作ってくれている。

「サラ様、ティーア様、行っていいと許可が出ましたよ。マルガレータさんとオルガさんも一緒です」
「いくぅー!」
「やったー!」

 飛び跳ねて喜んでいるサラ様とティーア様が移転の魔法ではぐれてしまわないように抱っこ紐を取り出すと、サラ様もティーア様もハンネス様の足にしがみ付いた。そういえば、ハンネス様のことをサラ様もティーア様もとても好きだった。

「にぃに、らっこ」
「らっこ!」
「二人とも抱っこは無理だから、一人おんぶにしますよ?」
「んぶ!」
「ぶー!」

 おんぶでも抱っこでも構わないようなサラ様とティーア様は、ティーア様が背中におんぶ紐で括りつけられて、サラ様がお腹の方に抱っこ紐で括りつけられた。

「ハンネス様、重くないですか?」
「私は男です。アイラ様に重い思いをさせるわけにはいかないでしょう」

 きりっと表情を引き締めて言うハンネス様にわたくしは頭を下げる。

「ありがとうございます。わたくしのことを考えてくださって」
「アイラ様は移転の魔法まで使うのです。魔法に集中できるようにしなければいけないでしょう?」

 どこまでもハンネス様の言葉は優しい。こんな風に優しいお兄様だからサラ様もティーア様もハンネス様が大好きなのかもしれない。
 移転の魔法でラント家の子ども部屋に行くと、クリスティアンが待っていた。ハンネス様がサラ様とティーア様に挟まれているのを見て、目を丸くしている。

「サラ様とティーア様まで僕を祝いに来てくれたんですか?」
「あい!」
「てぃー、いっと」

 可愛く手を上げてご挨拶するティーア様と、ティーア様が一緒だと主張するサラ様。ハンネス様が下に降ろすと蕪マンドラゴラのかぶのすけとおかぶを抱っこして子ども部屋を歩き始めた。

「ベビーベッドはありませんが、大丈夫ですか?」
「普通の子ども用のベッドでも眠れると思います。もうお昼寝は終わっているので、そんなには寝ないと思うのですが」
「サラ様、ティーア様、ようこそ。僕はサラ様とティーア様にまで祝われて幸せですね」

 微笑んでいるクリスティアンに、ダーヴィド様とライネ様が近寄って行く。つんつんとスラックスを摘ままれて、クリスティアンはダーヴィド様とライネ様を見下ろした。

「サラ、ムササビみたことがないとおもうんだ」
「ティーアにみせてあげてくれる?」

 ムササビのムサシくんをクリスティアンは庭で飼っている。マンドラゴラの葉っぱを食べて大きくなったムササビのムサシくんは、野生では生きていけないと判断したので、責任を取ってクリスティアンに飼うように言ったのはもう四年も前のことになる。
 その頃ダーヴィド様が白鳥のいちごちゃんを飼っていたので、クリスティアンはそれを羨ましがったのだ。当時はクリスティアンもまだ12歳だったので仕方がないとも言える。
 懐かしく思いながら庭に出て行くと、ムササビのムサシくんがのしのしと歩いてやってきた。なんだかその体にはむちむちと肉がついて、ぱんぱんに体が膨らんでいるような気がする。

「なんだか、ムサシくんは太っていませんか?」
「え? そ、そうですか?」
「クリスティアン、ムサシくんは飛べるのですか?」

 わたくしの問いかけにクリスティアンは目を逸らしている。成猫より大きなムサシくんはクリスティアンに擦り寄って、餌を強請っている。

「ダイコンさん、ムサシくんは飛べるの?」
「びょえ? びょんびぇびびぇ!」
「ぢぃ!?」

 マウリ様が大根マンドラゴラのダイコンさんに問いかけると、大根マンドラゴラのダイコンさんがムササビのムサシくんに声をかけて、ムサシくんがびくりと震える。手足を広げたはいいが、ムサシくんは木に登ることさえ大変そうだった。木から滑空しようとしても、べちょりと落ちてしまう。

「クリスティアン、これはどういうことですか?」

 問いかけるわたくしの声に多少ならぬ怒りが籠っていたのは確かだった。クリスティアンは普段すらすらと喋るのに、今はなかなか声が出てこない。

「ぼ、僕もいけないと思ったんです。でも、ムサシくんがあまりにも欲しがるから、つい……」
「マンドラゴラの葉っぱは上げていないでしょうね?」
「それは上げていません! 上げたのは、木の実や普通の野菜です」

 それにしても太りすぎているムサシくんにわたくしは呆れてしまう。

「クリスティアン、責任を取って、ムサシくんが飛べるようになるまで、食事制限を行い、運動に付き合うのですよ?」
「びゃい!」

 元気よく返事をしたのはクリスティアンではなくて、クリスティアンの蕪マンドラゴラのカブさんだった。蕪マンドラゴラのカブさんは意気揚々と走り出し、転がり、木に登り、地面に寝そべって腹筋をしようとして手足をじたばたさせている。それを真似してムサシくんも走り、転がり、木に登り、腹筋をしようとして手足をじたばたさせる。

「蕪マンドラゴラがしっかり指導してくれるそうです」
「クリスティアンは餌を上げ過ぎないのですよ?」
「は、はい! 気を付けます!」

 蕪マンドラゴラの忠義に助けられたクリスティアンは、餌を上げ過ぎないことを誓っていた。
 サラ様もティーア様も興味津々でムサシくんに近寄って撫でてみたり、匂いを嗅いでみたりしている。ムサシくんはサラ様とティーア様が触っても噛み付いたりしなかった。
 子ども部屋に戻ると、クリスティアンのお誕生日のケーキが運ばれてきて、サラ様とティーア様が興奮状態になって子ども部屋の椅子によじ登っていく。子ども用の椅子は置いていないので、高さが足りずにクッションをサラ様とティーア様のお尻の下に敷いた。
 サラ様とティーア様はケーキに顔を突っ込んで食べて、わたくしたちもクリスティアンのお誕生日を祝ってケーキを食べたのだった。
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