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十二章 研究院入学と辺境伯領再建

19.歌劇団の辺境伯領慰問

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 遂にヘルレヴィ領の歌劇団が辺境伯領を慰問する日がやって来た。エロラ先生とエリーサ様の力を借りて、歌劇団の団員は移転の魔法で辺境伯領に飛んで、わたくしはマウリ様とミルヴァ様とハンネス様とフローラ様とエミリア様とライネ様とダーヴィド様を連れて辺境伯領に飛んだ。
 歌劇団の公演の日を迎える前にわたくしはハールス先生とよく話し合っておいた。

「予防接種の必要性を説く公演があれば、その足で病院に寄って予防接種を受けて行こうというひともいるかもしれない。ひととは良くも悪くも影響されやすいものだからな」
「その方々が予防接種を受けられる体制を作らなければいけませんね」
「ヘルレヴィ領やラント領からワクチンを辺境伯領に届けて、当日は医師団も派遣する方向で考えよう」
「分かりました。カールロ様とスティーナ様、ラント領のわたくしの両親にも協力を仰ぎます」

 カールロ様もスティーナ様も、ラント領のわたくしの両親も、ハールス先生と話し合った結果を伝えると協力してくださる意を示した。ラント領とヘルレヴィ領からはワクチンが辺境伯領に送られ、当日は医師団も周辺の病院に配置されることとなった。
 ハールス先生は医師団を連れて移転の魔法で辺境伯領に行く。それぞれの病院にハールス先生が医師たちを送り届けている間に、歌劇団は舞台の設置に入っていた。
 前面からも側面からも背面からも見られる舞台である。広すぎる闘技場を四区画に分けて大道具を設置して、そこを移動しながらあらゆる角度で見られてもいいように脚本が変えられていた。

「一度きりの公演にしてしまうのはもったいないですね」

 わたくしが魔法装置の点検をしながら、舞台の設置に指示を出すヨウシア様に言えば、ヨウシア様は悪戯っぽく微笑む。

「これで最後になるかどうかは、今回の公演の効果と、アイラちゃんにかかってるんだよ」
「わたくしですか?」
「歌劇団として直接辺境伯に働きかけることはまだ難しい。今回の公演の費用だって、ヘルレヴィ領から出ているだろう?」

 今回の公演はヘルレヴィ領から辺境伯領への慰問なので、辺境伯領ではなくヘルレヴィ領から公演料を支払っていた。まだ辺境伯領には歌劇団を気軽に呼ぶような余裕がないのは明らかだったのだ。

「歌劇団を呼ぶ価値があると判断されれば、辺境伯と交渉して、歌劇団に依頼を持ってきてもらえばいい。その役目はアイラちゃんとイルミ様にしかできないことだよ」

 わたくしが辺境伯領に歌劇団を連れて来られるかの鍵になっていたのだ。自覚すると責任の重さに立ち竦んでしまいそうになるが、わたくしももうすぐ23歳なのである。充分に大人として考えられていい年齢である。辺境伯領との交流をイルミ様と一緒に担うというのはカールロ様とスティーナ様から任せられた大事な仕事だった。

「わたくし、精一杯交渉します」
「期待しているよ。僕は王都の歌劇団を辞めたけれど、ヘルレヴィ領のサイロ・メリカント村の歌劇団を王都以上のものにしたいと思っている。それこそ、辺境伯領でも、ラント領でも、王都にすらも招かれるような歌劇団にね」

 ヨウシア様の野望を聞いているとわたくしも気合が入ってくる。

「まずは、この公演を成功させることですね」
「その通りだよ。闘技場で公演なんてできるはずがない、そう思われたら負けだ」

 全方向から見られている場所で演劇をするなんていうのは、あまりにも無謀かもしれない。魔法装置を設置しなければ全ての席に声が届かないくらいこの闘技場は大きいし、後ろで上の階の席には立体映像で演技を届けなければいけない。
 ものすごく無謀ではあるがこの試みが成功すればヨウシア様のサイロ・メリカント村の歌劇団の評価が上がることは間違いなかった。サイロ・メリカント村の歌劇団でなければできないような魔法装置を使っての公演がこれから広げられるかもしれない。

「僕はこの公演に可能性を感じている。魔法装置を使えば、公演の様子を遠隔地にも届けられるんじゃないかと考えているんだ。アイラちゃんだけでなく、他に魔法の使える相手がいたら協力してもらいたいけれど、魔法で遠隔地にも立体映像で生の舞台を届ける、それがどれだけ画期的なことか」

 語るヨウシア様の言葉に熱が入っている。わたくしもそんなことができれば、ヘルレヴィ領で公演をしながらラント領と辺境伯領で同時に公演が見られるというようなことが実現する。それは確かにものすごい画期的な出来事だった。

「設置終わりました」
「よし、リハーサルに入ろう。アイラちゃん、魔法装置の操作をよろしく」
「はい! 頑張ります」

 控室に入ってしまうと舞台の様子が全く分からないので、不自然ではないように闘技場の闘技スペースの中に椅子を設置して、わたくしは黒っぽい目立たない衣装で音楽隊に混じって座って魔法装置を操作する。
 役者さんの着替えのスペースはお店の試着室のように布で囲まれた個室が作られていた。
 リハーサルに参加して魔法装置を操作していると、子ども劇団の集合スペースでハンネス様が細々と世話を焼いているのが分かる。

「ライネ、ダーヴィド、お手洗いは平気ですか?」
「兄上、私、ちょっと行きたいかも」
「わたしも、いっておきたいな」
「マウリ、ミルヴァ、フローラ、エミリア、ここにおやつと水筒を置いておきますから、喉が乾いたり、小腹が空いたりしたら摘まむんですよ。くれぐれも、食べすぎ、飲み過ぎには気を付けて」
「はい、兄上、行ってらっしゃい」
「兄上、わたくしもお手洗いに行きたいから、エミリアとフローラを連れて行くわ」
「ミルヴァ、ありがとう」

 お手洗いや飲み物や食べ物など、ハンネス様は子ども劇団のライネ様やダーヴィド様のような小さな子中心に、誰も不快な状況で劇が始まらないようにしっかりと準備している。
 お手洗いに連れて行かれたライネ様とダーヴィド様、ミルヴァ様とお手洗いに行ったエミリア様とフローラ様を見送りながら、わたくしは魔法装置の操作に集中した。
 暗転のときの音の切り方。立体映像を消してもう一度つけるタイミング。確認するわたくしにヨウシア様の指導の声が飛ぶ。

「その暗転は音楽を流すから、気を付けて」
「はい!」

 書き込みがたくさんで訳が分からなくなりそうな脚本に、わたくしはヨウシア様の指示を更に書き込む。
 休憩時間には子ども劇団の公演があって、休憩時間が終わると後半が始まる。休みなく魔法装置の操作をしているわたくしに、マウリ様が近付いて来ていた。

「アイラ様、ここに水筒とお菓子を置いておくね。返事はしなくていいからね」

 子ども劇団の方から水筒とお菓子の差し入れをしてくれたマウリ様に感謝しつつも、わたくしは魔法装置の操作に必死で返事をすることができなかった。それを考えてマウリ様は返事はしなくていいと言ってくださったのだろう。
 ようやく一息つける場面になって水筒から紅茶を蓋のカップに注いで飲んで、焼き菓子を一つ食べるとわたくしは自分がどれだけ疲れていたのかを実感した。紅茶が喉に沁み込むようで、焼き菓子を食べると血糖値が下がって震えていた手が落ち着いてくる。
 リハーサルを終えるとわたくしたちは休憩を取ってお昼ご飯を食べた。お弁当を持って来ていたわたくしは、マウリ様とミルヴァ様とハンネス様とフローラ様とエミリア様とライネ様とダーヴィド様と一緒に食べる。
 子ども劇団の待機スペースも布で囲まれていて、閉めてしまえば目立たないようになっていた。

「マウリ様、さっきはありがとうございました。お陰で元気が出ましたわ」
「アイラ様、すごく大変そうだったけど、無理をし過ぎないでね?」
「できる限りのことはやりたいのです。この公演がどれだけ重要なものなのか、わたくしにも分かって来たので」

 わたくしが言えばマウリ様はわたくしの手を握って「応援している」と言ってくださった。
 休憩が終われば、公演が始まる。
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