上 下
335 / 484
十一章 研究課程最後の年

2.研究院に進むこと

しおりを挟む
 研究課程を卒業後、わたくしは魔法医になることに不安を感じていた。この国には魔法を使えるもの自体がとても少なくて、魔法医は更に少ない。病院に勤務するとしても、診療所を作って自分だけで診療を行うにしても、わたくしを魔法医として導いてくださる先輩がいないのだ。
 普通の医師は先輩の医師に導かれて研修をして一人前になる。その研修ですらわたくしは受けることができない。研修医を受け入れている病院に魔法医がいないからなのだ。
 研究課程卒業後の進路に悩むわたくしは、ハールス先生に相談してみた。

「わたくし、研究課程を卒業して一人で魔法医をやって行けるか自信がないのです。魔法医としてわたくしを導いてくださったのはハールス先生で、他の病院にも診療所にも魔法医はいません」
「それは私も考えていた。アイラちゃん、研究院に進むつもりはないかな?」
「研究院ですか?」

 研究課程を卒業した後に専門特化した勉強をできる研究院のことは、わたくしも知識としては知っていたけれど、自分がそこに進むという気持ちは全くなかった。魔法医になれればすぐに病院か診療所に勤務して働くというイメージしかなかった。

「高等学校の教諭としてラント領に雇われるのは今年の春で契約が切れたんだ。クリスティアンくんが卒業したからね」

 ラント領での高等学校の教諭としての仕事は、ハールス先生は今年の春で契約が終わっていた。ラント領の高等学校では今新しい魔法学の教諭を探しているそうだ。ラント領の高等学校の教諭ではなくなったハールス先生。

「これからはヘルレヴィ領の高等学校と研究課程の教授を兼任していくことになるけれど、研究院の院生を受け持っても構わないと思い始めたんだ」
「魔法学を習う生徒は少ないですからね」

 今のところ、魔法学を習っているのは六年生のヘルミちゃん、二年生のマウリ様とミルヴァ様だけで、後は研究課程でハンネス様とクリスティアンが習いに来るくらいだ。教室は開かれていても、魔法学というのは敷居が高いのかなかなか生徒は集まらない。

「ラント領の高等学校に所属していたが、私自身はサイロ・メリカント村に住んでいるし、そこで統治もしている。ヘルレヴィ領で魔法医学的な処置が必要な患者が出たら、すぐに私が呼ばれることになっている」
「研究院生になれば、ハールス先生が呼ばれたときに同席できるということですか?」
「その通りだよ。それはアイラちゃんにとってはかけがえのない学びになると思う。研究院のこと、考えてみて欲しい」

 ハールス先生に言われてわたくしの心はほとんど固まりかけていた。このままでは魔法医として中途半端であることは確かだし、もっと経験が欲しいと思っていたところだった。わたくしが立派な魔法医になるためには、医学を学ぶだけではなく、魔法医学を実践する場が必要なのだ。それをハールス先生は研究院で与えてくれると言っている。

「アイラ様、研究院に入学するの?」

 話を聞いていたマウリ様に言われて、わたくしは小さく頷く。

「わたくしはそうしたいと思っています。カールロ様とスティーナ様とわたくしの両親と相談してから決めなければいけませんが」
「研究院は何年?」
「二年ですね」
「また二年アイラ様と一緒に過ごせるんだね!」

 蜂蜜色のお目目をきらきらさせて喜んでいるマウリ様に、わたくしもそうだと気付く。研究院の院生になっても、勉強する場所はハールス先生のいる場所だから自然とサンルームになってくるだろう。ハールス先生に勉強を習いながら、マウリ様とも二年間長く一緒にいられる。それはとてもいいことのように思えた。
 研究課程から帰るとわたくしはまず、カールロ様とスティーナ様に相談をした。子ども部屋でサラ様にお乳を飲ませていたスティーナ様が飲ませ終わって、マルガレータさんがサラ様を寝かせている間に、カールロ様もお呼びして話をする。

「わたくし、今年度で研究課程を卒業しますが、その後は研究院に進みたいと思っております」
「もっと専門的な学びをするんだな」
「魔法医は難しいと聞きます。後二年くらいは必要になるでしょう」
「カールロ様もスティーナ様も、許可をいただけますか?」
「許可も何も、アイラ様が学びたいのならば俺は応援するよ」
「アイラ様が立派な魔法医になってくださることは、ヘルレヴィ領のためでもあります。しっかりと勉強してくださいませ」

 カールロ様からもスティーナ様からも応援されてわたくしはほっと胸を撫で下ろす。両親に通信で聞いてみると、二人ともわたくしを応援してくれた。

『魔法医ともなると専門的な勉強がまだまだ必要なのでしょう』
『ハールス様が実践も伴って教えてくださるなら安心だ』

 周囲から応援されていることのありがたさをわたくしは噛み締める。両親との通信が終わると、カールロ様とスティーナ様が「実は」と打ち明けてくれた。

「研究課程は一律で四年制になっていますが、医師や薬剤師は学びが足りないのではないかという話はよく出ます」
「研究課程を卒業しても医師や薬剤師はすぐに使い物になるものの方が少ないと聞いている」
「カリキュラムを見直して、医師や薬剤師は六年制にするかどうかをラント領や王都とも話し合いの場を設けて行こうと思っていたところです」

 研究課程のカリキュラムは基本的に王都で決められるが、王都でも医師や薬剤師については勉強の期間が短いのではないかという話題は出ているようだ。ひとの命を預かる職業だからこそ、慎重に長く勉強が求められる医師や薬剤師が六年制になること自体、わたくしは歓迎していたが、そうでないひとたちもいるようだ。

「今のところ、研究過程まで進めるのは相当優秀な奨学金をもらっている生徒か、貴族や金持ちの子息令嬢となります」
「早い結婚を望まれているのに、研究課程の時期が延びるというのは歓迎されていないらしくてな」
「王都でも必ずその議題になると議会が荒れるようです」

 結婚や出産を重要視して、血の残すことを一番に考えるような貴族がこの国にもいないわけではない。そういう頭の固い連中のせいで未熟なままに医師や薬剤師が現場に出されるのかと考えると恐怖を覚えなくもない。

「私がアイラ様と同じ年でも、父上と母上は、アイラ様が研究院に進むことを許した?」

 素朴とも言えるマウリ様の疑問が、議会が荒れる問題の中核を突いていたような気がした。研究院に進むとなれば、わたくしは結婚はできても、妊娠や出産は卒業してから考えることになる。

「アイラ様には魔法の才能がある。その才能を活かしてヘルレヴィ領を支えてくれるのもアイラ様の尊い役目だ」
「マウリには我慢を強いなければいけなかったかもしれませんが、アイラ様が学ぶ場を求めているのならば、わたくしたちとしては、当然それを与えるべきと考えていますわ」

 カールロ様もスティーナ様も、マウリ様がわたくしと同じ年で結婚できるようになっていても、わたくしが研究院に進むことを認めてくださると言っている。全ての貴族がこのような考えならば、議会で揉めることもないのにとわたくしは考えずにいられなかった。

「残り一年も、ハールス先生について回ると思うので、実習が多くなって、帰りが遅くなることや、次の日になってしまうことがあるかもしれません」

 ヨハンナ様の出産にわたくしも立ち会ったが、そのときには夜が明けていた。患者さんの病状が安定するまでそばにいたとすれば、そういうことになる可能性も充分にあった。

「私とみーで畑のことはしっかりやるよ! ヘルレヴィ家も守る!」
「まー泣いてしまうんじゃない?」
「な、泣かないよ、多分」

 宣言するマウリ様にミルヴァ様が顔を突っ込んでくるが、マウリ様は多分泣かないと言っていた。

「わたくし、しっかりまー兄上とみー姉上のいうことを聞くわ」
「わたしも、サラをまもるよ」

 エミリア様もダーヴィド様もわたくしが不在でもヘルレヴィ家を守ってくださると言ってくれている。
 勉強をするためには家族の支えがなければ無理なのだ。結婚や妊娠や出産が延びるからと反対されている家庭では、やはり魔法医や薬剤師になるのは難しいのだろう。
 これから制度がどう変わっていくかも、わたくしは興味があった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします

天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。 側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。 それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

処理中です...