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九章 オクサラ辺境伯とヴァンニ家の動向
11.アルベルト様の結婚はどうなったのか
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オクサラ辺境伯家からわたくしたちが引き上げようとしていると、お屋敷の大広間では騒ぎが起きていた。国王陛下と隣国の王族たちと話し合いが行われているようなのだ。ヘルレヴィ領の領主としてカールロ様とスティーナ様も呼ばれて、ラント領の領主としてわたくしの両親たちも呼ばれている。
カールロ様とスティーナ様とわたくしの両親を迎えに来たわたくしとマウリ様とミルヴァ様は、自然とその中に混ざって話を聞く形になってしまった。
老齢の国王陛下が渋い顔をなさっている。
「この結婚をなかったことになさりたいと」
「オクサラ辺境伯の態度には娘も呆れております。姉が死にかけて不安に思っていたのに、夫となるアルベルト殿の態度は酷かった。何より、アレルギー反応というものを知らずに、魔法医を遠ざけようとしていた。無知が死を招くということをアルベルト殿はご存じないのです」
こんな危険な場所に娘を嫁がせるわけにはいかない。隣国の王族の話ももっともだった。納得してしまうわたくしに、隣国の王族の中からアレルギー反応で苦しんでいた女性が、アルベルト様の妻となったはずの女性と共にわたくしに歩み寄って来る。
「この方です。妖精種の魔法医の方と共に、わたくしの命を救ってくださったのは」
「わたくしはラント家のアイラと申します。ヘルレヴィ家のマウリ様の婚約者として、ヘルレヴィ家で暮らしております。妖精種の魔法医はオスカリ・ハールス様です。ヘルレヴィ領で妖精種を中心とした村を統治していらっしゃいます」
徐子紹介をして説明をすると、涙ぐんだアルベルト様の妻となるはずだった方がわたくしの手を取る。
「わたくしの大事な姉です。助けてくださってありがとうございます」
「いいえ、魔法医を志す者として当然のことをしたまでです」
「もう命は助からないものだと思っていました。知識のある方がすぐに対処してくださって本当にありがたいです」
毒を盛られて姉の命はないものだと告げられたその女性の気持ちはどのようなものだっただろう。年齢もわたくしと変わらないくらいで、一人この国に嫁いでくることを決めた矢先に起きた事件である。
涙を流しながら姉に肩を抱かれているその女性の手をわたくしも握り返した。
「誰も毒を盛っていなかったことが分かったのは幸いでしたが、オクサラ辺境伯の対処はよくなかったと私も思います」
「患者の治療よりも犯人探しに必死になって、わたくしたちを軟禁したことも許されません」
カールロ様とスティーナ様が凛として発言する。
「治療しようとしたアイラを遠ざけようとしたという話ではありませんか」
「まだ見習いとはいえ魔法医が来たら、診せなくては治るものも治りません」
「それは……ヘルレヴィ領で加担して止めを刺そうとしているのではないかと思ったのです」
「そのこと自体が思い込みではなかったですか!」
「ヘルレヴィ領のスティーナ様もカールロ様も、隣国の王族に毒を盛る理由などありません」
言い訳をするアルベルト様の頭を押さえ付けるようにしているのは、アルベルト様の父のオクサラ辺境伯家当主だろうか。
「息子のアルベルトが申し訳ないことを致しました。お詫びのしようも御座いません」
「詫びられても、壊れた信頼が戻ることはありません」
「この結婚はなかったことにさせてください」
ただし、と隣国の王族たちが告げる。
「ヘルレヴィ家の婚約者で、ラント家の御令嬢、アイラ様がわたくしたちの娘を救ってくれたことは確かです。そのことにより、これまでと変わらぬ和平をこの国と結ぶことを誓いましょう」
「アイラ様、本当にありがとうございました」
隣国の王族たちが去っていくのを見送ってわたくしは腰が抜けそうになっていた。あんな高貴な方々と直接言葉を交わすのは初めてである。
「アイラ・ラント殿、誠にありがとうございました」
国王陛下からも感謝の言葉を賜る。優しくわたくしに感謝の言葉をかけた後で、国王陛下の周囲の温度が下がる。
「オクサラ辺境伯、このことに関しての沙汰は追って伝える」
国王陛下に口答えもできず、オクサラ辺境伯家当主と押さえ込まれたアルベルト様は頭を下げたまま沈黙していた。
話が終わったところで、マウリ様とミルヴァ様がカールロ様とスティーナ様に飛び付いていく。
「父上、母上、何もされていない?」
「閉じ込められはしたけど、平気だ」
「不自由だったんじゃない?」
「そうですね、喉が渇きましたが、このお屋敷では一切何も口にしたくない気分ですね」
毒殺の嫌疑をかけられたとしてスティーナ様は相当お怒りのご様子だった。一刻も早くこの場所を離れたいカールロ様とスティーナ様のためにわたくしは肩掛けのバッグからチョークを取り出す。
「父上、母上、こちらに来てください」
「長旅から解放されるのですね」
「列車に一日乗っているのは腰もお尻も痛くて敵わないね。助かるよ、アイラ」
「ありがとうございます、アイラ」
カールロ様とスティーナ様と父上と母上とマウリ様とミルヴァ様に集まってもらって、周囲にチョークで線を引いていく。ミルヴァ様はカールロ様から、マウリ様はスティーナ様から後ろから抱き締められるような形になって、嬉しそうにしている。
線を引き終わって移転の魔法を唱えようとした瞬間、カールロ様と父上が口を開いた。
「今後オクサラ辺境伯領との交易は断絶させてもらう」
「ラント領も同じだ。オクサラ辺境伯領とは交易をしない」
オクサラ辺境伯家当主が顔を上げる前に、わたくしの移転の魔法は編み上がっていた。冷たい声が大広間に響き渡った次の瞬間には、わたくしたちはヘルレヴィ家の庭についていた。
「ラント家のお二方、お茶を飲んでいかれませんか?」
「長旅で疲れていたところです。オクサラ辺境伯家では寛げなかったし」
「ありがたくいただきます」
カールロ様がわたくしの両親を誘って、子ども部屋に連れて行く、子ども部屋ではフローラ様とエミリア様とダーヴィド様とライネ様が、ヨハンナ様とサロモン先生に付き添われて待っていた。
カールロ様とスティーナ様を見た瞬間、エミリア様とダーヴィド様が走って行く。
「おとうさま、おかあさま! おかえりなさい」
「ぱっぱ! まっま! さみちかったの!」
カールロ様に抱き付いていくエミリア様と、スティーナ様に抱き付いていくダーヴィド様を、カールロ様とスティーナ様は抱き上げてしっかりと抱き締めていた。ダーヴィド様の蜂蜜色の目からぽろぽろと涙が零れる。
「まっまー! まっまー! びえええええ!」
「あなたを置いて別の場所に泊まるのは初めてでしたね。寂しい思いをさせました」
「お、おとうさま……ふぇ……」
「エミリアも寂しかったか。もう帰って来たからな」
つられて泣き出したエミリア様も涙と洟を拭いてもらって抱き締められていた。
「アイラ、クリスティアンとハンネス様をこちらに呼ぶことはできませんか?」
「できますよ」
「私たちだけではなくて、みんなでお茶をしたいんだが」
「すぐに魔法で連れてきます」
わたくしの両親のお願いを聞いてわたくしはラント家のクリスティアンとハンネス様をヘルレヴィ家に連れて帰って来ていた。元々ハンネス様は連れ戻さなければいけなかったのでちょうどよかった。
「父上、母上、お帰りなさいませ! 何か面白いことがありましたか?」
「あなたに話すと面白がるようなことがありましたよ」
「クリスティアンにとっては、毒の騒ぎも楽しいだろうな」
苦笑している母上と父上に、クリスティアンが興味津々で問いかけている。ハンネス様はフローラ様に飛び付かれて、ヨハンナ様とサロモン先生とライネ様に挨拶をしていた。
「ただいま戻りました。ラント家のご両親も、カールロ様もスティーナ様も公務なのに不謹慎かもしれませんが、クリスティアン様と過ごせて、お泊り会のようで楽しかったです」
「ハンネスにもいい友人ができたようでよかったです」
「クリスティアン様もお寂しくなかったでしょう。ハンネス、ご苦労様です」
褒められてハンネス様は嬉しそうな顔をしていた。
お茶を飲んだ後でわたくしは両親とクリスティアンをラント家まで連れて帰る仕事がまだ残っていた。
カールロ様とスティーナ様とわたくしの両親を迎えに来たわたくしとマウリ様とミルヴァ様は、自然とその中に混ざって話を聞く形になってしまった。
老齢の国王陛下が渋い顔をなさっている。
「この結婚をなかったことになさりたいと」
「オクサラ辺境伯の態度には娘も呆れております。姉が死にかけて不安に思っていたのに、夫となるアルベルト殿の態度は酷かった。何より、アレルギー反応というものを知らずに、魔法医を遠ざけようとしていた。無知が死を招くということをアルベルト殿はご存じないのです」
こんな危険な場所に娘を嫁がせるわけにはいかない。隣国の王族の話ももっともだった。納得してしまうわたくしに、隣国の王族の中からアレルギー反応で苦しんでいた女性が、アルベルト様の妻となったはずの女性と共にわたくしに歩み寄って来る。
「この方です。妖精種の魔法医の方と共に、わたくしの命を救ってくださったのは」
「わたくしはラント家のアイラと申します。ヘルレヴィ家のマウリ様の婚約者として、ヘルレヴィ家で暮らしております。妖精種の魔法医はオスカリ・ハールス様です。ヘルレヴィ領で妖精種を中心とした村を統治していらっしゃいます」
徐子紹介をして説明をすると、涙ぐんだアルベルト様の妻となるはずだった方がわたくしの手を取る。
「わたくしの大事な姉です。助けてくださってありがとうございます」
「いいえ、魔法医を志す者として当然のことをしたまでです」
「もう命は助からないものだと思っていました。知識のある方がすぐに対処してくださって本当にありがたいです」
毒を盛られて姉の命はないものだと告げられたその女性の気持ちはどのようなものだっただろう。年齢もわたくしと変わらないくらいで、一人この国に嫁いでくることを決めた矢先に起きた事件である。
涙を流しながら姉に肩を抱かれているその女性の手をわたくしも握り返した。
「誰も毒を盛っていなかったことが分かったのは幸いでしたが、オクサラ辺境伯の対処はよくなかったと私も思います」
「患者の治療よりも犯人探しに必死になって、わたくしたちを軟禁したことも許されません」
カールロ様とスティーナ様が凛として発言する。
「治療しようとしたアイラを遠ざけようとしたという話ではありませんか」
「まだ見習いとはいえ魔法医が来たら、診せなくては治るものも治りません」
「それは……ヘルレヴィ領で加担して止めを刺そうとしているのではないかと思ったのです」
「そのこと自体が思い込みではなかったですか!」
「ヘルレヴィ領のスティーナ様もカールロ様も、隣国の王族に毒を盛る理由などありません」
言い訳をするアルベルト様の頭を押さえ付けるようにしているのは、アルベルト様の父のオクサラ辺境伯家当主だろうか。
「息子のアルベルトが申し訳ないことを致しました。お詫びのしようも御座いません」
「詫びられても、壊れた信頼が戻ることはありません」
「この結婚はなかったことにさせてください」
ただし、と隣国の王族たちが告げる。
「ヘルレヴィ家の婚約者で、ラント家の御令嬢、アイラ様がわたくしたちの娘を救ってくれたことは確かです。そのことにより、これまでと変わらぬ和平をこの国と結ぶことを誓いましょう」
「アイラ様、本当にありがとうございました」
隣国の王族たちが去っていくのを見送ってわたくしは腰が抜けそうになっていた。あんな高貴な方々と直接言葉を交わすのは初めてである。
「アイラ・ラント殿、誠にありがとうございました」
国王陛下からも感謝の言葉を賜る。優しくわたくしに感謝の言葉をかけた後で、国王陛下の周囲の温度が下がる。
「オクサラ辺境伯、このことに関しての沙汰は追って伝える」
国王陛下に口答えもできず、オクサラ辺境伯家当主と押さえ込まれたアルベルト様は頭を下げたまま沈黙していた。
話が終わったところで、マウリ様とミルヴァ様がカールロ様とスティーナ様に飛び付いていく。
「父上、母上、何もされていない?」
「閉じ込められはしたけど、平気だ」
「不自由だったんじゃない?」
「そうですね、喉が渇きましたが、このお屋敷では一切何も口にしたくない気分ですね」
毒殺の嫌疑をかけられたとしてスティーナ様は相当お怒りのご様子だった。一刻も早くこの場所を離れたいカールロ様とスティーナ様のためにわたくしは肩掛けのバッグからチョークを取り出す。
「父上、母上、こちらに来てください」
「長旅から解放されるのですね」
「列車に一日乗っているのは腰もお尻も痛くて敵わないね。助かるよ、アイラ」
「ありがとうございます、アイラ」
カールロ様とスティーナ様と父上と母上とマウリ様とミルヴァ様に集まってもらって、周囲にチョークで線を引いていく。ミルヴァ様はカールロ様から、マウリ様はスティーナ様から後ろから抱き締められるような形になって、嬉しそうにしている。
線を引き終わって移転の魔法を唱えようとした瞬間、カールロ様と父上が口を開いた。
「今後オクサラ辺境伯領との交易は断絶させてもらう」
「ラント領も同じだ。オクサラ辺境伯領とは交易をしない」
オクサラ辺境伯家当主が顔を上げる前に、わたくしの移転の魔法は編み上がっていた。冷たい声が大広間に響き渡った次の瞬間には、わたくしたちはヘルレヴィ家の庭についていた。
「ラント家のお二方、お茶を飲んでいかれませんか?」
「長旅で疲れていたところです。オクサラ辺境伯家では寛げなかったし」
「ありがたくいただきます」
カールロ様がわたくしの両親を誘って、子ども部屋に連れて行く、子ども部屋ではフローラ様とエミリア様とダーヴィド様とライネ様が、ヨハンナ様とサロモン先生に付き添われて待っていた。
カールロ様とスティーナ様を見た瞬間、エミリア様とダーヴィド様が走って行く。
「おとうさま、おかあさま! おかえりなさい」
「ぱっぱ! まっま! さみちかったの!」
カールロ様に抱き付いていくエミリア様と、スティーナ様に抱き付いていくダーヴィド様を、カールロ様とスティーナ様は抱き上げてしっかりと抱き締めていた。ダーヴィド様の蜂蜜色の目からぽろぽろと涙が零れる。
「まっまー! まっまー! びえええええ!」
「あなたを置いて別の場所に泊まるのは初めてでしたね。寂しい思いをさせました」
「お、おとうさま……ふぇ……」
「エミリアも寂しかったか。もう帰って来たからな」
つられて泣き出したエミリア様も涙と洟を拭いてもらって抱き締められていた。
「アイラ、クリスティアンとハンネス様をこちらに呼ぶことはできませんか?」
「できますよ」
「私たちだけではなくて、みんなでお茶をしたいんだが」
「すぐに魔法で連れてきます」
わたくしの両親のお願いを聞いてわたくしはラント家のクリスティアンとハンネス様をヘルレヴィ家に連れて帰って来ていた。元々ハンネス様は連れ戻さなければいけなかったのでちょうどよかった。
「父上、母上、お帰りなさいませ! 何か面白いことがありましたか?」
「あなたに話すと面白がるようなことがありましたよ」
「クリスティアンにとっては、毒の騒ぎも楽しいだろうな」
苦笑している母上と父上に、クリスティアンが興味津々で問いかけている。ハンネス様はフローラ様に飛び付かれて、ヨハンナ様とサロモン先生とライネ様に挨拶をしていた。
「ただいま戻りました。ラント家のご両親も、カールロ様もスティーナ様も公務なのに不謹慎かもしれませんが、クリスティアン様と過ごせて、お泊り会のようで楽しかったです」
「ハンネスにもいい友人ができたようでよかったです」
「クリスティアン様もお寂しくなかったでしょう。ハンネス、ご苦労様です」
褒められてハンネス様は嬉しそうな顔をしていた。
お茶を飲んだ後でわたくしは両親とクリスティアンをラント家まで連れて帰る仕事がまだ残っていた。
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