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八章 研究課程への入学

22.初めてクリスティアンを叱った日

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 クリスティアンはわたくしと誕生日が一週間しか離れていない。七年という年月は離れているけれど、同じ冬の月にわたくしとクリスティアンは生まれた。ラント領は冬場でも雪が積もることがほとんどないので、晴れていれば外で遊ぶこともできる。クリスティアンのお誕生日にラント家に行くのを、わたくしたちは楽しみにしていた。
 飛び級して高等学校に入学して、ハンネス様と同じ学年になってはいるが、クリスティアンは誕生日でやっと12歳。飛び級していなければ幼年学校を卒業して、次の秋から高等学校に入学する年だった。
 早々と高等学校に入学してしまったし、クリスティアン自身とても聡明な子どもだったので、わたくしは時々クリスティアンがマウリ様とミルヴァ様と一歳しか年が離れていないことを忘れてしまいそうになる。
 クリスティアンのお誕生日にラント家に訪ねて行ったときに、わたくしはクリスティアンの年齢を思い知ることになる。
 その日は晴れていて、ラント領も天気はよさそうだった。わたくしは子ども部屋の前の廊下にマウリ様とミルヴァ様とフローラ様とハンネス様とエミリア様とライネ様とダーヴィド様を集めていた。乳母のオルガさんとマルガレータさんも、まだライネ様とダーヴィド様が小さいので同行する。
 全員が集まったところで、周囲にエロラ先生からいただいた魔法のチョークで円を描いて移転の魔法を発動させる。無事にラント家の子ども部屋に着いたときに、クリスティアンの姿がなかった。
 乳母で子ども部屋にいたサイラさんに聞いてみる。

「クリスティアンはどこにいますか? お誕生日をお祝いしに来たのですが」
「お帰りなさいませ、アイラ様。クリスティアン様は最近、天気がいいとお庭で運動をなさっているんですよ」
「運動を! 冬はどうしても運動不足になりますからね」
「お庭を走っていることが多いですよ。お呼びしましょうか?」

 サイラさんが言うのに、ダーヴィド様が「あい!」と手を上げた。

「わたち、おとと、いちたい」
「おとと、いーねー」
「ラントけのおにわはきになるわ」

 ダーヴィド様の言葉にライネ様が賛同して、エミリア様もラント家の庭を見たいようだった。それならばわたくしたちの方が庭に行ってクリスティアンを迎えに行こうと、玄関から出て行った。
 玄関から出ると、クリスティアンが木のそばで立っていた。防寒具を着ているので寒くはないが、むき出しの顔が風に吹かれて少し冷たかった。背中を向けているクリスティアンに声をかけようとしたけれど、マウリ様とミルヴァ様が顔を見合わせる。

「こっそり近付いて、脅かしちゃお!」
「サプライズよ!」

 こんな風にマウリ様とミルヴァ様も悪戯をすることがあるのか。たまには悪くないと思いつつわたくしは成り行きを見守っていた。マウリ様とミルヴァ様が足音を忍ばせてそっと近付いていって、クリスティアンの肩を叩いた。

「わっ!」
「クリス様!」
「あれ? これは何?」
「な、なんでもない!」

 クリスティアンは背中に何か隠している。木に何かが張り付いているようなのだ。それを隠そうと背中を向けているが、ひょっこりとその何かがクリスティアンの肩口から顔を出す。

「じぃぃぃぃぃ……じじじ……」

 不思議な鳴き声を上げるその生き物は成猫くらいの大きさがあった。

「クリスティアン……それは?」
「いや、こ、これは……」
「びぎゃ!」
「え!? そうなの!?」

 わたくしが謎の生き物について問いかけると、クリスティアンが慌てている。マウリ様の大根マンドラゴラのダイコンさんが鳴いて、それを聞いてマウリ様がおどろいていた。

「じじじぃ……じじ」
「びょえ? びょわわ」
「じぃぃぃぃ」
「びょぎゃ!」

 大根マンドラゴラのダイコンさんとその謎の生き物の間では会話が成立しているようだった。どういうことかマウリ様に視線で聞くと、説明してくれる。

「このお庭に遊びに来るムササビさんだったみたいなんだけど、クリス様が、マンドラゴラの葉っぱを食べさせたんだって」
「クリスティアン、あなた、ムササビにマンドラゴラの葉っぱを食べさせたのですか!?」

 驚きでわたくしの声が大きくなってしまって、巨大なムササビはクリスティアンの後ろに顔を引っ込めてしまう。じじじと鳴いているムササビに、わたくしはクリスティアンに言いたいことがたくさんあった。

「どうしてムササビにマンドラゴラの葉っぱを食べさせたのですか? 野生で生きられなくなってしまうではないですか」
「そ、それは……」
「クリスティアン、後先を考えて行動しないといけませんよ」

 わたくしの剣幕にクリスティアンは俯いてしまう。怒ってばかりだとクリスティアンの話が聞けないので、わたくしは息を整えた。

「話してみてください」
「姉上、ごめんなさい。僕、ヘルレヴィ家でいちごちゃんを見てしまって、マンドラゴラの葉っぱと動物の成長の関係性を研究したくなってしまったんです」
「それで、ムササビにマンドラゴラの葉っぱを食べさせたのですか?」
「ムササビがどれだけ大きくなるか、見てみたかったんです」

 利口で理知的に見えていても、クリスティアンはやはり12歳の少年だった。自分の知的好奇心に勝てずに、この庭に来るムササビにマンドラゴラの葉っぱを上げてしまって、巨大なムササビを作り上げてしまっていた。
 マンドラゴラの葉っぱを食べて巨大になってしまったムササビはもう自然には戻れない。怒っても仕方がないので、わたくしは父上と母上に話をすることにした。

「この子はラント家で責任を持って飼うしかありませんよ? 飼うとなったら、これ以上大きくならないようにマンドラゴラの葉っぱはもうあげてはいけません」
「じじっ!?」
「びゃ!?」
「アイラ様、それは嫌だってムササビさんが言ってるみたい」
「そうは言っても、ムササビがこれ以上大きくなっては困ります」

 わたくしがマウリ様に言うと、マウリ様は大根マンドラゴラのダイコンさんを挟んでムササビに交渉し始めた。

「時々、ご褒美にあげるだけじゃだめ?」
「びぎょえ! ぎょわ! ぎょわわ?」
「じぃぃぃ、じぃ」
「びょわ! ぎょわぎょわ」
「アイラ様、いちごちゃんと同じように二週間に一回じゃダメかな?」
「それくらいなら大丈夫かもしれませんね」

 ムササビと交渉が終わったところで、クリスティアンが両親を呼んでくる。呼んでこられた両親は成猫より大きいムササビを見てとても驚いていた。

「こんなムササビがうちの庭にいたなんて」
「クリスティアン、隠していたのですね」
「ごめんなさい。姉上のお誕生日の後から、庭に来たムササビにマンドラゴラの葉っぱを上げていました。自然には戻せないので、うちで飼わせてください」

 お願いするクリスティアンに両親は顔を見合わせていた。

「お誕生日ですものね、クリスティアンの願いを叶えましょう」
「エリーサ様に首輪を作ってもらって、うちのムササビだと分かるようにしよう。遠くに行かないようにすることはできるかな?」
「マウリ様がダイコンさんを通じて話してくれると思います。マウリ様、お願いしていい?」
「任せて!」

 マウリ様がクリスティアンからお願いされて大根マンドラゴラのダイコンさんに話しかける。

「お家の敷地内から出ちゃダメだよって言って」
「びびょびょびぇ、ぎょわぎょわ、ぎぇええ」
「じぃ!」
「びょっげー!」
「分かったって!」

 大根マンドラゴラのダイコンさんを通じてムササビはラント家の敷地内から出ないことを決めたようだった。問題が解決してホッとしたところで、わたくしはクリスティアンを抱き締める。

「怒ってしまってごめんなさい。クリスティアンも、まだ12歳だったことを忘れていました」
「いいえ、僕がいけなかったんです。反省してます」
「もうしてはいけませんよ」
「はい」

 わたくしはこの日初めてクリスティアンを叱った。
 ムササビは名前を付けられてラント家で飼われることになった。
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