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八章 研究課程への入学

18.ライネ様の3歳のお誕生日

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 年の瀬にライネ様のお誕生日が来た。お誕生日にはケーキをおやつに焼いてもらって、ヨウシア様に教えてもらったお誕生日の歌を歌ってお祝いしたのだが、エミリア様がふと真面目な表情になっていた。

「わたくしのおたんじょうびは、まーにいさまとみーねえさまと、パーティーがあるのに、らいちゃんのおたんじょうびには、どうしてパーティーがないの?」

 マウリ様とミルヴァ様のお誕生日はエミリア様と合同で、ダーヴィド様のお誕生日もパーティーがあるのに、ライネ様にはない。エミリア様はそれ以外のことにも気付いてしまったようだ。

「ふーねえさまとはーにいさまもないわ! おかあさま、おとうさま、どうして? わたくしたちにはパーティーがあって、ふーねえさまとはーにいさまとらいちゃんにはないの?」

 いつかは向き合わねばならない疑問だったが、わたくしはエミリア様にもフローラ様にも上手に説明できていなかった。お二人ともハンネス様とマウリ様とミルヴァ様の関係も、本当はエミリア様やダーヴィド様がフローラ様やライネ様と兄弟ではないことを知らないのだ。
 カールロ様とスティーナ様がエミリア様にどう説明するのか、わたくしはじっと観察していた。

「ライネはエミリアの弟ではないのだよ」
「え!?」
「ライネの父上はサロモン様、ライネの母上はヨハンナ様です。フローラ様はお二人の子どもではありませんが、養子でニモネン家の子どもです」
「どういうことなの?」
「エミリアと血が繋がっている兄弟は、マウリとミルヴァとダーヴィドということだ」
「それなら、どうしてはーにいさまは?」

 当然の疑問として出て来るそれにも、カールロ様とスティーナ様は誠実に答えるつもりのようだった。

「ハンネスは、マウリとミルヴァと父親が同じなんだ」
「覚えていますか、ダーヴィドを攫おうとした男です」
「俺はマウリとミルヴァを本当の子どもと思っているけれど、本当はマウリはオスモ・エルッコという男の子どもで、ハンネスも同じ男とヨハンナ様の子どもなんだ」
「わたくしとまーにいさまとみーねえさまは、おとうさまがちがうの?」
「そうだよ。ダーヴィドも違う。でも、みんな俺の大事な子どもたちだと思っている」

 難しい顔で話を聞いていたエミリア様はくしゃくしゃとふわふわの蜂蜜色の髪をかき混ぜて混乱している。

「わたくし、よくわからない……」
「エミリアには少し難しかったかな」
「これから、疑問に思うたびに、わたくしたちはエミリアに答えます。何度でも聞いてきてください」

 まだ小さなエミリア様には理解できなくても、カールロ様とスティーナ様は何度でも説明する態勢だった。その姿勢にわたくしは尊敬してしまう。
 話を聞いていたのはわたくしだけではなかった。マウリ様とミルヴァ様が立ち尽くしている。

「わたくし、父上の子どもじゃなかったの!?」
「私、父上の子どもじゃなかった、アイラ様!」
「まー、父上はわたくしたちのことを本当の子どものように思っているって言ってたわ」
「わ、私も父上が大好き!」

 駆けて行ってカールロ様に抱き付くマウリ様を、カールロ様が抱き留めている。抱き締められてマウリ様のショックは少し和らいだようだ。ミルヴァ様の方は落ち着いている。

「そ、そういうことだったの? わたくしとターヴィが姉弟だけど、ターヴィとは母上と父上が違うし、はー兄上はそういうことだったの!?」

 ショックを受けていたのはマウリ様だけではない。フローラ様もだった。立ち尽くしているフローラ様に、ハンネス様が後ろから優しく抱き締める。

「血が繋がっていなくても、フローラは大事な妹ですよ」
「はー兄上と血が繋がっていないことは知っていたの。でも、はー兄上があの男の子どもだったってことに驚いているのよ」
「それは変えることができませんからね。私も選んで生まれて来たわけではありませんし、母上も望んで産んだわけではない」
「はー兄上が望まれてないなんて、そんなことない! はー兄上のことはわたくしも、母上も父上も、ライネも、大好きよ!」

 少し落ち込みかけているハンネス様にフローラ様が逆に飛びついて抱き締める。

「慰められてしまいました」
「わたくし、はー兄上と血が繋がっていないことは気にしていないの。だって、はー兄上と大きくなったら結婚できるでしょう?」
「フローラ!?」
「わたくし、はー兄上が大好きなの!」

 にこにことしているフローラ様は既にショックから立ち直っているようだった。
 それぞれに真実を知ってショックなことはあったけれど、カールロ様もハンネス様もマウリ様やフローラ様を受け止めていて、誰もが幸福な気分でライネ様のお誕生日を迎えることができた。
 大きなケーキにはコンポートした林檎が乗せられている。美味しそうなケーキを前にして、ライネ様もダーヴィド様も椅子から身を乗り出している。

「危ないですよ。お尻を付けて座りましょうね」
「おちり……」
「たべたい!」

 オルガさんに言われてダーヴィド様は椅子にお尻をつけているが、前のめりになっている。ライネ様は涎を垂らしていた。

「お誕生日おめでとう、ライネ」
「もう立派な3歳ね!」

 マウリ様とミルヴァ様がライネ様にお祝いを言う。

「ライネ、生まれて来てくれてありがとう。私の大事な弟」
「はーにぃに、だいすき!」
「私もライネが大好きですよ」
「わたくしもライネが好きよ!」
「ふーねぇね、だいすき!」

 喜んで手を叩いているが、ライネ様の視線はケーキの上から動かない。

「おめでとう、らいちゃん。おおきくなってね」
「おめめと、らいたん! けーち、たべちゃい!」

 エミリア様は上手にお祝いを言えたが、ダーヴィド様は自分の欲望がはみ出している。あまり待たせると我慢ができなくなってしまいそうなので、みんなでお誕生日の歌を歌って、ケーキを食べることにした。

「ライネがもう3歳ですよ、サロモン」
「私は本当に幸せ者ですね。ハンネスとフローラとライネという可愛い子どもたちがいて」

 涙目になっているヨハンナ様の肩を抱いて、サロモン先生が言っている。その姿にわたくしも涙が出そうになった。
 サロモン先生がヨハンナ様に恋をして、結ばれるまでには紆余曲折があった。難解な詩を書いてヨハンナ様に渡していたサロモン先生に、姉のソフィア様はもっと簡単なお手紙を出すようにとマウリ様にお手本を見せてもらった。
 あの頃からマウリ様はとてもしっかりとして可愛かった。あのお手紙がわたくしへの気持ちを書いたものだと知ったときには、わたくしもとても嬉しかったものだ。
 サロモン先生の気持ちがヨハンナ様に通じて、お二人が結婚してから生まれたライネ様ももう3歳になる。子どもが大きくなるのは早いと思うのだが、ライネ様が生まれるときに難産だったこと、出産後にヨハンナ様が体調を崩されたこと、ライネ様が母乳がなかなか飲めずに寝てばかりいて成長が遅かったことなどを考えると、サロモン先生とヨハンナ様の感動も大きなものだっただろう。
 ケーキが切り分けられて、ライネ様とダーヴィド様は吸い込むように食べている。フォークをかなり使えるようになっていたが、ライネ様は気が急いてしまうとどうしても手が出る。ダーヴィド様もフォークは左手でしっかり握っているのだが、右手で手掴みで食べていた。
 手が出そうになるのをそっと我慢してエミリア様がフォークで崩れるケーキを一生懸命掻き込んでいる。ミルクティーはミルクの味が濃くて、甘酸っぱいケーキとよく合った。

「らいたん、おにわ! いちごたん」
「のててくれるの?」
「いーよ!」

 ダーヴィド様は自分が可愛がっているいちごちゃんにライネ様が乗ってもいいとお庭に案内していた。薄く雪が降り積もったお庭の土の上をさくさくと音を立ててダーヴィド様とライネ様が歩いて行く。天気がいいので風は寒かったが、ライネ様もダーヴィド様も頬っぺたとお鼻を真っ赤にしていちごちゃんに順番に乗っていた。エリーサ様の作った鞍を付けたいちごちゃんは、大人しくライネ様とダーヴィド様を乗せている。

「いちごちゃん、ボートみたいだよ、アイラ様」

 マウリ様に手を握られて、わたくしはいちごちゃんのいる方向を見た。いちごちゃんは氷の張った池の凍っていない場所でダーヴィド様を乗せて泳いでいた。

「泳いでは危ないでしょうか?」
「鞍があるから大丈夫じゃないかな」
「わたくしものれるかしら」
「エミリアもお願いしてみたら?」

 いちごちゃんはすっかりとダーヴィド様のペットのようになっていたので、エミリア様は乗せてくれるようにダーヴィド様に頼みに行っていた。春になってまたあの湖にピクニックに出かけたら、いちごちゃんはダーヴィド様とライネ様を順番に乗せて湖の上を泳いでくれるのではないだろうか。
 春が待ち遠しい、そんな冬の日だった。
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