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二章 高等学校で魔法を学ぶ

36.海とスティーナ様の変化

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 ラント領の滞在期間中に海に行くことは決まっていたが、わたくしは過去に海に行ったことがあるけれど、その頃よりも成長しているので水着もサンダルも合わなくなっているし、クリスティアンとマウリ様とミルヴァ様は海に行くのが初めてで水着もサンダルも持っていなかった。
 海沿いの町までは列車で行く。列車の中で話す内容は、水着やサンダルのことだった。

「あねうえはあおいみずぎがにあうとおもいます」
「びょえ!」
「カブマンドラゴラもそういってます」

 クリスティアンが自信満々に言うのに、わたくしも言い返す。

「クリスティアンは水色が似合うと思いますわ」
「わたしもそうおもう!」
「ほら、マウリ様も賛成してくれています」

 誰に何色が似合うか、どんなサンダルがいいかなど、話題は尽きない。
 父上と母上はお屋敷に残っていたが、スティーナ様とサイラさんとリーッタ先生が付いて来てくれていた。

「アイラ様が以前に海に行ったのは、クリスティアン様くらいの年でしたからね」
「あの頃はまだクリスティアン様は生まれておられませんでしたね」

 海に行きたいとわたくしもクリスティアンと同じ年の頃に言った。海で泳いだ結果として、日焼けが酷い火傷のようになってしまって、それ以降行っていなかったのだ。
 今ならば水着だけで泳がずに日除けの上着を着て、帽子もかぶる知恵がついているので、そんなことにはならないだろう。
 列車はお昼までに海沿いの町について、わたくしたちは町の水着やサンダルを売っているお店に直行した。日差しが強くて帽子を被った頭に汗をかく。
 お店には色とりどりの水着と様々な形のサンダルが売っていた。

「アイラさま、あれ! あれがいいよ!」

 マウリ様が指さすのは自分のものではなくて、わたくしの水着。腰に巻く青いパレオとセットの白地に青い花の水着。

「ミルヴァさまは、これかな」

 クリスティアンが選んだのは、腰がフリルでスカートのようになっているわたくしの柄と色違いの白地に赤い大きな花柄の水着だった。

「クリスさまは?」
「ぼくは、じみなのがいいな」
「クリスさまも、かわいいのにしよう?」

 花柄の水着を選ぼうとするミルヴァ様をクリスティアンが止めている。それぞれに試着をして、水着を決めた。
 わたくしはマウリ様が選んでくれた白地に大きな青い花柄の水着、ミルヴァ様はそれと色違いの白地に大きな赤い花柄の水着、マウリ様は緑の葉っぱ柄のハーフパンツタイプの水着、クリスティアンは青い亀の柄の水色の水着だった。それぞれわたくしとミルヴァ様は白いサンダルを、マウリ様とクリスティアンは茶色のサンダルを選んで買った。
 日除けの上着と濡れてもいい帽子も買って、万全の態勢で海に向かう。スティーナ様はサンダルだけ、サイラさんとリーッタ先生は持って来ていた水着を着ていた。
 サンダルを浜辺で日傘を差してわたくしたちを見ているスティーナ様に預けて、焼けた砂の上を裸足で走る。

「あちっ!」
「あついっ!」

 飛び跳ねるようにして波打ち際まで来ると、濡れた砂に一息ついた。

「準備体操をしなければいけませんよ」

 リーッタ先生の言葉に、わたくしたちは準備体操をする。足を伸ばしたり、伸びをしたり、手首や足首を回したりして、準備体操を終えると、マウリ様がそろりそろりと海に近付いていく。
 足を水に浸けて、「ぴゃー!」と声を上げてわたくしの元に戻って来た。

「冷たかったですか?」
「つめたくないけど、うごいてた」
「波ですね。海は波が寄せては返すんですよ」

 ミルヴァ様とクリスティアンは行ってしまう波を追いかけて、戻ってきた波を思い切り被っていた。

「うわー!?」
「しょっぱい!」

 口に入ったのかミルヴァ様が顔を顰めている。
 この段階でミルヴァ様はようやく気付いたようだ。
 マンドラゴラたちが傍にいないのだ。

「わたくしのニンジンさん!?」
「びぎゃー!」
「おかあさまのところがいいの?」

 日傘を差して少し離れているスティーナ様の足元にいる人参マンドラゴラと蕪マンドラゴラと大根マンドラゴラに、わたくしは苦笑してしまう。

「海は塩水だから、苦手なのだと思いますよ」
「そうなの……おかあさまといっしょならあんしんね」

 人参マンドラゴラがいないことに納得して、ミルヴァ様は海で遊び始めた。
 少し遊ぶとすぐにお腹が空いてくる。
 そういえばお昼ご飯を食べていない。
 サイラさんもリーッタ先生も忘れていたのは、わたくしたちが買い物に夢中だったからかもしれない。
 浜辺は暑すぎるので少し離れた屋根のある場所でベンチに座ってお弁当をスティーナ様に預けていたわたくしの肩掛けバッグから取り出す。手洗い場も近くにあったので、手を洗ってみんなでお昼ご飯にした。
 魔法のかかったポーチは不思議なことに、冷たいものは冷たいまま、暖かいものは暖かいままで保たれる。水筒の中のお茶は冷たくて喉に染み渡るようだったし、サンドイッチも少しも傷んでいなかった。
 食べ終わると少し休憩をしてまた海に入る。
 足の着く場所でしか遊んでいないが、油断をすると波に足を取られて転びそうだった。

「綺麗なお姉さんだな、どこから来たんだい? マンドラゴラも連れて」

 わたくしたちが波と戯れている間に、浜辺にいたスティーナ様が刺青の入った男性に声をかけられていた。異変に気付いたマウリ様とミルヴァ様が走って行く。

「おかあさまになんのよう!」
「わたくしたちの、おかあさまよ!」

 二人で一生懸命威嚇していると、厳ついイメージのその男性はふっと表情を柔らかくした。

「美人が浜辺で一人だったから、心配しただけだよ。可愛いお嬢ちゃんとお坊ちゃんがいたならよかった」

 害はないと示すように両手を掲げたその男性を、マウリ様がじっと見つめる。逞しいむき出しの二の腕には羽根のような模様が入っている。

「おじさん、からだにえがかいてある」
「これは漁師の証だよ。漁師は海で死ぬと遺体が誰のものか分からなくなる。そういうときのために、自分の体に印をつけておくんだ」
「おじさん、りょうし? おさかなをつかまえるの?」
「そうだよ。魚は好きかい?」
「おさかな、おいしい! まー、すき!」

 元気よく答えるマウリ様とミルヴァ様の髪をくしゃくしゃと撫でて、その男性は笑いながら「気を付けてな」と言って去っていった。風で帽子が外れていたマウリ様とミルヴァ様は、撫でられた頭を整えて、日除けの上着に繋ぎ止めてある帽子をもう一度被り直す。

「わたくし……」
「おかあさま?」
「オスモと離婚をしようかしら」

 ぽつりと呟いたスティーナ様にわたくしは驚いてしまう。
 むしろあんな状況だったのに離婚をしていなかったことが信じられない。貴族社会は面倒なしがらみが多いものだが、犯罪者となった自分を殺そうとした夫とまだ婚姻関係を続けなければいけないなんて、スティーナ様もお気の毒だ。

「子どもがいる貴族の離婚は基本的に認められていないけれど、オスモはわたくしを殺そうとした犯罪者ですからね。わたくしも、自分のために生きてもいいのでしょうか」

 一陣の風のように吹き抜けていったあの漁師の男性とのやり取りがスティーナ様の中の何かを変えたのだろうか。オスモ殿と離婚することに関してはわたくしは当然賛成だし、マウリ様とミルヴァ様はオスモ殿を父親とは認識していないだろう。

「スティーナ様も幸せになっていいと思います」
「わたくし、もう間違えたくないと、臆病になっていたのです」

 親の言うなりになって結婚したオスモ殿が酷い人間で、ヘルレヴィ領を乗っ取ろうとしたように、離婚して新しい出会いがあってもそれがいい方向に向かうとは限らないとスティーナ様は思っていたようだ。その躊躇いがオスモ殿との離婚に踏み切らせなかった。

「マウリ、ミルヴァ、父上が欲しいですか?」

 スティーナ様の問いかけに、マウリ様とミルヴァ様は蜂蜜色のお目目をくりくりと丸くしている。最初から父親はいなかったようなものなので想像ができないのかもしれない。

「わたくし、ラントりょうのちちうえがいるわ!」
「まーも、ラントりょうのちちうえ、いるよ!」
「ラント領の領主様たちのような、支え合える関係を求めてもいいのでしょうか」

 スティーナ様はまだお若い。
 再婚を考えても当然悪くない年齢だった。
 海から帰る列車の中で、マウリ様もミルヴァ様もクリスティアンも眠ってしまった。眠ったマウリ様とミルヴァ様の汗ばんだ髪を整えて、スティーナ様は何か考えているようだった。
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