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二章 高等学校で魔法を学ぶ
21.わたくしの魔法発動の条件
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翌日にエロラ先生にスティーナ様とマウリ様の手紙の入った封筒を渡すと、丁寧にペーパーナイフで切って開けて、中身を確認していた。空はよく晴れていてサンルームのガラスの天井から光が入って、エロラ先生の白銀の髪に光が当たって透けるようになっている。煙るような睫毛を伏せて、エロラ先生は真剣にスティーナ様のお手紙を読んでいた。
その後で手にしたマウリ様からのお手紙にふっと彫刻のように整った冷たさも感じさせる顔が暖かくほころんだ。
「随分と好かれているようだね」
「自分の一番好きなものを書いてくれたそうです」
「よく書けてる。4歳だったかな?」
次の春でマウリ様は5歳になるが、今はまだ4歳。安定しない幼児の手首で精いっぱい綺麗に書こうとした文字はとても大きなものになっていた。そういうところも可愛くてたまらない。
「大好きなアイラちゃんを守りたいって気持ちがよく出てる」
「魔法でそういうのも分かるんですか!?」
絵と文字を見ただけでマウリ様の気持ちまでも分かるのだろうか。魔法にはそんな力があるのかと驚いていると、エロラ先生が吹き出す。
「そんな力はないよ。魔法にそういうことは期待しない方がいい。この絵と文字を見てれば、アイラちゃんがどれだけ愛されているのかくらいは、私でも察するよ」
笑われてしまって恥ずかしいやら、マウリ様から愛されているというのがそんなに分かりやすいことなのかと照れるやらでわたくしは真っ赤になってしまった。
手紙をサンルームの棚の中に片付けて、エロラ先生が魔法学の授業に入る。
今日も基礎を学んで、それから実践に行くのかと思っていたが、術式を編む前にエロラ先生が何かを呼んだ。
それが何かわたくしには分からないのだが、何かの気配がこちらに近付いてきたことだけは分かった。
「アイラちゃんに紹介していなかったね。このサンルームの管理人だよ」
「管理人?」
「正確にはひとではないけれどね」
周囲を見回しても管理人らしき人物は見当たらない。きょろきょろとしているわたくしの三つ編みにしたお下げ髪を何かが引っ張った。
「気付かれないからといって、失礼はいけないよ」
エロラ先生が窘めると、三つ編みに触れる何かが離れていくのが分かる。
「妖精種には自然に見えるのだけれど、人間には難しいようだね。大気の妖精で、このサンルームの温度管理をお願いしているんだ」
広げたエロラ先生の手の平の上に何かいる気配はする。気配はするのだが姿が見えない。目を凝らして必死に見ようとすると、エロラ先生が手の平に乗せているのと反対の手で親指と中指で円を作ってわたくしの目の前に持ってきた。その円の向こう側を覗くと、透けるような背中に羽のついた小さなひとの姿がおぼろげに見えた。
「大気の妖精さんですか?」
「このサンルームの管理人でもあって、大きな魔法を使うときには『彼』に気を付けてもらっている。便宜上『彼』と呼んでいるけれど、性別はないよ」
大気に妖精がいるなどおとぎ話でしか聞いたことがない。魔法学を学ぶということはおとぎ話でしか理解できないような世界に足を踏み入れるということなのか。
「『彼』を呼んだのは、アイラちゃんに炎の魔法をもう一度発動させてもらおうと思ったからなんだ」
一度は大火事になると止められた炎の魔法を、わたくしはもう一度挑戦する。失敗しそうになったときからわたくしは基礎を学んで術式の編み方も上達したはずだが、それでも急にエロラ先生がわたくしに魔法を使うことを許した理由が分からず戸惑っていた。
「術式を編んでご覧。本を修復したときを思い出して」
わたくしに本を修復したときを再現させるのならば、壊れたカップや破れた服や本を修復させればいいのに、あえてエロラ先生は炎の魔法を選んだ。真意の分からぬままわたくしは術式を編み始める。
発動させるときは慎重に針に糸を通すように細く魔力を放出したつもりだった。
合わせてから拳一つ分くらい放した手の平の間から、炎の渦が巻き起こる。ものすごい勢いでサンルームの木々を焼きそうに暴れる炎は、何かの力によってすぐにかき消された。
恐らくはエロラ先生の紹介してくれた『彼』の力なのだろう。
「大火事とまではいかなかったけれど、威力が強すぎるのは変わってないな。ただ、ちょっとだけ制御する力が上がっている気がする」
ぶつぶつと呟きながらエロラ先生は手の平の上の『彼』にお礼を言って、身体の横で肩の辺りに広げていた手を降ろした。『彼』が離れていくのを感じる。
「魔力の放出が上達している。イメージ力が上がったね。何を考えた?」
「刺繍のときに針に糸を通すじゃないですか。あのときのことを考えました」
できるだけ細く小さくわたくしの中から放たれる魔力が糸のように針穴を潜るように。
「悪くないイメージだ。ただ、刺繍糸と針は意外と大きいよね」
「あ、そうですね」
普通に縫物をする糸と針よりも刺繍のための糸と針は少しばかり大きめだ。
「縫い針と縫い糸にすればもっと制御できるでしょうか?」
わたくしの問いかけにエロラ先生は頷いた。
「魔法は想像することだけれど、そのためには身に付いた確固たるイメージがないといけない。アイラちゃんが糸と針でイメージしていくのならば、それは調整した方がいいね」
刺繍糸と刺繍針よりも小さな縫い針と縫い糸でイメージを。
わたくしの魔法の発動条件はそれで決まりのようだった。
「自分の中で魔法を発動させるときにイメージするものを決めておくと、とっさの場合でも制御がしやすいからね。それが針と糸というのはアイラちゃんらしいけれど」
「他のひとは違うのですか?」
「私は木の枝が伸びて茂るのをイメージするけれど、弓を引き絞って射るような攻撃的なイメージをする友人もいたよ」
魔法の発動条件は様々に違うようだ。それを学べただけでも今日は物凄く勉強になった日だった。
「修復の魔法ではなくて、火を選んだのはどうしてですか?」
魔法学の授業のときには疑問に思ったことがどんな学びに繋がるか分からないので、どんなことでも聞くようにエロラ先生に最初から言われていた。疑問を口にするとエロラ先生が答えてくれる。
「以前に失敗したのと差を見たかったのと、修復の魔法が暴発すると大破壊が起こされてサンルームが壊されかねなかったからかな。それよりも『彼』に協力してもらって、火を消してもらう方が安全だった」
修復の魔法は大破壊を招く。
カップを修復しようとして破片が四方八方に激しく飛び散ってサンルームのガラスを割るようなこともあると説明されてわたくしは青ざめた。本を修復するつもりでもラント家のお屋敷を破壊しかねなかったときつく叱られてしまったのも、それを聞けば仕方のないことに思えて来た。
「本当に失敗しなくて良かった……」
今更ながらに力が抜けてソファに座り込んだわたくしに、エロラ先生は授業後のお茶を淹れてくれた。今日はすっきりした味わいの緑茶だった。桃の甘く爽やかな香りがする。
「なんだか、目が回ります」
「少し休んでいった方がいい。魔力の制御には精神力を使うからね」
緑茶を飲みながらわたくしは目を回してしばらくソファに座り込んでいた。
緑茶を飲んで落ち着いて、わたくしはエロラ先生とヘルレヴィ家に行く日を打ち合わせて、サンルームを出た。
カーディガンとジャケットを着て出たのに、渡り廊下との温度差に体が震える。
サンルームの温度管理を担ってくれている『彼』はエロラ先生の好みの温度にしてくれているようだったがエロラ先生はどこの出身なのだろう。
妖精種が暮らす森も北の辺境域を超えた場所と、南のラント領を超えた場所と様々ある。エロラ先生の陶器のような白い肌からは想像できないが、もしかすると暑い地域の出身なのかもしれないと考えてしまう。
そういうこともこれから聞いていけるだろうか。
わたくしはお昼のためにマルコ様とニーナ様の待つ空き教室に向かった。
その後で手にしたマウリ様からのお手紙にふっと彫刻のように整った冷たさも感じさせる顔が暖かくほころんだ。
「随分と好かれているようだね」
「自分の一番好きなものを書いてくれたそうです」
「よく書けてる。4歳だったかな?」
次の春でマウリ様は5歳になるが、今はまだ4歳。安定しない幼児の手首で精いっぱい綺麗に書こうとした文字はとても大きなものになっていた。そういうところも可愛くてたまらない。
「大好きなアイラちゃんを守りたいって気持ちがよく出てる」
「魔法でそういうのも分かるんですか!?」
絵と文字を見ただけでマウリ様の気持ちまでも分かるのだろうか。魔法にはそんな力があるのかと驚いていると、エロラ先生が吹き出す。
「そんな力はないよ。魔法にそういうことは期待しない方がいい。この絵と文字を見てれば、アイラちゃんがどれだけ愛されているのかくらいは、私でも察するよ」
笑われてしまって恥ずかしいやら、マウリ様から愛されているというのがそんなに分かりやすいことなのかと照れるやらでわたくしは真っ赤になってしまった。
手紙をサンルームの棚の中に片付けて、エロラ先生が魔法学の授業に入る。
今日も基礎を学んで、それから実践に行くのかと思っていたが、術式を編む前にエロラ先生が何かを呼んだ。
それが何かわたくしには分からないのだが、何かの気配がこちらに近付いてきたことだけは分かった。
「アイラちゃんに紹介していなかったね。このサンルームの管理人だよ」
「管理人?」
「正確にはひとではないけれどね」
周囲を見回しても管理人らしき人物は見当たらない。きょろきょろとしているわたくしの三つ編みにしたお下げ髪を何かが引っ張った。
「気付かれないからといって、失礼はいけないよ」
エロラ先生が窘めると、三つ編みに触れる何かが離れていくのが分かる。
「妖精種には自然に見えるのだけれど、人間には難しいようだね。大気の妖精で、このサンルームの温度管理をお願いしているんだ」
広げたエロラ先生の手の平の上に何かいる気配はする。気配はするのだが姿が見えない。目を凝らして必死に見ようとすると、エロラ先生が手の平に乗せているのと反対の手で親指と中指で円を作ってわたくしの目の前に持ってきた。その円の向こう側を覗くと、透けるような背中に羽のついた小さなひとの姿がおぼろげに見えた。
「大気の妖精さんですか?」
「このサンルームの管理人でもあって、大きな魔法を使うときには『彼』に気を付けてもらっている。便宜上『彼』と呼んでいるけれど、性別はないよ」
大気に妖精がいるなどおとぎ話でしか聞いたことがない。魔法学を学ぶということはおとぎ話でしか理解できないような世界に足を踏み入れるということなのか。
「『彼』を呼んだのは、アイラちゃんに炎の魔法をもう一度発動させてもらおうと思ったからなんだ」
一度は大火事になると止められた炎の魔法を、わたくしはもう一度挑戦する。失敗しそうになったときからわたくしは基礎を学んで術式の編み方も上達したはずだが、それでも急にエロラ先生がわたくしに魔法を使うことを許した理由が分からず戸惑っていた。
「術式を編んでご覧。本を修復したときを思い出して」
わたくしに本を修復したときを再現させるのならば、壊れたカップや破れた服や本を修復させればいいのに、あえてエロラ先生は炎の魔法を選んだ。真意の分からぬままわたくしは術式を編み始める。
発動させるときは慎重に針に糸を通すように細く魔力を放出したつもりだった。
合わせてから拳一つ分くらい放した手の平の間から、炎の渦が巻き起こる。ものすごい勢いでサンルームの木々を焼きそうに暴れる炎は、何かの力によってすぐにかき消された。
恐らくはエロラ先生の紹介してくれた『彼』の力なのだろう。
「大火事とまではいかなかったけれど、威力が強すぎるのは変わってないな。ただ、ちょっとだけ制御する力が上がっている気がする」
ぶつぶつと呟きながらエロラ先生は手の平の上の『彼』にお礼を言って、身体の横で肩の辺りに広げていた手を降ろした。『彼』が離れていくのを感じる。
「魔力の放出が上達している。イメージ力が上がったね。何を考えた?」
「刺繍のときに針に糸を通すじゃないですか。あのときのことを考えました」
できるだけ細く小さくわたくしの中から放たれる魔力が糸のように針穴を潜るように。
「悪くないイメージだ。ただ、刺繍糸と針は意外と大きいよね」
「あ、そうですね」
普通に縫物をする糸と針よりも刺繍のための糸と針は少しばかり大きめだ。
「縫い針と縫い糸にすればもっと制御できるでしょうか?」
わたくしの問いかけにエロラ先生は頷いた。
「魔法は想像することだけれど、そのためには身に付いた確固たるイメージがないといけない。アイラちゃんが糸と針でイメージしていくのならば、それは調整した方がいいね」
刺繍糸と刺繍針よりも小さな縫い針と縫い糸でイメージを。
わたくしの魔法の発動条件はそれで決まりのようだった。
「自分の中で魔法を発動させるときにイメージするものを決めておくと、とっさの場合でも制御がしやすいからね。それが針と糸というのはアイラちゃんらしいけれど」
「他のひとは違うのですか?」
「私は木の枝が伸びて茂るのをイメージするけれど、弓を引き絞って射るような攻撃的なイメージをする友人もいたよ」
魔法の発動条件は様々に違うようだ。それを学べただけでも今日は物凄く勉強になった日だった。
「修復の魔法ではなくて、火を選んだのはどうしてですか?」
魔法学の授業のときには疑問に思ったことがどんな学びに繋がるか分からないので、どんなことでも聞くようにエロラ先生に最初から言われていた。疑問を口にするとエロラ先生が答えてくれる。
「以前に失敗したのと差を見たかったのと、修復の魔法が暴発すると大破壊が起こされてサンルームが壊されかねなかったからかな。それよりも『彼』に協力してもらって、火を消してもらう方が安全だった」
修復の魔法は大破壊を招く。
カップを修復しようとして破片が四方八方に激しく飛び散ってサンルームのガラスを割るようなこともあると説明されてわたくしは青ざめた。本を修復するつもりでもラント家のお屋敷を破壊しかねなかったときつく叱られてしまったのも、それを聞けば仕方のないことに思えて来た。
「本当に失敗しなくて良かった……」
今更ながらに力が抜けてソファに座り込んだわたくしに、エロラ先生は授業後のお茶を淹れてくれた。今日はすっきりした味わいの緑茶だった。桃の甘く爽やかな香りがする。
「なんだか、目が回ります」
「少し休んでいった方がいい。魔力の制御には精神力を使うからね」
緑茶を飲みながらわたくしは目を回してしばらくソファに座り込んでいた。
緑茶を飲んで落ち着いて、わたくしはエロラ先生とヘルレヴィ家に行く日を打ち合わせて、サンルームを出た。
カーディガンとジャケットを着て出たのに、渡り廊下との温度差に体が震える。
サンルームの温度管理を担ってくれている『彼』はエロラ先生の好みの温度にしてくれているようだったがエロラ先生はどこの出身なのだろう。
妖精種が暮らす森も北の辺境域を超えた場所と、南のラント領を超えた場所と様々ある。エロラ先生の陶器のような白い肌からは想像できないが、もしかすると暑い地域の出身なのかもしれないと考えてしまう。
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