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一章 ヘルレヴィ家の双子との出会い

28.ミルヴァ様の不在とマンドラゴラの栄養源

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 生まれたときから一緒で、怖いときにはミルヴァ様を巻き込んでトカゲだと思われていたドラゴンの姿になって、マウリ様はベビーベッドの下に隠れていた。いつでもミルヴァ様とマウリ様は一緒だった。
 ラント領にミルヴァ様が行ってしまったことに対して、マウリ様が泣いてしまわないか心配だったのだがそれは杞憂に終わった。ミルヴァ様がいなくても、マウリ様はもりもりとご飯を食べたし、子ども部屋のベッドでぐっすりと眠っていた。

「ミルヴァ様がいなくて寂しくはないですか?」
「みー、またあえる。バイバイじゃない」

 ミルヴァ様に関してはそうやって納得できるのに、わたくしに関してだけは泣いて、食事もしなくなって、眠らなくなって、脱走を繰り返したマウリ様に、スティーナ様は苦笑していた。
 部屋が準備されるまでの間はわたくしはお屋敷の子ども部屋で眠らせてもらっていた。乳母のヨハンナ様やスティーナ様は申し訳なさそうにしていたけれど、傍を離れると不安になって泣き出しそうになってしまうマウリ様を抱っこして眠った方が、客間で眠ってマウリ様が泣きながら子ども部屋を脱走して来るよりもずっといいと思ったのだ。
 子ども部屋の隣りにわたくしの部屋も用意された。ハンネス様が元々使っていた部屋のようだったが、ハンネス様は自分には相応しくないと言ってわたくしに譲ってくださったのだ。ハンネス様にもマウリ様とミルヴァ様のお兄様として豪華な部屋ではないが、充分に使える部屋が渡された。

「ハンネス様はお幾つですか?」
「私は9歳です」

 わたくしよりも3歳も年下だったハンネス様は、聡明でしっかりしていた。

「従者にでもなんにでもなるつもりだったのに、スティーナ様は私を息子のように扱ってくれます」
「ヨハンナ様と共にスティーナ様を助け、正しい行いをしたからだと思いますよ」
「母とも引き離さずにいてくれました。本当に感謝しています。これからはスティーナ様とマウリ様とミルヴァ様とアイラ様のために、働きたいと思っています」

 こう言ってくださるハンネス様は将来は優秀な領主補佐になるのではないだろうか。わたくしはマウリ様と結婚したら、妻としてマウリ様を支えていくつもりではあったが、ハンネス様という助けがあれば更に心強い。

「お披露目のパーティーにはラント家のご一家も来てくださいます。そのときに、ミルヴァも連れて来てくださるそうですよ」

 別れて少ししか経たないが、ミルヴァ様がヘルレヴィ領に戻って来るのをスティーナ様は待っているようだった。
 子ども部屋の隣りに用意されたわたくしの部屋は、絨毯もカーテンも取り換えられていて、寝具のカバーも可愛らしいものになっていた。新品の絨毯とカーテンと寝具のカバー。どれだけわたくしが大事にされているかを実感させられる。
 ラント家でもわたくしは獣の本性がなかったが公爵令嬢として大事に育てられた。そのおかげでマウリ様とミルヴァ様を助けようという心が育ったのだし、教育を十分に受けさせてもらっていたからこそスティーナ様を助けることができた。
 ヘルレヴィ領に来て気になっていたのは、薬草畑のことだった。種を取る株は残っているし、クリスティアンとリーッタ先生とミルヴァ様が畑のことは管理してくれると約束してくれたのだが、早朝に目が覚めてしまって、朝にすることがない。
 マウリ様も薬草畑を管理するのに慣れ切っていたから、起き出してきて薄手の長袖シャツと長ズボンに着替えて帽子を被って準備しているのだが、できることはお膝に乗せて靴下と靴を履かせて、庭のお散歩くらいだった。ヘルレヴィ領はラント領よりもずっと気温が低いので、夏場でも涼しく、庭を散歩していても少ししか汗をかかない。

「わたし、くさぬくの、じょーず! むしも、たおせる!」
「畑仕事がしたいのですね」
「わたしの、マンドラゴラ、えいようざい、なくてもへーき?」

 マウリ様に言われてわたくしはマウリ様の後をしずしずとついてきている大根マンドラゴラの存在に気付いた。土から抜いてしまったマンドラゴラは栄養剤を与えるか、定期的に土に戻さないと栄養が取れずに枯れてしまう。しばらく大根マンドラゴラに栄養剤を上げていなかったことを思い出して、わたくしは大根マンドラゴラを近くの空いている花壇に埋めた。
 埋められて不本意そうだが、マウリ様が「かれちゃやーなの」と訴えかけると大根マンドラゴラはそこで大人しくしていてくれた。

「スティーナ様、お願いがあります。庭に薬草畑を作れませんか?」

 冬場は雪に埋もれてしまうヘルレヴィ領で、薬草が育てられるのは春から秋にかけて。もう季節は夏になってしまっているから、残りの時間は短い。
 冬場に寒い庭に雪を掻き分けて大根マンドラゴラを埋めに行くのは、わたくしたちも寒いし、大根マンドラゴラも凍えて枯れてしまいそうなので嫌だった。

「薬草が必要なのですね?」
「わたしのダイコンさん、えいようざいをのまないと、かれてしまうの。ダイコンさん、かれたら、まーかなしい」

 自分のことを「私」と言うのと「まー」と言うのがまだ混ざっているマウリ様に指摘はせず、スティーナ様は小さなマウリ様の身体を抱き上げた。

「マウリとアイラ様が必要だと言うのならば、庭に薬草畑を作りましょう。必要な種がありますか?」
「種はラント領から持ってきてもらおうと思っています」

 去年取れた栄養剤の材料の薬草の種が、ラント領のお屋敷にはまだたくさん残っているはずだ。それをクリスティアンとサイラさんとミルヴァ様に持ってきてもらえばいい。
 畑は大急ぎで作られて、植えるだけの状態になっていた。出来上がった畝に大根マンドラゴラを植え直すと「びぎゃびぎゃ」と何か文句を言っていたが、枯れられては困る。栄養剤を上げていなかったのでその期間の分は土から栄養を取って欲しかった。

「アイラさま」
「はい、大根マンドラゴラはこれで大丈夫ですよ」

 真剣な眼差しでマウリ様が言うのに答えると、マウリ様は違うとぶんぶん頭を振る。

「ハンネスさまと、けっこんしないで」
「え?」
「アイラさま、ハンネスさまとたのしそうにはなしてた。アイラさま、わたしとけっこんする。ハンネスさまとけっこんしないで」

 4歳の子どもが嫉妬をするものなのか。
 わたくしとハンネス様が話していたのを聞いていたマウリ様は、わたくしがハンネス様と結婚してしまうのではないかと心配していた。

「ハンネス様ではなくて、お兄様ですよ」
「けっこんするの?」
「しません。わたくしは、マウリ様の婚約者です。マウリ様はわたくしと結婚してくださらないのですか?」

 逆に問いかけてみると、マウリ様はまたぶんぶんと頭を振る。

「けっこんする! わたし、アイラさまがいちばんすき!」

 言った後でマウリ様が付け加える。

「それから、みーと、クリスさまと、おかあさまも、すき」
「ちゃんとお母様と呼んでいるのですね」
「おかあさま、まーがないても、あかちゃんっていわない。わたしのこと、いっぱいだっこしてくれる。ぎゅってしてくれる。だいすきっていってくれる。おかあさま、こわくなかったよ」

 ヘルレヴィ領に帰るのを嫌がって、スティーナ様のことも得体のしれない相手のように怖がっていたマウリ様がもうスティーナ様を怖くないという。スティーナ様とマウリ様の間にも確かに絆が生まれていて、わたくしはマウリ様のことを微笑ましく見ていた。
 お披露目のパーティーに間に合うようにわたくしはラント領のリーッタ先生とクリスティアンに手紙を書いた。栄養剤の材料となる薬草の種を持って来てくれるように。
 二人からはすぐに返事が来て、当分の間使えるだけの栄養剤と種を持って来てくれると返事があった。
 これでマウリ様の大根マンドラゴラも安心だ。

「ラント領の畑でマンドラゴラの種がたくさん取れたら、マウリ様、一緒に来年もマンドラゴラを育ててみますか?」

 幻の薬草だと言われているマンドラゴラ。原種だけでなく品種改良されたものもほとんど栽培されておらず、薬効が高いのに人々の元には届いていない。ラント領やヘルレヴィ領で身体を壊しているひとたちに届けられるだけの量を育てられるかは分からないが、栽培方法を確立することができれば、農民の手で育てることができるようになるのではないだろうか。
 わたくしはマンドラゴラに大きな期待をかけていた。
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