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一章 ヘルレヴィ家の双子との出会い
27.クリスティアンの来訪とスティーナ様の決断
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マウリ様がわたくしを探して号泣して、寝ることも食べることも拒否して、脱走を繰り返した三日間。埋め合わせをするようにわたくしが来てからマウリ様はよく食べ、よく眠り、わたくしの傍を離れようとしなかった。
小脇に大根マンドラゴラを抱えて、もう片方の手でわたくしのスカートを掴んでいる。お手洗いやシャワーのときには離してくれるのだが、バスルームやお手洗いの前の廊下で大根マンドラゴラを抱いて座って待っているのでちょっと恥ずかしい。
ずっとマウリ様がわたくしの傍を離れない件については、スティーナ様も気にしておられた。
「マウリ、アイラ様は淑女なのですよ。お手洗いやバスルームの前で待つのはおやめなさい」
「アイラたま、いっしょがいーの!」
一度引き離されたせいか、マウリ様は若干スティーナ様を信頼していない雰囲気がある。眉を八の字にして口をへの字にするマウリ様を見ていると、わたくしもそれくらいのことは許してもいいかと思ってしまう。
「アイラ様は高等学校に入学されるのです。離れていないといけない時間ができますよ?」
「わたち、こうとうがっこうにいく!」
「早すぎます。まだ幼年学校にも行っていないというのに」
4歳で高等学校に行くだなんて聞いたこともない。頑固なマウリ様にスティーナ様も困り果てているようだった。
「この子にこんなに困らせられるなんて。それでも可愛いと思うのですから、仕方がないですね」
マウリ様がどれだけ我が儘を言ってもスティーナ様はマウリ様を可愛いと思ってくれている。そのことはわたくしをとても安心させた。父親がオスモ殿のような最低な男だったから、スティーナ様もマウリ様とミルヴァ様を引き取ったらどうなるか少しだけ心配だったのだが、マウリ様とミルヴァ様のことをきちんと考えてくれているようである。
ヘルレヴィ領に帰って来たマウリ様とミルヴァ様は、ドラゴンとしての改めてのお披露目のパーティーを目前に控えていた。ミルヴァ様は新しい服を誂えてもらうために採寸をしている。子ども部屋ではわたくしとスティーナ様が見ている前で、ミルヴァ様とマウリ様の新しい服のためにしたて屋さんが来ている。母親のスティーナ様はともかく、わたくしが下着姿で採寸されるミルヴァ様とマウリ様を見ていていいのかという気分になるが、マウリ様がわたくしと離れると不安になって泣いてしまうので仕方がない。
お二人に関しては、わたくしはオムツも替えたし、お着換えもさせているので見慣れていると言えば見慣れているのだが。
「アイラさま、わたし、かわいい?」
「おかあさま、わたくし、かわいい?」
二人が喋るのに、わたくしは驚いてしまった。
「マウリ様、ミルヴァ様、お喋りが上手になっていますね」
「まー……わたし、じょーず?」
「わたくし、4さいですもの」
泣いてばかりいるマウリ様と元気いっぱいのミルヴァ様。二人ともいつの間にか喋るのが上達している。4歳児は日々が成長で目が離せない。昨日までは発音がはっきりしなかったことが、今日は言えるようになっていたりする。
二人の成長に喜びを覚えていると、聞きなれた声が聞こえて来た。
「あねうえはおげんきですか?」
「まだアイラ様がヘルレヴィ領に来てから三日も経っていませんよ」
「だってぇ」
甘えた声を出しているのはクリスティアンで、それに苦笑しているのはリーッタ先生に違いない。二人が来たことに驚いていると、子ども部屋の前で採寸が終わるまで二人は待たされていた。
採寸が終わって生地を選びながら、服を着終わったマウリ様がわたくしの膝によじ登って、ミルヴァ様がなぜかリーッタ先生の膝の上によじ登って誇らしげな顔で座っていた。
リーッタ先生が生地を選んでいるスティーナ様に話し始める。
「賢いとはいえ、クリスティアン様はまだ5歳です。一緒に暮らしていたマウリ様とミルヴァ様がいなくなって、その上お姉様であるアイラ様までいなくなられたのです、寂しくないはずがありません」
マウリ様とミルヴァ様のお披露目のパーティー衣装の生地を選んでいたスティーナ様が顔を上げてリーッタ様の話を聞く。聞き終わるとスティーナ様の蜂蜜色の瞳がクリスティアンを見つめる。
促されるようにクリスティアンは口を開いた。
「ぼく、よるになるとさみしくて、おおかみのすがたになっちゃうんです。それで、とおぼえをしてしまって……」
「狼は群れで暮らす生き物です。遠吠えをするのは仲間を呼んでいるのです」
リーッタ先生の説明を聞いてスティーナ様はミルヴァ様を呼び寄せた。蜂蜜色のお目目をくりくりさせながらミルヴァ様が寄って来て、クリスティアンに気付いてにこっと笑う。
「クリスさま」
その瞬間、クリスティアンの水色のお目目からぽろぽろと涙が零れた。
「クリスティアン様はお寂しいのですね。気持ちは分かります。わたくしもずっとマウリとミルヴァから引き離されて床に伏しておりました。その間どれだけ寂しかったか」
「あねうえは、ひっく……おやすみにはかえってきてくれるっていってるけど、ふぇ……おやすみまでが、ながいんです」
「そうですよね。生まれたときからずっと傍にいてくれたお姉様がいなくなるのはつらかったですね。わたくしもそこまで気が付かずにすみません」
スティーナ様に謝られてクリスティアンはふるふると頭を振る。零れた涙が散っていく。
「マウリさまがずっとあねうえをさがしているのはかわいそうだし、マウリさまがあねうえをひつようとしているのもわかります。そのうえで、あねうえが、じぶんでえらんだことです」
それでも、わたくしの選択でクリスティアンに寂しい思いをさせてしまったのは確かだった。どれだけ気丈に振舞っていてもクリスティアンはまだ5歳の子どもなのだ。
「どうしましょう……わたくしがいなくなるとマウリ様はまた泣くでしょうし……」
「アイラさま、いなくならないで!」
口に出しただけで不安になったマウリ様がわたくしのワンピースのスカートを掴んでうるうるとお目目に涙を溜める。泣いているクリスティアンと、泣き出しそうなマウリ様。そのどちらもわたくしは見捨てることなどできなかった。
困り果てたわたくしの前で、スティーナ様はミルヴァ様に問いかけていた。
「ミルヴァ、あなたはクリスティアン様の婚約者です」
「あい。わたくし、クリスさまとけっこんします」
「少し早いですが、花嫁修業に出すと思って、ラント領に行きますか?」
問いかけるスティーナ様にわたくしとリーッタ先生が驚き、慌ててしまった。
「スティーナ様はやっとミルヴァ様と暮らせるようになったのに、よろしいのですか?」
「ミルヴァ様をラント領へお迎えしてもいいのですか?」
わたくしとリーッタ先生に、スティーナ様はミルヴァ様のものになるはずだったクラシックな生地を撫でながら穏やかに微笑む。
「クリスティアン様からアイラ様を取り上げたのはマウリです。それならば、ミルヴァがクリスティアン様の元に行くのが一番いいのではないでしょうか。永久に会えないわけではありません。会おうと思えばいつでも会えるのですから」
わたくしとリーッタ先生に言ってから、スティーナ様はミルヴァ様とクリスティアンを向かい合わせに立たせる。1歳年上のクリスティアンの方が少しだけ背が高かった。
「ミルヴァ、クリスティアン様とラント領に行きますか?」
「あい! ラントりょう、サイラさんがいます。わたくし、サイラさん、すき! わたくし、クリスさま、だーいすき!」
飛び付くように抱き付かれて、よろけながらもクリスティアンがミルヴァ様を抱き留める。どうやらこれで一件落着しそうだった。
わたくしがヘルレヴィ領から戻って三日目にラント領にハンネス様とヨハンナ様とマウリ様とミルヴァ様がやって来て、わたくしはヘルレヴィ領に行くことになった。その三日後にラント領からクリスティアンとリーッタ先生がやってきて、今度はミルヴァ様がラント領に行くことになった。
双子は別々の場所でこれから育つことになるが、会おうと思えばいつでも会える距離ではあるし、永遠の別れでもない。
荷物を纏めて元気よく「いってきます」とクリスティアンとリーッタ先生とお屋敷を出て行ったミルヴァ様にスティーナ様が寂し気に微笑んでいた。
「仕立て終わった服を、あの子に送ってやらないと」
寂しそうなスティーナ様は、確かに母親の顔をしていた。
小脇に大根マンドラゴラを抱えて、もう片方の手でわたくしのスカートを掴んでいる。お手洗いやシャワーのときには離してくれるのだが、バスルームやお手洗いの前の廊下で大根マンドラゴラを抱いて座って待っているのでちょっと恥ずかしい。
ずっとマウリ様がわたくしの傍を離れない件については、スティーナ様も気にしておられた。
「マウリ、アイラ様は淑女なのですよ。お手洗いやバスルームの前で待つのはおやめなさい」
「アイラたま、いっしょがいーの!」
一度引き離されたせいか、マウリ様は若干スティーナ様を信頼していない雰囲気がある。眉を八の字にして口をへの字にするマウリ様を見ていると、わたくしもそれくらいのことは許してもいいかと思ってしまう。
「アイラ様は高等学校に入学されるのです。離れていないといけない時間ができますよ?」
「わたち、こうとうがっこうにいく!」
「早すぎます。まだ幼年学校にも行っていないというのに」
4歳で高等学校に行くだなんて聞いたこともない。頑固なマウリ様にスティーナ様も困り果てているようだった。
「この子にこんなに困らせられるなんて。それでも可愛いと思うのですから、仕方がないですね」
マウリ様がどれだけ我が儘を言ってもスティーナ様はマウリ様を可愛いと思ってくれている。そのことはわたくしをとても安心させた。父親がオスモ殿のような最低な男だったから、スティーナ様もマウリ様とミルヴァ様を引き取ったらどうなるか少しだけ心配だったのだが、マウリ様とミルヴァ様のことをきちんと考えてくれているようである。
ヘルレヴィ領に帰って来たマウリ様とミルヴァ様は、ドラゴンとしての改めてのお披露目のパーティーを目前に控えていた。ミルヴァ様は新しい服を誂えてもらうために採寸をしている。子ども部屋ではわたくしとスティーナ様が見ている前で、ミルヴァ様とマウリ様の新しい服のためにしたて屋さんが来ている。母親のスティーナ様はともかく、わたくしが下着姿で採寸されるミルヴァ様とマウリ様を見ていていいのかという気分になるが、マウリ様がわたくしと離れると不安になって泣いてしまうので仕方がない。
お二人に関しては、わたくしはオムツも替えたし、お着換えもさせているので見慣れていると言えば見慣れているのだが。
「アイラさま、わたし、かわいい?」
「おかあさま、わたくし、かわいい?」
二人が喋るのに、わたくしは驚いてしまった。
「マウリ様、ミルヴァ様、お喋りが上手になっていますね」
「まー……わたし、じょーず?」
「わたくし、4さいですもの」
泣いてばかりいるマウリ様と元気いっぱいのミルヴァ様。二人ともいつの間にか喋るのが上達している。4歳児は日々が成長で目が離せない。昨日までは発音がはっきりしなかったことが、今日は言えるようになっていたりする。
二人の成長に喜びを覚えていると、聞きなれた声が聞こえて来た。
「あねうえはおげんきですか?」
「まだアイラ様がヘルレヴィ領に来てから三日も経っていませんよ」
「だってぇ」
甘えた声を出しているのはクリスティアンで、それに苦笑しているのはリーッタ先生に違いない。二人が来たことに驚いていると、子ども部屋の前で採寸が終わるまで二人は待たされていた。
採寸が終わって生地を選びながら、服を着終わったマウリ様がわたくしの膝によじ登って、ミルヴァ様がなぜかリーッタ先生の膝の上によじ登って誇らしげな顔で座っていた。
リーッタ先生が生地を選んでいるスティーナ様に話し始める。
「賢いとはいえ、クリスティアン様はまだ5歳です。一緒に暮らしていたマウリ様とミルヴァ様がいなくなって、その上お姉様であるアイラ様までいなくなられたのです、寂しくないはずがありません」
マウリ様とミルヴァ様のお披露目のパーティー衣装の生地を選んでいたスティーナ様が顔を上げてリーッタ様の話を聞く。聞き終わるとスティーナ様の蜂蜜色の瞳がクリスティアンを見つめる。
促されるようにクリスティアンは口を開いた。
「ぼく、よるになるとさみしくて、おおかみのすがたになっちゃうんです。それで、とおぼえをしてしまって……」
「狼は群れで暮らす生き物です。遠吠えをするのは仲間を呼んでいるのです」
リーッタ先生の説明を聞いてスティーナ様はミルヴァ様を呼び寄せた。蜂蜜色のお目目をくりくりさせながらミルヴァ様が寄って来て、クリスティアンに気付いてにこっと笑う。
「クリスさま」
その瞬間、クリスティアンの水色のお目目からぽろぽろと涙が零れた。
「クリスティアン様はお寂しいのですね。気持ちは分かります。わたくしもずっとマウリとミルヴァから引き離されて床に伏しておりました。その間どれだけ寂しかったか」
「あねうえは、ひっく……おやすみにはかえってきてくれるっていってるけど、ふぇ……おやすみまでが、ながいんです」
「そうですよね。生まれたときからずっと傍にいてくれたお姉様がいなくなるのはつらかったですね。わたくしもそこまで気が付かずにすみません」
スティーナ様に謝られてクリスティアンはふるふると頭を振る。零れた涙が散っていく。
「マウリさまがずっとあねうえをさがしているのはかわいそうだし、マウリさまがあねうえをひつようとしているのもわかります。そのうえで、あねうえが、じぶんでえらんだことです」
それでも、わたくしの選択でクリスティアンに寂しい思いをさせてしまったのは確かだった。どれだけ気丈に振舞っていてもクリスティアンはまだ5歳の子どもなのだ。
「どうしましょう……わたくしがいなくなるとマウリ様はまた泣くでしょうし……」
「アイラさま、いなくならないで!」
口に出しただけで不安になったマウリ様がわたくしのワンピースのスカートを掴んでうるうるとお目目に涙を溜める。泣いているクリスティアンと、泣き出しそうなマウリ様。そのどちらもわたくしは見捨てることなどできなかった。
困り果てたわたくしの前で、スティーナ様はミルヴァ様に問いかけていた。
「ミルヴァ、あなたはクリスティアン様の婚約者です」
「あい。わたくし、クリスさまとけっこんします」
「少し早いですが、花嫁修業に出すと思って、ラント領に行きますか?」
問いかけるスティーナ様にわたくしとリーッタ先生が驚き、慌ててしまった。
「スティーナ様はやっとミルヴァ様と暮らせるようになったのに、よろしいのですか?」
「ミルヴァ様をラント領へお迎えしてもいいのですか?」
わたくしとリーッタ先生に、スティーナ様はミルヴァ様のものになるはずだったクラシックな生地を撫でながら穏やかに微笑む。
「クリスティアン様からアイラ様を取り上げたのはマウリです。それならば、ミルヴァがクリスティアン様の元に行くのが一番いいのではないでしょうか。永久に会えないわけではありません。会おうと思えばいつでも会えるのですから」
わたくしとリーッタ先生に言ってから、スティーナ様はミルヴァ様とクリスティアンを向かい合わせに立たせる。1歳年上のクリスティアンの方が少しだけ背が高かった。
「ミルヴァ、クリスティアン様とラント領に行きますか?」
「あい! ラントりょう、サイラさんがいます。わたくし、サイラさん、すき! わたくし、クリスさま、だーいすき!」
飛び付くように抱き付かれて、よろけながらもクリスティアンがミルヴァ様を抱き留める。どうやらこれで一件落着しそうだった。
わたくしがヘルレヴィ領から戻って三日目にラント領にハンネス様とヨハンナ様とマウリ様とミルヴァ様がやって来て、わたくしはヘルレヴィ領に行くことになった。その三日後にラント領からクリスティアンとリーッタ先生がやってきて、今度はミルヴァ様がラント領に行くことになった。
双子は別々の場所でこれから育つことになるが、会おうと思えばいつでも会える距離ではあるし、永遠の別れでもない。
荷物を纏めて元気よく「いってきます」とクリスティアンとリーッタ先生とお屋敷を出て行ったミルヴァ様にスティーナ様が寂し気に微笑んでいた。
「仕立て終わった服を、あの子に送ってやらないと」
寂しそうなスティーナ様は、確かに母親の顔をしていた。
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