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一章 ヘルレヴィ家の双子との出会い

16.ドラゴンについて

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 春とはいえ夏が近づいているのを感じさせる日差しの強さと暑さになってきた。ラント領は大陸でも南方にあり冬はほとんど雪が積もることがない代わりに、夏は非常に暑いことで知られる。
 元々北の出身の貴族たちの多くは白い肌をしているが、貴族の中にも小麦色の肌のものはいるし、平民は褐色から小麦色まで様々な肌の色をしていた。
 わたくしが幼年学校に通わなかったのも、幼年学校は義務教育で平民も皆、平等に通えるからだった。肌の色ではっきりと平民と貴族が分かってしまうので、貴族の中には肌の色の濃いものを見下しているものがいるし、そういうものを取り締まるのが法なのだが、それも幼年学校という小さな集団の中では機能しない。
 貴族だが獣の本性を持たないわたくしは、獣の本性を制御する授業などには参加できないし、歴史の授業でも獣の本性の話が出るたびに肩身の狭い思いをするかもしれない。逆に教師陣がわたくしが貴族であることを忖度して授業を行う恐れもある。
 周囲に迷惑はかけたくなかったのと、充分に勉強ができていれば貴族の子どもは幼年学校に通わなくても自分の屋敷で家庭教師を雇っていればいいという法律に私は頼ったのだ。
 高等学校になって来るとそれは通用しない。平民の中で高等学校まで進む子どもは、成績優秀で学費を免除されているか、裕福な家だけで、ほとんどが貴族の子息令嬢だということで、高等学校はわたくしが特別扱いされることはないだろうが、どろどろした貴族社会の片鱗を見そうで、わたくしは秋の入学を少し恐れていた。
 ため息をいつの間にかついていたのかもしれない。
 雑草を抜いていたマウリ様が蜂蜜色のお目目で私を見上げている。

「アイラたま、げんちない?」

 4歳にしてはマウリ様は少し言葉が遅いような気がする。それも2歳まで冷遇されてほとんど他人と話すことなくミルヴァ様と二人きりで過ごしてきた弊害が今出ている可能性がある。

「わたくしは、元気ですよ」
「アイラたま、まーがくた、ぬいたら、『じょーじゅ』いってくれるのに、ないねー」
「わたくし、今日はマウリ様を褒めていませんか? マウリ様に寂しい思いをさせてしまいましたか?」

 高等学校のことを考えて憂鬱でわたくしは上の空だったのだ。マウリ様を褒めていないことを指摘されて謝る。

「ごめんなさい。マウリ様がこんなに……え? こんなに頑張ったんですか!?」

 マウリ様の前には雑草の小山ができていた。わたくしが思い悩んでいる間にマウリ様は元気に雑草を抜いていたのだろう。どの雑草を抜いていいか、どれが薬草で抜いていけないかとマウリ様はもうきちんと分かっている。抜いてあるのは全部雑草だと確認して、わたくしは手袋をはずしてマウリ様を抱き締めた。

「マウリ様、とてもよく頑張りましたね。すごく偉いですよ」
「まー、えらい!」
「素晴らしいです」
「まー、すばらちい!」

 褒められるとマウリ様の表情が輝いてくる。たくさん褒めて差し上げたいとこの顔を見ていると思えてくる。
 雑草の除去が終わるとマウリ様はドラゴンの姿になった。何をするのかと思えば、双葉から本葉が伸びて大きくなり始めている国立植物園から預かった薬草に近付いていく。葉っぱの上には丸々と太った青虫がいた。

「まー、むし、ないないする!」
「マウリ様!?」

 ぽぅっと吐いた炎のブレスが青虫を焼く。薬草まで焼いてしまわないか慌てたわたくしだが、青虫が焼けて転がり落ちた後の葉っぱは青々として瑞々しい。

「どういうことなのでしょう」

 不思議に思ってリーッタ先生に聞いてみた。

「マウリ様が薬草の葉の上の青虫をブレスで焼いたのですが、焼けたのは青虫だけで、葉っぱは無事だったのです」
「それはドラゴンのブレスについて調べてみた方がいいかもしれませんね」

 ドラゴンはリーッタ先生にとっても専門外のようだった。狼の家系であるラント家に仕えているので、狼の本性を制御する方法は学んでいるリーッタ先生は、その他の一般的な猫科の動物、犬科の動物、鳥類や爬虫類に関しても知識はあるようだが、ドラゴンに関しては全く分からない状態だった。
 それもそのはずだ。ドラゴンはヘルレヴィ家の血筋からしか出ないし、ここ百年以上生まれていない。伝説となっているドラゴンの知識などあるはずがない。
 畑仕事を終えてシャワーを浴びると、両親も一緒に朝食の席に着く。マウリ様もミルヴァ様も4歳になって上手にフォークやスプーンが使えるようになってきたが、まだ食事のときにはエプロンが欠かせない。自分でエプロンを着けて食べる準備をするようになったのは大きな成長だった。

「マンドラゴラの栽培は順調ですか?」

 母上に聞かれてわたくしは幻の薬草の名前を思い出した。薬草という大きな括りでしか認識していなかったが、その薬草にも一つ一つ名前がある。わたくしたちが今育てているのは、品種改良されたマンドラゴラだった。

「順調に育っています。マウリ様は雑草抜きと害虫駆除が得意です。クリスティアンとミルヴァ様は水やりを毎日あの広い畑全体に満遍なくしてくれています」
「ぼくとミルヴァさまでてわけしてるんです」
「わたくち、おみず、いっぱいもてます」

 クリスティアンとたくさん話しているせいか、ミルヴァ様はマウリ様よりも言葉が早いような気がする。わたくしとばかり一緒にいるので、マウリ様はあまり他の相手と話していないのだろうか。

「父上、母上、ミルヴァ様はお喋りが上手になって来たのに、マウリ様は少し遅れているような気がして……」

 心配になって両親に相談してみると、父上と母上に笑われてしまう。

「アイラはマウリ様の母親のようだね」
「クリスティアンが例外で、男の子の方が女の子よりも言葉の発達が平均的に少し遅いのですよ」
「マウリ様は心配するほどではないのですね?」
「4歳にしては幼いかもしれませんが、個人差の範囲でしょう」

 女の子であるわたくしと男の子であるクリスティアンを育てている両親の言葉に、わたくしは胸を撫で下ろした。わたくしのせいでマウリ様の言葉が遅いなどということになったら、スティーナ様にお返しするときに申し訳が立たない。

「ドラゴンのことをしらべたいんです。しょくじがおわったら、しょこをかりてもいいですか?」

 話を聞いていたクリスティアンが水色のお目目をきらきらと好奇心に輝かせている。マウリ様とミルヴァ様、実際にドラゴンがこのお屋敷にいて、触れ合えるのだから勉強しないのは惜しいと感じているのだろう。
 このお屋敷にも古い本を集めた書庫がある。書庫の本で足りないと判断したのでマンドラゴラの栽培方法と栄養剤の作り方を調べるときには国立図書館に行ったのだが、ドラゴンのことならば書庫にある本に書いてあるかもしれない。
 ドラゴンという名前と種類は知らぬものがいないのだが、その生態や制御の仕方についてわたくしはよく分からない。リーッタ先生も未知の分野なので、マウリ様とミルヴァ様がこのお屋敷にもう少し滞在するとなれば知っておいた方がいいだろう。
 書庫の本で足りなければ国立図書館に行くことも考えたが、以前に絡まれた事件で遠出をするのは少し怖くなっていた。
 朝食を終えて書庫にわたくしとクリスティアンがリーッタ先生に導かれていくと、当然のようにマウリ様とミルヴァ様も付いて来ていた。わたくしたちと行動を共にしたがる二人はとても可愛い。
 書庫の本を探して数冊抜き取り、机に座って広げると膝の上にマウリ様がよじ登って来る。両隣りの椅子にはクリスティアンとミルヴァ様が座って、身を乗り出して本を覗き込んでいた。
 ドラゴンの項目を開けると、生まれたときの様子から書かれている。

「生後すぐのドラゴンには翼や角がなく、形はトカゲによく似ている……それで、マウリ様とミルヴァ様はトカゲと思われていたのですね。獣の姿で生まれて来たときに産道を傷付けないように角も翼もない状態で生まれてくると書いてあります」

 角や翼があれば引っかかったりするだろうし、母体を傷付けることがある。それを避けるために生まれたときはトカゲそっくりの姿で生まれると書いてあった。図にある生まれたばかりのドラゴンは、初めて会ったときのマウリ様とミルヴァ様にそっくりだった。

「生後数年で翼が生え、生後十年もすると角も生えてくる……マウリ様とミルヴァ様は3歳で翼が生えましたね。10歳になったら角も生えて来るみたいですよ」
「まー、つの!? おに!? ごあーい!」
「鬼ではありませんよ。マウリ様はドラゴンです」
「まー、トカゲよ?」

 トカゲということが深く擦り込まれているようでそれを消せないマウリ様に、ミルヴァ様が次のページの巨大になったドラゴンを指さした。

「わたくち、ドラゴン! つよいのよ!」
「そうだよ、ミルヴァさまはつよいドラゴンだよ」

 生まれたときは手の平に乗るくらいの大きさだが、育っていくとお屋敷に入り切れないくらいの大きさになることが書いてある。そのページを見てミルヴァ様とクリスティアンは興奮している。
 わたくしはドラゴンのブレスについて調べるべく、ページを捲った。
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