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二章 龍王と王配の二年目

24.子睿の畑のマンドラゴラ

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 ラバン王国から戻ってきて、龍王はしばらく政務を休んでヨシュアと一緒に過ごしていた。
 ヨシュアを抱いた後には龍王は精魂尽き果てて湯船で溺れてしまいそうになるくらいなのだが、翌日には回復してまたヨシュアを求めるので、若さとはこういうものなのかとヨシュアも受け止めていた。
 それだけではなく、龍族ということも龍王の精力に関係しているのだろう。龍というのは馬を見れば馬と交わり、牛を見れば牛と交わるというような言葉があるとおりに、相当の多淫で、精力も強いと言われている。
 並の相手だったなら受け止めきれなかっただろうが、ヨシュアに関しては幼いころから鍛えているし、何より妖精としての力があるのだろう、龍王に抱かれることに負担がないだけでなく、龍王よりも体力があるという有様である。
 それでも、何度も達した後で蕩けるようにしてヨシュアに身を任せて湯殿で体を流され、寝台まで運ばれていく龍王は可愛いのでヨシュアは自分が体力があってよかったと思うようになった。

 数日間の濃厚な交わりの後で、政務に向かう龍王はものすごくヨシュアと離れがたそうで、結局ヨシュアも刺繍の施された派手な長衣を着て龍王の隣りの椅子に座って政務を聞いていた。

 その日は珍しく子睿が龍王に会いたいということで、龍王は時間を取っていた。

 普段は離れの棟で大人しく暮らしている子睿。最近は水の加護の使い方を覚えたり、王族の振舞い方を覚えたり、読み書きを覚えたりしているという。龍王の従兄弟で龍王を毒殺しかけた叔父夫婦の息子ではあるが、本人は生まれて数か月のできごとで、その後ハタッカ王国に追放になり、ハタッカ王国で貧しいが心優しい養父母に恵まれて、素直で龍王を敬うように育っていたので龍王も子睿が龍王位を狙うものに旗頭として利用されぬように王宮に養父母共々引き取ったのだ。
 養父母は離れの棟の庭の菜園で野菜を育てて暮らしているようだ。もう食べることには困らなくなったので、子睿と共に読み書きを習ったりして、穏やかに暮らしているようだった。

「龍王陛下、子睿殿下が参られました」
「よく来たな、子睿。何かあったのか?」

 膝を突いて深く頭を下げる子睿に、龍王が声を掛けると、子睿はざるを龍王の前に掲げた。そこには大根と蕪と人参のような野菜が乗せられている。

「龍王陛下、離れの棟の菜園でこのようなものが採れましたので、ご相談しようと思ってまいりました」
「大根と人参と蕪に見えるが?」
「びぎゃ!」
「ぎょえ!」
「ぎょわ!」

 身を乗り出して龍王が笊の中を覗けば、大根と蕪と人参が笊の上から飛び降りて、王の間の床の上を駆け回る。

「龍王陛下の御前だぞ! 大人しくするんだ!」
「びゃや!」
「やーびょ!」
「びょえ!」

 奇妙な声を上げながら走り回る大根と人参と蕪。子睿が追いかけ回すが大根も蕪も人参も捕まらない。

「申し訳ありません、龍王陛下、王配陛下」

 謝る子睿に構わないと龍王が手に持っていた扇で示すと、大根が龍王の膝の上に、蕪がヨシュアの膝の上に、人参が二人の間に飛び乗ってきて、寛ぎだす。土から引っこ抜かれたばかりなのであろう大根と蕪と人参は土にまみれていた。

 顔があり、手足のようなものがあるそれに関して、ヨシュアは思い至ることがないわけでもなかった。

「これはマンドラゴラではないか?」
「まんどらごら、ですか?」
「魔術の材料として使われる植物です。自分の意思で動いているのは見たことがありませんが、これを魔術薬に使うのは知っています。抜くときには『死の絶叫』と呼ばれるひとを死に導くおぞましい声を上げるのだとか」
「『死の絶叫』ですか。子睿、誰も何ともないか?」
「わたしが見たときには土を抜け出したところだったので、誰も『死の絶叫』なるものは聞いていません」

 龍王が子睿を心配しているが、子睿も養父母も無事だったようだ。

「それにしても、魔力の豊富な肥沃な土地にしか育たないものだと聞いています。志龍王国で育つとは思いませんでした」
「我が王配はこれを見たことがあるのですか?」
「魔力の弱いものが自分の魔力を増すために育てていたのを見たことがあります。正式には、犬に引かせて引っこ抜くのではなかったでしょうか」

 さすがのヨシュアもマンドラゴラの詳しい生態までは知らなかった。ただ膝の上でころころと転がる丸い蕪が可愛いような気がしてくる。撫でると手に土が付いたが、蕪は嬉しそうに転がっている。

「この蕪、可愛いな……」

 小さく呟いた声が龍王には聞こえたようだ。

「子睿、この大根と人参と蕪は、王配がもらってもよいか?」
「もちろんでございます。また生えてきていたら王配陛下にご相談いたします」
「ありがとう。あなたがお育てになったらよろしいのではないですか?」
「いいのですか?」
「猫よりは長生きするかもしれません」

 猫が飼いたいと思っているが、自分よりも先に死んでしまうので、悲しみに耐えきれず飼うことができないという話は龍王にもしていた。不思議な魔力を持つ植物ならば猫よりも長生きするのではないかと龍王は言ってくれている。
 くりくりとしたお目目に菱形の口の蕪、恥じ入ったようにもじもじしている大根、優雅に椅子の間で寛ぐ人参。どれもそれなりに可愛い気がする。

「青陵殿に連れて帰って飼い方を調べます」
「わたしも青陵殿に参ります」

 政務を終わらせた龍王と共に青陵殿に行って、ヨシュアはラバン王国からマンドラゴラの飼育方法を書いた文献を取り寄せようとしたが、それがないと答えられてしまう。

『王配陛下、マンドラゴラは抜くときに「死の絶叫」で相手を死なせる代わりに、自分も死んでしまうのです。ですから、生きているマンドラゴラを飼育したという記録はありません』

 ラバン王国の図書館の司書に言われてヨシュアは困ってしまう。
 土を離れた大根と人参と蕪は、そのうち萎れてしまうだろう。水だけやっていれば生き延びるというものではない。なにか栄養がなければと思っていると、きれいに洗われて泥を落とされた大根と人参と蕪はヨシュアの膝の上に上がってきた。
 魔力を持つ植物なのだから、魔力が必要なのかと思って手を翳し、魔力を注ぎ込むと、葉っぱが艶々として肌も生き生きとしてきている気がする。

「魔力で生かせるなら、共に長くいられるだろうか」

 呟いたヨシュアに龍王が微笑む。

「きっと大丈夫ですよ」

 それにしても、マンドラゴラがどうして王宮の子睿の養父母の管理する菜園に生えたのだろう。
 考えられるのは、ヨシュアと龍王が魂の結びつきを得て、龍王も魔力を持ったことだった。

「もしかすると、星宇の使う水の加護に魔力が混じってきたのかもしれない」
「ヨシュアも一緒に祈ってくれていますからね。ヨシュアの魔力も混じっていてもおかしくはありません」

 その可能性に気付いて、ヨシュアと龍王は慎重にならざるを得ないことに気付く。
 このままでは志龍王国の各地でマンドラゴラが育ち始めるかもしれない。マンドラゴラの「死の絶叫」を聞いて民が死ぬようなことがないようにしなければいけない。

「水の加護に魔力が混じらないように気を付けるべきだな」
「そうですね。どうすればいいのか具体的には分かりませんが、意識して祈らなければいけませんね」

 志龍王国は龍王の水の加護なしには成り立たない。龍王の水の加護あってこその志龍王国の豊かさだった。

「いっそ、マンドラゴラの育成方法を民に伝えて、生えてきた場合には魔術騎士が収穫に行くようにするか?」
「魔術騎士団の負担になりませんか?」
「意識して魔力が水の加護に混じらないようにしても、マンドラゴラが生えたときにはそうすればいい」

 解決策を口に出すと少し安心したようで龍王がヨシュアの脚の間に座ろうとする。
 しかし、今日はヨシュアの膝の上に大根と人参と蕪がいた。

「ヨシュア、それ、ちょっと降ろしてくれませんか?」
「大根と人参と蕪に嫉妬か?」
「わたしが降ろします」

 降ろされた大根と人参と蕪は、走り回って追いかけっこをしている。それを見ながらヨシュアの脚の間に納まった龍王は満足そうな顔をしていた。
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