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二章 龍王と王配の二年目

5.湯あみ

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 夕食に焼き牡蠣が出たのをそっと横に避けたら、ヨシュアに気付かれてしまった。

「牡蠣は苦手かな?」
「昔食べたときにお腹を下してしまったことがあって。そのときは厨房の料理長含め、何人もが辞めさせられたと聞いて、それ以来食べていません」
「生の牡蠣だったのか?」
「火は通っていたと思います」

 毒物ではないのだし、たまたま当たっただけだと龍王が弁解しても、料理長は変えられて、厨房で働いていたものが何人もくびになったと聞けば、今後は食べない方がいいのかもしれないと考えても仕方がないだろう。

「それなら、おれも食べるのをやめておこうかな」

 牡蠣はどれだけ注意しても一定の確率で当たるものだし、それを予知することなどできない。ヨシュアも焼き牡蠣を避けただけでなく、料理長に今後牡蠣は出さないようにと伝えていた。

「わたしのせいで、すみません」
「いや、星宇の食事には牡蠣を出さないように命じていたのだろう? おれが知らなくて配慮できなくてすまなかった」

 敬語をやめてしまってから、ヨシュアの声がますますいい声に聞こえて龍王は落ち着かなくなる。元々低くて穏やかな声で話していたのだが、敬語がなくなるとその上に甘さが乗った気がする。
 龍王に向けてだけ発せられる優しい声は、それだけで龍王を興奮させかねないものだった。

「ヨシュアが格好良すぎて、わたしはどうすればいいのでしょう?」

 真剣に呟くと、ヨシュアに笑われる。

「惚れればいいんじゃないか?」
「もう惚れてます。骨抜きです」
「更に惚れ直せばいい」
「毎日惚れ直してます。ヨシュアはずるい」

 こんなに格好いいのにヨシュアは龍王に抱かれてくれるという。
 それが待ち遠しくて、食事も手につかない龍王に、ヨシュアは自ら取り分けて皿を龍王の前に置いてくれる。

「もう少し食べた方がいい」
「胸がいっぱいで」
「果物なら食べられそうか? 葡萄と早生の林檎がある」
「果物なら」

 龍王が答えると、ヨシュアは向かいの席から龍王の横に移ってきて、小刀を出して林檎をくるくると器用に剥いてしまう。切って差し出された林檎の実を齧ると、甘酸っぱくてしゃきしゃきとした食感がとても美味しい。
 葡萄は果物を乗せた皿から取って、自分で食べているが、ヨシュアの剥いてくれた林檎の方がずっと美味しく感じられた。

 夕餉が終わると、少し休んで湯あみに交代で行くのだが、今日はヨシュアと龍王は一緒である。
 緊張しつつ自分より頭半分背が高いヨシュアを見上げると、手を握られて連れて行かれる。
 湯殿に手伝いのものが誰もいないのは龍王も初めてだった。

 体を洗うのは洗い布に香りのいい石鹸を泡立てて、ぎこちなく体をこすることでできたのだが、括っていた髪を解くと背の半ばまで伸びていて、それをどう洗えばいいのかよく分からない。
 腰に布を巻いたヨシュアが体を洗い終えて、龍王の脇に立ってくれる。湯殿用の椅子に座った龍王の髪を手で梳いて、お湯をかけてじっくりと汚れを洗い流す。

「ほとんどの汚れは湯で洗えば流せる。後は頭皮に揉みこむように洗髪剤を使って、軽く髪を洗髪剤で洗って流せば終わりだ」

 説明しながら手際よく髪を洗ってもらって、もう一度髪をくくり直して湯船に浸かると、ヨシュアも洗った金色の髪を湯船につかないようにくくって湯船に入った。
 見るともなくヨシュアの股間が目に入る。チラチラ見ていると、ヨシュアが耐えきれず笑い出した。

「安心していい。これをあなたに使うことはないから」
「わ、分かっています」

 それにしても体に見合った大きさの中心が湯の中に見えているのは心臓によくない。
 どうしても意識してしまうし、視線を外せばヨシュアの白い体が視界に入ってくる。

 龍王も日に焼けているわけではないが、ヨシュアよりは肌の色は黄色みがかかっている。ヨシュアは血管が透けるほどに白く、胸の飾りも色が薄く誰も触れたことがないのが分かるようだ。

 今すぐにでも触れたい気持ちはあるが、湯殿で行為に及べば間違いなくのぼせてしまう。
 必死に我慢する龍王の中心が反応しかけているのに、ヨシュアは気付かないふりをしてくれているようだ。

「そういえば、見せると約束していたな」

 腰に布を巻いて立ち上がったヨシュアが龍王に背中を見せる。
 肩甲骨の辺りに浮かんでいる光る翅の模様が、一瞬にして広がって、ヨシュアの背中を覆い隠すような大きな光の薄翅に変わった。
 美しい薄翅に見とれて立ち上がった龍王は、そっとヨシュアの方に手を伸ばす。

「触れてもいいですか?」
「どうぞ」

 許可を得て光る翅に触れると、実体を持っているのが分かる。きらきらと光る粉を振り撒きながら、ゆっくりと薄翅が蝶のように開いて閉じる。
 強く掴んだら壊しそうで恐る恐る触れる龍王に、背を向けたままヨシュアが告げる。

「しっかりと触っても崩れないよ。多少欠けたところですぐに元に戻るし」
「欠けさせたことがあるのですか?」
「小さい子は手加減ができないことがあるからね」

 それが姪のことだろうと分かって、本当にヨシュアは家族と乳母と乳兄弟のネイサン以外にこの翅のことを伝えていなかったのだと実感する。ヨシュアの秘密を共有できたようで龍王は嬉しかった。

 光の薄翅は儚くも見えるのに、触れてみるとしっかりとしていて、魔力で守られているように感じる。それもヨシュアと魂を共有して龍王が魔力を得たから分かるのだろう。

「ヨシュア、あなたの秘密に触れられて嬉しいです」
「星宇とはこの秘密を一生共有していくのだから、近いうちに見せなければと思っていた」

 言いながら翅を折りたたむと、ヨシュアの背中の光の翅が消えて、肩甲骨の光る模様だけになる。光る模様を指で辿って、濡れた肌の上に吸い寄せられるように口付けすると、振り向いたヨシュアに額を押された。

「まだ、盛るな」
「まだってことは、後ではいいんですよね?」
「部屋に警護が入るのを嫌がっていたのと同一人物とは思えないな」

 くっと唇の端を吊り上げて笑うヨシュアに、龍王は額を押してきた手の平に口付けて返事とした。

 湯殿から上がるとネイサンだけが待っていた。ヨシュアは自分で着替えができるので、龍王はネイサンに寝間着を着せてもらって、龍王はヨシュアと二人で部屋に戻る。
 部屋には二人の魔術騎士が待っていた。

「今夜の警護を担当させていただきます、イザークです」
「同じく、シオンです」

 イザークとは以前に呪いの矢で攻撃されたときに面識があったし、シオンもバリエンダール共和国との使者に立ってくれた魔術騎士だというのを知っているので安心感はあった。
 どちらも若い魔術騎士だが、ヨシュアが選んだのだから信頼はできるのだろう。特にイザークは姿を隠して、気配も完全に消せる魔術騎士なので選ばれたに違いなかった。
 これから龍王とヨシュアが閨ごとに臨むのは、もう知られているはずだ。
 そういうことを把握されるのも恥ずかしくないわけではないが、これはもう龍王なので仕方がないと諦めている。どうしても我慢できないのは、ヨシュアの乱れた姿や声を他人に見られたり聞かれたりすることだけだった。
 それだけは譲れない。

「おれと龍王陛下は寝台に特殊な結界を張って休む。結界を張っている間は外の音も気配も感じられないので、しっかりと警護を頼む」
「心得ました、王配陛下」
「お任せください」

 ヨシュアが告げると、イザークとシオンが深く頭を下げて平伏する。それを見届けて、ヨシュアが先に立って寝台に上がった。
 龍王に手を差し伸べている。

「おいで?」

 甘く低い心地よい声に、龍王はぞくぞくしながらその手を取った。
 ヨシュアが寝台の上で天蓋の幕を全部降ろして閉めて、薄暗くなった寝台の上で結界の魔術を構築した。
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