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一章 龍王は王配と出会う
10.感染症の正体
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感染症の発生した土地にヨシュアが出向くのを龍王はいい顔をしなかった。
それもそうだろう。
感染症の治療となるとヨシュア自身も感染症に罹患する可能性があるからだ。
普通の衛生兵を行かせてもよかったのだが、侍従からの知らせにヨシュアは何か引っかかるものを感じていた。
「王都にほど近い集落で嘔吐と下痢を伴う感染症が集団発生して、年寄りや子どもなど体力のないものは亡くなっているようです」
王都にほど近い集落といえば、上下水道がしっかりと完備されているはずだ。志龍王国はラバン王国よりも治水に関しては非常に技術が高い。王都に近付くにつれて上下水道も完備されていて、人々は安心して清潔な水を使えるようになっている。
そんな場所で突如起こった嘔吐と下痢を伴う感染症。
夏場なので食中毒の類かとも思われるが、これだけ綺麗な水が潤沢にあって、人々は料理のときにも綺麗な水で食材を洗うことができて、衛生面では優れているといえる場所で、王都と下痢を伴う感染症が爆発的に増えるというのは少々疑問があった。
ラバン王国の治水が完璧ではない場所では、たびたびそのような感染症は起きていたが、治水が完璧ではない地域から広がるのではなくて、王都にほど近い場所で突如起きたというのが信じられなかったのだ。
自分の目で真実を確かめようと魔術騎士たちを連れてその土地に向かう。
移転の魔術で飛ぶ前に、魔術騎士たちにはよくよく言い聞かせておく。
「分かっていると思うが、病人の吐瀉物に触れた場合にはすぐに水で洗い流し、魔術で清めろ。自分の周りには結界を張って、病魔が近寄れないようにせよ」
「心得ました」
魔術騎士たちが声を揃えて答えるのに頷いて、移転の魔術を使う。
降り立ったのは王都からほど近い集落の入り口だった。
鮮やかな青の長衣を翻すヨシュアに、集落のものが気付いて駆け寄ってくる。
「龍王陛下は我らをお見捨てにならなかった」
「王配殿下がお越しくださった」
集まってくる民にヨシュアが声を掛ける。
「症状の出ているものを一か所に集めてくれ。症状の出ていないものは、手を洗って体を清め、着ていた服は煮沸して、新しい清潔な服に着替えて待っていてくれ」
魔術騎士の数人が症状の出ているものを集める手はずを整えている。
症状の出ているものはみな、集落の長の家に集められた。
途中で嘔吐したり、下痢をしたりしているものは、清められて着替えさせられる。
「沸騰させて冷ました水に、少しの塩と砂糖を入れたものを彼らに飲ませてくれ。わたしは症状の酷いものを診せてもらう」
症状が酷く倒れたまま動けない老人に近付いて、ヨシュアは違和感の正体に気付いた。
これはただの感染症ではない。
ヨシュアの次に年齢の高い、ヨシュアの側近ともいえる魔術騎士に聞いてみる。
「これをどう思う?」
「自然な感染症ではありませんね。呪いに近いものかと思われます」
「呪い、か」
呪いは正確には魔術とは違う。
呪いは龍王の力と似ていて、生まれながらに才能を持っているものが自然と発揮するものだ。それを操れるようになると呪術師と呼ばれるのだが、志龍王国では呪いを習得すること自体を許しておらず、志龍王国には呪術師は入国を許されていなかった。
「どこかに呪術師がいるというのか」
そうであれば志龍王国の法を破って侵入してきたことになる。
呪いは魔術とは違うが、強い魔力を持っていれば祓うことは不可能ではない。
呪いを祓っただけでは病人たちは回復しないが、これ以上悪化することもない。
後は滋養のある食事と休息で回復することだろう。
「魔術騎士団にも呪いを祓えるものがいたな?」
「そのものにすぐに祓わせましょう。王配殿下はこのことを一刻も早く龍王陛下に伝えてください」
「分かった」
この程度の呪いならばヨシュアは完全に防ぐことができたので、後は魔術騎士たちに任せて、先に王都に戻った。
龍王に会いたいと伝えると、龍王の方から青陵殿にやってくる。
「早かったな。体は何ともないか」
「何ともありません。龍王陛下、あの感染症は普通は水が汚染されている場所に多く出るものです。あの集落は上下水道も完備されていて、水は龍王陛下の加護でとても清潔でした。あの感染症は、自然に発生したものではありません」
「誰かが意図的に発生させたというのか?」
「わたしとわたしの側近で見たところ、あれは呪いだと結論付けました」
呪いと聞いて龍王の顔が曇る。
「その呪い、もしかすると、わたしの心当たりのある相手のものかもしれない」
「心当たりがあるのですか?」
「わたしを毒殺しようとした叔父夫婦には息子がいた。叔父夫婦が捕らえられ、処刑されることになったときに、わたしの従弟であるその人物は、密かに異国へ逃れたと聞いた」
「追跡はされなかったのですか?」
「探したのだが、見つからず、今も探している状態だ」
両親を処刑された龍王の従弟が龍王を恨んでいるのは間違いない。龍王の従弟なのだから、龍王に匹敵する力を持っていてもおかしくはない。
そうなると、それが呪いの方向に開花したとなれば、龍王にとっては脅威となるだろう。
「龍王陛下、身辺の警護を増やされた方がいいかもしれません」
「これ以上増やすのか!? わたしは今ですら息苦しくてたまらないのに」
「龍王陛下」
いっそ違う相手に龍王位を譲ってしまった方が龍王は心安く過ごせるのではないだろうか。
そんなことが頭を過るが、譲る相手は王女しかいないのを考えると、それも憚られる。
それくらいに、龍王は王族に向いていなかった。
「あなたがわたしの警護をしてくれないか?」
「わたしが、ですか?」
「あなたがそばにいてくれるならば、わたしは心穏やかでいられる」
何よりもラバン王国一の魔術師だった男だ。
龍王を守るという任務に就くには適任かもしれないともヨシュアも思い始めていた。
せめて呪いをかけた人物が捕まるまでは、龍王を守らなければいけない。
「分かりました。龍王陛下のおそばで守りましょう」
魔術騎士団を率いるのは側近に任せることにする。
「少し引き継ぎがありますので、お待ちください」
龍王に断って通信の魔術を使えば、側近のサイラスの立体映像が映し出される。
サイラスは呪いの解除を他の魔術騎士に行わせていたようだ。
「現状を聞きたい」
『呪いがかけられていたものは、全員解除されました。最初に呪いを受けたのは旅人と交易をした老人と思われています。そのものが一番最初に発症して、衰弱して亡くなったと聞きました』
「その旅人の特徴は分かるか?」
『この国にしては長身だったとは聞きましたが、マントを目深に被っていたので顔は分かりません。若かったような気がするとは言っています』
若い長身の人物。
ちらりと龍王を振り返ると、龍王は立体映像に興味があるのかヨシュアの手元を覗き込んでいた。
「わたしはしばらく魔術騎士団を離れて龍王陛下の護衛に就く。後のことはお前に任せる」
『心得ました』
「志龍王国の魔術騎士団の団長代理としてしっかりと務めてほしい」
『王配殿下の仰せのままに』
通信を切ると立体映像も消える。
振り返って龍王の顔を見れば、興味津々で覗き込んでいたのを取り繕うように椅子に座って姿勢を戻していた。
「今話していたものとは親しいのか?」
「龍王陛下に嫁ぐときに、二十人、およそ一個隊分の魔術騎士を連れて行っていいと兄に言われました。魔術騎士団から志願を募ったら、一番に応じてくれたのが彼です。魔術騎士団の中でも独身のものだけしか連れて行かないと決めていたので、独身だった彼にはわたしの側近として付いてきてもらうようにお願いしました」
「年も近いようだし……」
龍王がやや不機嫌になってきている気がして、ヨシュアにはその理由がよく分からなかった。
ただ龍王に伝えておきたいことはある。
「魔術騎士たちは近衛兵の宿舎を使わせてもらっていますが、いずれはこの国で結婚して家庭を持たせてやりたいと思っているのです。そのときにはお許しをいただけると幸いです」
「ラバン王国の魔術師たちが我が国の国民と結婚するのか?」
「そのつもりで連れてきておりますが、問題がありますか?」
「い、いや、ない」
なにか歯切れの悪い龍王に、どういうことなのかと詰め寄りたい気持ちもあったが、しばらくは嫌でも龍王のそばにいなければいけないのだから、火種になるようなことは避けておこうとヨシュアは追及しなかった。
その日からヨシュアは龍王の護衛に就いた。
形としては王配が龍王の政務に付き添うということになっただけだったが。
それもそうだろう。
感染症の治療となるとヨシュア自身も感染症に罹患する可能性があるからだ。
普通の衛生兵を行かせてもよかったのだが、侍従からの知らせにヨシュアは何か引っかかるものを感じていた。
「王都にほど近い集落で嘔吐と下痢を伴う感染症が集団発生して、年寄りや子どもなど体力のないものは亡くなっているようです」
王都にほど近い集落といえば、上下水道がしっかりと完備されているはずだ。志龍王国はラバン王国よりも治水に関しては非常に技術が高い。王都に近付くにつれて上下水道も完備されていて、人々は安心して清潔な水を使えるようになっている。
そんな場所で突如起こった嘔吐と下痢を伴う感染症。
夏場なので食中毒の類かとも思われるが、これだけ綺麗な水が潤沢にあって、人々は料理のときにも綺麗な水で食材を洗うことができて、衛生面では優れているといえる場所で、王都と下痢を伴う感染症が爆発的に増えるというのは少々疑問があった。
ラバン王国の治水が完璧ではない場所では、たびたびそのような感染症は起きていたが、治水が完璧ではない地域から広がるのではなくて、王都にほど近い場所で突如起きたというのが信じられなかったのだ。
自分の目で真実を確かめようと魔術騎士たちを連れてその土地に向かう。
移転の魔術で飛ぶ前に、魔術騎士たちにはよくよく言い聞かせておく。
「分かっていると思うが、病人の吐瀉物に触れた場合にはすぐに水で洗い流し、魔術で清めろ。自分の周りには結界を張って、病魔が近寄れないようにせよ」
「心得ました」
魔術騎士たちが声を揃えて答えるのに頷いて、移転の魔術を使う。
降り立ったのは王都からほど近い集落の入り口だった。
鮮やかな青の長衣を翻すヨシュアに、集落のものが気付いて駆け寄ってくる。
「龍王陛下は我らをお見捨てにならなかった」
「王配殿下がお越しくださった」
集まってくる民にヨシュアが声を掛ける。
「症状の出ているものを一か所に集めてくれ。症状の出ていないものは、手を洗って体を清め、着ていた服は煮沸して、新しい清潔な服に着替えて待っていてくれ」
魔術騎士の数人が症状の出ているものを集める手はずを整えている。
症状の出ているものはみな、集落の長の家に集められた。
途中で嘔吐したり、下痢をしたりしているものは、清められて着替えさせられる。
「沸騰させて冷ました水に、少しの塩と砂糖を入れたものを彼らに飲ませてくれ。わたしは症状の酷いものを診せてもらう」
症状が酷く倒れたまま動けない老人に近付いて、ヨシュアは違和感の正体に気付いた。
これはただの感染症ではない。
ヨシュアの次に年齢の高い、ヨシュアの側近ともいえる魔術騎士に聞いてみる。
「これをどう思う?」
「自然な感染症ではありませんね。呪いに近いものかと思われます」
「呪い、か」
呪いは正確には魔術とは違う。
呪いは龍王の力と似ていて、生まれながらに才能を持っているものが自然と発揮するものだ。それを操れるようになると呪術師と呼ばれるのだが、志龍王国では呪いを習得すること自体を許しておらず、志龍王国には呪術師は入国を許されていなかった。
「どこかに呪術師がいるというのか」
そうであれば志龍王国の法を破って侵入してきたことになる。
呪いは魔術とは違うが、強い魔力を持っていれば祓うことは不可能ではない。
呪いを祓っただけでは病人たちは回復しないが、これ以上悪化することもない。
後は滋養のある食事と休息で回復することだろう。
「魔術騎士団にも呪いを祓えるものがいたな?」
「そのものにすぐに祓わせましょう。王配殿下はこのことを一刻も早く龍王陛下に伝えてください」
「分かった」
この程度の呪いならばヨシュアは完全に防ぐことができたので、後は魔術騎士たちに任せて、先に王都に戻った。
龍王に会いたいと伝えると、龍王の方から青陵殿にやってくる。
「早かったな。体は何ともないか」
「何ともありません。龍王陛下、あの感染症は普通は水が汚染されている場所に多く出るものです。あの集落は上下水道も完備されていて、水は龍王陛下の加護でとても清潔でした。あの感染症は、自然に発生したものではありません」
「誰かが意図的に発生させたというのか?」
「わたしとわたしの側近で見たところ、あれは呪いだと結論付けました」
呪いと聞いて龍王の顔が曇る。
「その呪い、もしかすると、わたしの心当たりのある相手のものかもしれない」
「心当たりがあるのですか?」
「わたしを毒殺しようとした叔父夫婦には息子がいた。叔父夫婦が捕らえられ、処刑されることになったときに、わたしの従弟であるその人物は、密かに異国へ逃れたと聞いた」
「追跡はされなかったのですか?」
「探したのだが、見つからず、今も探している状態だ」
両親を処刑された龍王の従弟が龍王を恨んでいるのは間違いない。龍王の従弟なのだから、龍王に匹敵する力を持っていてもおかしくはない。
そうなると、それが呪いの方向に開花したとなれば、龍王にとっては脅威となるだろう。
「龍王陛下、身辺の警護を増やされた方がいいかもしれません」
「これ以上増やすのか!? わたしは今ですら息苦しくてたまらないのに」
「龍王陛下」
いっそ違う相手に龍王位を譲ってしまった方が龍王は心安く過ごせるのではないだろうか。
そんなことが頭を過るが、譲る相手は王女しかいないのを考えると、それも憚られる。
それくらいに、龍王は王族に向いていなかった。
「あなたがわたしの警護をしてくれないか?」
「わたしが、ですか?」
「あなたがそばにいてくれるならば、わたしは心穏やかでいられる」
何よりもラバン王国一の魔術師だった男だ。
龍王を守るという任務に就くには適任かもしれないともヨシュアも思い始めていた。
せめて呪いをかけた人物が捕まるまでは、龍王を守らなければいけない。
「分かりました。龍王陛下のおそばで守りましょう」
魔術騎士団を率いるのは側近に任せることにする。
「少し引き継ぎがありますので、お待ちください」
龍王に断って通信の魔術を使えば、側近のサイラスの立体映像が映し出される。
サイラスは呪いの解除を他の魔術騎士に行わせていたようだ。
「現状を聞きたい」
『呪いがかけられていたものは、全員解除されました。最初に呪いを受けたのは旅人と交易をした老人と思われています。そのものが一番最初に発症して、衰弱して亡くなったと聞きました』
「その旅人の特徴は分かるか?」
『この国にしては長身だったとは聞きましたが、マントを目深に被っていたので顔は分かりません。若かったような気がするとは言っています』
若い長身の人物。
ちらりと龍王を振り返ると、龍王は立体映像に興味があるのかヨシュアの手元を覗き込んでいた。
「わたしはしばらく魔術騎士団を離れて龍王陛下の護衛に就く。後のことはお前に任せる」
『心得ました』
「志龍王国の魔術騎士団の団長代理としてしっかりと務めてほしい」
『王配殿下の仰せのままに』
通信を切ると立体映像も消える。
振り返って龍王の顔を見れば、興味津々で覗き込んでいたのを取り繕うように椅子に座って姿勢を戻していた。
「今話していたものとは親しいのか?」
「龍王陛下に嫁ぐときに、二十人、およそ一個隊分の魔術騎士を連れて行っていいと兄に言われました。魔術騎士団から志願を募ったら、一番に応じてくれたのが彼です。魔術騎士団の中でも独身のものだけしか連れて行かないと決めていたので、独身だった彼にはわたしの側近として付いてきてもらうようにお願いしました」
「年も近いようだし……」
龍王がやや不機嫌になってきている気がして、ヨシュアにはその理由がよく分からなかった。
ただ龍王に伝えておきたいことはある。
「魔術騎士たちは近衛兵の宿舎を使わせてもらっていますが、いずれはこの国で結婚して家庭を持たせてやりたいと思っているのです。そのときにはお許しをいただけると幸いです」
「ラバン王国の魔術師たちが我が国の国民と結婚するのか?」
「そのつもりで連れてきておりますが、問題がありますか?」
「い、いや、ない」
なにか歯切れの悪い龍王に、どういうことなのかと詰め寄りたい気持ちもあったが、しばらくは嫌でも龍王のそばにいなければいけないのだから、火種になるようなことは避けておこうとヨシュアは追及しなかった。
その日からヨシュアは龍王の護衛に就いた。
形としては王配が龍王の政務に付き添うということになっただけだったが。
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