俺は貴女に抱かれたい

秋月真鳥

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三部 番外編・後日談

チワワの結婚 2

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 籍を入れてから、結婚式代わりに撮影会をして、初夜を迎えた翌朝、霧恵は晃と朝ご飯を食べながら、何でもないことのように口にした。

「今日からは、あたしたちは夫婦だから、アナタのことは『晃さん』って呼ぶわね」

 それまで、ベッドの上では『晃』と呼んでくれていたが、それ以外では霧恵は晃のことを信愛を込めて『チワワちゃん』と呼んでくれていた。初めて会ったときにぷるぷると震えて涙目だったのが、大きな目の臆病なチワワに見えたらしい。

「『晃さん』かぁ……嬉しいなぁ」

 自分で口にしても、じわりと胸が温かくなる感覚に、晃は朝食を食べる手を止めた。

「あんな、霧恵さん、俺とイイコトする間は、俺のこと『晃』って呼んでくれてたやん? 名前を呼ばれることやなんて、ほとんどなくて、『おい』とか『お前』とか『アレ』とか言われとったのに、霧恵さんは、俺を丁寧に優しく『アナタ』って呼んでくれて、『可愛いチワワちゃん』って愛情込めて呼んでくれてた」

 ずっとそれが嬉しくて堪らなかったのに、今度は日常的に名前で呼んでくれるようになるという。

「霧恵さんに名前呼ばれて、俺は初めて、自分の名前が好きになった。赤さんにも俺の名前由来の名前を付けてくれるて聞いて、幸せで死にそうやった。霧恵さんが名前を呼んでくれる限り、俺は幸せや」

 つっかえても、上手に言えなくても、話が長くても、霧恵は穏やかに頷きながら晃の言葉を遮らずに最後まで聞いてくれる。傾聴するという姿勢が、バーのママとしても大事だったのだろうが、それが染みついている霧恵には、晃は何の隠し事もなく話ができた。

「夫婦は平等だもの。あたしはアナタの妻、アナタはあたしの夫。子どもが生まれるのに、『チワワちゃん』じゃおかしいものね、晃さん」
「ふぁ、ふぁい!」

 特別な『上位オメガ』という存在だと霧恵のことは聞いていたが、発情状態を自分の意志で操れる霧恵は、昨夜の営みで赤ん坊ができているのを確信しているようだった。霧恵のことはなにも疑う気のない晃は、それを信じている。

「晃さんがペットを卒業したところで……ちょっと、知り合いから相談されているのだけれど、車を出してもらっていいかしら?」

 車の運転はできるのだが、晃に運転を任せるのは、霧恵が晃を信頼していて、命を預けても構わない証拠であると晃は認識している。会社も辞めて、本格的に霧恵のマネージャー一筋に仕事を絞る晃にしてみれば、霧恵から送迎を頼まれるのは嬉しいことでもあった。

「捨てられなかったのよね、ミナの思い出のものは」

 霧恵が10歳で保護施設から引き取って、霧恵が18歳で亡くなったという、ロットワイラーの血が入った雑種の雌犬、ミナの小さな頃使っていたグッズやケージなども、霧恵の家の倉庫に全部保管されていた。そのケージを車に積んだ霧恵の様子で、晃は行き先が分かった気がする。

「犬を貰いに行くんか?」
「そうなのよ。保護施設でボランティアをしている友人がいて、ブリーダーから貰った犬が想像と違ったって、返されたけど、もう育ってきてるから貰い手がいないんですって」
「想像と違ったって……生き物なんやから想像通りに行くわけないし、気に入らんから返すとか、命をなんと思っとるのか」

 返されたブリーダーが引き取って育てるにしても、出産を控えた犬もいるので、中途半端に育ってしまったその犬は、行き場がなくなってしまった。大型犬は将来大きく育つし、長時間の運動が必要なものも多く、室内飼いに向かないものも多いから、引き取り手は限られてしまって、近日中に引き取られなければ保健所で処分される運命になるかもしれない。

「人間の勝手で犬を殺すやなんて、絶対嫌やわ」
「うちで飼える子なら、引き取ってあげたいのよ。構わないかしら、晃さん?」
「もちろんや!」

 意気込んで行った保護施設で、ケージに入れられていたのは、生後半年程度だがかなり大きな体付きの黒と茶色の犬だった。保護施設のボランティアの霧恵の友人は、霧恵が以前飼っていたミナを知っているのだろう。
「ロットワイラーの子犬なんだけど、育ちが複雑でね」
 子犬は5匹の兄弟犬と一緒に生まれた、6匹目だった。犬は多胎だが、6匹は多く、母犬が面倒を見切れずに、一番最後に生まれたこの子を、生後すぐから放っておいてしまうようになったのだという。人間の手が触れると完全に育てなくなるから、しばらく様子を見ようと思っていたところで、死産で子犬が産まれなかった一緒に飼っていたチワワが、この子の面倒を見始めた。小さな体で大きな子犬に母乳を上げて、排泄を促し、育てる姿は健気だったのだが、結果として子犬は一般的なロットワイラーの『落ち着きがあり、穏やかな性格で、自信満々。訓練次第では命令に従う番犬になる』という性格ではなく、一般的なチワワの『活発で好奇心旺盛、愛情深く甘えん坊。大きな音で驚く臆病だが、忠実で献身的』な性格を受け継いでしまったらしい。

「氏より育ちなのねぇ、犬も」

 円らなお目目をきらきらさせて、ケージの中から霧恵を見つめる子犬は、将来隊長60センチ以上、体重40キロ以上に育つ大型犬の骨格をしている。

「性格ってそんなに大事なんか?」

 自分はアルファらしくなかったために、嫌なことがたくさんあった晃にとっては、ロットワイラーらしくないために返されてしまったというこの子を見捨てることなどできようはずがない。

「抱っこしてもいいかしら?」
「どうぞ、してあげてください」

 可愛がられることに飢えているのか、きゅんきゅんと鳴きながら飛び付いてくる子犬を抱っこして、霧恵は鼻先を突き合わせる。

「アナタもチワワちゃんなのね。ミナで飼い方は大体分かってるから、構わないわ。一緒にお家に帰りましょうね」
「俺も可愛がったるからな」

 変わった子だから値段も下げて、引き取る家族に説明もしたのに、返されてしまった子犬。名前を新しく付けなければいけないと話し合いながら、トイレや餌などをペット用品店に帰りに寄って、お家に迎えることになった。

「朝と夕方のランニングには一緒に行きましょうね」
「霧恵さんのメニューはハードやで? 付いてこられるかな?」

 新しい家にも興味津々で晃と子犬が見回っている間に、キッチンや寝室など、入ってほしくない場所に霧恵がミナがいた頃に付けていた柵を取り付けていく。金具はそのままだったので、取り付けはすぐに済んだ。

「名前……ミナちゃんは、何が由来やったんか?」
「オランダの女王、ウィルヘルミナから付けたのよ。あの時代の世界最年少の女王だったって歴史の本で読んで、素敵だと思って」

 前に飼っていた犬のミナは、ウィルヘルミナの略だったらしい。

「えらい洋風やなぁ。ほな、この子はどないしよか」
「女の子よね……ユリアナはどう?」

 ウィルヘルミナ女王の一人娘の名前を出すと、「きゅぅん!」と子犬が返事をした。それで、正式名称『ユリアナ』、愛称『ユリ』に名前が決定した。
 ペットから夫に昇格した晃としては、ユリの面倒もちゃんとみて、威厳を示しておきたいところだが、家族の中でも一人を主人と定めて懐く習性のあるチワワの性格のユリは、主人を霧恵と決めてしまったようで、自由にさせておくと霧恵のそばにばかりいたがった。
 結婚してハネムーンの休暇を貰っていたので、仕事の引継ぎに晃が出かけている間も、ずっと霧恵がそばにいたのが良かったのだろう。すっかりと懐いて、幸せそうにしている。

「あきらくん、ちょっと寂しい……」

 赤ん坊が生まれるし、ユリも迎えたし、確りしなければとは思うのだが、晃も霧恵に構ってほしくて堪らないのだ。
 ぽつりと呟いた晃に、ユリがもう突進してくる。まだ体は成長しきっていないが、かなり大きいので、細身の晃は押し倒されるような形になってしまった。尻尾をぴこぴこさせて、喜んでいるユリが、また助走をつけて飛び付いてい行こうとするのに、晃は身構える。

「あたしと、晃さんへの態度が全く違うのよねぇ」

 動物病院で働いていて、保護施設のボランティアもやっている友人に、定期健診でユリを診せに行った際に霧恵が話してみると、その友人は笑いながらユリの顔を揉んでいた。

「旦那さんのことは、同じチワワ仲間で、先住犬パイセンと思ってるのかもしれないね。霧恵さんは明らかにご主人様だもんね」
「俺が、先住犬!?」

 ロットワイラーなのにチワワを連想させるきらきらのお目目で見つめられて、晃は何も言えなくなる。
 それからも飛び付かれるたびに、「あんさん、チワワやないで?」と一応指導は入れるのだが、ユリは全く気付いていないようだった。
 ユリを家族に迎えてからほぼ一月後、霧恵は病院で妊娠が確実と分かって、付き添っていた晃は号泣してしまった。

「ユリちゃんに、赤さんに……家族が増えて、幸せがいっぱい来る」
「そうね、みんなで幸せになりましょうね」

 泣いているのを胸に抱きしめてくれる霧恵に、晃もしっかりと甘えた。
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