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愛してるは言えない台詞 〜みち〜

届かぬ月 3

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 仕事場の工房はほとんど一人で切り盛りしている。デザインを仕上げて、試作品を作って、ブランドの方で都子に任せれば、後のことはやってくれる。工房で携帯電話を確認すると、都子から何度も着信が入っていた。
 恐る恐る連絡すると、凄い勢いで問い詰められる。

『昨日、立田さんと飲みに行ってから連絡取れないし、どこにいたの? おねーちゃん、心配であんたのマンションまで行ったけど、いなかったから、また工房に篭ってるのかと思って、そっちにも連絡したけど、全然出なくて……』
「昨日は、酔っ払って爆睡してた、だけだよ」

 デザイン用のデスクに腰掛けると、腰と股関節に痛みが走り、じくじくとあらぬ場所と腹が痛んだ気がした。昨夜の行為は記憶にないが、避妊はしていないことだけは確かだ。男性同士では子どもが出来にくいとはいえ、事後避妊薬を飲んでおいた方がいいかもしれない。
 もしも、連月の子どもができていたら、冴のように愛らしいのだろうか。連月に似ているのだろうか。望んでも許されるのならば。
 馬鹿な考えを振り払うように首を振ると、電話口の都子の声が低くなった。

『立田さんが、契約してくれたんだけど……あんたの連絡先を知りたがってるのよ。本人に許可無く教えられないって言ったら、『許可を取ってくださるまで待ちます』とか言われちゃって』
「立田さんが……なんで?」

 間違って避妊を忘れて路彦を抱いたせいで、子どものことを心配しているのだろうか。冴が自分の隠し子ではないとあれだけ必死になって言っていたのだ、能楽の家元で、芸能人でもある連月にとっては、スキャンダルは命取りなのだろう。
 連絡先を教えたところで問題はないのだが、そうなると路彦も連月の連絡先を知ってしまうことになる。それは好ましくない気がしたので、声を潜めて、早口で都子に告げた。

「昨日のことなら、大丈夫ですって伝えて。連絡先は教えることないから」
『昨日のことって、なに?』
「ちょっと、俺が酔って醜態晒しちゃったみたいなんだけど、覚えてないし、大丈夫」
『みっちゃん、何かあったなら、おねーちゃんはみっちゃんの味方よ』
「何もないし、何かあるわけがないよ」

 答えてから、路彦が連月を襲った可能性について姉が心配しているのではないかと、路彦は青ざめた。190センチ近い筋骨隆々とした男臭い路彦と、175センチ程度の女役もやる細身の中性的な連月。どちらが襲われたのかといえば、考えるまでもない。
 抱いてくれと縋ったのだろうか。
 自分はそんなタイプだとは思っていなかったが、アルコールで箍が外れて、連月に迷惑をかけた。深く落ち込んだ路彦に、都子はそれ以上何も言わず、通話を切った。
 腰の痛みとあらぬ場所の違和感で一日中集中できず、工房を出たところで、見知った車を見付けて路彦は反射的に工房に逃げ込んだ。激しい勢いで閉じられた扉に、車から降りた連月が駆け寄ってくる。

「路彦さん? 昨日の、そんなに嫌やったん? 俺のにしてええって聞いたら、頷いてくれたから、俺、てっきり……」
「酔ってて、本当に何も覚えてないんです。何か、勘違いをさせたなら、ごめんなさい」

 好きだと迫って体を繋げさせた挙句、心配させて仕事場まで来させてしまった。連絡先を聞くまでも無く、朝に送ってもらったから、ここの場所は知れていたのだ。

「こ、子ども、できてたらと心配されてるのかも知れませんが、男性同士で簡単にできませんし、これから、事後避妊薬もらいに行きます」
「そんな……俺が避妊せんやったんやし、赤さん、殺してしまうん?」

 出来ていたとしたら、事後避妊薬を飲むのはお腹の受精卵でしかない赤ん坊を殺すことになる。そのことに責任を感じるのは、25歳の優しい青年として当然のことなのだろう。
 子どもが出来ていても一人で育てるくらいの覚悟がないわけではないが、一人だけの子どもではない。連月の子どもでもある。いずれ、家を継ぐために結婚して子どもを作れば、路彦との子どもは邪魔になるかも知れない。

「出来てないかも、知れないですし……」

 出来ていない可能性の方が高いのだからと説明しても、扉の向こうの連月が引く気配はなかった。
 家を継ぐ子どもが欲しいのだろうか。それならば、路彦のような相手ではなく、もっと家柄のいい相手を選ぶべきだろうに。

「出来てたら、取り返しはつかんのよ」

 それが分かるまでの間だけでも、連絡を取り合っても良いだろうか。
 誠実な態度の連月に路彦も揺らぎ始めていた。

「妊娠してないのが分かったら、連絡します」
「俺が見てないところで何するか分からん。うちに、来て?」

 監視してまで連月にとってそのことは見張りたい重要なことのようだった。ため息をついて、路彦は扉を開けた。
 艶やかな黒髪は多少乱れているが、綺麗な顔立ちの連月。

「約束しますし、連絡先も教えますから、俺を信じてください」
「また、会ってくれる?」

 降参と両手を掲げた路彦に、連月が縋るように黒い目で見上げてくる。
 契約しているブランドのデザイナーで、父は中東の資産家。路彦に付属するものに今まで釣られて寄ってきた相手はいるが、売れっ子で将来も約束された連月にそんなものが必要なようには思えない。
 何を求めて路彦とまた会いたいのか。

「俺には会う理由がありません」
「またご飯食べたり……ええことしたり、しぃへん? アレ嫌やなかったやろ?」
「ええこと……いいこと!? ふぁー!?」

 一瞬意味が分からなかった路彦は、理解して悲鳴を上げてしまう。
 よく分からない趣味だが、顔を赤らめる連月は、路彦の体が気に入ったようだった。初めてだったし、ほとんど覚えていないし、翌日の今日は色々痛む場所が多くて難儀したし、路彦にとっては最高にいい思い出とは言えない。

「可愛く泣きながら俺のこと、好きやって言うてくれはったの、覚えてない?」

 もじもじと顔を赤らめて嬉しそうに言う連月に、路彦は確信を得た。やはり、誘ったのは自分らしい。
 8歳のときに3歳になったばかりの連月が、立派に舞台をやり遂げたのを見て、ファンになった。嫌いなわけがない。その好きな相手が、自分の体だけでも求めてくれている。

「俺、デカイし、この容貌だし、目立ちますよ?」

 スキャンダルに飢えた雑誌社が追い回す連月の家に入り浸れば、路彦とのことも噂になるだろう。

「そういうのは、俺、気にせぇへんのよ」

 何度も様々な女優とのスキャンダルを書き立てられた連月は、肝も座っているようだった。連月の経歴に傷が付かないのであれば、路彦は構わない。どの女優ともひと月ふた月しか保たないことでも有名な連月である。
 赤ん坊が出来ていないと分かる頃には、もう関係は終わっているだろう。

「冴ちゃんを保育園に迎えに行くんでしょう?」
「来てくれるんやね」

 車に乗る意を示せば、ぱっと連月が笑顔になった。華やかな顔立ちに路彦は見惚れる。
 保育園に迎えに行くと、冴は連月を素通りしてまっすぐ路彦の脚に飛び付いてきた。

「みちひこさんです! だっこしてください」
「冴ちゃん、立田さんは良いの?」
「立田さんやったら、さぁちゃんと同じやから、連さんて呼んで?」
「ししょー、ねこなでごえ、きもちわるいです」

 連月と冴と路彦の奇妙な共同生活が始まる。
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