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愛してるは言えない台詞 〜みち〜

届かぬ月 2

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 昨夜の席で連月は饒舌だった。彼も相当酒が入っていたのだろう。
 どれだけ路彦のアクセサリーに惹かれたか、それを着けるモデルになりたかったかを語ってくれた。

「東洋系って童顔ベビーフェイスやろ? もっと大人で色気がないとあかんって言われたんや。路彦さんに会って分かったわ、こんだけ大人で色気がある御人おひとが作らはるんやったら、そうもなるわな」
「俺は色気なんてないですよ、草臥れたオッサンです」

 顔立ちが濃いために老けて見えるとか、年上に見えるとか言われ続けてきた。近付いてくるのも、ブランド名に釣られたか、路彦の父が富豪だと知っている連中だけ。一度は無理矢理に襲われそうになったこともある。
 それ以来、できる限り表舞台には出ないようにして、工房に篭って仕事をしているので、路彦は仙人のような枯れた暮らしをしていた。
 どんな風に誘われたのか、それとも路彦が誘ったのか。
 何も覚えていない。
 目が覚めれば腰と股関節は軋みを上げて、あらぬ場所が痛んで、ベッドから起き上がるのがやっとだった。一応体は拭かれているようだが、身を起こすとどろりと秘部から白濁が溢れてくる。

「え? ……ひ、避妊……」

 男性同士では子どもは出来にくいとはいえ、可能性がゼロなわけではない。ずっとファンだった連月の実物と会えて、おかしなテンションになってしまった自分が、欲しいとねだったのだろうか。青ざめてティッシュでそこを拭いても拭いても、中から白濁が溢れてくる。
 どれだけ注がれたのだろう。ある程度拭いてしまうと床に脱ぎ捨てられていた服を着て、恐る恐る路彦は部屋から出た。どこかの旅館かと思ったが、見事な日本家屋のお屋敷は、そういう雰囲気ではなく、閑散としている。
 早くこの場から去らないとと急ぐ路彦のパンツの裾が、ツンッと摘まれた。

「おなかが、すきました」

 気が付けば190センチ近い路彦の足元に、小さな女の子がしゃがみこんでいた。栗色の髪にヘーゼルの瞳の可愛い女の子だが、パジャマ姿で髪も結んでいない。

「おはよう……俺は吾妻路彦、君は?」
「たつたさえ、よんさいです!」

 びしっと指を四本示して見せられて、路彦は目を丸くした。

「ここは、立田さんのお家?」
「そうです。おなかがすきました」

 連れ込まれて抱いて適当に放り出して出て行ったなどではなく、ここは立田連月の家らしかった。お腹が空いて立てないと言うさえを抱っこして、キッチンに行く。

「冴ちゃん、食べられないもの、ある?」
「さえは、プリンがすきです」
「じゃあ、卵は大丈夫だね」

 勝手に冷蔵庫の食材を使うのは申し訳なかったが、出し巻き卵とおにぎりとお味噌汁の朝ごはんを作って、冴に出すとお目目をキラキラさせてスプーンとフォークでモリモリと食べる。

「おかあさん……じゃない、みちひこさんは、たべないんですか?」
「俺は、良いかな」

 あまりにたくさんのことがありすぎて、空腹を感じる暇もない。目の前の可愛い女の子は連月の隠し子かもしれないなんて考えると、更に食欲は失せる。
 もしゅもしゅと頬っぺたを膨らませて頬張って、全部食べ終えてから、冴は着替えをしてリボンの飾りのついた髪ゴムを路彦に差し出した。

「むすんでください」

 連月が戻る前に帰っておきたかったのだが、4歳の子どもを一人で置いておくわけにはいかない。髪を編んで二つ結びにして髪ゴムを付けると、鏡を覗き込んだ冴の目が輝いた。

「かわいいです。みちひこさん、おかあさんになってください」
「……いや、無理かな」

 帰らなければいけないが、冴はすっかり路彦に懐いてしまったようで、膝から降りようとしない。後ろからはまだ白濁が漏れて濡れた感触がするし、仕事もあるので帰りたい気持ちはあったが、動けずにいる路彦に、足早に連月がリビングに戻ってきた。

「もう起きとったんか、さぁちゃん、路彦さん。ごめんな、仕事のある日は朝に稽古せな、間に合わへんから」

 家にある稽古用の舞台で稽古をしてきたという連月は、能楽用に着物を着たままだった。薄っすらと汗をかいているのが、色っぽいと思ってしまってから、路彦は頭を抱える。

「さえ、みちひこさんにごはんたべさせてもらいました」
「えぇ!? 路彦さんももう食べてもた?」
「いえ、俺はこれで失礼します」

 冴を膝から下ろして立ち上がった瞬間、とろりと奥から白濁が伝う気配に、路彦は体を震わせた。昨夜、路彦を抱いた相手が、平然と路彦の前にいる。

「シャワー浴びてないやろ? 下着、新品の出すから、着替えて?」
「部屋に戻って着替えて行くので」
「路彦さん、道、分かるん?」

 言われて路彦はここがどこかも分かっていないことに気付いた。会社まで一度も取れば、昨夜置いて行ったバイクが駐輪場にあるだろうが、腰と股関節の軋みが、バイクに乗れる状態ではないことを告げている。

「朝ごはんだけでも食べて行ってよ」
「すみません……」

 結局、路彦は連月の言葉に甘えて、シャワーを浴びて朝ごはんを一緒に食べて行くことになった。バスルームには、自分の知らないボディソープとシャンプーの匂いがする。
 誰かと色っぽい展開になっても、路彦はあまり反応する方ではなかった。枯れているのだと自分で思っていたが、昨日は一体どうしてしまったのだろう。シャワーで流しても流しても、奥まで放たれたらしい白濁が全部は流せない。
 バスルームの鏡に映るのは、力仕事と趣味の水泳で鍛え上げられたたっぷりとした胸筋、大臀筋、太ももの190センチ近い大男で、連月が何を思ってこれを抱こうとしたのか全く分からない。
 もしかすると、ブランドのモデルになりたいという連月の純粋な気持ちに付け込んだのか。それとも、連月は金に困っていて、路彦の財産が欲しいのか。

「財産なんて……俺が自由にできるのはほとんどないのに」

 ブランドで稼いだ給料以外では、路彦はいずれ父から財産を譲り受けるとしても、今は少しも受け取ってはいない。けれど、それをチラつかせて、連月を誘ったのかもしれない。

「最低……」

 鏡に映るゴツい自分に呟いて、路彦はバスルームから出た。
 新品のボクサーパンツは若干小さい気がしたが履けないこともなく、汚れた下着は捨ててしまおうと決めて、路彦はリビングに戻る。

「髪、乾かしてないん? 風邪引くよ」
「いつも自然乾燥だから、あまり気にしないでください」

 長めの癖のある黒髪からぽたぽたと水滴が垂れているのに、連月がタオルを持ってきてくれて、優しい手付きで髪を拭く。こんな風に扱われるようなことが、昨日あったのだろうか。

「俺、昨日のこと、ほとんど覚えてなくて……ご迷惑をおかけしました。何も、言いませんから」
「あ! さぁちゃんは、俺の隠し子やないよ! 遠縁の子が舞台の才能があったから引き取っただけで、俺は子どもやらおらん」
「はぁ……」
「ししょーのこどもなんて、いやです。みちひこさんがいいです」
「ななな、なに、言うてんねん! み、路彦さんは、ま、まだ、そんな……まだ、違うんや」

 冴の言葉に慌てふためく連月の姿に、路彦は笑ってしまった。
 こんな記憶にもない行為を盾に結婚を迫ろうなんて、思うはずがない。
 朝ごはんをいただいて、路彦は保育園に冴を送る連月に、ついでに仕事場近くまで送ってもらったのだった。
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