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偽りの運命 ~運命ならばと願わずにいられない~

運命ならばと願わずにいられない 5

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 楽しい夏期休暇はあっという間に過ぎていった。理人のピアノを聞き、エルドレッドとの連弾を聞き、ジェイムズは拍手をして二人を絶賛した。

「二人とも音楽的才能まであるんだね」
「僕は普通に弾ける程度だよ。リヒトは自分で作曲もしてるくらいだけど」
「エルも上手やないか」

 仲良く話す三人をラクランは穏やかに見守る。気の良いジェイムズをスコットやヘイミッシュは気に入るだろうと予測していたが、理人やエルドレッドまで懐いてしまったのは嬉しい誤算だった。

「冬にも来る?」
「お許しがあれば喜んで来たいな」

 特にエルドレッドの懐きぶりは、ラクランには予想外のことだった。ジェイムズの方もすっかりとハワード家を気に入って、また来たいと言ってスコットとヘイミッシュに許可を取っていた。

「アタシは最近まで運命なんて信じてなかったけど、アナタは運命を信じる?」

 真っ直ぐに理人がラクランを好きと言い続けてくれて、幼さのままに真摯に愛し続けてくれるから、ラクランは運命を信じたくなる。この世界には、その相手でしか決して満足できない魂の繋がりのような「運命」があると古くから言われているが、それを信じるものと信じないものの温度差は激しい。
 当のラクランも大学に入る頃までは信じない派だったし、弟のエルドレッドも信じないと言っていた。それならばジェイムズはどうなのだろうと、夏期休暇が終わって大学で会ったときに話を振ってみれば、少し答えに躊躇っているようだった。

「そういう非科学的なものは信じない、と以前なら即答したけど、今は迷ってるかな」
「その理由がなんとなく分かるわ」
「……そんなに僕は分かりやすい?」

 茶色の目を丸くするジェイムズに、ラクランはくすくすと笑って、「自覚がないのね」と呟く。けれど運命とは、最初はそんなものなのかもしれない。
 両親のように鮮烈に初見から分かる方が稀で、じわじわと理解していくものなのかもしれない。

「聞きたいことがあるのだけれど、良いかしら?」
「僕で役に立てるなら」

 ふと声を潜めたラクランに、ジェイムズが人の良い笑顔を浮かべる。初めてできた友人で、ラクランもそれなりの年頃である。性的なことに関しては、同級生の事件や教師の事件があって避けていたが、興味がないわけではない。特に理人の性の目覚めを知ってから、その興味は高まっていた。

「ジェイムズさんは、シたこと、ある?」

 単刀直入に問いかければ、なるほどとジェイムズが顎を撫でる。

「女性とならね。君がそういうことに興味を持つとは思わなかった」
「だって、今までそういう話ができる相手はいなかったのよ」
「理人くんとのことなら、参考にならなくて悪いね」

 男性同士と男女の行為は使う場所が違うので、参考にならないのは確かだった。ただし、まだ13歳の理人と将来的にそういうことを考えているということを、ジェイムズが馬鹿にせずに、穏やかに聞いてくれるのが有難い。

「未経験者同士だと、大変なのかしら……」

 どこまで話せばいいのか迷っている間も、ジェイムズは静かに待っていてくれた。理人の結婚できる年には、ラクランは26歳になっている。それまで経験がないというのは、珍しいことなのかもしれない。

「どうだろうね。運命の相手との行為は、凄くイイって噂だけど」

 くすりと悪戯っぽく笑われて、ラクランは16歳になった理人を思い浮かべて、赤くなってしまった。ジェイムズと仲良くなったきっかけも、理人を思わせるそのふわふわの髪だったかもしれない。

「秀才で貴族のラクラン・ハワード、どんな嫌な奴かと思ってみたら、普通の恋する男だったなんて、知ってるのは僕だけかな」

 友人の優越感だね、なんて笑うジェイムズに、ラクランも微笑んだ。
 共同で書いた論文は、高い評価を得た。ラクランもジェイムズも、24歳の頃にはその界隈では名の知れた学者になっていた。長期の休みには必ず数日はハワード家に来るジェイムズは、15歳になったエルドレッドと良い雰囲気になっていた。

「エルとジェイムズさん、婚約せんのやろか?」
「年の差があるから、急に結婚は無理だろうけど、婚約はしても良いわよね」

 ひとの心配ができるくらいに余裕が出てきたラクランは、寝る前にベッドに座って理人とひっそりとそんなことを話していた。14歳の理人はいとけなさが薄らいで、丸かった頬もやや鋭角的になってきて、青年に近付いている。体つきは細いが背は伸びて、170センチを越していた。
 最近は遠いところが見えにくいというので、眼科に行ったら近視と診断されて、眼鏡をかけるように言われたらしい。丸いレンズの華奢な銀縁の眼鏡を持っているが、ラクランの前ではあまりかけたがらなかった。

「とても可愛くて似合ってるわよ」
「ランさんがそう言うてくれるのは嬉しいけど、あんま好きやないねん」

 学校では勉強のためにかけているが、普段は外している理人が、よく見えなくて目を細めているので、糸目のようになっているのがラクランは気になっていた。

「コンタクトにしてみる?」
「やぁや! 眼球の表面に異物を貼り付けるやなんて、怖いー!」

 泣きそうになる理人にとっては、コンタクトレンズは恐怖なのだろう。

「理人さんの可愛いお目目が、瞑ったみたいで見えないのは悲しいわ」
「……メガネかけてたら、殴られたときに、大怪我するやろ」

 メガネのレンズはプラスチックだが、割れることもあるし、フレームが曲がって刺さることもある。幼い頃に暴力を日常的に受けていた理人からすれば、常にそれをつけているというのは、怖いものなのかもしれない。
 手を取って、ラクランは理人を胸に抱きしめた。

「アナタを傷付けるひとは、アタシが許さない。アタシだけじゃなくて、ヘイミッシュもスコットもエルドレッドもよ」

 ここが安全な場所だと伝えると、理人が頬を染めてラクランを見上げた。

「守られるんやなくて、俺はランさんを守りたい。殴られても平気な男になりたいねん」
「殴られないようにしてちょうだい。アタシのことが好きなら、尚更よ」

 理人に痛い思いをして欲しくない。恐怖の中に再び戻したくはない。ラクランの願いを告げると、こくりと素直に理人が頷いた。
 ベッドの上で自然と抱き合っている形になっていることに気付いて、自然に体を離そうとしたら、意外に力強く理人にしがみ付かれる。頬に添えられた手の熱さに、くらくらと眩暈がした。
 口付けられると分かっていたが、抵抗することができない。触れ合った唇は熱く、角度を変えて何度も口付けられるうちに、鼓動が激しくなって、息苦しくて開けた唇に、理人の舌が入り込んでくる。

「んっ……だめ……んぁっ」
「ランさん、好きや……ランさん」

 いけないと分かっていながら、求められるままに口付けに応えてしまう。頬に添えられた手は強引ではないのに、反対の手で胸を弄られて、甘い疼きに体が震える。
 まだ理人は14歳なのに、24歳の若い触れられたことのない体は、貪欲に快感を受け入れてしまう。大人として拒むべきだと分かっているのに、頭の芯が痺れるような甘美な快感に流されかけたラクランを引き戻したのは、エルドレッドの声だった。

「兄さん、聞いてよ!」
「ぴゃー!?」

 突然開かれる扉に、理人が飛び上がってラクランの膝から落下した。床の上に転がる理人を気にせずに、エルドレッドはラクランの胸に飛び込んだ。

「ジェイムズとは、もう、会わない!」
「どうしたの、エルドレッド?」
「どう考えても、彼が抱かれるべきなのに、彼、僕が成人したら抱きたいって言ったんだよ! なんで僕の方が抱かれるって思ってるんだか」
「あら……」

 床の上でのたうっている理人は心配だったが、泣き出しそうなエルドレッドも心配でラクランは二人の間を視線を往復させる。
 婚約の話を持ち出されて、エルドレッドとジェイムズはお互いの性指向について話し合った。その結果が、お互いがお互いを抱きたいと思っていたということだった。

「運命を信じても良いと思ったのに……」

 ジェイムズとエルドレッドは一筋縄ではいかないようだ。とりあえず、よく考えて話し合うように諭して落ち着かせてエルドレッドを部屋から出すと、床の上で悶絶している理人を抱き起こす。赤茶色の目からは涙が溢れていた。

「魔がさしたんや……ランさんがめちゃくちゃ色っぽいから、つい……こんな強引にするつもりなかったんや。お願いや、嫌わんで」
「怒ってないし、嫌じゃなかったわよ?」
「ダメって言われたのに、止まれんかった……」

 口付けを後悔している理人に、ラクランは頬を染めてそっと唇に触れるだけのキスをした。

「16歳になったら、続きをしましょう」
「ええの?」

 くしゃくしゃの泣き顔で笑う理人が可愛くて、愛しくて。
 それと同時に、一瞬垣間見えた可愛いだけではない「男」の顔に、ラクランは胸の高鳴りが止まらなかった。
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