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偽りの運命 ~運命ならばと願わずにいられない~

運命ならばと願わずにいられない 4

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 ラクランが23歳の夏、理人は13歳になっていた。ラクランと同じ年のジェイムズは23歳、ラクランの9歳年下の弟のエルドレッドは14歳だった。
 友人を家に招くとヘイミッシュとスコットに話すと、二人はあまり他人と深い付き合いをしたがらないラクランに友人がいたことに驚いていた。ジェイムズ・キャドバリーの名前を出せば、ヘイミッシュは論文のための取材で会ったことがあると答える。

「彼、感じ良かったものね」
「友達と過ごすのも大事なことだよ」

 両親に了承を取った後で、誤解のないようにと理人にも先に話はしておいた。

「論文を共同で書いている相手なの。理人さんのことも話してあるから、紹介しても良いかしら?」
「俺を……なんて?」
「婚約者、じゃ、ダメ?」

 躊躇いながらも問いかけると、理人の細い体が飛び上がった。ぴょんぴょんと跳びはねてから、ラクランに飛び付いてくる。

「めっちゃ嬉しい! ランさんの婚約者って、友達に紹介してもらえる! ちょお、エル、聞いてや!」
「お、落ち着いて、理人さん?」

 ものすごく喜んで、近くを通りがかったエルドレッドに報告しようとする理人に、ラクランは微笑ましさと恥ずかしさが半々で赤くなる。無邪気に喜んでくれる姿は嬉しいが、理人にとっては親友で双子のようなエルドレッドに報告されると、照れもする。

「運命か……兄さんが僕の年にはリヒトの面倒見てたんだよね。僕にはなさそうだなぁ」

 報告を受けながら呟くエルドレッドに、ラクランもその年頃には運命などないと頑なだったことを思い出す。これが運命ならば良いと考えるようになるなど、想像もしていなかった。
 ジェイムズが家を訪ねてきたのは、夏期休暇が始まってすぐだった。じっくりとヘイミッシュやスコットの話を聞けると楽しみにしているジェイムズは、数日間ハワード家に泊まる予定だった。
 友人同士のお泊りなど、この年までに経験しているのだろうが、ラクランにとってはジェイムズは初めての友人に近かった。

「初めまして。ヘイミッシュさんは初めましてじゃないですね。スコットさんはお話を伺いたいと思ってました。理人くんと、エルドレッドくん? よろしくね」

 ふわっとした茶色の巻き毛、人の良さそうなジェイムズに、珍しくエルドレッドが興味を示している。

「あなた、クロスワードパズルは得意?」
「そこそこにね。君は?」
「僕は早いよ」

 ヘイミッシュ似の青い瞳を煌めかせるエルドレッドと、ジェイムズはまずはクロスワードパズルをすることになった。

「エルが仲良しになっとる。ええひとなんやね」
「ジェイムズって、スコットランド語ではヘイミッシュで、同じ名前なのよ」
「そうなんか。ランさんもスコットランドのお名前なんか?」
「アタシは、確か、『湖』とかいう意味じゃなかったかしら」

 ハワード家はスコットランドの出ではないが、貴族として長く続いた家系なので、その中でスコットランドから嫁いできたものもいる。それがヘイミッシュやラクランの名付けに繋がっていた。

「ラクラン、君の弟君は賢いね。僕が負けてしまったよ。理人くんもクロスワードパズルやチェスがお得意?」
「俺はピアノが好きなんや」
「後で是非聞かせてほしいな」

 庭の広さに驚き、屋敷の大きさに驚いたジェイムズは、トランクを持って客間に入っていった。頬を紅潮させたエルドレッドが、ラクランの元に走ってくる。

「ラテン語のクロスワードパズルをしたんだけど、あのひと、相当頭が良いね」
「エルドレッドもお友達になったのね」
「興味深いと思ってる」

 最初は共同研究している相手が、ラクランと恋愛関係と周囲が騒ぎ立てる前に、理人やヘイミッシュやスコットに紹介しておいて、全く後ろめたくなく友人でしかないこと伝えようと思ったのだが、エルドレッドが意外にもジェイムズを気に入ったようだった。
 共同で論文を書くとなると、取材で同じ場所に出張することもあるので、穿った見方をしたがる輩はどれだけでもいる。まだ13歳の理人をラクランはそんなことで傷付けたいとは思わなかった。

「ランさんが信頼できるひととおってくれて安心するわ。変な奴が近付いて来ても、ジェイムズさんは追い払ってくれそうやわ」
「あら、アタシの方が強いわよ?」
「でも、ランさんは繊細で優しいから」

 好奇心旺盛なジェイムズが屋敷を見て回り、庭を見て回っている間、エルドレッドが案内役を務めて、ラクランと理人はお茶の用意をする。ヘイミッシュとスコットは仕事で夕飯までは帰ってこない。

「ランさんのお名前の『湖』っていうの、お目目の青いのにぴったりやし、ランさんの凪いだ穏やかで安定した性格にもぴったりやなぁ」

 紅茶の茶葉を蒸す間にぽつりと理人が呟いた言葉に、ラクランは嬉しくなって理人の手をそっと握った。
 お茶をして、夕食を食べて、気の良いジェイムズはすっかりとハワード家に馴染んでしまった。食後はヘイミッシュとスコットと犯罪論について話しながら、少しお酒を飲んで客間に戻っていく。

「お休みなさい、ジェイムズ。また明日」
「お休み、ラクラン、理人くん、エルドレッドくん。失礼します、ヘイミッシュさん、スコットさん」

 もう少しリビングでお酒を飲むというヘイミッシュとスコットを二人きりにするために、大人のラクランには早かったが部屋に戻ると、理人は既に眠そうに欠伸をしていた。今日のピアノの練習も宿題も終えて、お風呂にも入って、寝るだけの理人はラクランにハグをしてお休みなさいを言う。

「ランさんは気にせんで起きててええからな」
「ありがとう。お休みなさい、理人さん」

 額にキスをして、ベッドに入る理人を見守ってから、ラクランは机に付いて卓上ライトの灯りで論文に目を通していた。恐らくは客間でジェイムズも今日の話の内容をまとめているだろう。
 同じ屋敷内にいるのに可笑しい気もしながら、大学のためのマンションにいるときと同じようにメールで進捗を問えば、メールで返ってくる。
 ヘイミッシュとスコットと話せて素晴らしい成果があったこと、エロドレッドが非常に賢くて興味深いこと、理人が思っていた通りに素直で可愛いこと、論文は順調に進んでいること。尽きない話題の中に、「アメリカに研究で行くことはあっても移る気はなくなった」と書かれているのに、ラクランは目を止めた。
 彼の中で何が変わったのか分からないが、エルドレッドの青い目の煌めきが頭を過る。まだ憶測もできない範囲でしかないが、もしかするとと兄として、友人として考えてしまう。

「らんしゃん……」

 パソコンの電源を落としてベッドに行こうとしたときに、理人の泣き声が聞こえて、ラクランは慌てて理人のベッドに駆け寄った。赤茶色の目に大粒の涙を浮かべて、理人が洟を垂らしている。

「どこか悪いところでも……」
「どうしたらええんやろ……ごめんなしゃい……」

 両手でパジャマの裾を引っ張って隠している場所に心当たりがあって、ラクランは理人がかけていたタオルケットで理人をぐるぐる巻きにしてしまった。

「初めてなの?」
「う、うん……」
「平気よ。バスルームで流して、汚れた下着は下洗いして洗濯機に突っ込んでしまいなさい」

 軽々と姫抱きにしてバスルームまで連れて行って、全部終わるまでバスルームの前で見張りがわりに待っていると、さっぱりと着替えた理人が半泣きの顔で出てきた。新しいタオルケットを持って、またベッドまで運ぶ。

「ランさんの夢を、見てたんや……ランさんに、や、やらしいこと、考えてしもうて……ごめんなしゃい……」

 ずびずびと洟を啜る理人をベッドに座らせて、ラクランは落ち着こうと深呼吸をした。罪悪感で泣いてしまっている理人に、どう言えばラクランの気持ちを伝えられるのか、言葉がなかなか見つからない。

「嫌じゃ、ないのよ。アタシ、理人さんに想われてるの、嬉しいわ」

 やっと出た言葉に、理人が瞬きをして、その拍子に赤茶色の目から大粒の涙がぼろりと溢れた。

「そういう意味で、ランさんのこと、好きでもええ?」
「良いのだけれど……」

 スコットとヘイミッシュは抱きたい、抱かれたいを勘違いして思い込んでいて、すれ違った期間が長くてつらかったと聞く。体の大きなラクランには、不安もあった。

「理人さんは……その、どっち、なのかしら?」
「俺は、ランさんが相手やったらどっちでも天にも登るくらい嬉しいけど、けど、けどけどけど……正直なところ、ランさんのこと、だ、抱きたいねん」

 最後の方は震えて小声になってしまう理人も、不安で震えているが、その言葉にラクランはほっと息を吐いた。腕を伸ばして抱き締めると、理人が濡れた瞳でラクランを見上げてくる。

「良かった……アタシ、抱かれたい方みたいなのよ。まだ、したことないから、分からないのだけれど」
「ほんまか! 良かった! ランさん、大好きや」

 まだ理人の年齢も低いし、実際の行為に及ぶことはできないが、求めるところも合致した。
 結婚できる年まで後3年。
 理人が大学に入って一緒に暮らすまで後5年。
 ラクランは、穏やかな幸福の中にいた。
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