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偽りの運命 ~運命だと嘘をついた~

運命だと嘘をついた 7

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 緑萌える五月、理人は4歳になった。約束通りにケーキ屋に連れて行かれて、選んだのは、ラクランの誕生日に食べたのと全く同じケーキだった。

「リヒトは、このケーキがきにいったんだね」
「前と同じのだけどいいの?」

 エルドレッドとラクランに挟まれて、理人はショーケースの中のケーキを小さな手で指差す。

「らんしゃんとおそろいや。らんしゃん、こえがすちなんやろ? りーも、こえがすちや」

 拙い喋りで好意を伝えてくる理人は可愛い。
 日本に肉親がいると分かった後で、ヘイミッシュとスコットは理人の祖父母に連絡を取って、理人を自分たちの元で育てることを告げていた。どこにも理人が行かなくて済むことには安心したが、婚約者という言葉が重くラクランにのし掛かる。このままでは、ますます理人は勘違いを深めそうだし、将来間違っていたことに気付いたら取り返しがつかないかもしれない。
 落ち込むラクランをヘイミッシュが慰めてくれた。

「もしも運命でなくても、私たちは家族だわ。日本であれ、イギリスであれ、理人が家族の中で育てられることには変わりないのよ。見くびらないで、ラクラン。私もスコットも、理人を我が子のように愛しているわ」

 情に流されるスコットと違う冷静なヘイミッシュは、客観的にこの状況を見ていてくれる。14歳のラクランの悩みなどお見通しのようで、聡いヘイミッシュにラクランは感謝した。
 理人の誕生日プレゼントはかなり悩んだが、ラクランは可愛い幼児用の長靴レインブーツを用意した。赤茶色の髪の毛に似合う赤い長靴を、理人は抱き締めて感激していた。

「うれちい! はいたらよごれるんやないやろか……らんしゃんからもらった、だいじなながぐちゅ」
「汚れても洗えばいいわ。水を弾くから、水で綺麗に洗えるのよ」
「しゅごい! らんしゃんがりーに、ながぐちゅくれた!」

 こんなに喜ぶのならばもっと早くに買ってやれば良かったと、冬の間雪遊びに使えなかったのを悔やむが、小柄で成長不良の理人には合うサイズの長靴がなかなか見つからなかった。
 長靴で水たまりに飛び込んできゃっきゃと楽しそうに遊ぶ理人は、年相応の可愛い幼児だった。
 しくしくとラクランのお腹が痛み始めたのは、理人の誕生日から少ししてからで、心配事があったから胃を傷めたのではないかとラクランはそのままにしていた。以前に絡んできた同級生から、謝罪を込めてお茶会に誘われたのは、お腹の痛みが治まらない頃だった。断ろうかとも考えたが、理人も一緒で、同級生の家で妹と両親も一緒だというから、ラクランへの謝罪というよりも、『ハワード家の長男』への謝罪なのだろうと、理人を抱っこして同級生の家を訪ねた。
 同級生は納得していない表情だが、両親から謝罪を受ける。

「ドルフが失礼をして本当に申し訳なかった」
「ご挨拶が遅くなってしまってごめんなさいね」
「いいえ、気にしていませんから」

 庭でのお茶会で、サンドイッチとスコーンを摘みながら、紅茶をいただく。あまり食べることに興味のない理人は、膝から降りて足元で石を拾って遊んでいた。同級生の妹も一緒に石を探している。
 微笑ましい光景に、理人の将来を思い浮かべる。
 誕生日を迎えて、ようやくエルドレッド以外の子どもとも遊べるようになった理人。その世界はこれから広がっていくだろう。今は狭い世界でラクランだけを頼りにしているような状態だが、自由に誰とでも仲良くなれるようになれば、ラクランの手を離れて、好きな相手もできるかもしれない。
 ずきずきとお腹が痛んで、帰ろうと挨拶をしてスコットに連絡をして車を待っているときに、同級生が声をかけてきた。

「そのチビと婚約なんて、嘘なんだろう?」
「どうかしらね」
「俺、の方が、ラクランを大事にできる」

 言われていることの意味が分からず、お腹の痛みもあって反応できずにいたラクランの顎を掴んで、同級生が乱暴に口付けてくる。油断をしてはいけないとあれだけヘイミッシュに言われたのに、身長でも体格でもラクランの方が優っているという驕りがあったのかもしれない。

「やめて! アタシ、アナタのこと、なんとも思ってないわ」
「これから考えてくれたら良い。妙なこと言って悪かった。ラクランが好きなんだ」
「ちょっと、やめて」

 もう一度口付けられそうになって、同級生の胸を押して抵抗するのに、お腹の痛みで力が入らない。唇が重なって、舌を入れられそうになって、ラクランは必死に逃れようとしたが、そのときにはお腹の痛みで倒れそうになっていた。
 意識が遠くなる中、胸を弄る手の感触に、ラクランは吐き気を覚える。

「らんしゃんー! やめてっていうてるやないか! らんしゃんがヤなこと、したら、あかんー!」

 少し離れたところで遊んでいた理人が、弾丸のように走ってきて同級生の手に噛み付いて、振り払われてごちんっと音を立てて道に頭をぶつけてひっくり返った。お陰でラクランは同級生の腕から逃げ出せる。そのまま座り込んでしまったラクランに、駆け付けたヘイミッシュがラクランを担ぎ上げ、後頭部を押さえて涙を堪えている理人も小脇に抱える。

「何があったのか、後で聞かせてもらうけど、今はラクランの調子が悪いみたいだから失礼するわ」

 車に乗せられて、病院に連れて行かれたときには、ラクランの意識はなかった。ラクランは虫垂炎と診断されたらしい。

「もう少し遅かったら、切らなきゃいけなかったんですって。痛いところがあったら、ちゃんと教えて、ラクラン」
「薬で散らせる範囲で良かったけど」
「にいさん、いたくない?」

 意識が戻ったときには、虫垂炎は薬で処置されていて、ラクランはヘイミッシュとスコットとエルドレッドに覗き込まれていた。ベッドの傍では、泣き腫らした目の理人が眠っている。

「理人さんは、平気?」

 頭を打っていたようなので心配になって問えば、瘤ができたけれど平気だったという。それよりも、一晩ラクランがいなくて、泣いて泣いて寝なくて、お見舞いに来たらラクランの脇に潜り込んで寝てしまったようだ。

「アタシのこと、助けてくれたのよ。すごくカッコ良かった」

 指を吸って眠る理人のふわふわの赤茶色の髪を撫でると、眠りながらふにゃっと笑う。唇の奪われたのは不快だったが、あのままだったらもっと先までされていたかもしれない。
 同級生にされたことを話せば、ヘイミッシュとスコットは彼と二人きりで会わないようにラクランに言い聞かせ、同級生の両親にも話をしてくれると言ってくれた。
 病院から家に戻って自室のベッドに入ると、理人もベッドに入り込む。

「まだ眠いの?」
「らんしゃん、おらんくて、ねむれんやった……らんしゃん、もう、いたくない?」
「えぇ、平気よ」
「だっこちて」

 抱き締めると無意識なのか小さな理人の手がラクランの胸を揉む。口付けも、近くに寄られるのも、同級生なら嫌悪感しか感じなかったのに、理人には胸に触れられても嫌ではない。

「リヒトって、ドイツ語で光のことなのよ」
「りー、ひかり? ぴかぴかちてう?」
「そう。日本語ではどういう意味か分からないけど、理人さんは光よ。アタシを助けて照らしてくれるの」
「りー、らんしゃんをたしゅけられた?」
「すごく助かったわ。……あんなことされると思ってなかったし、びっくりして、少し怖かったの」

 ありがとうとつむじにキスを落とすと、理人が頬を染める。
 運命の相手ではないとしても、理人はラクランにとって大事な家族で、光だった。
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