上 下
367 / 528
十一章 ネイルアートとフィンガーブレスレット

21.ユリアーナ殿下の初めての辺境伯領

しおりを挟む
 翌日にはハインリヒ殿下とノルベルト殿下とユリアーナ殿下のご兄弟が辺境伯領に来た。朝の散歩を終えて朝食も食べ終えて、昼食の前くらいに一行は到着した。

「エクムントさま、はじめてのへんきょうはくりょうです。わたくし、とてもたのしみにしてきました」
「ようこそいらっしゃいました。辺境伯領の素晴らしい場所にお連れしましょう」
「わたくし、コスチュームジュエリーのこうぼうや、フィンガーブレスレットのこうぼうや、ネイルアートのぎじゅつしゃをそだてるこうぼうにいきたいのです」
「ご案内いたしますよ」

 今、ユリアーナ殿下が興味を持っているのはコスチュームジュエリーやフィンガーブレスレットやネイルアートのようだった。青い目を煌めかせてエクムント様を見上げるユリアーナ殿下の姿に、ハインリヒ殿下もノルベルト殿下も「よろしくお願いします」と頭を下げている。
 昼食を食べてから最初のお出かけになった。昼食にはガスパチョとパスタが出て来たが、冷たいガスパチョは喉に心地よく、リボン型のパスタはムール貝のトマトソースでとても美味しかった。
 この時期は辺境伯領はトマトがよく取れるのだろう。
 デニスくんとゲオルグくんも美味しそうに食べていたし、ユリアーナ殿下もハインリヒ殿下もノルベルト殿下も上品に食べていた。

 食べ終わると馬車でコスチュームジュエリーの工房に行く。
 コスチュームジュエリーの工房は、ガラス細工がたくさん作られていて、高温の中で作業をしているので見ているだけで汗が出て来る。
 真っ赤に燃えたガラスの形を切ったり伸ばしたりして整えて、コスチュームジュエリーが出来上がるのを観察する。
 背の高さ的に見にくいユリアーナ殿下はノルベルト殿下に抱っこされていた。
 デニスくんはお父様に、ゲオルグくんはレーニちゃんに抱っこされている。ふーちゃんは背伸びをして見ていたが、まーちゃんは父に抱っこされていた。

「とても綺麗です。オリヴァー殿と一緒に見たかったです」
「オリヴァー殿と一緒に見に来れる日も来るよ」
「お父様、薔薇の花びらの一枚一枚を作っていって組み合わせるのの見事なこと」

 感動しているまーちゃんとわたくしも同じ気持ちだった。
 クリスタちゃんはハインリヒ殿下と手を繋いで見ていた。

 コスチュームジュエリーの工房を見終わると、一度辺境伯家に帰るのだが、その途中でエクムント様は馬車を停めた。海が見下ろせる丘の上に停まった馬車から降りると、玉砂利の道に一本石畳の道が真っすぐに伸びている。
 石畳の道の上を歩いていくと、石で作られた祠があった。
 エクムント様が紹介してくださる。

「ここが我が辺境伯領が独自に信仰している、海神の社です」
「わだつみ? わだつみとはなんですか?」
「海の神様のことです。辺境伯領では昔から海神を信仰してきました」

 船に乗って交易に出かけたり、海軍が海に出たりする辺境伯領である。海の安全を願うのは昔からの大事な風習なのだろう。

「オルヒデー帝国には神がおられますが、辺境伯領の海神はそれとは別に信仰していいことになっています」

 土着の信仰を廃止させるのは、地元民の反感を買うし、辺境伯領で長く信仰されてきたものならば、それを止めようというのは無理な話だろう。それこそ辺境伯領の領民の心がオルヒデー帝国から離れてしまう。
 それくらいならば海神信仰を認めると判断した国王陛下は正しかったのだと思う。

 海神の祠に手を合わせてわたくしはご挨拶をした。

「どうか長く長く辺境伯領を守ってくださいませ。わたくしも近々辺境伯領に嫁いで参ります。どうぞよろしくお願いいたします」

 小声に出して祈っていると、エクムント様がわたくしを見て驚いたような顔をしている。

「よく祈り方を知っていましたね」
「わたくし、何か間違いましたか?」
「いいえ。オルヒデー帝国では神に祈るときに指を曲げて指を組むのですが、辺境伯領では海神に祈るときには指を伸ばして、手を合わせます」
「あ、そうなのですね」

 お社だったので、つい前世の癖が出てしまったようだ。神社や仏閣では手を合わせて祈る。前世ではそうだったので、わたくしはついその通りにしてしまった。

「エクムント様が海神のお社に連れて行ってくださると聞いていたので、調べておいたのですが、こうだったかなと思いまして」
「エリザベート嬢は本当に勉強熱心で頭が下がります」

 何とか誤魔化したのだがわたくしの心臓はドキドキと脈打っていた。
 エクムント様が手を合わせてお祈りをすると、クリスタちゃんもハインリヒ殿下も、ノルベルト殿下もユリアーナ殿下も、レーニちゃんもデニスくんもゲオルグくんもお父様も、ふーちゃんもまーちゃんも両親も倣って順番にお祈りしていた。

「漁村や港町にも社はあるのですが、この社が一番大きくて広いのですよ。エリザベート嬢と結婚式を挙げるときにはこちらにも報告に来ます」

 エクムント様の口から出た「結婚式」の三文字にわたくしは胸がざわついてしまう。わたくしも今年には十六歳になって、再来年には学園を卒業するのだ。その暁にはエクムント様と結婚することになる。
 結婚式までにはエクムント様に「好き」と言ってもらいたいし、できれば「愛している」と言って欲しいとわたくしは夢見ていた。

 辺境伯家に戻ると少し遅いお茶の時間を過ごす。
 お茶の時間にはオリヴァー殿も妹のナターリエ嬢を連れてやってきていた。

「とても美しい薔薇の花を作っていました。オリヴァー殿と一緒に見たかったですわ」
「あの工房には私も何度も行きました。何度見ても素晴らしい技術ですよね。マリア様ともいつかご一緒しましょう」
「ご一緒できる日を楽しみにしています」

 まーちゃんは無事にオリヴァー殿に一緒に行きたいと告げられた様子である。
 ユリアーナ殿下はデニスくんが気になる様子で近付いて行っているが、デニスくんは気付かないでお皿の上にサンドイッチとキッシュとスコーンとケーキを盛っている。

「おねえさま、あのケーキにてがとどきません」
「これですか?」
「はい。とってください」

 レーニちゃんにお願いして、届かない場所に置いてあるケーキを取ってもらっている。

「おとうさま、おにいさまがとっているケーキ、わたしもほしいです」
「ゲオルグにも取ってあげようね」
「サンドイッチももっとほしいです」
「これ以上食べると夕食が入らなくなってしまうよ」

 ゲオルグくんもお皿の上に山盛りにサンドイッチやキッシュやスコーンやケーキを盛っていた。
 それほど山盛りにするのはよくないとレディとして習っているのか、ユリアーナ殿下は控えめにお皿の上に盛っている。
 わたくしもお皿に取り分けようとすると、エクムント様が自然に隣りに並ぶ。エクムント様は背が高いので頭の位置がかなり高い。見上げると、エクムント様がにこりと微笑む。

「今日は用意できませんでしたが、明日はポテトチップスを用意しましょうね」
「それはユリアーナ殿下も喜ぶでしょうね」

 ご自分は食べないのにポテトチップスの魔力はよく知っているようで、準備してくださるというエクムント様にわたくしは微笑み返す。
 ユリアーナ殿下はポテトチップスを食べるのは初めてではないだろうか。ポテトチップスは辺境伯領かわたくしの家であるディッペル家でしか食べられていない。
 ポテトチップスをもっと広めてもいいのだが、ジャガイモというこの国では主食として食べられる野菜をおやつにするのがどれだけこの国で定着するかは分からない。
 明日のユリアーナ殿下の反応も見て、ポテトチップスを王宮にも広める提案をしてもいいのかもしれない。

 ユリアーナ殿下とハインリヒ殿下とノルベルト殿下の滞在期間は三日間。明日も慌ただしくなりそうだった。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

処理中です...